stage.4 迷いの家 その10
「そういえば、結局成果はどうだったの?」
一通り魔法の名前を決め終わってから、アン先生が尋ねる。
話の優先順位からアン先生が何を重視しているかがよくわかる。話しているとわかるがこのゴリラたいがいな趣味人であり、また引きこもっているくせに話好きである。まあ、興味のあることに饒舌になるのはそういった人種の特徴だが。
うさみとしては森から出るための手続きを優先して進めてほしいのだが、魔法のことを話すアン先生は楽しそうであるし、そもそも手段がアン先生に依存しているので何とも言い出しにくい。
ともあれ、アン先生が喜ぶので魔法の使い勝手などをからめて報告を行う。
「コウモリは爆音でひっくり返ったよ。問題はわたしもひっくり返ったことだよね。音すごいの。ドカーンしたら体を衝撃がつきぬけたかんじ? しばらく動けなかったよ。二回目は耳をふさいで我慢して、団子突っ込んできた」
「うはは。聴覚強化されてるもんな。何度もやってれば耐性がつくでしょ。魔法に熟練すれば影響を調整できるようになるから、それでもいいわね」
「なれるまで訓練しろってこと……近所迷惑じゃないかなあ」
爆音は強烈な音を出す、それだけの魔法である。
耳が鋭ければ強く影響を受ける。うさみのように。
魔法のパラメータの与ダメージ値は“なし”なのでどんなに大きな音でもダメージは発生しない。現実であれば鼓膜が破れるほどの音であってもだ。
「お猿さんは普通に閃光でひるませて近寄っておわり。動きが早いから大変だったけど、足を止められたら燃えてるクマさんほど危険はなかったかな。そういえば黒眼鏡が閃光で消えるんだけど」
「ライトとダークネスが反呪文だからね。おかげで閃光まともに見ても平気だったでしょう?」
「呪文があるからかけ直しが大変」
「それはがんばって早く詠唱できるようになりなさい」
黒眼鏡はクマさん戦でもつけていた、目の周りに闇を発生させる魔法だ。パッと見サングラスをつけているように見える。
暗視があれば見通せるので特に問題はなく、相手にかけるのもアリだ。相手が暗視できたら意味がないが。
ただ極限まで詠唱時間を削られた結果魔法スキル名を宣言すれば効果が発生するほかの魔法と違い、呪文詠唱が必要なのが欠点である。代わりに10分ほど効果が持続するので、うさみはあらかじめかけておいて閃光に備える使い方をしている。閃光も相手の目の前で発生させる方が効果が高く、そうなるとうさみも直視する可能性が高いのだ。
「蜂さんは花香水をばらまいたらふらふらしはじめたからその隙に」
「そういう使い方もできるのね。狙った効果とは違うけれど」
花香水はリラックスできる香りを発する水を出す魔法だ。魔力やスタミナの回復速度が上がる効果がある。効き目は10分。香水としては短い。また、この魔法も呪文詠唱があるので移動中などに使うには舌をかまないように気を付けないといけない。
そのほか飲んでも無害でむしろおいしかったりするのだが、花の匂いが鼻に直撃して気分がよくなる。いや、良くなりすぎてぼーっとしてしまう。それを狙って蜂にぶっかけたのだが、思惑通りうまくいった。
「クマさんは、森と戦っていたので近寄るのに勇気が要ったよ」
「赤い頭の火炎熊ね。あそこはわたしも近寄りたくないわ」
「あと石板はあれ、重くて結構硬いのに誘導してぶつけても平気だったんだけど」
「そういう魔法だからね。うまく使いこなしなさい」
相対速度と重量によって破壊力が算出されると自動車教習所で見たビデオで学んだ覚えがあるが、魔法は必ずしも物理法則を踏襲しないらしい。ここもゲームらしさといえるだろうか。
うさみとしては違和感はあるがそういうものなら慣れていくしかないだろう。
「これであと一つかな?」
「それなんだけど」
アン先生から【森の夜にのみ出現する巨大モンスターすべてに団子を食わせろ】という課題を受けて、ここまで進めてきたうさみ。
しかし、最後の一種が問題だ。なぜならば。
「犬……じゃない、狼だけはちょっとどうにか避けられないかな」
うさみは、犬だけはどうしてもダメなのだと、アン先生に説明する。
梨を取ってくるのは、直接対峙しなくて済んだのでなんとかなった。
しかし今回は正面から挑まなければならない。
犬にエサをあげる?
親戚が飼っている室内犬のミニチュアダックスを相手に、克服のために何度か挑戦したことはある。あるが。
同じ部屋に入ってきた時点で恐慌を起こした。
梨の時はゲームだから、狼だから大丈夫、とごまかして、それでも動けなかったところを、運よく広場を離れていったのでどうにかなったのだ。
むーりー。
「克服なさい、といいたいところだけど、そこまでいうなら無理はさせられないわね」
「え、いいの?」
「ええ。星降山に向かう分には十分よ。ただ、逆方向、街の方に出るには狼の広場を通らないといけないから……」
「それなら後で考える!」
以外にもOKが出て、うさみは諸手を挙げて喜んだ。
結局のところ問題の先送りではあるのだが、うさみとしては最悪遠回りするとか、街に帰らないとかそういう選択肢もあるのだ。あるのだよ。
何かから目をそらしてはいるが、とりあえず山に登る分には問題ない。
実はスター平原の悲劇をうけて、スタッフが手心を加えた結果であったが、これはプレイヤーには知らされていない情報である。
「それじゃあ、最後の準備をすすめるわ」
「押忍ッ」
なんだか変なテンションになっているうさみを見て、アン先生は大丈夫かなとそこはかとなく不安を覚えたのだった。




