stage.4 迷いの家 その1
「あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫」
うさみはブツブツとつぶやきながら樹上にその身を伏せていた。
目的は、ある広場に生えている梨の樹だ。この梨を夕刻に収穫しなければならない。
それだけなら今のうさみにとってはたいした手間ではないのだが。
うさみにとって重大な問題が一つ。
――梨の木の広場には狼が巣食っているのである。
「あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫。あれは狼。犬じゃないから大丈夫」
自己暗示をかけながら広場の様子をうかがううさみ。
広場には10匹以上の黒い狼と、体高2メートルはありそうな巨大な青白い狼が、徘徊していた。
迷いの森は時間によってその姿を変える。
あの巨大な狼は昼間にはいないし、黒い狼も数匹といったところであまり多くはないのだが、夕刻以降はこの通り。
他の広場でも、現れる敵は色違いになったり、大きいものになったり、数が増えたりと危険度が大きく変わるのだ。
うさみにとってはやはり、この狼の広場が最も厄介で、昼間ですら近寄らない。梨は大好きなのだが、それ以上に犬はご免なのである。
「きゃああああああああああああああああ!!!???」
日が空を赤く染めている間になしを収穫しなければならないにもかかわらず、広場の手前で躊躇していたうさみの耳に悲鳴が届いた。
思わず全身をビクッと震わせるうさみ。驚きすぎて声も出なかった。
そのまま固まっていると、何ということか。
犬、じゃない狼たちが森に入っていくではないか。
(え、なんで何が起きたのわざわざ全体で森に入っていくとか今までなかったよねわんわんこわいわんわん)
あっけに取られてみていたうさみだが、ふと気づく。
今ならいけるじゃない。
樹上から飛び降り音もなく着地するとバネのように駆けだし梨の樹へ。
普通に手を伸ばしても届かない。ジャンプしてもぐ、ジャンプしてもぐ。
もいだ梨は前に回したリュックに入れていく。
ジャンプしてもいでポイ。ジャンプしてもいでポイ。
そうして夢中になってもいでいると、突然の嫌な予感。
うさみは上で無く横に飛ぶことで飛来する青い光球を避ける。
青い球がは数メートル離れた樹に着弾し、周囲の空間ごと氷の塊に変えた。
grrrrrrrrrrr!
「ひぃ!」
巨大な狼がうさみをにらむ。
しかしうさみはとっくに背を向けていた。怖かったので。
そのままダッシュ。青い球と無数の黒い狼がそれを追う。
しかしうさみは背を向けたまま青い球を避け、そして黒い狼よりも早く跳び駆けて、追随を許さない。
「あー怖っ! やっぱり狼も犬もあんま変わらないよ!……でもさっきの悲鳴はなんだったんだろ」
狼を引き離しながら、うさみは腕を組んで小首をかしげる。
「まあ、他のプレイヤーの人だろうけど、……うん、やっぱり犬は危険だ」
狼の動きから考えて、そのプレイヤーの末路は、察せられる。
うさみは手を合わせてなむなむーと唱えてみた。特に意味はないが気持ちはいくらか切り替わる。
「まったく、あんな怖いところに行くような用事をいいつけるなんてひどいよね。はふぅ」
そして、そもそも梨を取りに行かなければならなくなった理由を思い出してため息をついた。
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二足歩行のタヌキさんを追いかけた二日前。
タヌキさんを見失った、と思い引き返そうとしたうさみは、視界に思いもよらないものが入り、動きを止めた。
「門?」
それは石積みの門だった。扉はなく、周りには柵が設置してある。門を通れば出入りし放題だ。
中に見えるのは広場、いや庭園、むしろ菜園と呼ぶ方がふさわしいだろうか。
区画を分けられ咲き誇る草花は種類に分かれて列をなしている。一定のルールで植えられているらしく、庭というよりはやはり畑だろう。
そのさらに向こうには蔦に覆われた一軒の屋敷が見える。
「森の中に隠れたお屋敷、かあ」
これはどう考えても重要な施設だろう。少なくともタヌキさんを追いかけるよりは優先度が高いと判断した。
「ごめんください!」
声をかけてみる。
反応はない。
もう一度もっと大きな声で。
……しかしやはり反応はなかった。
「う~ん、よし、お邪魔しま~す!」
だからといってこのまま帰るのはありえない。
うさみは進入することに決め、一応形ばかりに断りを入れる。怒られたらごめんなさいしよう。
まず一歩。
踏み込んでみたが特に何も起きない。
ひとまず安心。
うさみはずんずん奥に進んでいく。菜園の間にある遊歩道、いや農道を屋敷に向かって。
途中農具らしきものが立てかけてある倉庫と思われる小屋が見えたがひとまずスルー。
何の障害もなく屋敷までたどり着く。
近くで見ると、屋敷はそこまで大きいものではなかった左右20メートルないくらい、奥行きは不明。木造平屋のようで、屋根から下がったネットに蔦がからんでいる。向かって右がヒョウタン、左はアサガオだろうか、見覚えがある気がする葉っぱだ。
そして正面には木と曇りガラスでできた引き戸があった。
「またなんか地味に和風っぽい……呼び鈴とかない……無いかぁ。よし」
そしてうさみは引き戸に手をかけた。




