stage.8 星光竜の棲家 その8
そして満月の日がやってきた。
「生徒うさみ、正直ここまで進歩するとは思っていなかったわ。本気で弟子入りする気はない?」
勝負の前に、森の賢者のアン先生を訪ねてお茶をいただく。
「うーん、興味はあるけど、どうかな。とりあえず、終わってから答えてもいい?」
アン先生のお誘いは保留。
うさみはここまで勢いでやってきたわけだが、その勢いがおさまらないとほかのことはあまり考えられなかった。視野が狭まっている時に大事なことを決めるのはよい結果にならないと、自分の経験から知っていたのだ。もちろんいつもそうできるとは限らないのだが、今回は許される状況だろう。
「まあそうね。やり切って満足してから思いだしてくれたらいいわ。それと、これは餞別」
アン先生が差し出したのは一枚のクッキーのようなものだった。
ただし、なんだか変な魔力を感じるものだ。
「死の穢れを払うという伝承があるアイテムよ。精霊のマレビトが食べると本来の力を発揮できるようになる、らしいわね」
「らしい?」
「精霊に蘇生された人とか初めて会うから実証実験できてないの。というかこれが実験ね。材料の都合でこれしか用意できなかったけど、まあ食べてみて」
臨床試験を受けろと仰る。これから本番が控えているというのに。
でもまあ、悪いようにはならないか。
うさみはそう思い、受け取って食べてみる。
「いただきます。……味の薄いウエハースみたいな?」
甘味料が入っていないらしく小麦由来の甘さがうっすらと。正直たべにくい。ジャムかハチミツでもないかなあ、などと考えながら完食すると。
「ん、あれ、体が軽い」
「おー、伝承は真実だった。これはまた材料仕入れないと!」
グローブを叩くような音を立てて拍手しながら喜ぶアン先生。
この時うさみに起こったことは、デスペナルティによる能力値低下の解除であった。
通常50%のところをスキルの効果で75%に抑えられていた能力値が回復し、1.33倍(当人比)に跳ね上がる。
決して小さくない変化である。
「アン先生ありがとう! これならイケそうな気がする!」
軽くストレッチなどして体を確認しつつ、うさみは満面の笑みでアン先生にお礼する。
うさみは知らないがまだ累計三桁時間残っていたペナルティであり、最初に死んでからずっと受けていた、長い付き合いの身体の重さ。
それから解き放たれ、うさみは全能感に酔いしれた。
今の自分はきっとすごい。ほらあれ。えっとすごいよ!
テンションばかりで語彙が追い付かないほど盛り上がってきていた。
これはもう突撃するしかないだろう。
いざ!
「いってきま――」
「はい落ち着いて……ッとと」
走りだそうとしたうさみの脇に手を入れて、アン先生はうさみを持ちあげ。
うさみの勢いに引っ張られたたらを踏んだ。
「勢いで行くのもいいけれど、時間をかけて準備したんだし、もうちょっと冷静に行ったら?」
「おおう、そ、そうだね」
すーはー。すーはー。もひとつ。すーはー。
抱えられたまま深呼吸。
「もうだいじょうぶー」
「うん、それじゃ、がんばってね」
うさみを下ろして改めて挨拶するアン先生。
「うん!」
大きく頷いて、駆けだすうさみ。
先ほどと違って地に足がついているのを見て、アン先生は少しだけ安心した。
なんせさっきは空中を走ってゴリラの巨体を引っ張りかけたから。
まあ悪くても死ぬだけだろうし。……普通だったら大ごとねえ。
アン先生はちょっと影響されている自分を自覚しつつ、うさみを見送るのだった。
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星光竜は待っていた。
おそらく次に来る時が、あの小さなエルフの本気を見る時であろうと、そんな確信があった。
今までが本気で無かったとは言わない。しかし、全力でもない。
確かめ、試行し、成功し、失敗し、また乗り越える。生まれつきの強者である星光竜は、そういった経験はないのだが、この二週間ほどで目の前で行われたのは本気の、訓練であった。
もはや卵とは思わない。種族としては変わらず卵にすぎないが、あれはそれだけの存在ではない。
わずか二週間ほどで、大きく力を抑えているとはいえ、星光竜と渡り合えるようになった存在。
全力を出すには狭すぎる寝所が舞台でなければ、また違ってくるのだろうが。
それでも、同じ条件で聖光竜と対峙してこれだけ生きていられる生物がどれだけいるだろう。
殺しても死なないのだから誰でもできるだろうか。ではこれだけ殺され続けて折れない存在がどれだけいるだろう。
殺され続ける中で技を磨き、いつしか対抗できるようにまでなってしまったあれを、今は何と呼ぶべきか。
生物としての格の違いが確かにある。星光竜のほうが大きくて強いのは間違いない。
だがあの不屈の存在は、星光竜の持つ強さとは別の方向で強い力を持っているのだろうと、そう感じる。
認めよう。あれは強者である。
そして今度こそ、偉大にして最強種たる生命の王の一柱、星光竜とその強さを比べられるときなのだ。
『小さきものよ。我は汝を何と呼ぶべきか』
「わたしは、うさみ。こっちの子はるな子だよ。あなたは?」
『我は星光竜である』
「そっか。よろしくね、星光竜さん! それじゃあ、いくよ!」
『くるがいい』
こうして、うさみの全力と星光竜の本気がぶつかった。




