stage.3 迷いの森 その2
地下帝国パラウサから伸びる抜け穴を進んでいたうさみがふと気がつくと、木々に囲まれた広場の中に立っていた。
「あれ、つい今の今まで、穴の中だったのに」
本当に気づいたら、としか言いようがない。閉所から明るくひらけた場所に出たというのに前触れにも気づかないことがあるだろうか。
後ろを振り向いても走ってきたはずの穴は見えない。木が生えているのが見えるばかり。
「まいっか。考えてもわかんないよね」
ゲームだし。と納得しておくうさみ。わからないことはそういうものだと棚上げするその姿勢は、時に有用なこともあるのだ。
「とりあえず、ここはもう迷いの森でいいのかな」
「そうだよ」
「ふぁっ!?」
まさか返事があるとは思っておらず、思わず声を上げしてまう。
慌てて周りを見回すうさみ。
木樹木木泉木樹。
周りを樹木に囲まれた、学校の教室ほどの広場である。
真ん中あたりに透明な水が湧く泉があり、そのほとりに小さな石の像が立っていた。
「お、お地蔵さま?」
「そうだよ、うさみ」
「しゃべった!?」
「時には喋ることもあるとも」
石像は、左手に珠を、右手に錫杖をもった姿をかたどった、50センチほどの彫像で、柔らかな笑顔をうさみに向けている。
うさみが地元でも見たことがある、いわゆるお地蔵様だった。
「はじめて聞いたよ。お地蔵様は、ここでなにをしているの?」
「わたしは標としてここにいる。望むなら因果の始点をここに定めることができるよ」
「因果の始点?」
「死んだときにここに戻ってこれるようになるということだね。よくよく考えて決めるといい」
なんとそのような。うさみは考えた。
今まではゲーム内で死ぬとスタート地点へ戻されていた。
スタート地点は街の中。街を出るとウサギさんや、夜になると狼の出るあの平原があり、その先に今いる迷いの森があるはずだ。
行先として決めている星降山はさらにその先。
つまり、今死ぬと物凄く戻されるということになる。
この先も死なずに住む保証はなく、戻されるならここに戻ってくる方が、スタート地点よりはいいだろう。平原の分、目標に近くなるわけである。
それならやっておいて損はないよね。
というこの時の判断が、うさみがハマる最後のピースだったと気づくのはもう少し後の話。
「じゃあ、お願いします」
「いいのだね? それ!」
お地蔵さまが一瞬だけ、淡い光を放つ。
「これでよい。ここ以外でも、わたしを見かけたら同じように戻る場所の変更をすることができるからね。利用するとよい」
「ありがとう!」
他にもお地蔵さまはあるらしい。流石は六道輪廻をフォローしてくださる菩薩さま。うさみは手を合わせた。しかし何と唱えればいいか知らなかったので、なむなむと言ってみた。
「カカカ、無理しなくともよい。自分なりに頑張るとよい。ではね」
お地蔵さまはそう言うと何も言わなくなった。
うさみはぺこりとお辞儀をすると、改めて辺りを見回した。
そして方向を定めて走りだす。
広場にはお地蔵様と、こんこんと湧く泉だけが残され、
うさみが虚空から出現したのは5分ほど後のことだった。
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「森から出られない……!」
というわけでうさみはハマっていた。
“ハマり”というのは、他に“詰み”などとも言われる現象で、バグであったり仕様であったり何らかの事情でゲームを進められない状況に陥ることを指す言葉である。
厳密に言う場合、完全にゲームが進行不能になることを指すのだが、やや広い意味では難易度の高い障害の直前でかつレベル上げなど状況の改善ができない、あるいは困難な状態でセーブしてしまい、進行が不可能ではないが著しく困難になる場合も含む。
今回のうさみの場合は後者であった。
うさみが事態に気がついたのは、死亡回数が倍ほどに増えたころだった。
原因は迷いの森の中に復活ポイントを設定したこと。
迷いの森はなぜ迷いの森というのか。それは迷うからである。正確には迷うように仕様を設定されているからだ。
森というのはただでさえ、方角をや現在位置を見失いやすい地形である。見通しが悪く障害物も多く、似たような景色も多くある。
現実の世界でも遭難が起きることもある危険な場所だ。素人どころか慣れた人間でも命にかかわる事態になりうる、そんな場所である。
しかし、今回うさみに限ってはその点は問題なかった。
というのも、うさみはエルフであったからである。
エルフは基本的に森で迷わない。ReFantasic Onlineにおけるエルフは、オーソドックスなエルフ像を採用しており、森の種族としてデザインされている。
その為か、エルフは森の中では様々な恩恵を受けられる。これがヒューマンなら街や道、ドワーフなら洞窟や山が対象になる。
話を戻すが、その恩恵の中にエルフは森の中では方向感覚も乱されず、自身の位置も把握できるという能力があるのだ。
これはゲームシステムによるサポートされたものあり、エルフという種族である限り、まるで地元の街を歩くかのように直観的に把握できるようになっている。
であるから、まっすぐ北に向けて歩けば、森を星降山方面へと抜けられるはずであったのだ。ただの森であったなら。
しかしながら、ここは迷いの森だった。
迷いの森はただの森ではなくダンジョンだった。
プレイヤーを迷わせるための仕様が存在したのである。
古典ダンジョンゲームの時代から存在する、ある罠に酷似した仕様が、迷いの森全域に展開されていたのだ。
それは回転床とテレポーター。
踏んでしまうと向きを変えられ方角を見失ってしまう回転床。
気づけば全く別な位置に移動させられてしまうテレポーター。
方角に関しては意識していればエルフであれば問題ないのだ。
しかし位置については極めて厄介。現在位置がわかったとしても、目標物への道中で、別の場所へ強制移動させられてしまうのだ。
まっすぐ進めないどころか、どこに出るのかわからない。
そしてそんな迷いの森の中に、うさみはリスタート地点を設定してしまっていた。
というわけでうさみはハマってしまっていたのである。
迷いの森を自力攻略して脱出するか。
森の中で永遠に過ごすか。
ゲームをあきらめるか。
そういう状況に追い込まれてしまったのだった。




