stage.1 スター平原 その5
「ウサギさんめっちゃかわいいんですけど!」
男性プレイヤーが光の粒になって消えていくのを少し離れた場所で眺めながら、うさみは身悶えしていた。
50センチほどのもふもふ毛玉にうさ耳と角が生えたようないきもの。雪でもないのに真っ白で、赤いおめめがぷりちーだ。跳ねるときに小さな前足と立派な後ろ足がついているのも見て取れた。
一見してわかるもふもふ度はなかなかのもので、抱きついて撫で回せばさぞ幸せな気分に浸れるに違いない。
うん、なんだか大きいし角が余分だが、全体的に見てウサギと呼んで差し支えないと思う。ちょ~っとデフォルメしてあるだけだ。厳密に言えばウサギをベースにデザインされた敵なのだろうけれども。
細かいことはいいんだよ!角ウサギさんカワイイ!
そんなことを考えながらながらも、今見た出来事を確認する。
なんと、うさみは先ほど発見したプレイヤーを尾行していたのである。そして彼がやられるまでの一部始終を少し離れて観察していたのだ。ストーキングである。
先ほどは何が何だかわからないうちにやられてしまった。
だから、他の人を観察すれば、何が起きたかわかるのではないか。
自分 がゲーム初心者であることは自覚している。
うまくいけば、先に進む参考にできるかもしれない。
そう考えた故であり、他意はない。違法性はないと信じる。
そうして、いくつか、役に立ちそうな情報を手に入れることができた。というか大漁だったとすら言える。
まず、先ほどうさみが死んだのは、あの愛らしい角ウサギさんの攻撃を受けたせいだろう、ということ。
茂みが揺れて飛び出してくるという状況からして間違い無さそうだ。
次にその角ウサギさんの攻撃パターン。
茂みから飛び出してきて額の角でつく!という初撃。
それがかわされればその勢いで直進して距離をとり、獲物に向き直って再度の突撃。
これが基本パターンで、数が増えると連携する。複数の方向からの同時攻撃、回避したところを狙っての突撃もあった。
彼は、最終的に6羽に包囲され、2羽による同時攻撃を時間差で2度。避けたところを狙った追撃。それをかわして体勢が崩れたところへのとどめの一撃。
角ウサギさん、その見た目に反して、凶悪な連携であった。
「あんなの避け続けるのは無茶だよね」
ボールがいっぱいあるドッジボールみたいなものだ、とうさみは考えた。ボール一つなら多分何とかなると思う、でも二つめの時点で難易度が大きくあがるのは簡単に想像できる。三つ四つと増えればどうなることか。彼はよく五つまで耐えたものだ。素直にすごい。うさみは心の中で名も知らない彼を尊敬した。
そしてここで大変な誤解をする。
「でも、あんなすごい人でも、囲まれたらアウトなんだよね。敵を倒せない上に、一回攻撃が当たるとやられちゃう。となると、囲まれないようにするしかないか」
敵は倒せない。
一回攻撃が当たればやられる。
確かにそれは事実ではある。
だがそれは分不相応な、大きなレベル差がある敵を相手にしていたせいなのだ。
攻撃しなかったのはレベル差でダメージが入らないので意味がないからであり。また、適正なレベルと装備、スキルがあればそうそう一撃でやられることはない。
だが、うさみはそんなことは知らないのであった。
すごい人がやらないんだからもともとそういうものだと思い込んだのである。
もちろん誤解である。
大事なことだからもう一回。もちろん誤解である。
しかしこれを否定しうる情報はうさみの手元にはなかった。
あえて挙げれば、そのすごい人がなんで街から出てすぐの場所で敵に囲まれて死ぬんだよ、ということも言えるだろうが、
「今日は初日だし、動かし方の確認をしてたんじゃないかな」
ということになる。自分の限界を知るのは何をするにも重要なことである。うさみ自身もやったことだ。死ねばスタートに戻るのだから、すぐやり直せる場所でやっておくのはアリだろう。
とまあ、一度思いこんでしまえば多少の矛盾は補完されてしまう。
「でも、ゲームなんだから進めるはず。裏面だったら難しいのは当然だしね」
せめて。ここで『裏面』攻略をあきらめて『正規のコース』へ戻っていれば、どこかで勘違いに気づくことができたのかもしれない。
しかし現実は異常、もとい非情であった。
星降山へ行ってみたいという目的と合わさって、うさみの頭には引き返す選択肢はすでになかった。
予想される難易度の高さは逆にうさみを燃え上がらせる燃料となる。
「よーし!やるぞー!」
決意を込めて気合いを入れる。
すると、角ウサギさんが6羽、一斉にうさみのほうへ振り向いた。
すごいプレイヤーさんはすでに光になって消えてなくなっていた。
角ウサギさんたちの中程にいた一羽とうさみの目が合った。
「え、えへっ?」
微笑むうさみ。
構える角ウサギさんたち。
うさみは知っていた。あれは、突撃の予備動作だ。さっき何度も見た奴だ。
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「なあああああああああああああッ!!!!!」
うさみの悲鳴が辺りに響き。
すぐに静かになった。
前途が多難なのは約束されているようである。