stage.3 迷いの森 その7
『†バーニング娘†』はヒューマンの炎使いである。
炎使いというのは火属性魔法を専門に扱う魔法使い系クラスで、主な特徴は、火属性の与ダメージを増加させ、被ダメージに強い耐性があるというものだ。
火属性魔法の高い火力をますます高められる有力な組み合わせであると自負している。
種族レベル26、クラスレベルも24に達し、魔法使い系プレイヤーとしては現在屈指といっていい。
仲間内ではバニさん、バニ娘などと呼ばれている。バーさんと呼んだ者もいたが、……まあ終わったことだ。
装備は、クラスチェンジ後に解放され、一つ手に入れるためにそれぞれクエストをこなす必要がある、炎使いセットをフルコンプして身に着けている。
炎をイメージしたデザインは、同じく炎を連想して設定した赤いツインテールになかなか合うのだが、本人としてはもうちょっとうまく着こなせないかと模索中でもある。
そんなバニさんだが、今日は仲間を募ってスターティアの北へ向かっていた。
目当てはもちろん迷いの森。
実はサービス開始前から公開されていた情報に、魔法のカスタマイズというものがあるのだが。
今のところ、修得しているプレイヤーの情報が出ていないのだ。
そんな中、迷いの森に賢者が棲んでいる、という情報が魔法都市セコンドリアのNPCから手に入った。
これは何か関係があるかも、ないとしても魔法に関するクエストがあるだろう、ということで探索に向かうことにしたのだ。
無論事前の情報収集も怠っていない。
スターティアのNPCから迷いの森は危険であると耳にタコができるほど聞かされており、またスター平原も周囲と比べてモンスターの強さが一回り以上高いのも周知である。
ゆえにその先にある迷いの森の難易度が高いことは容易に予想できたからだ。
同時に、迷いの森から生還したというNPCから、黄昏時に妙な場所に迷い込んだという話も聞くことができた。
そういった情報が配置してあるということは夕方に何かが起きるということだろう。
というわけで、時間を調整して迷いの森に向かっているのだ。
戦力もバランスを重視して用意した。
タンク役の盾戦士、遊撃として短剣偵察士と弓戦士、火力として自分とドワーフ斧戦士、回復役の水系魔療士。彼らはすでに何度か組んだことがあるバニさんと同格程度の実力者であり、この面子でダメなら地力が足りないとあきらめがつく戦力だ。
「バニ姉さん!一匹抜けた!」
「大丈夫ですわ!紅蓮の炎よ!吹き飛ばせ!ファイアウォール!」
盾戦士の注意を受けてバニさんは落ち着いて準備していた魔法で迎え撃つ。
地面から吹きあがる爆炎が、バイコーンラビットを吹き飛ばす。
ウサギ系モンスターとの戦い方はすでに確立されている。
攻撃手段が基本突撃しかないため、盾などで受け止めてから殴る、槍などでカウンターを決める、壁系魔法で足を止める、問答無用で焼き尽くす、など対処しやすいのである。
数が増えると連携して多角的な攻めをし始めるので着実に各個撃破で対処するのが肝要だが、今回のメンバーは足を止めての迎撃戦であれば皆タイマンで対処できるので少々の数では揺るがない。
「偉大なる精霊よ、わが魔力を喰らいて、彼の者を打ち砕け!マジックミサイル!」
バニさんの身体から、3つの光が斜め後ろに展開し、魔療士を狙う個体に突き刺さる。ひるんだところを魔療士のメイスがフルスイングで叩きつけられた。
その間に盾戦士が受け止めていた3匹は近接組によって屠られ、吹き飛ばされていた個体は弓戦士によってとどめを刺されていた。
「バニ娘、ありがと~」
「ほほほ、当然のことをしただけですわ。本当はもっとぶっぱしたいのですけど」
「やめてくれ、味方の魔法で焼かれたくない。っと、レベルアップだ」
「こちらも【火魔法】と【攻撃魔法】が上がりましたわ」
「【鈍器】しか上がらないよ~。誰か怪我してよ、回復あげられないよ?」
「怖いこと言わんとって!?」
戦闘が終了するとその戦闘中に使用したスキルすべてにも、倒したモンスターの経験値が加算される。ただし、該当するスキルの数で頭割になってしまうのだが。
戦闘中に使いさえすれば分配されるため、うまくすればあまり使わないスキルを上げることもできるし、一気に敵を倒して戦闘終了後にゆっくり回復するスタイルだったりすると【回復魔法】が上がりにくくなったりもする。
炎使いのバニさんは殲滅役なので役割どおりに仕事をすれば上げたい主要スキルを伸ばせるのだが、仲間の魔療士はなかなな大変らしい。
「それじゃあ、ここで夕方まで待機だな。といってももうすぐのはずだが」
ともあれ、危なげなくバイコーンラビットを処理したバニさんたちは、すでに迷いの森のすぐ手前まで来ていた。
偵察士の言う通り、夕刻を待って森に突入する計画だ。
「準備はいいかい?」
「ポーションおっけ」
「装備の耐久度も問題ないぞい」
「MPも十分ありますわ」
「というか私ここまでほとんど使ってないよ」
「迎撃の【シールドバッシュ】がうまくいったからな」
などと雑談をしていると空が赤く染まっていく。
「それでは、突入ですわ!」
「「「「「おうっ」」」」」
偵察士を先頭に森に侵入していく一行。
「狩りの森と比べても動きにくいから注意しろよ」
「木々の密度が高いですわね。ここと比べたら狩りの森は森ではなくて林ですわ」
偵察士が警戒を促しながら藪を払いつつ進んでいく。残りの5名も周囲を警戒しつつ、後を追う。
「これは迂回するより乗り越えた方がいいか」
バニさんの身長ほどもあろうかという大きな木の根に行き当たり、しばし考えた偵察士はそう結論を出す。
木の根を迂回するにはあたりの藪が深すぎた。斬り払っていては時間がかかりすぎる。夕刻という時間制限がある以上それは得策ではなかった。
「とりあえず向こうを確認してくる」
そう仲間に告げて偵察士は慎重に木の根を乗り越える。
………………………………
「ぐあッ!」
突然、弓戦士のくぐもった声。
「きゃああああああああああああああああ!!!???」
「いかん、囲まれてるぞ!」
「ッ!ファイアウォール!!」
振り返った3人が見たものは虹色の光に帰っていく弓戦士と、彼に攻撃を仕掛けていたであろう3頭のナイトウルフだった。
とっさにバニさんが放ったファイアウォールも、即座に散開してかわされる。
「突破する!」
「行きますわよ!」
ファイアウォールで空いた空間へ向けて、盾を構えて走りだす盾戦士に続いて、バニさんも固まっている魔療士の腕を掴んで走りだそうとして、
手の中で魔療士の腕が虹と消える。
「ファイアボール!!!」
即座の判断。
自分を中心に中範囲を吹き飛ばす火球を発生させる。
半径3メートルほどが焼却され、バニさんは何頭かのナイトウルフを吹き散らす。
斧戦士はすでに死に戻っていた。
盾戦士は、シールドバッシュと片手剣の牽制で狼たちをさばいていたが、瞬く間にHPが削り取られ、バニさんが次の魔法を発動させる前に倒れてしまう。
「くっ」
木の根を背に立ち、ナイトウルフをにらみつける。
狼もバニさんの火力を警戒したか、周囲を囲んで動かない。
30は下らない数。動きだせば一瞬で終わる。ファイアボール一発ですべて吹き飛ばせる規模ではない。
わずかなにらみ合い。気持ち悪い沈黙に包まれた時間はすぐに終わった。
のそり、と現れた巨大な狼。【モンスター鑑定】に失敗し、その能力は読み取れないが、バニさんを超えるそのサイズだけでも強敵と判断するに十分だ。
さらにはその青白い体毛。
先ほどから漂い始めた薄い冷気。
氷かなにかの属性を使うボスモンスター。
「……今回は我々の敗北です。ですが次は負けませんわ!喰らいなさい!」
半ば自棄になって叩きつけたファイアボールを、倍はある大きさの青い光の玉が飲み込んだ。
そしてそのままバニさんを襲う。
バニさんが最後に感じたのは強烈な冷たさだった。




