stage.4 迷いの家 その9
迷いの森で最も強いモンスター。
それは夜の森に出現する巨大モンスターのいずれかだろう。
冷気を操る青い狼。
闇を操る巨大蜘蛛。
月光を操る銀兎。
酒気を操る二足歩行の大狸。
大地を操る大妖樹。
などなど、23体のボスモンスターがそれぞれの広場に君臨する。
各々の持つ特殊能力は魔法と見まがう効果を持っており、単純な比較は難しい。
しかし、その中でもあえて一体を選ぶとすれば、それは――。
うさみは森の広場を駆けていた。
普段と違うことに、サングラスをかけている。しかしそれはよく見ると違和感を覚えるだろう。光を一切反射しないそれは闇の塊。
しかしそれでもうさみは不足なく周りを視覚していた。闇をも見通す暗視能力はゲームならではのものだろう。
薙ぎ払うように振るわれる相手の腕を大きく飛び退いてかわす。
そこに取り巻きが飛び掛かってくるのだが軽くあしらい頭を踏んづけて上空へ。
「【ウインドカッター】!」
授けられた風の魔法を自身へ向けて放つ。強風がうさみの横から叩きつけられ、うさみの身体をさらに高く運ぶ。
「なかなか近づけない……動いた軌跡に炎が残るのはずるいよねッ!」
宙をただよい相手を見下ろしながらつぶやいていると、後ろから迫る危険を感知。二段ジャンプを切り相手の側面を取るように回り込む。
うさみの相手はクマさんだ。ぬいぐるみのような見た目にだまされてはいけない。大きさどおりの脅威があるのだ。
取り巻きの灰色クマさんで体高1メートルを大きく超える。というかうさみより高い。
赤い頭部のボスクマさんに至っては2メートル以上。立ち上がれば4メートルくらいあるのではなかろうか。
さらに。
轟ッッッ!!!
大きく吠えて体から炎を噴きあげ、四方から飛んでくる木の枝の槍を薙ぎ払うボスクマさん。
あの炎の残滓がかするとそれだけでうさみはお地蔵さま送りになってしまう。
前足による攻撃や単なる移動にさえついてくる炎の残滓をくぐりぬけ、接近する必要があるのだ。
それだけではない。
「ごめんねッ」
着地したうさみは攻撃しようと駆け寄ってくる灰色の取り巻きクマさんの陰に走り込む。
クマさんの広場の外側から、森が攻撃を仕掛けてくるのだ。木の枝や根の槍、先のとがった葉っぱや当たると爆ぜる木の実など。どれもうさみが受けるとこれまたお地蔵さま案件である。
他の動物の広場ではこうまで激しい攻撃はない。
夜になると動く樹木はたくさんあるのだが、積極的に攻撃してくるのは広場のボス格のものとその取り巻きで、一定以上近寄らなければ危険はないのだ。
そしてむしろ、うさみを狙ってくるよりも、ボスクマさんや取り巻きのクマさんを狙った攻撃が多い。
これはうさみの思い付きだが、森の中で火など使うものだから森に敵視されているのではないだろうか。
うさみが夜に通りがかるといつもクマさんと樹木が戦闘しているのできっとそうだろう。
広場の外側から飛んでくる針のような木の枝を、クマさんの両前足を潜り抜けるのと同時に押し付ける。
するとクマさんは自身を攻撃した広場の外側へ注意を向ける。これでわずかな時間ができる。
「【瞑想法】!」
瞑目。1秒。2秒。
魔力を回復。わずかな時間、わずかな回復量だが、残っていた分と合わせれば次とその次に使う魔法の分には何とか届く。
次の攻撃がくるので目を開けて移動を再開。
盾にした灰色クマさんが退いたからか。うさみの周りにいま誰もいない。
ボスクマさんが先ほどから溜めていた魔力で炎の槍が顕現し。
「【ライト】!」
ボスクマさんの目の前でで強烈な光が閃いた。
炎の槍を放つため、うさみをにらみつけていたボスクマさんの目を閃光が灼く。
強烈な光にサングラスがかき消えるが気にもせず、前に出るうさみ。放たれる炎の槍。
身を低くしてすれ違う。少し頭を上げただけで残火に焼かれてお地蔵さま。しかし潜り抜ければ!
「【ストーンバレット】!!」
目を潰されても見えないなりに反撃しようとしていたボスクマさんの前に、石板が出現。右前足が振り抜かれ、砕け散る。
その時にはうさみはボスクマさんの左側に回り込んでいた。
右側は振られた腕の残滓がきらめき。攻撃の直後で硬直しており。
左側は地面で体を支えており。
「それ召し上がれ!」
うさみが至近距離から投げつけた団子が口に入るのを止められない。
「よっし!」
小さくガッツポーズを決めるうさみ。
同時にボスクマさんの纏っていた炎がうさみを焼いた。
あ。
という言葉が出る間もなく。
うさみは死んだ。
しかしそれでも、迷いの森最強のボスの口に団子を突っ込むという目的は達成できたのであった。
■□■□■□
「アン先生、やっぱり魔法の名前が変」
アン先生の家に帰ってきたうさみは第一声で苦情を言った。アン先生は手元の作業を止めて応える。
「あー。やっぱり? で、困ることある?」
「名前からくるイメージと効果が違うからイメージしにくいかな」
うさみが伝授された7つの魔法。
たとえば先ほど使ったウインドカッターは、短時間、猛烈な風を起こす魔法である。うさみくらいならふっ飛ばせる。
ストーンバレットは60キロほどの石板を指定位置に呼び出し、3秒ほど維持する魔法。敵の攻撃で粉砕される程度の硬さしかないが、一応の障害物にはなる。
ライトは一瞬ものすごい閃光を放つ。
どれも名前と効果がどこか乖離している気がする。
「それじゃあ名前を変えようか」
「変えられるの?」
「ええ。一通り使ってみたでしょ? 案があったら採用するわよ」
これらの魔法はアン先生によって元になる魔法から改造されたものだった。
それこそがアン先生の魔法カスタマイズの力の一端。
別にアン先生オリジナルではなく、高位の魔法系師匠キャラの一部であれば扱える技術であるが、現状でその恩恵を受けているプレイヤーはうさみしかいない。
あん生成はうさみのスキル構成から分析した、うさみ長所を伸ばすための魔法へと作り替えたのだ。
与ダメージを0まで落とし詠唱時間を極限まで削り、移動補助として活用できるだろうものへと。
あとはうさみがこの魔法をどう使いこなすか、とアン先生は期待していた。
ともあれうさみはアン先生との話し合いの結果、6つの魔法の名前を変更したのであった。
【石板】【花香水】【爆音】【突風】【閃光】【黒眼鏡】。
6つのうさみオリジナルの魔法の完成である。




