人界ミッドガルド
クック!ドゥードゥルドゥゥゥゥァァァア!(威圧
「ここが人界ミッドガルドでございますデス。ガルム様」
「あっ、はい。了解っす、ノルサン」
ノルサが死神の仕事を教えてくれると言うので、俺達は人界の辛気臭い田舎へと来ていた。
憂鬱という言葉を村にしたらこんな感じになるだろうか。
人が住んでいるのかすら怪しい寂れたオンボロ小屋がポツンポツンと建っている。
「なんつーか。貧乏臭いっすね」
「はい。ここ十年ほどミッドガルドでは戦争が続いてまして、ここに住んでいるような亜人は搾取される一方なのデス」
搾取か。
異世界に来て喜んでいたけど、どこの世界もそんなに変わらないらしい。
ファンタジーなロマンは存在しないのか。嘆かわしいことよの。
「それで、このボロ雑巾みたいな村で何をするんすか?」
「はいデス。とりあえずあの家にお入りくださいデス」
ハウスというより小屋と言ったほうがいいような家の前に行くと、ノルサンが我が物顔で中に入りだした。
「ちょ、不法侵入いくないっすよ」
「大丈夫デス。我々の姿は普段は人の目には見えないのデス」
なんてこった。
これで合法覗きが可能になるのか。
異世界ファンタジーは存在していたんだな。夢が広がるいんぐ。
妄想しながら小屋の中に入ると、今にも死にそうな痩せこけた四人の一家がいた。全員苦しそうに床に伏している。
流行り病だろうか。赤い斑点が体中に出ており、見てるだけで体が痒くなってきた。
他に特出するべき点があるとすれば、みんな異様に背が低いことだろう。どこのホビット族ですかこれは。
「ガルム様。見ての通りこの一家は死に瀕しておりますデス。貴方様の慈悲でもって、彼らを苦しみからお救いくださいデス」
「えーと、それはつまりどういうことっすかね?」
「つまり、安らかな死を与えるということデス」
あっ、そういえば俺は今死神なんだっけか。死神と言えば、人を殺して魂を集めるのが仕事だろう。
待てよ。ということは俺はこの小人達を今から殺さなくてはいけないのか? なんてこった!
生きている内は人の生死なんて大して考えたこともなかった。俺をいじめていた奴らや、騙して借金を背負わせた奴を殺したいと思ったこともあったけど、あくまで妄想の中での話だ。
人を殺したことなんて、いや、それどころか虫や魚以外の動物を殺したことすら一度もなかった。
「あ、あのー、ほんとにやるんすか?」
「はいデス! さあ、ザクリとやってしまってくださいデス」
ノルサはゆるキャラみたいな呑気な顔でニコニコ笑っている。
なんとも無邪気な表情だ。逆に狂気すら感じるわ。
「ちょ、ちょっと待って下さいっす。そもそも俺は死神の鎌みたいなの持ってないっすよ? 素手じゃ流石に無理っすよね?」
「念じるのデス。ガルム様にぴったりな道具が出てくるはずデス」
念じる? ぴったりな道具?
うーむ、なんだかよく分からんがやってみるか。
道具……武器……こう、遠距離から攻撃するような武器がいいな。
弓矢、クロスボウ、銃もいいな。映画の殺し屋が持ってるような太いサイレンサー付きのピストル。そうだそれがいい。
そう思ってると、突然手の平が青く輝き出した。
光の中から武器が出てくる。
短剣だ。
なんでやねん。
「おおお! これは慈悲の短剣、ミセリコルデでございますデスね。さすがはガルム様デス」
「えっと、これってそんなに良い物なんすかね? なんだかハズレ感がハンパないんすけど」
「まぁ、そもそもガルム様は死神に成り立ててございますデスので、あまり強力な武器は生成出来ないのデス」
なるほどそういうことか。
でもなぁ、こんな錐を太くしたような短剣じゃあ、小人を殺すのも大変そうだ。思いっきり近くで心臓を突き刺さないと駄目なんじゃないか? 勘弁してくれよ。難易度高すぎだろ。
ちらちらとノルサの顔を伺ってみるも、俺が小人達を殺すことに何の疑問も抱いていないようだ。むしろ、「どうかしましたか」とでも言いたげな顔をしている。
「そんなに思いつめる必要はないのデスよ、ガルム様。死に瀕した彼らにとって、死は幸いなのです」
「死は幸い……っすか?」
「デスデス」
まぁ確かに小人達は苦しんでいるようだ。熱にうなされているのか、たまに苦悶の声も聞こえる。それに今更出来ませんでしたって、ヘル様や死神達に土下座するのも通用しなさそうだしな。やるしかないのか。
ぐぐっと短剣を握りしめる。
糞みたいな前世から俺を連れ去ってくれたヘル様に、俺は深く感謝している。ならばその対価を支払わなくてはいけない。
そうだ、結局のところ俺は死神なんだ。これはしょうがないことだ。肉屋が豚や牛を屠殺するように、俺は人を殺さなくちゃいけない。これは仕事なのだ。
俺はなんとか自分を納得させると、心を無にして"作業"を行うことにした。
短剣の先を、倒れている小人の心臓の上に持っていく。小人が苦しそうに呼吸する度に胸が上下している。
俺は固まって動かない短剣を、意志の力を使って振り下ろした。
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