stage.0 始まりの街、スターティア
「あ~はずかしかった!!!!」
通りの角を曲がったところで息をつくうさみ。
巻き込んで諸共にすっ転んだ女性に対し、うさみは即座に土下座を敢行したところ、「ちょっ!こんなところで土下座って!?も、もういいからっ!気を付けてよねっ!」というお言葉をいただき、女性が逃げるように立ち去ったのを不思議そうに目で追った後、周りを見回し、注目をガッツリ集めていることに気づき、「し、失礼しました~!」と言い捨てて逃げ出したのだった。
「前方注意、うさみは急に止まれない。なんてね」
あ、わりと余裕そうですね。
さて、恥ずかしさのあまり、適当に人のいない方へいない方へと街を駆け抜けてきたうさみ。改めて辺りをきょろきょろと見回す。
石畳で舗装された道路に、石とレンガでくみ上げられた建物。昔行った西洋風テーマパークみたいだな、とうさみは思い、さらに一つの疑念を覚える。
「なんだか私、ちっちゃくね?」
なんだか、周りのものが大きく見えるのだ。改めて先ほど大勢い囲まれてこの世界に出現してきたときのこと思い出すと、周りに居た他のプレイヤーたちよりも、うさみの視界は明らかに低かった。頭一つ分以上。仮に彼らの平均身長が170~180センチほどであるとするならば、うさみの身長は130センチあるかどうか、というところだろうか。ほら、そこの建物についてるドアノブを見たまえ。うさみの肩と同じくらいの高さについていますよ?
「もしかしてエルフなせい?エルフってちっちゃいんだっけ?ちっちゃいのはドワーフだよね?」
はてな、と顎に手を当てて小首をかしげるうさみ。
ReFantasic Onlineを始めるにあたって、プレイヤーは自身がゲーム内で動かす体、『アバター』を作る必要がある。基本的にはヒューマン、エルフ、ドワーフの3つの種族(なお、後のバージョンアップで新種族の追加が予告されている)から一つを選び、カスタマイズしていくことになる。
カスタマイズの内容は身長、体形、肌色、髪色、髪型エトセトラ、と多岐に及ぶのだが、これらの設定を詳細に行い、望みの姿を作り上げるためには著しい結構な手間がかる。
しかしながら、VRMMOというゲームの特性上、長期間の付き合いになる自身の分身である。こだわる者は時間をかけて調整することだろう。
さらに困ったことに(もしくは燃えることに)、このアバターがゲーム内でのキャラクターの性能にもいくらかの影響を与えるのだ。
まず種族によって大まかに特徴があり、さらに太っているとか髪の色とかで初期能力値に影響があるのである。こだわる人間はとことんこだわるであろうことは間違いなく、見た目と性能を天秤にかけて多くのゲーマーが頭をを悩ませた。いや、サービス開始時間を過ぎても、自身が理想とするアバターづくりに血道を開けている者が今この瞬間にも、多数存在している。
一方で細かいことを気にしないプレイヤーももちろんいる、というかその方が多いため、付属のアバター作成サポート用のAIに丸投げしたり、本人の身体データを流用してちょっといじって完成としたりする人も多い。
実のところ、うさみはこの手のゲームは初心者である。というより、ゲーム自体あまりやったことがなかった。それこそ子供のころにレトロゲームマニアの親戚の家でちょろっと触ったことがあるくらいなのだった。そんなうさみなので、本名をもじって名前を付けたところでどうすればいいのかわからなくなった。
そんなわけで、AIに一つだけ注文を付けておまかせしたのだった。その注文というのが、「足が早いといいな」というものだった。うさみは走り回るのが好きな子だったからだ。陸上部に在籍していた実績もあるほどである。
そしてそのリクエストにこたえたAIが導き出したのが現在のうさみの姿である。
エルフであるとか。
身長はエルフの設定可能範囲の最低値になっているとか。
移動速度、次点で持久力に関わる能力が選ばれていき。
また、それらに関わらない部分は乱数で決まったりデフォルトの数値が使われていたりもする。
腰まである金髪に白い肌。森色の瞳に尖った耳。ここまでは一般的なエルフのイメージそのままである。しかし種族最低値という極端な身長、身長に相応しく調整された童顔。目は顔の面積に比して大きめで、おもわずぷにぷにしたくなるももいろほっぺ。有り体に言って可愛らしい。
そう、ここにちびっこエルフが爆誕したのである。
しかし、うさみ本人はまだその自覚がない。なぜならその姿をまだ見ていないからである。設定丸投げしてそのままゲームにダイブしたからだ。なんかちっちゃい気がするなー、なんでだろ?と思ったところであり、それもまたすぐに忘れ去られるのだ。
「ま、いっか。細かいことは気にしない!」
細かいことじゃなくてちっちゃいことですよ。
うさみは気を取り直してあたりを観察する。実は先ほど適当に走ってきたため、ここがどこだかわからない。迷子である。これにはさすがのうさみも自覚があった。
「誰か道を知ってる人に会えたらいいけど」
つぶやいて歩きだすうさみ。一人だと独り言が増えるよね。しかし、次の独り言の出番はまだ来なかった。歩きだしてすぐに人を見つけたのである。
「すみませーん!」
うさみは早速声をかけることにした。
始まりの街スターティア。星の涙を意味する名を持つこの街は東西の大街道が横切る交易都市である。そして、異世界からのまれびとがたどり着くという伝説がある街でもある。
メタ的にはRPGの始まりの街として設計された街であり、プレイヤーの初期拠点となる街だ。そのため、ゲームプレイに必要な必要最低限の施設が一通り存在し、またチュートリアルも充実している場所である。
この街に住むNPC(ノンプレイヤーキャラクター。プレイヤーが操作するのではない、ゲーム内の登場人物のこと)に話しかければ、基本的にこのゲームのチュートリアルへ導かれるように設計されているのだ。
もちろん自由度が売りのVRゲームであるので必ずしもそれらに従う必要はないのだが、低レベルのうちにのみ受けられるチュートリアルイベントをこなしておけば、ゲームを攻略するうえで役に立つアイテムや情報が手に入る。ReFantasic Onlineのチュートリアルはオープンβテストに参加したプレイヤーの間でも出来がいいとなかなか好評だった。
導入が十人十色であり、人によって様々な手法で導入がなされ、このゲームについて、そして世界について教えてもらえ、便利なアイテムも手に入り、またサービス開始特典ということで今なら記念品ももらえるのだ。
楽しく、おいしく、このゲームの遊び方を知ることができるため、事前情報でもチュートリアルおすすめ!あるいはやっといて損はないだろう。というのが多くの見解であった。
さて我らがうさみである。彼女はどういった形でチュートリアルを受けることになるのだろうか。
ちょうど通りすがりの恰幅のよいおば……お姉さまがうさみの声に応えている。
「なんだいお嬢ちゃん?おや、エルフだなんて珍しいね」
「そうなんですか?えっと、思い切り体を動かせる場所で一番近いのはどこですか?人にぶつかったり、迷惑にならないところ」
なんだ、妙なことを聞いている。
「体を動かせる場所かい?そうだね、街門の外かね。外にはモンスターがいるけれど、街壁の近くなら安全だしね。ほら、そこの角を折れてまっすぐ行って大通りに出たら右に曲がれば街門だよ」
おば姉さん、一番近いところと聞かれたので正直に答え、それはそれとして本題のチュートリアルへの誘導を、といったところで。
「ありがとう!」
「あ、ちょっと……!」
うさみ、お礼を言って身をひるがえすと、まだ何か言っているおばさんに気づかず、走り去ってしまったのだった。まったく、落ち着きのない子だよ。
こうしてうさみは広い世界に旅立ったのだった。この初心者チュートリアル受けてねえ。