stage.1.5 諸般の事情
サービス提供開始日、ReFantasic Online担当のゲームマスターは全員出勤して任務にあたっていた。
ゲームマスターというのは、ゲーム運営側のスタッフであり、ゲーム内で発生した運営上のトラブルや、プレイヤー同士のトラブルのうち、プレイヤーに任せていては解決できないものや、特に悪質なものに対応するのが主な役職である。
サービス提供初日ということでフル稼働で待機していたのだが、幸いにも大きな問題は発生せず、交代で休みながらもう半日無事に終われば通常勤務に入れそうだ、といったところで、その事件は起きた。
始まりはあるプレイヤーによる通報だった。
曰く。
『幼女が泣きながら物凄い数の狼に追いかけられているんだが、あれは大丈夫なんですかいろんな意味で』
通報者に確認したところ、スター平原(北)マップへ進入したプレイヤー(通報者)が、大量の狼系モンスターをトレインしたエルフ(幼女)のプレイヤーに轢き殺されたという。
しかも、おかしなことに、轢き殺した側のプレイヤーは、泣きながら走っていたというのだ。
トレインというのはゲーム用語で、大量のモンスターを集め、列車のごとく連れまわす行為のことで、ここからまとめて倒すことを狙ったり、他のプレイヤーなどに押しつけたり(もちろん多くのゲームでマナー違反行為とされる嫌がらせ行為)などを主な目的として行われるものだ。
共有リソースであるモンスターを独占する行為でもあるので、基本的には褒められた行為ではないというのが一般的なMMO関係者の認識である。
そして、スター平原(北)は最初の拠点に隣接するマップの中では最も高難度のマップであり、特に夜になると周辺のマップの狼系モンスターが集結し、群れを作って徘徊するという危険地帯として設定してあった。
運営としては、最初に情報収集の大切さと、時間帯でマップの様子が変わることを学んでもらおうという意図があっての仕様である。
そういうマップであるので、サービス開始初日にトレイン行為を行うというのは想定しておらず、まずは状況とログの確認から始まった。
「おい、この子レベル1だぞ」
「死亡回数39回ぃ?」
「初期装備だし」
「おいおい、なんで生きてトレインできてんの」
「狼のAIのせいだな、ちょうどいい相手がいると下位種の訓練に利用してランクアップさせるってやつ」
「いや移動系スキルずいぶん育ってるし、わりと実力かもしれんぞ」
「というかこれ、本気で泣いてないかまずくねぇ?」
この時トレインしているプレイヤー、うさみは本気で泣きながら逃げ回っていた。
そのことに気づいたゲームマスターの一人が、なにはともあれ放置はまずいと考えた。
まずちっちゃな女の子が狼に追いかけられて泣いているという絵面がまずいし、本気で泣いているのなら何かトラウマでもあるのかもしれないし、もしそうだったら回りまわってゲームの悪評につながるかもしれない。
初日から悪評?
まずいまずい。
そして、ちょうどあるイベントの発生条件を満たしていることに気づき、それを起動して隔離したのである。
イベント、地下帝国パラウサ。
スター平原の地下に広がる、ウサギ系モンスターたちの国であり、狼系モンスターと対立している、という設定の地下帝国パラウサと接触するイベントだ。
その発生条件は、ウサギ系モンスターを倒したことがなく、またウサギ系モンスターに一定以上の回数倒された経験があること。そしてスター平原(北)に夜間、進入すること。あとは一定の確率を引くこと(そこはゲームマスター権限で強制起動した)。
βテスト時には存在しなかった子のイベントは、運営側の誰もが、初日には発生しないであろうと考えていたイベントだった。
そして、そのイベントに乗っかって、問題のプレイヤー、うさみから聞き取り調査を行うことにしたのだった。
運営上問題があるプレイヤーならば隔離ルームへご案内、そうでなければそのままゲームに戻ってもらえばよいというわけだ。
そして、
「いろいろ問題はある気はするが」
「普通に恐怖症な感じだな」
「犬系は身近な分そういう人も出てくるか。ちょっと報告上げておくべきだな」
「どうも初心者っぽいな、ログ見た感じ」
「星降山とか言ってるぜ、止めとけ止めとけ」
「いやでも、プレイヤーの遊び方を運営がとやかく言うのはどうなんだ」
「VRゲーは自由度が売りだしな」
「通報者もトレインに轢かれたことより泣いてたのを気にしていたようだし」
「でも初心者ならマナー的な部分は注意しておくべきじゃないのか」
「しかしあのアバターかわいいよな」
「まぁなぁ」
「お前そのギャグはちょっとないわ」「お前らロリコンだったのか」
「いやいやいや」
などの意見交換の末、
「ゲームプレイに関しては自主性に任せる。ただしトレインについては注意を促しておく」
「幼女じゃないがロリである」
という結論に達したのだった。




