小人の民家
毎朝挨拶してくる奥さんいるでしょ?あれ、幻覚だよ。
「おぎゃー、おぎゃー」
坊やの声で目を覚ました。
真っ暗だ。まだ真夜中なのだろう。
窓をあけると仄かな月明かりが入り込んできた。
「……よしよし、我慢なさい。父ちゃんが帰ってきたら、乳の出も良くなるからね」
今日で食料が尽きて五日目になる。
坊やにあげる乳も出なくなってきた。
もう冬は越せないと、夫が領主様の屋敷に食料を盗みに行ったが、もう三日間帰ってこない。
「神よ、我らを救い給え……」
帝国が戦争を繰り返すせいで、私達のような小人の村には重税が課せられている。そして今年の税は特に厳しく、不作だというのに去年と同じだけの作物を持っていかれた。
帝国の人間たちは私たちに飢えて死ねと言うのだ。
しかし、脆弱な小人族が反乱を起こしたところで酷い目に合わされて、皆殺しにされるだけ。力の無いものは従うしか無いんだ……。
「神よ。私たちが何をしたというのでしょうか? 私達には生きる権利さえ許されないのでしょうか?」
何度となく祈りを唱えるも、その言葉は何の効果もなく暗闇の中に消えていった。
絶望に目が眩む。
いや、この立ち眩みは何も食べてないせいだろう。
もはや、横になって死を待つくらいしか私には選択肢がなかった。
「ごめんなさい、坊や。私にはあなたを生かす力もないの。ごめんなさい」
眠ろう。もしかしたら夫が帰ってくるかもしれない。
そうでなくても、寝てる間にこの苦しみから開放されるのなら、それも良いのかもしれない。
しかし、意識を手放そうとした瞬間、目の前に漆黒のローブを着た大男が立っているのに気づいた。
「……あ、貴方様は?」
男は異様な風体をしていた。その姿は戦士であると同時に神官でもあるかのようだ。そして、洞窟の闇に潜んでいる獣達のように、フードの奥からは真っ赤な目が四つ輝き、こちらの様子をじっと伺っている。
その禍々しさは神というよりも、死神――。
「ん? あれ、俺の姿が見えるんすか?」
「デスデス。人界に物理的に影響を与える時は物質化するので、見えるようになるデス」
「あー、それで騒がれないように、寝込みばかり襲ってたんすね」
男はその風貌に似合わず、穏やかな声で話し始めた。
もしかしたら危害を加える気は無いのかもしれない。
私は男が死神であろうと縋ることにした。この状況を変えてくれるのなら、なんだって良いのだ。
「か、神よ。どうか我らをお救い下さい!」
「あっ、はい。心配しなくても大丈夫っすよ。痛いのはたぶん一瞬っす」
「え、何を……」
救ってくれるのか?
でも痛いっていうのは一体……まさか!
死神が巨大な斧を握りしめた。
「待って下さい! どうか、どうか坊やの命だけはお助けを!」
「大丈夫っすよ。心配しなくても地獄で会えるっす。確か、旦那さんも先に行ってるっすよ?」
「じ、地獄? 夫が? そんな……」
突然のことで頭が真っ白になった。
やはり男は邪悪な死神だったのだ。どうやら夫もこの死神に殺されたらしい。私もここで殺されるのだろう。
愚かな私が地獄へ連れて行かれるのは構わない。
だけど、坊やだけは助けないと。坊やだけは!
死神が斧を振り上げる。
抵抗しようとしたが腰が抜けて体に力が入らない。
そんな私の無様な姿がおかしいのか、死神が薄く微笑んだ。
「死は幸いなり」
神よ、私はあなたを呪います。
分厚く冷たい刃が私の頭を粉砕した。
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