stage.4 迷いの家 その2
「ごめんくだ……うん?」
ガタ。
ガタガタガタ。
戸が開かない。
鍵の類がついているようには見えない。ごく普通の、引き戸のように見えるのだが。
逆側も触ってみるが、こちらは固定されているのかガタリとも言わない。
「立て付け悪いとか? まさかそんなことないよねぇ」
ガタガタガタ。
「ちょっとゲームにそんなリアルさは要らないと思うんだけど。それとも入れない場所とかだったり?」
「いや、入れるよ」
ガタガタやっていたら、うさみの肩を大きな手がポンと叩くと同時にかけられる若い女性の声。
「ぴゃい!?」
いきなりのことで驚きすぎて、変な声が漏れるうさみ。
迷いの森に入ってしばし、不意打ちを受けてびっくり! なんてことがなくなっていたので余計に驚きを増幅されていた。
同時に、肩にある大きな感触と、澄んだ女性の声とのミスマッチの違和感。
声をかけた相手と肩を叩いた相手が別という可能性もあるが、感じ取れる気配は一つであり、声は至近の頭上からのもので、同一のようにしか思えない。
そう思って肩の上の手に視線を向ける。
黒かった。そして毛深かった。
え?え?なにこれ。一体わたし何に声をかけられたの!? 混乱するうさみ。
「エルフちゃん、いやウサギちゃん?まあどっちでもいいか。我が家の玄関の戸に何か用かい?」
いや別に戸そのものに用はないよ。
とツッコみたかったが、玄関ガッタガッタやってるところを家主と思われる何者かに背後まで接近され肩にごっつい手を乗せられていてはうさみにそんな余裕はなかった。
どうにかぎぎぎぎぎ、と擬音の付きそうな動きで顔だけ振り返って、うさみは絶句した。
ゴリラだった。
黒い体毛黒い肌。出っ張った後頭部と額。その下のつぶらな瞳がきらり。お口のあたりは出っぱっている、類人猿顔。
毛皮に包まれたたくましい右腕がうさみの肩に乗っており、左腕は下を向いている。拳で地面につけて体を支えているのだろう。ゴリラなら。
いままでゲーム内で会った動物たちと違い、デフォルメされていないのだが、代わりといおうか衣服を身に着けているのが最大の特徴かもしれない。昔テレビで見たチンパンジーのようだった。ただしごつい。ゴリラ。
「え、ええっと、声をかけたけど反応がなかったから」
「あ、そうだったの? 気づかなかったわ。裏にいたからさ。うはははは」
当たり障りのないことを口にしたうさみに何か楽しそうに笑う目の前のゴリラ。
なんでここでゴリラなの。
なんでさばさばしたお姉さま風の声と喋り方なの。
なんで普通に応対してるの。
うははははって何。うっほうっほじゃないの。
やっぱ女性でいいの。メスゴリラなの。
なんで服着てるの。ていうかしゃべってるよ。
あ、よく考えたらウサギさんもしゃべってたな。ならべつにいいか。
声の主が目の前のゴリラであったことを確定しつつ、さまざまな疑問とツッコミがうさみの脳内を駆け巡る。
しかしうさみの口から漏れたのは、
「あ、森の賢者」
という言葉だった。
ゴリラがそう呼ばれるとどこかで聞いたことがあったのだ。ごっつい見た目に反して温厚で賢いのだと。たぶんテレビか何かの本だろうが。
「あー……そう呼ぶ人もいるね。まあ立ち話もなんだ、入りなよ」
後頭部をポリポリとかきながらそうのたまった。
呼ばれてるのか。森の賢者。
と驚愕するうさみをそっと押しのけ、ゴリラは引き戸の下のをあたりを蹴りつける。
ガタガタ。
…………
もう一回。
ガタンと何かがハマる音。
ガラガラと開く引き戸。
「ほんとに立て付けの問題だったの……」
「いやーここもだいぶ年季はいっててね。お恥ずかしい。それじゃ、どーぞ。」
のっしのっしと奥へ入っていくゴリラ。
うさみはそれを見て、後ろを向いて菜園を見て、また振り返って玄関を見て、一歩下がって上を見て、左右のグリーンカーテンを見て。
迷いの森の奥。蔦に覆われた謎の家。そこに隠れ棲む森の賢者。
その正体は服を着たゴリラ。たぶんメス。
中身は気さくな感じのお姉さん。
「……それでいいの、ふぁんたじっく!?」
うさみは叫んだ。心の叫びだった。思わず拳を握っていた。
なんか決めゼリフを発するべきタイミングでダジャレを言われたような、妙なくやしさあるいは残念さを感じていたのを思い切って発散した。
「おーい?」
「あっはい。すぐいくー」
ゴリラに催促されたので、うさみは切り替えて中に入っていった。
考えても仕方がないことは考えない。そんな割り切りの早い子だった。




