stage.1 スター平原 その1
「こんにちわ!」
スターティアの街の街門。二人の兵士が左右に分かれて警備している。
外壁は石積みの立派なもので、その向こうに橋が見えるからには堀もあるようだ。街を東西に貫く大街道に設置されるに相応しい頑強そうな扉が、今は全開されている。さらに横には詰所のような建物。中には扉の開閉や橋の上げ下げをする機構もあるのかもしれない。
そしてどうやら出入りに際してのチェックはないらしい。子供が門を潜り抜けても、
「あっ、外にはモンスターがいる!危ないから気を付けろよ!」
と声をかけるにとどまったことからもそれがわかる。
もちろん有事となればその限りではないのだろうが、今はそうではないらしい。
常識的に考えるなら引き留めるべきであるが、そこはゲームであり、イベントでもなければむやみにプレイヤーの行動を束縛しようとはしないのだ。結果最低限、必要な注意を与えるにとどまったわけである。
「おー!ひっろーい!」
街門をくぐるとそこには平原が広がっていた。視界のほとんどは草原であるが、幅10メートルほどの道路が正面に伸びている。
「向こうは森になっているのかな?」
うさみがつぶやく通り。それなりの広さの草原の向こうに木々が密集して生えているらしいのが見える。視線を散らすと草原の中にもまばらに木が生えているようだ。左右を見ると城壁がまっすぐ続いている。どうやら四角形の街らしい、とうさみは考える。
「なるほど、この道を行けばいいんだね」
改めて正面を見てそうつぶやくと、うさみは早速駆けだす、のではなく。
城壁沿いに歩きだした。
スター平原はスター川流域に広がる平原で、その中心部にスターティアの街がある。スターティアの街からは四方に道が伸びており、東西は【大街道】と呼ばれる大きな街道だ。西へ行けば【狩りの森】を抜けて【魔法都市セコンドリア】。東に行けば【大槌峡谷】を抜けて【鉱山都市サードン】。南にはスター川沿いに一帯の食糧を賄う農村が広がり、海へたどり着く。北へ向かえば【迷いの森】が広がりその向こうに近隣最高峰の【星降山】がそびえている。
どちらへ向かってもモンスターが出没し、その強さはおおむね南、西、東、北と強くなっていく傾向があり、またスターティアの街から離れれば離れるほど強力になる。
という情報は街で真っ当に情報を集めれば手に入る。というかチュートリアルの間にこのくらいの情報は耳にすることになる。また、オープンβではスターティアの街とスター平原一帯が実装されており、βテスト参加者が情報をまとめて公開しているので、ゲーム外でもこのくらいの情報は集められる。
しかしながら。
うさみはそういった情報は一切入手できていなかった。この手のゲームに参加するのは初めてであり、ゲーム外での情報収集という発想がすでになく、さらには初心者にこそ必要なスターティアの街のチュートリアルもスルーして走り抜けてきたからだ。
そんなわけで、うさみはこの時点で、道を歩いていけばいいのだろう、という程度の認識しか持っていないのであった。
「いっちにーさーんし!にーにーさーんし!」
さて街門と大街道から城壁沿いに少し歩いて離れたうさみは準備運動をしていた。大きく背伸びをしたり、足腰を伸ばしたり、飛び跳ねたり。ラジオのやつである。楽しそうに体を動かすその様はいかにも可愛らしいのだが、見ている者は居なかった。
見ている者がいたなら何やってんのとツッコミを入れたかもしれない。しかし、うさみにとって、運動する前に体操をして体をほぐすのはお約束なのだった。
ぴこーん。
「あれ?なんだろ?」
第二まできっちりやった後、さらにストレッチで体をほぐして一息ついたところで、うさみの耳に変な音が聞こえる。ブザー音というかアラーム音というか。思わずじっと耳を澄ませてみたが、もう聞こえない。
「なんだったんだろう?」
気にはなったがもう聞こえないんじゃどうしようもないし、と次の行動に移る。
「とりあえずどのくらい走れるか試してみないとね」
そう。うさみは自分の現状、何がどれだけできるのかを確認することにしたのである。具体的にはどれだけ走れるかということを。慎重なのだ。えっ、慎重?
「とりあえず慣らしから始めて全速の確認かな」
そうつぶやくと小慣れたフォームで走りだした。
ぴこーん。ぴぴこーん。
そうこうして走りだしたうさみ。しばらくすると、また、うさみの耳に変な音が聞こえる。それも何度も。
「うるさいなー。静かにならないかな」
そう思うとピタッと静かになった。
理由はわからないが思った通りになった結果に満足して、うさみは体を動かすことに集中し始めた。
実はこの音、うさみがスキルを取得、あるいは成長したのを知らせるアラートだったのだが、うさみにはそれがわからない。そして、わからないままオフにしてしまった。
本来ならばアラートと同時に視界内に『スキル【ダッシュ】を取得しました』などとシステムメッセージが流れるのだが、うさみの場合はそうならない。なぜなら、うさみはこの世界に視覚を介したインターフェイスも、オフにしているからだ。うさみ本人には具体的にオフにしようという意志も自覚がなかったのだが、なんか視界にごちゃごちゃ文字があって邪魔だったので消えないかとつぶやいたらシステムが認識してそうなったのである。
自身の状況や、プレイヤーやNPCの敵味方中立などの判別、他のプレイヤーの名前、アイテムの名前などなど、様々な情報を常駐させたり、必要な時に呼び出せる便利なシステムなのだが、うさみはその存在にも意義にも気づいていない。気づいていないので気にもしない。
そして、表示しようと思えばいつでも元に戻せるものであるし、他のプレイヤーも自身に必要な情報のみを表示するようにカスタマイズしているので、うさみが全表示オフにしていたところで、システム側からも特に異常であるという認識されない。
そういうわけでうさみは自分で気づくか誰かに気づかされるまで、圧倒的に少ない情報量でゲームをプレイすることになったわけである。しかもそのことに気づいていない。
これが、後の悲劇につながることになるのであった。