stage.9 星の海 その3
星に囲まれての自由落下はわずかな時間である。
うっかり夢中になって走るのに集中していたせいで魔力を使い果たしはしたが、落下に対応するのに必要な量程度であればすぐに回復する。まだ満月の夜でもあるのでなおさらだ。
しかし、実際に落下を止めたのはうさみではなかった。
「あれ?」
自由落下から、エレベータで下に参りまーす時の浮遊感に切り替わり、微妙な慣性による圧力を感じながらどこかへ移動させられていた。
すぐに気づく。魔力で線が引かれている。滑り台を滑るようにその線にそって運ばれていた。
あるいは台車に乗せられて運ばれているような。
うさみは少し驚いたが、特に害なはいしあったとしてもどうにかなるかなと楽観的に考えて、運ばれながら、消えてしまったるな子を再度呼び出した。
星々の間を縫うように周回しつつ運ばれる中、るな子を抱いてきらきらな景色を楽しんだ。
そしていつしか、そんな星々の真ん中へと導かれて行ったのである。
そこは山頂だった。
近辺はごく緩やかな傾斜になっており、ちょっとした台地といってもいい。
足元は水晶のようなもので覆われ、星たちによく似た優しい光を放っていた。星光竜の棲家の入り口を封じてあったものと同じものであるように思えた。
そしてそこに待っていたのは。
「おばあちゃん?」
うさみの祖母というわけではない。そう言う年恰好というだけだ。
温和そうな老婦人。ただ普通と違うのはその大きさがうさみの倍くらいあることと、うっすら光っていることである。
『ほう、そのように見えるかね、うさみ』
おばあちゃんが口を開く。これも星光竜と同様に、音ではなく直接頭の中に届けられた。
星光竜と会話をしていなければ驚いていただろうが、さすがにもう慣れていた。
「? ひかるおっきいおばあちゃん?」
首をかしげて言いなおすうさみ。ひかるおっきいおばあちゃんは手をぱたぱたと振りながら、答える。
『ふぇふぇふぇ、そういうことじゃないんじゃがね。まあいいさ。わしはここに集う星霊の長をしている者でな、お主に少し用があって来てもらったのじゃ』
せいれいのおさ。精霊ではない。直接頭に入ってくるのでニュアンスが違うことはよくわかった。
「お星さま? なんでわたしの名前を知ってるの?」
『うむ、それも含めてな。まず、うさみよ、我らが幼子を連れ戻してくれてありがとう。礼を言わせてもらうよ』
おばあちゃんの後ろから、光が一つ現れて、うさみの前へと進みでてくる。
「あ、ヴァル子! んもー、いきなり飛び出すから心配したじゃない!」
うさみが、めっ! するとヴァル子はおろおろとさまよったあと、縦に揺れた。
いきなりとかとびだすとかうさみが言うのはツッコミ待ちかなという目でるな子がうさみを見上げるが、特に誰も気にしなかった。
『我々はここにヴァカンスにやってくるんじゃが、この子はちょっと好奇心旺盛でね、ちょっと地面に近づきすぎて、こぼれ落ちてしまったのさ。そうなると自分では戻れなくってねえ』
「バカンス?」
『ヴァカンス』
ふーむ。とうさみは唸る。家族旅行で遠出して一人で探検してたら帰り道がわからなくなった感じだろうか。
うさみはなぜか妙な共感を覚え、ヴァル子にご飯をプレゼントした。なぜか共感を覚えたからだ。なぜか。
「そういう行動力って意外と大事じゃないかな」
『なるほど、うさみもそっち側かい』
ふぇふぇふぇ、と笑われてしまった。おかしい。
うさみがぷくーと膨れたが、おばあちゃんは話を続ける。
『うさみの名はこの子に教わったというわけさ。月が半分巡る時が経ち、正直もうあきらめていたんだが、無事に戻って来てくれてうれしいよ』
「そっか。よかったね、ヴァル子」
縦に揺れるヴァル子。
ヴァル子を帰すという観点から見た場合、二週間ほどは大体無意味であったということをうさみは思いだしかけたが、さっとその事実から目をそらし見えないふりしてポイして捨てた。
『そういうわけで感謝しているんだ。うさみには礼をしなくてはならないね。さて、何をどうしたものかねえ』
別にいらないよと言いたいところだったが、こういうのは貰っておいた方が相手の気分的によろしいものだと、経験上うさみは知っていたのでとりあえず様子を見る。
星の霊の長とかいうなんだかすごそうな相手であるのでちょっと警戒はしているが、やばそうだったらそのときに口をはさめばいいだろう。
『そうだね、まずは星の加護を。さあ、おやり』
おばあちゃんが何事か指示すると、ヴァル子がうさみの周りを回りながら光の粉を発し、振りかけた。
なんだか綺麗だったし、ヴァル子のやることなので害は無いだろうとうさみはされるがままになる。
光の粉は、うさみと、ついでにるな子にあたると沁みいるように消えて行く。
『幸運を呼ぶ、かもしれない星の加護。ついでに星魔法が使えるようになっているからね』
かもしれない。
かもしれないって言ったよ。
うさみはツッコミを入れたいのをとりあえず置いといて、自分の中の変化を確認する。あった。覚えがあると思ったが、これは。
「【コントロール・スター】」
星の力を現出させる。
星光竜の星ピンクビーム。あれと同等の性質の力だ。色はピンクじゃないし好きに変えることができるようだが。
「うーん、ぜんぶ?」
それはうさみが使える属性のすべてを合わせたような感触だった。
『星の力は存在しようとする力。火であり水であり土であり風であり光であり闇であるものじゃ。そしてすべてを無に帰すものに相反する力じゃ。扱いは難しいが使いこなせれば絶大な力を発揮するじゃろう』
「ふうん」
すごい力とかあんまり興味なかったので生返事になったが、それはそれとしていろいろ遊べるかもしれない。
うさみがにへらっと笑うとおばあちゃんも目を細めて頷く。
『まさかそれだけで済むわけではあるまいな』
そこにうさみにすっかり忘れられていた星光竜が現れた。
そういえば追いかけっこしてたんだっけ。




