stage.9 星の海 その1
星光竜は偉大にして寛大、その上謙虚であるので今起きた出来事を素直に認めることができた。
つまるところ、卵と思っていた彼の者は、一個の図抜けた存在であるということだ。
様々に制約はあったとはいえ、星光竜を出し抜いて目的を達したという事実。偉業といっていいだろう。
あのうさみと名乗った幼いエルフは、認められるべき存在であると。
肉体の外側で魔力を捕捉し扱うというのは吹けば飛ぶほど不安定であり、実際に一吠えで吹き散った。
しかしながらそこから立て直し、いつの間にやら始め以上の魔力を掌握していたというのは凄まじい。
逆算して考えれば、魔力の量をはじめからごまかしていた、次に部屋を走りまわりながら吹き散らされた魔力を再度回収し、さらに星光竜の魔法を蹴り散らした際に霧散した魔力を掌握し、最後にあの獣が放った眠りの魔法。そのものは星光竜に対しては無力であったが、無効化されあたことであたりに残留した魔力を取りこんだのだろう。
結果五つ分の幻像とそれに纏わせるだけの魔力をかき集め支配するに至ったのである。
速度を以て上回り、魔法をもって裏をかき。
うさみは極めて有力な魔法使いであるといってよい。あっぱれである。寛大なる星光竜は好敵手を湛えることもできるのだ。
そしてそのうさみが今星光竜の寝所へと戻ってきた。
「い、行き止まりだった……!」
とぼとぼ、肩を落として歩いてきたうさみ。足元にはるな子が心配そうにうさみの顔を見上げている。
『うさみよ。汝は結局何がしたかったのだね』
「あそこから外につながってると思って」
『残念であったな、あの奥は外にはつながっておらん。下界では珍しい鉱石があるだけだな』
「ねえ、星光竜さんはどこから出入りしているの? 私、山のてっぺんに行きたかったんだよ」
『上だ。天井の星晶を開けるのだ』
「おうふ……」
がっくりと膝をつくうさみ。そのまま倒れ込んだところを、るな子が下に滑り込み受けとめた。
「なにそれえ。んもー」
まさかのドア付き。ちょっと甘く見ていた。ドラゴンおそるべし。
ひっくり返って仰向けになり、るな子を胸に抱いて脱力するうさみ。もうこの二週間は何だったのかと。
『それよりも、さきほどの体外の魔力の掌握をやってみせよ』
気が抜けて無気力モードに入ったうさみの横まで星光竜が寄って来て、上から覗き込みながら言う。星光竜にとってはお願いのつもりだが、言い様も実質も命令である。
うさみは逆らう気力もなかったので言われるままにそのあたりの魔力をかき集め、魔力圏を生成する。
この技は純粋に魔力を支配して近くに置いているだけであるが、純粋な魔力攻撃に対しては気持ち程度の防御力を発揮する。火だの水だのに変換されていると無力であるが、この圏内で他者が魔法を使おうとするならば、発動の直前に干渉し打ち消すこともできる。先ほど蹴り散らしたのはこの性質を利用し、なおかつ蹴る必要があると認識させるためのひっかけであり、実際は念じるだけで可能であった。もちろんタイミングは極めてシビアなのだが。
こういった性質を星光竜は今観察することで見抜いた。同時にさらに一杯喰わされていたこともわかったので、ちょっと仕返ししてやらねばと思い。
『なるほど、こうだな』
「うひゃあ!?」
そっくり真似して、さらにうさみの掌握していた魔力圏を奪い取った。突然で無理やりだったのでうさみが驚いて変な声を出す。
そのことに満足しさらに調子に乗って。
『どうせならこういうのはどうだ』
星光竜が魔力の性質を操作する。すると、どうだろう、洞窟内の景色が一変したのである。
「え、うわあ、なぁにこれ!」
うさみが跳び起き、るな子が転げ落ち、腕輪からヴァル子が勝手に飛び出て来て右往左往。
辺り一面にヴァル子によく似た星々が出現し、さながらそれは星の海。
ヴァル子が星のひとつに近寄って、焦ったように周りをくるくると回る。
『星の子よ、それは限りなく星に近しいが、本物ではない。汝の仲間ではないのだ』
星光竜がそう言うと、星の海が消え、元の洞窟が現れる。
するとヴァル子は落ち着きを取り戻し、うさみのところへ戻ってきた。
『現実の星空と変わらぬ性質を持つがな。それでも偽りであるよ』
星光竜がやったのは、掌握した魔力の圏内に星の海を投影し、空間に星の海と同様の性質を魔法的に再現するという荒業だった。
うさみはそれを見て対抗心が湧いてくる。基本負けず嫌いなところがあるのだ。そうじゃないとここまで来れていない。
掌握した魔力の性質を変化させて場の環境を変化させようという試み。
幸いといおうか、今宵は満月。なら参考にすべきは。
「じゃあこんなの!」
うさみはコントロール魔法を立ちあげた上で魔力を再掌握。両手を上げて魔力を操作する。
「【満月の夜】」
洞窟の中に月が生まれた。
闇の属性を中心に組み上げたその魔法は、月と同じ波動を放つ球体を生み出し、さらにあたりを夜にする魔法。ベースが魔力圏であるので、強力な魔力による干渉に弱いが、その影響範囲内を文字通り満月の夜と同質に変化させる。月からもたらされる力が最も強い今日、見本としては最適だ。
『やるではないか。しかし外部刺激に弱くはないか、ここはほれ……』
「あー、でもそこはこうして……」
なぜか魔法談議が始まった。
談義といっても理屈面の追求ではなく、実践と観察を交互に繰り返し、どうだ、どうよと見せ合いながら評価し合うのがメインである。
うさみ仕様の魔力圏の外部からの脆弱性について、消費魔力との兼ね合い、影響範囲、用途などなど条件を課したり自慢したりと張りあいながら、改良を重ねられていく星の海と満月の夜。
この妙な時間は3時間ほど続き、るな子はお休み、ヴァル子は交互に現れる星と月に落ち着かない様子でふよふよと辺りを浮いていたのであった。




