stage.1 スター平原 その3
山の頂上付近の色が違っているというと、そこだけ山肌が露出しているとか、植性が変わっているとか、あるいは冠雪しているとか、現実的に考えるとそんなところだろう。
しかしその色が黄味がかった白であればどうだろう。雪かな。
でもでも。山の名前が星降山なのである。これはちょっと期待してしまわないだろうか。ましてここはゲームの中だ。そしてファンタジーだ。ゲームの名前も『り』で『ふぁんたじっく』だ。どんなことがあってもおかしくはないと思わないか。というわけで。
(行ってみたい!行ってみよう!)
うさみはそう思った。そして思ってしまったなら仕方がないのである。危険?裏面?上等だ。少々の苦難など、ものの数ではない。なぁに、時間ならある。さあいくぞ。迷いの森?何するものぞ!私が歩いたあとが道になるのだ!
思い付きと思い込みが螺旋を描いてテンションを一気に最高潮まで引っ張り上げる。その勢いでうさみは走りだしたのだった。
後ろから警備兵のおじさんの声が聞こえたような気がするがきっと気のせいだった。
街門を離れると、道はすぐに道とも言えないような獣道になったのだった。
しかし、目印の星降山はよく見えるのでそっちに向かえば問題ないのだった。
こうしてうさみは気分よくスター平原に突入したのだった。
直後、不意に横から飛び出てきた何かから衝撃を受けたのだった。
この時、先ほどの無茶の影響でHPは一桁だった。
何かがわき腹にぶっ刺さったような気がした瞬間、うさみの目の前は真っ暗になったのだった。
こうしてうさみは死んだのだった。
ReFantasic Onlineサービス開始後最初の死者だった。
だっただった。だってさ。
「なんじゃこりゃー!」
叫んで目を開くと、そこには中世ヨーロッパ風の街並みが広がっていた。
周りには地味な服を着た大勢の人。
「あれ?」
スタートに戻る。
そんな言葉が頭をよぎったうさみだが、まあ実際概ねその通りだった。
最初と違うのはなんだか全身がだるいことか。なんでだろう。うさみは小首をかしげた。
ゲーム内で死亡するとHP1の状態で、既定の位置に戻されることになる。この位置をセーブポイントと言い、一定の条件を満たした場所であればそこにたどり着けば任意に変更できる。基本的には拠点となる街に設定することを想定されている。そして改めて設定していなければ初期位置、つまりスタート位置に戻ったわけだ。
「なるほど、何かがぶつかってきたから多分それかな」
数少ないゲーム経験をもとにそう判断するうさみ。昔やったレトロゲームでは敵にぶつかるとキャラクターが死亡し、残機が減ってステージの最初からやり直しになるシステムだった。
「よし、それじゃもう一回ね!」
早速再挑戦することを決める。一度走りだしたら滅多なことじゃ止まらないのがうさみなのだ。ものすごい疲れたときとか。なのでちょっとだるいくらいではうさみを止めることはできないのである!
みたいなことを妄想しながら北門を目指す。なーに、さっきのが西門なら多分こっち。だって星降山も見えるし。間違いない。
「「きゃあ!」」
なんて遠くばかり見て走っていた結果、交差点から出てきた人に気づかず、ぶつかってしまう。
「ごめんなさい!」
幸い、今回はどちらも転ばなずにすんだのだが、うさみは速やかに土下座した。自分が悪いのは自覚できていたからだ。
「ちょっと、だからこんなところで土下座……って、またあなたなの!?」
その声に聞き覚えがあり、顔を上げると、そこにはどこかで見たような人が立っていた。
その人はきれいな女性だった。マンガみたいな赤い髪の毛をツインテールにしており、ちょっと釣り気味な目つきによく似合ってるように見えた。スタイルもよく、くびれた腰に手を当てて仁王立ちしていた。初期装備のシャツを、内側から何かが押し上げているのが、下から見るとよくわかった。
うさみは地べたに座ったまま自分の胸元を見た。
「……ごめんなさい……」
うさみは弱々しい声を絞り出しながら再び頭を下げた。
「ちょっとあなたね……ああもう、いいから今度こそ気を付けなさい!次はないからね!」
女性はそう言ってまるで逃げるように去っていった。小さな女の子に土下座させ、大声を出している自分の姿を客観的に認識してしまったのだろう。そりゃ逃げる。どっちが悪いとか関係なく、その絵面はヤバいもの。
そしてうさみは、ゆっくりと立ち上がり、ゆらゆらと北門へ向かって歩きだした。
その姿を見ていた者たちもいたが、あまりのへこみっぷりに、とても声をかけられる雰囲気ではなかったと、外部情報サイトの掲示板に書き込んでいた。
ともあれこうして、うさみは街中の移動は注意しようと、今度こそ心に決めたのだった。
ところでさっきの人誰だろう。どっかであった気がするなぁ。
何とも言えない敗北感をそんな思考で紛らわせながら。
最初の時はずっと頭を下げていたので相手をまともに見ていなかったので同一人物にぶつかったものとは思っていなかったのである。相手の物言いで気づけとも思うが、別のことに気を取られてそちらに頭が回らなかったのだ。
「ゲームでくらいもうちょっと盛ればよかったかも」
「さて、気を取り直して今度こそ!」
「お嬢ちゃん気を付けろよ?」
気を付けろも何も一度死んでいるのだが、そのあたりはゲームらしく、スルーされているらしい。
警備兵のおじさんの応援を背に、改めて街門から駆けだすうさみ。
なんだか体が重い。疲労状態(うさみ命名)のようだ。死ぬとこうなるのかな。
なんてことを考えている。それでも時間を置いて様子を見るとかそういう発想にはならないらしい。
ReFantasic Onlineでは、プレイヤーが操作するキャラクターが死ぬと幾つかのペナルティが課せられる。
まず経験値の消失。一回あたりはたいした量ではないが、繰り返し死んでしまえば積もり積もって大きな量となるだろう。とはいえ、未だ全く経験値を得ていないうさみには関係がない。
次に、所持アイテムの消失。身に着けている物は消えないが、それ以外の所持品が一定確率でなくなる。回復アイテムの類がなくなると、死ぬほどの激戦ならばそれまでに使用しているだろうことも併せて結構なダメージとなるだろう。財布的に。
最後に、能力値の一時的な低下である。これは時間経過で回復するのだが、死亡即出撃を繰り返す、いわゆるゾンビアタックを防ぐための仕様ではないかと思われる。
これらのペナルティが軽いか重いかは人によって評価が変わるだろうが、安易に死なないように努力するだけの理由には十分なりえるだろう。
とはいえ、うさみの場合は現状アイテムも持たず、経験値もなく、挙句の果てに能力値の低下もその足を止める理由になっていないのでは、これらのペナルティもあってないようなもののようだった。