流れない星
凍えるような寒さに震えていたことも忘れ、僕はただ、星を眺めていた。
満点の星。それはとても広大で、壮観だった。
僕は、一番輝いて見える星はどれかと、探し始めた。僕のいるここからなら幾千もの星を観ることができるのだが、今どこにいるのかだけでなく、空を見上げているのかどうかさえも分からない君がもし目にするとしたら、どの星だろうか、と。
見つけた星は、東の空にあった。それはもう手が届きそうなほど近くにあるようだった。この世の光の中で、最も強く、気高い光を放っているようだった。しかし本当は、届くわけも、強くもなく、瞬きをしたら、その瞬間に消えてしまいそうな、遠くて儚い存在なのだから、まるで君みたいだ、と僕は思った。
もし僕の一縷の視線、があの星に届き、あの星に反射して君に届くなら、あるいは僕と君の視線があの星でぶつかるなら、と、そんな願いを胸に抱いてみる。
すると、僕の目にはもう、あの星しか見えなくなった。その周りで輝いていた幾つもの星が、あの星を中心にして夜の円を増大していくように姿を消し、やがて空はたった一つの星を残して暗闇に包まれた。
僕はそうっと、手を伸ばしてみる。ポケットに入れていた右手を出し、まっすぐに。
ゆっくりと手を広げる。あの星を掴むんだ。今なら、掴めそうな気がする。
すると、指先が柔らかな感触を得た。温かくて、優しく、しかし凍えそうなほど冷たい。その指先の感覚は、まるで生きているかのように鼓動を刻み、呼吸をし、僕の心臓を打ち付けてくる。そしてその星は、少しでも空気に触れたら壊れてしまいそうほど繊細で、弱々しいが、どんな巨大な生物が踏みつけても決して崩れないような、屈強さを感じさせた。僕はその愛おしい生命を、凍えきった右手で、優しく抱きしめる。
そして徐々に、僕は指先の力を強めていく。離したくない、その一心で。
その力が、優しさを失った瞬間、僕の右手の中の星はけたたましい悲鳴をあげ、暴れだした。僕が慌てて手を離すと、星はどんどん遠くに離れていく。再び手を伸ばすが、届かない。
そして僕は気づいた。違う。離れていっているのは僕の方だ。
僕は空から落ちていた。星は最初から、空の一点から少しも動いていなかった。星を掴もうとしていた僕はいつの間にか、空を飛んでいたのだ。そのことに今まで気づいていなかった。それほどに僕は浮き足立っていたのだ。そして、暴れだしたのは僕の頭で、悲鳴をあげたのは、僕の心だということにも気がついた。
星は、動くことなく、ただただ、そこで輝いていた。一切の迷いも、動揺も見せず、弱いようで強く、温かいようで冷たく、近いようで遠い。本当に君みたいだ。
空から落ちている間も僕は、見つめていた。あんなに近くにいた星が、だんだん小さくなり、ついに空は、たった一つの星さえ闇に隠し、真っ暗になった。何も見えない、暗闇が僕を包む。
そこは、世界でたった一人、自分だけが起きているように静かなようで、それでいて、けたたましい悲鳴が何度も頭に響き続け、眩しすぎる輝きがいつまでも心臓を打ち続けるような、うるさい夜だった。
逃げ込むようにして入ったベッドから飛び出した右手だけが、死体のように凍えていた。