stage.1 スター平原 その6
同じ方向から一斉に飛びかかってくるだけでも、6という数は驚異だった。
6羽による横隊突撃。角の先端がキラリと光ったのは気のせいかどうか。
「なあああああああああああああッ!!!!!」
正面からくる威圧感にビビり、うさみは慌てて身を翻し、走り出す。
だがすぐに失敗したことに気づく。速さが足りない。同じ方向に走っても振り切れない!疲労状態が続いていて、体が重いのも悪条件だ。プレッシャーのせいか、より重く感じられた。
とっさに踏み出した足を右に向ける。
これも失敗。
角ウサギさんたちも進路を調整して追ってきたのだ。直進しかないと思っていた。そこまで優しくなかったらしい。
そして、上半身だけで振り向いて、相手の動きを確認したのも失敗だ。そんな事して加速が鈍らないわけがない。
ただでさえ圧倒的不利な状況で、3つもの失敗を重ねてしまえばそれはもう結果はお察しである。
あっという間に距離を詰められ、グサーされて目の前が真っ暗になるうさみなのだった。
それでも1回分回避した判定を受けていたのは、健闘したといってもいいだろう。運が良かっただけかもしれないが。
「さて!」
3度目の北の大地を仁王立ちで睥睨し、うさみはふんすと息をはく。
街中を駆ける際にも、きちんと交差点や扉の近くでは飛び出しがないか気を配った。うさみは反省を生かせる子なのだ。
そう反省だ。先ほどの失敗は、反省点がたくさんだ。
例のすごい人を観察して手に入れた情報と併せて、どう動けばいいか考えるのだ。
大丈夫、ゲームなんだからクリアできるはず。
うさみはそう考えていた。
「まずは茂みから飛び出してくるのを避けることからだね」
そこで詰まったら始まらない。
うさみは早速駆け出して、角ウサギさんが居そうな、やや背が高い茂みに近づいていく。
ガサガサ。
早速当たりのようだった。足を止めて身構えるうさみ。
……………………
…………
「今!」
ここだ!というタイミングで横っ跳び、と思いきや。それはわずかに遅かった。茂みから飛び出してくる角ウサギさんを避けきれない。
グサー。
視界が暗転する。
「遅すぎた!次はもうちょっと早く!」
今度は早すぎた。移動先に向けて飛び出てくる角ウサギさん。グサー。
「三度目の正直!」
通算で言えば5回目である。グサー。
「まだまだ!」
グサー。
「よく見たら角2本生えてるんだ」
円錐形の大きな角の脇にもう一本小さな角が生えているのに気づいてグサー。
「距離を置いて見えてから避ければ!」
離れて茂みを注視していたところを後ろから寄ってきた角ウサギさんに襲われる。グサー。
そしてとうとう。あるいは、やっと。
「やたっ!」
初撃の回避に成功し、うさみは思わず拳を握る。
しかし、これはあくまで第一歩。その証拠に、奇襲を避けられた角ウサギさんが、うさみをにらみつけつつ、次の突撃のために向きを変えている。
初撃を避ければ次の段階。
この状態からどうやって離脱するか、である。
姿が見えている状態であれば対処の方法は確認済みだ。茂みからの初撃を6度も見ていたのに手間取ったのは、予備動作が見えなかったのが大きいのだ。
引きつけてぎりぎりで避ける。動きが見えていれば難しいことではない。
問題はどこで離脱するか。離脱できなければ延々絡まれ続けることになる。それでは先に進めない。
そうなるとそのうち別の角ウサギさんに見つかってしまうだろう。
数が増えてしまえば、どうなるかは実証済みだ。やられてしまったら先に進めない。
ということは、角ウサギさんに絡まれた状態から離脱する方法があるはずだ。
というのがうさみの考えなのだが、『敵は倒せない』という間違った前提があるので、まあ、うん。
ともあれ偽りの希望に満ちたうさみは、角ウサギさんに向き直る。
1対1で挙動は見える。条件は悪くない。ぎりぎりまで引きつけて避けるのだ。
手本は見た。
物理的に可能なのは証明されている。
あとは実際にやってみるだけだ。
ぎりぎりまで引きつけて
ぎりぎりまで
……
「おもったよりこわい!?」
円錐状の角の先端をこちらに向けて、高速でつっこんでくる50センチの毛玉。その姿はうさみが想定していたよりもずっと迫力があった。
というか尖ったものが突っ込んでくるのである。それを正面から待ち受けるのだ。それは怖い。
茂みからの初撃の場合、角ウサギさんが現れてからは一瞬のことで、角の先端をじっくり突きつけられるわけではないのだ。
しかし今回は避けるタイミングを見切るため、じっくり向かい合う必要がある。
6羽相手に混乱し、思わず逃げたときともまた違う。よく見て考える余裕がある故の怖さ。
そうしてうさみは、突撃してくる角ウサギさんの圧力に負けて、我慢できずに飛び退いた。
早すぎた。うさみ自身その自覚があった 。
案の定、突撃の向きが補正される。
「こ、これで勝ったと、思――」
グサー。
結局、うさみが初撃の回避と1対1での回避を安定してこなせるようになるまでに、死亡回数30回を超えることになる。
この数字が多いか少ないかは、同じことをやったものにしか評価できないかもしれない。
なんにせよ、サービス開始日のプレイヤーの死亡回数としては、桁が一つ多いトップの数値だった。
一方そのころ、HP1の状態でスタート地点に出現しては街中を駆け抜けるちっちゃいエルフの少女が外部情報サイトの掲示板で話題になったが、うさみは気づくことはなかった。