stage.4 迷いの家 その7
【アン先生】はキャラクター育成支援NPC、開発者の間で呼ばれているところの師匠キャラの一人である。
NPCというのは、プレイヤーが操作していないキャラクターのことで、街の人やモンスター、さらにはうさみのるな子も皆、NPCである。
アン先生の場合、迷いの森に隠棲している、ゴリラであるなど独自のストーリィを持った特徴的なNPCであるが、師匠キャラそのものは数多く存在する。
たとえば、冒険者ギルドにいる教官、鍛冶屋の親方、騎士団の教導官、魔法都市の学園教師、盗賊ギルドの指導役。
師匠キャラと交流すると、特定のスキルの取得法や鍛え方を教わることができる。キャラクターの格によってはクラスの取得に関わったり、条件を満たせばスキル合成を教えてくれるキャラクターもいる。
逆にちょっとした特技を持っている、程度のキャラクターでもスキルひとつ程度なら教えてくれたりするのだが、一芸程度だと師匠キャラとは呼ばれない。その一芸が物凄く尖っていたり替えの利かないものであるとまた別だが。
地下王国パラウサで、ウサ吉がウサギへのクラスチェンジについて教えてくれたが、彼は師匠キャラの一人、もとい一羽であるといえよう。
アン先生はそんな師匠キャラの中でも有力な存在であることは、スキル合成を行うことができたことからもわかる。
スキル合成を扱えるのは、一定以上の実力者であると設定されており、例えば魔法都市の学園教師もすべてのNPCが扱えるわけではない。
プレイヤーと接触しうる立場の者という条件と合わせると、一つの街に数人程度しかいないだろう。彼らに友好的に接触し、実績を示すことではじめてスキル合成の恩恵を受けることができるのだ。
うさみの場合は友好的接触に成功したことに加え、初到達の実績と、特異な能力構成が評価されての解禁だ。種族レベル1スキルレベル50を多数というアンバランスな構成での到達はもちろん予想されていなかった。
師匠キャラという役割を置いておいてもアン先生はうさみを面白い奴だと認識したのである。ゴリラの姿に引かなかったのも好印象でどうもウマが合う部分もあった。荒唐無稽な目標も、もしかするとこの子ならやらかしてくれるのではないかと思わせるところもあり、有り体に言えば気に入ったのである。
なので役割を果たせとのシステムの後押しと合わせて、うさみに肩入れすることに決めたのだ。
師匠キャラの役割は、そのNPCの得意とするスキルの取得・育成の支援、同じくクラスの取得・育成の支援が基本であるが、スキル合成を扱えるレベルのNPCとなるとまた話が変わってくる。
スキル合成システムはそれなりに複雑で、スキルを消費するため後戻りもできないため、こういった構成を苦手とするプレイヤーのためにアドバイスや代行を行う権限、そしてそのためにプレイヤーのステータスを閲覧する権限を持つ。
アン先生はこの権限を行使して、うさみのスキル構成から読み取れるプレイスタイルを後押しする形でスキル合成を行ったのだ。それは成功といえる結果を出し、特に二段ジャンプはうさみに好評であった。
しかしながら、実のところアン先生の専門分野に関してうさみはノータッチである。
アン先生はそれが少しばかり残念だったので、権限を若干ながら拡大解釈し、専門分野に引きずり込もうとたくらんだ。
そして、うさみがスキルの鍛えなおしを兼ねた採集活動にいそしんでいる間にその準備を整えていたのである。
「遅かったじゃない、って何その恰好?」
うさみの恰好を見たアン先生はうはは、と笑う。
うさみは採取してきた植物を運ぶために作った不格好な籠を大量に抱えていたのである。
両手はもちろん両腕に引っ掛け、さらにその上に乗せてあるだけのものもあり、頭の上にもひとつ乗っている。
「持ち切れないから籠を作ったんだけど、その籠のせいでもっとかさばっちゃったんだよ……ちょっと下ろすの手伝って!」
バランスを崩すと倒壊してしまう。よくもまあこの格好で森を抜けてきたものだと感心するアン先生だが、うさみに言われて下すのを手伝った。
「一度に全部は持てなかったから、お地蔵さまのところに置いておいたんだけど動物に食べられちゃって。ウサギさんにお願いして置かせてもらったんだけどまた食べられちゃって。結局ものによったら3回集めたよ」
「生徒うさみは魔法の鞄持ってなかったのね。入れ物を貸してあげればよかったか。それにしても、何回かに分けて持ってくればよかったんじゃないの?」
「え、でも夕方にしか入れないからその方が時間がかかるよ?」
「え?」
「え?」
荷物を下ろしながらお見合いする二人。
「ああ! そういえばここに自由に出入りできるように登録していなかったね!」
「は!? なにそれそんなのあったの!?」
大きな手をポンと打つゴリラに詰め寄る少女。
「まあ待ちなさいな。【登録】【うさみ】はいこれでいつでもこの敷地に入れるわ。建屋の裏手が、泉の広場とつながってるから」
「そ、そんな簡単に!?だったら最初から……」
両手をついてがっくりうなだれるうさみ。
実のところこの【登録】はこの採集クエストをこなさなければ受けられないよう、システムとして設定されているので、こうなることは必然だったのだが、うさみはそんなことは知らない。
アン先生によるひいきの一環で出入りが容易になったのだがうさみとしては徒労感が半端なかった。
「まあまあ、失敗は誰にでもあるということよ。このアン先生にもね。自分が同じようなミスをしないよう気を付けるといいわ」
「アン先生、そういうの自分で言うと台無しだよ。言わなくてもナンだけど」
「うはは。まあ、それはさておき、納品は確認したわ。これで森を抜けられるようにする準備ができる」
「準備?」
荷物を下ろしつつ確認していたアン先生の言葉い、小首を指しげて聞き返すうさみ。ちなみにいまだに四つん這いである。
「ええ。取って来てもらったものを使って作るものがあるの。ちょっと時間がかかるから、その間を利用して、生徒うさみにいいことを教えてあげるわ。まあ、とりあえず立ちなさいな」
「はーい。いいこと?」
うさみが立ち上がると、アン先生は頷いて言った。
「生徒うさみ、君には魔法を覚えてもらいます」




