stage.7 星降山の洞窟 その8
9/12 抜け字訂正 サギ→ウサギ
星降山のお地蔵さまの岩棚。
その真ん中あたりの空中に、黒い穴が現れる。
そして飛び出すは眼鏡をかけた黒いガウン姿に肩掛け鞄の金髪の少女。
頭上にあるのは学者帽。四角い板がついていてその真ん中から房の付いたひもが垂れてるあれ、モルタルボードというやつである
少女はもちろん、うさみであった。
「うーん、ウサギの抜け穴、便利だね。やっぱり最初の街には帰れないけど」
兎魔法、【ウサギの抜け穴】。うさみが得ていたウサギのクラスのスキルのひとつだ。
その効果は、自身の拠点または記録したことのあるお地蔵さまのあるポイントへ移動する魔法であった。
いわゆるワープ系魔法。移動が一気に楽になる便利なスキルだ。
問題は迷いの森で初めてお地蔵さまにあいさつしたのでそれより前に戻れない点。
迷いの森の出入り口には例の狼の縄張りなので仕方がないね。
アン先生からの数々の支援をもらうことができた。
兎魔法もその一つで、ウサギのクラスのスキルがいくつか使えるようになっていることを教えてもらえたのだった。
ウサギのクラスは移動系、便利系、ネタ系がそろった優良クラスだねえとアン先生も感心していた。
中でもこのウサギの抜け穴は群を抜いて便利だろう。なんといっても、いつでもおやつを取りに戻れる。これならば鞄の中が空っぽになっても安心である。
「そういえば鞄も不思議だよね」
初心者、超初心者ではリュックであった鞄だが、今のクラスでは肩掛け鞄になっていた。どうやら、クラス変更によって適した形状に変わるらしいのだ。うさみとしてはリュックの方がが便利でいいのだけれど。
なお、そのことがわかって改めて確認したウサギの収納は意外なところだった。
胸元である。
具体的にはバニースーツの胸のVのところだ。なぜかそこにものを出し入れできる。うさみには意味がわからなかった。ぺたん。
鞄に話を戻すが、りんご100個くらい入る改造済鞄も、さらに手が加えられた。
というか、うさみ自身もそれを手伝った。
アン先生の工房にある大釜に幾つかの素材と一緒に投げ込むと液化し、ぐーるぐーる混ぜながら魔力を注ぎこみ、しばらくすると元の姿になって出てくる、という謎のシステムだった。
前回の改造の時に一連の手順を教えられ、今回は混ぜながら魔力を込めるところを指導を受けながら行った。
そしてうさみの魔力を限界まで振り絞って投入した結果、りんご1000個くらい入る容量になったのだ。
ちょっと苦労したのでだんだん愛着がわいてきた鞄には、迷いの森で採ってきた果物が詰まっているが、まだ半分以上余裕がある。
そんな鞄を肩掛け鞄に変形させたクラスは、セージという。訳すと賢者。教えてくれたのが森の賢者だからだろうか。そのアン先生が言うには、魔法に一定以上熟達したものだけがなれるクラスだという。
クラスの効果で魔法の効果が全般向上し、魔力消費が軽減され、あらゆる魔法スキルを扱える、とのことで、魔法の練習にいいんじゃない? というアン先生のおススメで、今回クラスチェンジという運びとなったのだ。
「よし、それじゃ練習をはじめよう【コントロール・ファイア】!」
火から順に六つの属性のコントロール魔法を唱えるうさみ。詠唱時間は短いがゼロではなく。消費魔力は規模に比例する。扱いにいちいち気を使う魔法だ。
うさみの周りに火と水と風と土と光と闇の玉が現れる。果物採りの間に頑張った成果。とりあえず全部出すだけはできるようになったのだ。
「それから。【フィジカルエンチャント・ストレングス】!」
他五つのエンチャント魔法も順次かけていく。こちらはあまり意識を割かなくても形式通りやれば決まった効果が出るので楽だなあ、とうさみは思う。
ただ六つは多いよね。ひとまとめにできたら楽なのに。
ともあれ、これでひとまず準備は整った。エンチャント魔法の効果で身体能力が上がっているのもわかる。ただ、何だかそれでもちょっと体が重い気がするのは一体?
うさみは謎の違和感を覚えつつも、移動を開始した。
「わかった、うさぱわーのやつだ!」
練習初めて一時間。
引っ掛かっていた問題が解けてすっきりしたうさみはその勢いで声に出して叫んだ。
うさみは現在、新たに獲得したものの試運転としてチビドラゴン(命名うさみ)を相手に習熟訓練を行っていた。
ぶっつけで真ドラゴン(命名うさみ)に挑むまえに、手ごろな相手と練習してみる。その相手として白羽の矢が立ったのがチビドラゴンだったのである。
ローブの裾をばっさばっさとなびかせて。サンダルでジャンプジャンプジャンプ!
ウサギになった時のヒールもそうだったが、靴の形状で動きやすさが変わったりはしないようである。
というのはうさみの認識で、実際は、クラスごとのデフォルト装備は、倫理規定対策などを含む処々の理由から、破損無効という効果のみを設定されているのだ。
これは動きやすさに関する補正もすべてニュートラル。なし。ゼロ。ということであり、デフォルト装備に限ってあらゆるメリット、デメリットとは無縁なのである。
ゲームならではの仕様といえる。
「ウサギの専用スキルっていってたよね、脱兎だっけ」
強風、ではなくコントロール・エアの効果で自身を吹き飛ばしながら。
移動速度が落ちている理由が判明し、付随する情報を思い出していくうさみ。
といっても、崖走りは小刻みな跳躍と二段ジャンプを利用した技術なので、致命的な減速ではない。
エンチャント魔法もあり、コントロール魔法でのフォローもあり、そもそも速度だけに頼った機動でかわしているわけでもない。
なのでチビドラゴンをさばく程度なら脱兎スキルの使えないセージでもどうにか補えていた。
とはいえ危ない部分は多くあったし、ドラゴンを相手にするならば超初心者かウサギの方が良さそうだよねと、うさみは思う。
とはいえその場合、今度は魔法の多用による魔力消費の管理が問題になるのだけれども。
例えば今のように強風をコントロール・エアで再現すると、消費魔力が10倍くらい違うのだ。何たる無駄遣いであることか!
これはどういう魔法が必要かを考えて実戦用の魔法を作ってしまうべきだろう。
セージであるから何とか各種魔法を維持できているが、ウサギや超初心者ではおそらくすぐに破たんしてしまう。
となると、うん、実戦でいこう。
こうしてうさみはチビドラゴンの領域での練習を切り上げることを決めたのだった。
下に向かう分には、速度の心配はないので撤収は早かった。




