1-2 三人目×××で叫ぶ
誤字、脱字、用法の間違いが御座いましたら、そっとしておいて下さい。
今回も読んでいただけたら、嬉しく思います。
壱章ノ二 三人目×××で叫ぶ
女神様に名前を伺うが、名前など無いし、ましてや神では無いと言われた。
ただ『星を見守る者』とだけって言われても、こちらには女神様なんだけどね。
「この世界の名前は?」
「ありません、あなたの世界には名前があるのですか?」
そういえば、名前って無いよな、太陽系? せいぜいそんな感じ。
「この星、大陸や国の名前も?」
「無いですね、この星の者はまだここが『星』と言う認識がありませんし、
大陸から外洋へも出ていませんので、王国はそのまま王国と、
それ以外は名前が、せいぜい東西南北くらいです」
うーん? 東西南北? まあ、今はいいか。
「この国の人々はどんな毛髪や瞳の色なのですか? 私の黒髪と黒い瞳で目立ちませんか?」
「そうですね……茶色や金色が多数、次に灰色がほとんどですね。他にも居ますが、
確かに黒は目立ちますね。分かりました、頭髪や瞳はこちらの人間に近いモノに
変えておきましょう、平たい顔はおかしく無いですよ?」
大きなお世話だ。
女神様はこちらに手のひらを向けたと思ったら、光の粒子? みたいなのが飛んで来た。
びっくりしつつも特に体に変化は感じなかったが、髪の毛をつまんで見ると
確かに、こげ茶色に変わっていた。
最悪、ビールでブリーチする覚悟はあったので助かった。
瞳の色は変えられないし。
「他にありませんか? では、もう会うことは無いでしょう。
これからは悔いの無い様に生きなさい、あなたの人生が健やかであれ……」
女神様はそう言って、あっさり消え去った。
手助けは恐らく無いだろうなと思い、まだ聞きたいことはあったが聞けなかった。
人間の生活には興味薄そうだったし。
「とりあえず街に向かうしかないか、あー、距離どれくらいだろ?」
地平線の先に街が見えないのを、うんざりしながら出発する。
◆◇◆◇◆◇◆◇
出発してから何時間と、何かの革で出来た水袋から生ぬるい水を飲みつつ歩く。
やはり村が無くなったからなのか、馬車(あるのか?)どころか、
人がひとりも通る事は無く、静かなもんだ。
そのせいか、盗賊なんかは出ないんじゃないかな、と思いつつも、
この世界の野獣とかが怖くなってくる、野犬とか狼とか、熊……?
貰った剣はあっても、今まで持ったことも無かったので使える自信が無い。
いざと言う時の為に、とりあえず、鞘から抜いて一振りしてみる。
「重たっ! 全然使える気がしねぇ……」
剣筋が立てられない、腕が震える。
地味な鞘な割りに、思ったより綺麗な抜き身を見ながらため息を吐く。
練習とかは街に着いてから教えてもらおうと、剣を鞘に戻しながら、歩きはじめる。
獣が襲ってきた時の無駄なシミュレーションを頭の中で考えていると、
気付けば道の先に街の影が見えてくる。
まだ遠いその姿に、あと何時間、歩けばいいのやら分からない。
太陽も街に着かない内に早々と地平線に沈みそうで、心細くなってくる。
少し先にちょっとした広場があって、火を炊いた炭の後があった。
今まで、旅の途中に使うキャンプ地だったのであろう。
野宿をする事など、考えてなかったので、あわてて小枝や枯れ草を集めてまわり、
慣れない火打ち石を使って、日の入りまでにはなんとか焚き火を熾せた。
今の季節など判断も付かなかったが、この格好のままでもそれほど寒くは無い。
それでも火が無いと暗くて怖いし、野生の獣も怖かった。
夜空に月は無い、もしかしてこの世界では無いのかも知れないな。
袋から出した塩気が強いチーズらしきものをかじりながら、それを夕飯とし、
今日起こった出来事を考えるとため息が止まらない。
この世界での暮らしは大丈夫だろうか、剣を何とか使いこなせるようになって、
獣相手の狩人……いや、冒険者になる? いやいや、まさか、自分がねー
ふと、焚き火を見ると、その炎の向こうに、こっちを見てる二つの瞳。
こちらが気付いたのを知られた相手は、うなり声を上げて威嚇する。
「ガルルルルルゥッ!!」
犬よりも遥かに大きい体躯、そして鋭い牙を持った狼に見える。
現実味の乏しい出来事に一瞬ぽかんとしながらも、
慌てて剣を引き寄せ、飛び上がる様に立ち上がり、鞘を抜き捨てる。
狼に向ける剣先がぶるぶると震えて安定しない。
(まさか、もうこんな獣と戦う事になるなんて!)
記憶の中の狼に関する情報を無理やり思い出す。
狼という事は群れかもしれない。
正面の狼を視覚から外さないようにしながら、
左右に視線の向けるが、そちらには居ないのか目に入らない。
頼むから後ろから襲ってくれるなよと、祈りつつ、
狼と自分の間に、焚き火を置くように気をつけて位置取る。
焚き火が無かったら、すぐに襲い掛かられて喰われてたかもと、
そんな想像が頭に浮かんで、足がガクガクする。
「グルルルル……ヴォフ?」
睨み合っていた狼が、うなり声をやめて、何故か驚いたような顔でこちらを凝視してる。
しばらく見てたと思ったら、耳がぺたんと下がり、尻尾を股下に挟んで後退して行く。
『すいやせんでした、あっしはこれで失礼いたしやす』
不思議とそう言っている様に見えてしょうがない。
はぁー助かったーと、息を吐いて投げ捨てた鞘に剣を収め、地面に座り込む。
(もしかして女神様が何かしたか? でも、あの女神様、そんな事はしなさそうなんだが……)
とりあえず、助かったことに感謝して、明日の事を考える。
街に行ったら──
「そういえば女神様と普通に会話は出来ていたけど、他の人間とは大丈夫なのか?」
今頃になって不安になってきた、袋の中に入れて置いた、
女神様から貰った羊皮紙の巻物の事を思い出し、袋から取り出す。
もしかして、これが旅のお守りみたいな物かな、魔法的な道具だといいなぁ。
広げて──えーと、信じられない事が書いてあったような。
目の錯覚? ……巻き戻して、目を擦り、気を取り直してもう一度広げて見直す。
『あうぃちぃんのく ⇒ こんにちは』
『あぜせどにあちりあひにたむ? ⇒ 街に入りたいのですが?』
『うおたじら ⇒ ありがとう』……他、色々
「うぉぉ……、難易度たけぇ……」
まさか、まさかの異世界語の会話集である。
これを使って異世界語を覚えろと言うのか!
この難易度は『八』くらいかもしれない。
※最初から話せたら『一』、歳を経てから最初から覚えるのは『十』
※自分の判断基準である
さっきまで抱いていた、魔法の巻物かな? と言う、甘い考えを打ち砕かれた。
「女神様、きっついです……」
夜空に向かってつぶやいても、聞く者など居なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
あの後は獣に襲われる様な事は無かった。
獣に襲われる怖さより、会話の難易度が上がった事に悩みが増えて、
よく眠れない夜を過ごした次の朝、チーズと水で朝食を済ませて、
憂鬱になりながらも街へと出発する。
街の姿が近づいてくるのに、妙な緊張感を持って巻物を広げてる。
それを読みつつ、ぶつぶつとつぶやきながら歩く自分。
他人から見たら変な人にしか見えないだろう、自分でもそう思う。
巻物には思った以上の数の会話集が書かれていて、覚えるのがキツイ。
街に着くまでに簡単な会話を覚えるのがギリギリかも知れない。
「えーと、えぬせどぅちじゅよかにけつす(素敵な休日ですね)」
普通なら怪しい呪文にしか聞こえない会話を練習する。
時間など、気にも留めないで会話の練習して歩いていたら、
およそ昼中だと思える、太陽が真上に来た頃に街に着いた、着いてしまった。
街は石作りと言うか、石をレンガの様に積み上げて壁を作っている。
壁の高さは二メートル弱だろうか? 横の長さはちょっと見当もつかない。
道がそのまま続いている門の扉は、木と鉄で出来て重量感があった。
門の前に前には槍を持った軽装な兵? が立っていて、
だるそうにこっちを見ている。
こちらは街の作りを気にするよりも会話の為に神経を集中していたので、
街も人もまったく観察できていなかった。
胃が痛い、緊張しながら門番に近づいて、声をかける。
「あ、あうぃちぃんのく~?(こんにちは~?)」ドキドキ……
「あんだって? お前さん、この街は初めてか?」
その言葉を聴いた瞬間、ガクッと崩れ落ちた。
(普通に会話出来るじゃん)
俺はそこで倒れこんだまま、心の中で泣き叫ぶ。
(あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁ! 女ぇ~神ぃ~様ぁぁ~!!!)
睡眠不足と不安と怒りとストレスで血、吐きそう。
心の中の叫びは、女神への祈りなのか、怒りなのか、
または恨み節なのかは、自分自身でさえわからなかった。
異世界語は、適当に作った、なんちゃって造語です。
深く考えてはいけません。
ここまで読んでいただいて、ありがとうございました。