stage.3 迷いの森 その1
地上20メートルを超える高さの木々が太陽の光の大部分を遮っていた。
高層部分は枝葉が茂り、わずかな木漏れ日が隙間を抜けて、光を地表へ向けて伸ばしている。
中には太さがメートル単位になろうかという巨木もあり、相応しい太さの根が大地をしっかりとつかんでいた。
もう少し下がるとまた別の、やや背の低い木々が大木の隙間を埋めるように生えており、森の中はあまり視界が通らない。
地面付近はというと、どうにか届けられる光の密度によって草やキノコ、シダ類が生えていたりする。
そんな木々の間を動く小さな影があった。
「うさぱわー!」
木々の間を駆け抜けてきたその影は、自身の身体よりも太い木の根にひょいと跳び乗り、足場にしてさらに跳躍。手近な枝に手をかけて。空中で方向を替え、正面に現れた木の幹をキック。三角跳びの要領で高度を稼ぎ、さらに隣の木の枝へ。ぶら下がりつつも体を引き寄せ、逆上がりで枝の上。
そんな人影の後ろから、追いかけてきたのは茶色い毛皮の四足の獣だ。
しかしそれはどこかファンシーな姿。
まるでぬいぐるみのような。
クマだった。
森の中を駆けるクマ。
森のクマさんだ。
可愛らしくデフォルメされたそのクマは、しかし十分に脅威となるだけの大きさだった。体高にして1メートル近く。体長であれば2メートル近くになるだろう。
人影が跳び乗った木の根まで駆け寄ると辺りをぎろりと睥睨する。ぬいぐるみのようなつぶらな瞳は、今は半月状になって吊り上がり、彼、あるいは彼女が怒っていることを示していた。
ガサリ。と。
頭上で音がする。
クマはそちらをにらみつけたその先では、人影が枝から枝へと飛び移っていた。
断続的なその音を追いかけ、クマは再び走り始める。
しかし。
しばらく追って行ったところで足を止め。
低く呻いて動かなくなる。
その間も、人影は枝から枝への移動を繰り返し離れて行き、いつしか音も聞こえなくなる。
そうしてクマは人影の行方をにらむのをやめて、来た道をゆっくりと戻っていった。
その姿がどこか気落ちしているように見えたのは気のせいではないだろう。
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「うっふっふ~。ハチミツ入手成功!やったぜ!」
クマから逃げ切った人影は、歓声を上げ、諸手をあげた。ばんざーい。
金色の髪にうさ耳を模したような赤いリボン、地味なシャツとズボンを身に着け小さなリュックを背負い、白い腕輪をはめたエルフの少女。
うさみである。
ウサギどころかおサルさん顔負けのアクロバットを披露したうさみ。
彼女が今何をやってきたのかといえば、蜂の巣を狙ったクマが、守り手らしい大きな蜂を薙ぎ払っている隙に、蜂の巣をかすめ取って逃げてきたのであった。
つまりクマさんがうさみを追っていたのには正当な理由があったのだった。
というわけで今、うさみのリュックの中には戦利品の蜂の巣が入っている。
クマさんが蜂の巣を襲って蜂蜜を食べているところを目撃したときからずっと狙っていたのだが、ようやく機会に恵まれ、奪取に成功、見事逃げ切ることができたのだ。
ばんざーい。
「と、それでここはどこかな?」
逃げ切ったのはいいが、この場所がどこかわからない。なのでうさみは、確かめるために移動を始めることにした。
樹上からではわかりにくいので地上までするすると木の幹を伝い降りる。
周囲を観察していくべき方向を見定める。
「ん、これはついてるかも」
見つけた獣道をたどっていくと、森の中にぽかんと開いた広場にたどり着く。
中心には一本の果樹が生えており、周囲には何匹かの獣が転がっていた。
「タヌキさんおじゃましまーす」
一声かけて果樹へと歩み寄るうさみ。
寝転んでいるタヌキさんはちらりとうさみを見たが、すぐに興味を失ったようだ。
うさみは知っていた。タヌキさんは昼間は攻撃してこないのだ。
なのでこちらもスルーして果樹に生っている実をいただくのだ。
その樹には、オレンジ色の楕円形の果物が多数生っていた。
枇杷の樹だ。
さっぱりフルーティな甘さと適度な渋みが、うさみは好きだった。
しかし、一つ一つの実が小さめなのと、種が大きいのは玉に瑕だ。
「う、蜂の巣があるからあんまりリュックに入れらんない……」
うさみはぜいたくな悩みに頭を抱えた。
地下帝国パラウサを出発して迷いの森に入り、すでに一週間が経過している。
その間に、うさみはすっかりハマってしまっていた。
そして、森の中の生活を満喫していた。
迷いの森は思っていた以上に実り豊かな森であり、その中で生活するのはなかなか面白い経験だった。
しかし、その結果、うさみを野生化させてしまったのだった。
どうしてこんなことになってしまったのか。話はウサギの抜け穴を出て、迷いの森に入った時までさかのぼる。




