stage.4 迷いの家 その4
「別に欲しいものはないかなあ」
しばらく考えていたうさみがそうつぶやくと、ゴリラのアンは焦ったように近くの棚から何かを取って差し出す。
「え、便利なものいっぱいあるわよ?これとか」
「指輪?」
アンが示したのは複雑な文様が刻まれた金色の指輪であった。あのごっつい手でこんな細工を施したのだろうか。うさみはその姿をそうぞうしてちょっとほっこりした。
「それをつけると動物が何を言っているかわかるわ。残念ながら虫には通じないけど」
「へえ!ちょっと試していい?」
「いいわよ」
許可をもらったうさみは、早速るな子を呼び出す。
「るな子!」
『ごはん? ごはんなの?』
虹色の光の中から現れたるな子が何を言っているのかわかる。わかるのだが。
『にんじん? りんご?』
「ご飯はまた今度ね」
『えー。じゃああそぼ!あそぼ!』
るな子がすり寄ってくるので毛皮をすくようになでてやるうさみ。そうしているうちに時間が経ち、るな子は虹の光に還る。
裁判の時はもうちょっと賢そうな感じのことを言っていたような気がしたのだが、森に出てからは食事か遊ぶかしかしていなかったせいだろうか。出していられる時間も限りがあるのでそれくらいしかできることがなかったのだが。
「かわいいけどあんまり意味ないよね、なくても大体わかるし」
「ぐぬ。じゃあ何か困ってることとか言ってくれたら、適当なものを選んであげるよ」
食い下がるアン。
アンにもそれなりに自負がある。この屋敷にある道具は研究用の試作品がほとんどとはいえ自身の技術を注いで製作した作品なのだ。それをあっさり要らないといわれたことでプライドが刺激されたのだった。
「えー?」
考えるうさみ。ナイフじゃ物足りないし、包丁とかあると便利だろうけど、刃物は持ち運びに難がある。アウトドア用品の類もこの身体で持ち歩くのは大変そうだ。服なども、ゲームだからか不思議と汚れたり破れたりしないのだ。食料と水もここまで困っていないし。あと森から出られないのは抜け方を教えてくれるということであるし。
他にもいろいろと候補を考えるが、思いついたものはどれも荷物になりそうだった。そして今の指輪のような不思議アイテムに関しては発想が追い付かない。
なんにせよ、ここまで来るのにひどく困ったことは、犬の件くらいだろうが、これをどうこうするのは心理学や医学の領分で、ゲームですることではないだろう。
「う~ん、あ、あえて言えば」
「言えば?」
「一人で活動してるせいか独り言が増えたのがちょっと困るかなあ」
ずれた答えしか出てこなかった。
しかし、
「あー、あるある。一人だと普段いわないようなこと言っちゃうよね。よいしょーとか。」
「そうそう、意味もなくやってること実況したり」
「わかるー!」
妙なところで話が弾んでしまう二人であった。
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「やあ、うさみ、君、話がわかる子だね」
「アンこそゴリラにしておくにはもったいないね」
「うはははは」
「えっへへへ」
すっかり意気投合してしまった二人。その原因が単独行動、つまりぼっちであることにはお互い触れずにいたことに意図があるのかどうか、それは置いておこう。
「よし、気に入った! うさみ、君の行く道は困難が待ち受けていることは間違いないわ。だからわたしが鍛えてあげる! 師匠とお呼びなさい!」
ビシィッとうさみに人差し指をつきつけるアン。こうしてみると、アンの手はうさみの頭よりも大きいことがよくわかる。
「あ、師匠はもういるから先生でもいい?」
「えー……ま、まあいいわ」
師匠といえば迷いの森の三本角ウサギさん(モブモンスター)がすでにいるので、うさみはそんな提案をした。する方もする方だが受けるアンも大概心が広い様子。
「アン先生!」
「弟子……いえ、生徒うさみ!」
両手でガッチリと握手する二人。
それがゴリラとちっちゃい少女というビジュアルはなかなかにシュールである。
「よし! それじゃさっそく授業をはじめるわ!」
「よろしくおねがいします!」
ノリノリなゴリラに、右手をビッと上げて応えるうさみ。お互いコミュニケーションが乏しかったところに波長が合う相手と出会い、テンションが高まっている様子である。
「わたしが教えるのは大きく分けて3つ! クラスチェンジ! スキル合成! そしてスキルそのものよ!」
「前、ウサギさんもクラスなんとかって言っていたけど、クラスって? あとスキルっていうのもよくわからないけど」
「ふむ。やっぱり知らなかったのね。いいわ、順に教えましょう」
曰く。
クラスというのは職業、あるいは生き方、もしくは立ち位置を表したもので、現在のうさみは【初心者】というクラスについているという。
クラスにはそれぞれ特徴があり、本人の能力にも影響する。また専用のスキルを取得できるものもある。ただし初心者は特徴も能力への補正もないクラスであり、早急に自分にあったクラスにクラスチェンジすることが望ましい。
条件を満たすことで新たなクラスを取得でき、安全な拠点内にて、取得したクラスへいつでも変更できる。変更してもクラスの習熟度は維持されるが、クラス特徴と専用スキルは現在設定しているクラスのものしか機能しない。
クラスを成長させるには、クラスの概要に合った行動を取る必要がある。例えば料理人であれば料理を作る、食材の目利きをするなどである。
「料理人になれるんだあ。確かにいろいろ果物とかあったねえ」
当たれば即死のアクションゲームと思い込んでいるうさみにとって、これはなかなかに衝撃的な情報だった。指を切ったり火傷したらどうなるのだろう。などという疑問だけでなく、あれ、思っていたよりいろいろできるのかも、と思い始めたのだ。といってもそれが形になるのはまだ先であるが。
「料理人に興味があるのかな? といっても私は料理人の教師にはなれないから……」
理由はお察しください。
「そっかー。じゃあ、今わたしは何になれるの? ウサギになれるってのは知ってる」
「どれ、ちょっと確認しようか。……んー、【ウサギ】【超初心者】の二つだね」
「ちょ、超初心者? よくわかんないけど、それはいいかな……」
初心者を超えた初心者なんてものになってどうするというのか。うさみは選択肢を投げ捨てた。
「そう? それじゃ、ウサギになってみな。ここでならクラスチェンジできるから」
「なってみな、といわれても……」
うさみは困ったが、とりあえず念じてみることにした。ウサパワーの時と同じ要領だ。
「【ウサギ】に【クラスチェンジ】!」
考えると同時につい口走ってしまったうさみを、虹色の光が包む。
光が消えたそのとき、うさみはクラスチェンジに成功したのだった。




