stage.4 迷いの家 その5
「な、なんだこれぇ!?」
うさみは思わず悲鳴を上げた。
頭上にウサギの耳。エルフの耳はなくなってしまっている。変な感じだ。まあそれはいいのだ。
足元はハイヒール。脚には網タイツ。胴には結構な角度のハイレグで肩丸出しの、いわゆるバニースーツ!
ご丁寧におしりの上には白くて丸い尻尾がついていた。
バニーさんである。
バニーさんであった。
うさみの体形に凹凸が少ないせいかまるでエロスより可愛らしさの方が先に立つがそれはそれ。
バニーさんであったのだ!
「なんで服が!」
「別に服を身につけていなければクラスに見合った服が自動で身に着けられるのよ。なるほどウサギさんだ。うはははは」
笑うゴリラと慌てるバニー。
服装が恥ずかしいだけでなく、体形が丸わかりなのがなんとも屈辱的なのである。いやサイズがちっちゃくなっているのだから仕方ないとはいえ。仕方ないとはいえ!
何にしてもこの格好は……。
「服なら着てたじゃない!」
「あれは初心者の服なんだろうね。いや、可愛らしいわよ?うはは」
「笑うなぁ!ない!これはない!キャンセル!」
うさみは涙目で叫ぶが、どうにもならない。このままうさみはバニーさんとしてこの世界で生きることになってしまうのか……!?
「いや、落ち着きなさい。そんなに嫌なら別のクラスにクラスチェンジすればいいでしょう」
「それだ!【超初心者】に【クラスチェンジ】!!!」
力いっぱい叫ぶうさみ。ふたたび虹の光に包まれて、次に出てきた姿は初心者の装備にいくらかの装飾が入ったようなものだった。
「ほう。こっちは初心者のグレードアップ版って感じね」
「超初心者だからね……うーん、特に変わった感じはないかな……あ、リボンは?」
身につけていたうさ耳リボンが見当たらない。そういえば、バニーさんになった時点でついていなかった気もする。慌てて周りを探すうさみ。
リュックの中では、とアン先生に言われて確認すると確かに入っていた。
「ありがとう!これちょっと気に入ってたんだ」
「バニーはダメでもうさ耳はいいのね」
リボンを身に着けつつ礼を言ううさみに茶々を入れるアン先生。うさ耳リボンを逆立て頬を膨らませてにらむうさみだが、まるで効果はなかった。
「それより超初心者、意外と面白いクラスね。【クラスチェンジ可能な他のクラスの専用スキルを修得できる】みたいだわ」
「早速教わったことの例外に遭ったんだけど?」
「そういうこともあるわよ。まあ能力への影響は初心者と同じだし、そのスキルを最大に生かせるクラス特徴がないから、器用貧乏未満なクラスかしら。初心者よりは有用だろうけどね」
「じゃあ、超初心者でもウサギのスキルが使えるの?脱兎とか」
「うーん、そうね。【脱兎】は機能してるみたい。リボンの力を使わなくても、常時効果が出ているわよ」
目を細めてうさみをみつめて断言するアン先生。うさみはおそらく自分のスキルとやらを見抜いているのだろう、どうやってるんだと思ったが、まあゲームだしそういう登場人物なんだろうと一人で納得した。
それより先ほど訊いたことの続きである。
「それで、スキルって?」
「スキルはね……」
曰く。
スキルは個人が持っている技術とされ、世界がそれを認め、補助してくれるものであるという。
実際に行動したり、教わることで獲得、成長するのだ。
「うさみ、君の場合は、飛んだり跳ねたり走ったりに関わるスキルが良く鍛えてあるわ。本当にここまで走ってきたのね」
後半、しみじみとつぶやくアン先生に、うさみは走らないでどうやってくるのだろうと考えていた。歩いてか。まさか泳いでというわけではあるまいし。
アン先生が言いたいのはそういうことではないのだが。
「そして! ここからはできる人も限られる技術! スキル合成よ!」
「すごいの?」
「かなりすごいわ」
「やったー! アン先生すごい!」
「うはははは!」
森の賢者にしては頭が悪いノリである。ひとしきり笑ったあと二人でハイタッチなどしている。この短期間でよくまあここまでゴリラとウサギ(仮)が仲良くなれるものである。
「スキル合成というのは、スキルを消費して、新しく複合スキル、あるいは上位スキルと呼ばれるスキルを獲得する技術よ」
例えば。【ジャンプ】【アクロバット】【ダッシュ】を消費して【二段ジャンプ】を獲得できる。
消費されたスキルは失われるが、改めて取得することは可能である。一定以上スキルに習熟していなければ合成はできないので、なんでもかんでもというわけにはいかないし、消費したスキルを鍛えなおすまで戦力が低下する危険もあるのだが、それを踏まえてもうまく使いこなせるならば有用だ。
「う~ん?」
うさみは説明を受けてもいまいちよくわからなかった。いや、わかるのだが、自身が修得しているスキルがわからないしなんか大変そうで難しそうだという思いが先に立つ。
「よくわかんないんだけど、どうしたらいい?」
「君ならどんどんやっちゃっていいと思うよ」
うさみの歪なステータスを認識しているアンはそう助言する。レベル1でスキルをここまで鍛え、アンの棲家までたどり着けるのであれば、スキルを上げ直すことも問題なく可能だろうという判断だ。
「なんなら、おススメを見繕って合成しちゃうかい?」
「それでいいの? じゃあそれで」
「大丈夫だろうけど、後で恨み言はきかないよ。それじゃほいほいほい、と」
軽く脅かしておいて反応する前にささっとことを進めてしまったアン先生だが、うさみはとくに動じなかった。
アン先生の人格的にも、ゲームであることに対しても、そんな不利になるようなことはないだろうと考えていたからだ。
「よし、完了。あとは、ちょっと準備があるから、そうだな、授業料代わりとなくなったスキルの鍛えなおしってことで、ひとつおつかいを頼もうか」
「おつかい?」
「うん、森の中にある植物の実を、一通り集めて来て。この図鑑にあるもの全部ね」
「え、全部?」
渡されたのは50枚ほどの獣皮紙の束だった。50枚というと相当に分厚い。
一枚一枚に植物の絵と簡単な説明、採取方法がかかれていた。
「じゃ、よろしくね」
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こうして、うさみは新しい力と採集の使命を与えられ、再び森に繰り出すことになったのだ。
そして最後のひとつ、狼の広場に生っている梨を手に入れるまでに丸二日を費やしたのだった。




