stage.9 星の海 その2
『ところでうさみよ。このようなことができるなら雷雲を抜けて行けばよかろうものを。我が寝所を通ることにこだわったのは何ゆえか』
「え、バチィってなって死ぬから」
魔法談議が一段落した頃。洞窟内の月光を浴びながら星光竜が尋ねる。
『いや、魔力を纏って身を守ればよかろうよ。雷であるとわかっておれば造作もなかろう』
「え、あ、……え? …………ああ!」
星光竜がいかにも不思議そうに尋ねると、うさみは変な声を上げて動かなくなった。
しばらくするとぷるぷる震えはじめ、ひざと両手をついてうなだれる。
顧みるに、雷の魔法を使えるようになった時点で、可能だったろうことが容易にわかる。
二週間もなにしてたの。なにしてたの。
行き止まりを目指して必死で努力したことに加えられる追撃の自爆に、うさみは大ダメージを受けた。
だがその程度で力尽きるうさみではない。
力なく震える足で立ち上がり、ふらふらと歩きだすさまはさながらゾンビのごとく。ゾンビだったら死んでるのでは。
るな子が大丈夫かしらと下から顔を覗き込むと、ビクッと震えて距離を取った。
『さて、なかなか面白いものを見た。褒美に一つ願いを叶えてやろう。我が背に乗ることを許す』
そんな中にかけられた言葉を聞いて、うさみは星光竜を見上げ、ぽかんと口を開け、「はへ?」とよくわからない声を上げた。
『疾くせよ。気が変わってしまうぞ』
「あ、うん」
るな子を頭に装備しヴァル子を肩に乗せて、ぴょいと一跳び。
星光竜の背中は広くごつごつした大きな鱗に覆われていたのでその隙間に腰かけた。
『では行くぞ』
「お、おおう」
星光竜の言葉と共に発生するのはエレベーターで上に参りまーすしたときの加重。
うさみは今、星光竜の背に乗って飛んでいた。
左右を見ると大きな翼は半ば開かれているが特に動いていない。
羽ばたいて飛ぶわけじゃないんだ。だったらなんで翼があるんだろう。などと思っている間に天井が近づく。
天井には光を放つ水晶のような鉱物の塊があったが、星光竜が近づくと、溶けるように四方に消えた。
「おおー」
そこからさらに縦穴を上昇する。その間もどんどん加速するがなかなか長い。
そしてうさみの体感で500メートルほども過ぎたとき、あたりの景色が突然変わった。
それはまさに星の海。
先ほど星光竜が魔法で見せたものとよく似た、しかしそれ以上に煌びやかな空間だった。
無数の光が様々な色で瞬いて、眩いばかりの世界が前後左右上下に広がっている。
「あっ」
突然ヴァル子が肩から飛び出す。
しかし星光竜はさらに上昇を続け、うさみが飛び降りて追いかけるか迷った一瞬でヴァル子を見失ってしまっていた。
「ヴァル子ー?」
声をかけてみるが様子はなし。どうしたものかと思っていると、
『星の子であれば心配は無用であろう。それより少し体を慣らす。落ちぬよう気を付けよ』
星光竜がそう言ってばっさあと翼を羽ばたかせる。
すると何とも不思議なことに、星光竜の大きさがどんどん大きくなるではないか。
「おおきくなった!?」
『この大きさでは寝所に入れぬゆえな』
ふふん、と後に続きそうな楽し気な口調である。あるいはどやぁ。
もとの3倍ほどに巨大化した星光竜は得意げであるが、うさみは巨大化中い鱗に潰されかけてちょっと危なかったのでイラッとした。そして文句を言ってやろうと口を開いたその時。
『では少し動くぞ』
星光竜が羽ばたいて星々の中を飛び始めたのである。
視界から流れて消えて行く星たち。
容赦なくうさみを責める風圧。
吹き飛びそうになって慌てて体を縮こまらせて鱗の縁に捕まるうさみとるな子。
「わっぷ、ちょっと、風が……!」
『ん、なんだ、聞こえんぞ』
このやろう。
うさみは物凄くイラッときたので、
「【フル・エンチャント】【追風】【雷迅】【加速】」
魔法をかけてるな子をひっつかむと背中から飛び降りた。
当然置いていかれるが、すぐに駆けだし風圧が邪魔だったので風をコントロールして排除し夜を切り裂き追いつき追い抜いた。
「ふふん!」
追い抜きざまに笑いかけて差し上げる。
それを見た星光竜の表情が固まったのがわかった。
そして、数多の星々に見守られる中、鬼ごっこが始まった。
星光竜の棲家はうさみにとっても星光竜にとっても狭い。
星光竜は本来の大きさでは入れないほどであるし、うさみはトップスピードに乗る前に減速に入らないと壁に突っ込む羽目になる。
それでもその環境では小回りの利くうさみが有利である。自分のねぐらを大きく荒らしたくないということもあるしやはり大きさがネックで星光竜の機動性は死んだも同然であるからだ。
では広大な空間に出るとどうか。
星光竜はその無尽蔵の魔力を推力に変換することができる。
うさみも全速力で走ることができるが直線での最高速度はやはり星光竜に譲ることになる。
しかし追われる兎のしぶとさは並大抵ではなく。
レースではなく鬼ごっこという形態で競うのであれば星光竜の巨体が邪魔をして、小回りの利くうさみを捕らえるのはそれはそれで難題であった。
星々の間を駆け抜けて縦横無尽に逃げ回るうさみを追いかける星光竜。
曲技飛行のていをなしてきたそれは、しかしあっさりと結末を見ることになる。
「あ、魔力が切れた」
うさみは落ちた。




