stage.1 スター平原 その2
たったったったったったっ。
しばらく一定のペースで走ってみる。なかなかきれいなフォームである。
「ちょっと違和感があるような気もするし、気のせいかもしれないし、どうかなー?」
もしかしたら身長のせいかもしれないと、うさみは思う。そしてもしそうならそのうち慣れるかなあ、とも。
車の運転をするようなもので、慣れてくれば自分の手足のように動かせるようになるだろうな、たぶんきっとめいびー。
そういった意味では、最新のVRゲームであれば現実に体を動かすのと同じ認識でゲーム内で動き回れる、期待していたのは微妙に外れたことになるけれど、それはそれ。そもそもゲームだし。自分の身長の何倍もの高さをジャンプしたり、何かを食べて巨大化したりなんていう、現実でできないこともできるようになるかもしれないし、それはそれで面白そうだから、一長一短かな。
などと考えつつ、体全体を意識して動いてみるうさみ。
「うん、大丈夫、体、軽いし。一応思ったように動くし。次は全力で走ってみよう」
ちょうど城壁の切れ目に到達したところで、そのまま城壁沿いに向きを変える。右回りに街の周りを周回する形になるだろう。
ジョギングからダッシュへ。
(お、はやいはやい。思ったよりスピード出てる!)
全力疾走の速度が予想よりも早かったことに気をよくし、そのまま最高速を維持するうさみ。
しかし、しばらく走ると急に速度が落ちてしまう。
「あれ?」
足が、そして全身が重くなる。なんだこれ。
速度が勝手に落ちて行く。
「???うー、もしかして疲労の再現、とか?」
ReFantasic Onlineでは行動することでスタミナというパラメータを消費する。そしてそのスタミナが一定割合を切ると、能力値にペナルティがかかる仕様になっている。また、痛覚や苦しさは、そのショックによって現実の身体に影響を与えるのを防ぐために、一定以上を遮断するよう、ハードウェア側でリミッターがかかっている。これは手続きを踏めば任意で外すこともでき、また、このリミッターも体を動かすことへの違和感の一因となっているのだが、そのことも当然うさみは知らない。
話を戻そう。うさみの推測の通り、走る速度が落ちたのは疲労による身体能力低下を再現した仕様である。能力値の一時的な低下に合わせて走る速度も低下したわけだ。
「ゲームなんだからそういうとこわざわざ追及することないのにね」
おそらくスタッフが苦心して組み上げたゲームバランスのための仕様であるのだが、そんな都合はプレイヤーには関係ないことであるし、ましてやドがつく初心者のうさみをや、である。
「でもまあ、とりあえず限界を確認してみよう」
体の重さを無視して全力疾走を続ける。しばらく走ると速度の低下が止まる。さらにしばらく走ったが、それ以上は下がらなかった。
しかし、今度は代わりに体が痛くなってくる。特に足。まるで筋肉痛の時に無理やり動いたときのような痛みだ。
「お、おう……!?」
スタミナが0になると代わりにHPを消費するようになる。ボロボロになって大ピンチ!といったところで命を削って必殺技を使って逆転!という物語などで見かけるシーンを再現したいと、とあるスタッフがこだわった結果生まれた仕様ではないか、とオープンβテスト時に揶揄された仕様であり、筋肉痛モードとβテスト参加者は呼んでいた。
もちろんそんなことはうさみは知らない。痛いだけである。とはいえ耐えられないほどではない。痛いけど。
でまあ、しばらくは根性で走り続けたのだが、気になる物が見えたのをきっかけに、その手前で速度を緩める。
一度速度を緩めてしまうと再加速するのは難しく。どうにかこうにか目的の場所まで歩いたのち、座り込んだ。
「おい、大丈夫か、エルフのお嬢ちゃん?」
声をかけてきたのは門の警備兵のおじさんだった。うさみのような少女が、モンスターの出るとされる外壁の外で一心不乱に駆けて来て、目の前で座り込んだらそりゃ声くらいかける。そしてこの世界ではこの程度では事案にはならない。
「ふぅはぁ、あ、大丈夫、です」
息を整えながら返事をするうさみ。警備兵のおじさんはその様子を見て待ってくれている。
しばらくしてうさみが立ち上がったのを見て、改めて声をかけてくれる。立ち上がっても小さいうさみ相手だからか、心なしか先ほどより声がやさしい。
「ずいぶん慌てていたようだが、何かあったのかい?」
「あ、その、ちょっと調子に乗って全力で走っただけで。お騒がせしてごめんなさい!」
「なんだそりゃ?」
うさみの返事を聞いてあきれる警備兵のおじさん。
「それより、こっちにも門があるんですね?」
「ああ、ここは【北門】だよ。【スターティアの街】の近所では一番危ないエリアだ」
「一番危ない?」
「そうだよ。北はモンスターが強いんだ。街壁の近くにいる分にはまだマシだろうが、気を付けなさい」
ほうほう。と頷きながら、ということはさっき出てきたのは西門だったのか、などと考えているうさみ。
そうして門を見あげたあと、そのまま回れ右して街の外へと視線をむける。
西門を出た先にあった道とは比べるべくもない、頼りない道が伸びている。草原が広がっているのは西門と同じだが、その向こうに森が見え、さらに向こうに大きな山が見えていた。そして山の頂上付近の色が違うことに気がつく。
「あの山はなんていうんですか?」
「【星降山】さ。向かおうってんならやめておきな。山にたどりつくまえに【迷いの森】で遭難するのがオチだからな」
「ほほう、迷いの森」
警備兵のおじさんの助言に対し、気になる単語をおうむ返しするうさみ。
おお、うさみが初めてまともにNPCと交流しているように見えるけど、気のせいかな。
「迷いの森に星降り山かぁ。裏面かな?」
「裏面?」
「あ、なんでもないです!」
気のせいでした。
何やら独り合点して頷いているうさみを怪訝な目で見る警備兵のおじさん。
「おじさん、ありがとう。でも私は、あの山に行かなきゃいけないの」
一方、すでに何か心の中で決めてしまっている様子のうさみ。それを見て、
「そうなのか。それならせめてしっかり準備を――」
「だから、行ってきます!」
「ちょっとおい!?」
警備兵のおじさんが何か言っていたのに気づかなかったのか、ビシッと手を上げてあいさつし、山の方へ向けて駆けだすうさみであった。
またか。