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堕天のルシフェル  作者: 魔剣ダーインスレイブ
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暴君ネロ

【ローマ帝国軍 拠営地】


「なんだ貴様は! ぐわっ!」

「貴様よくも! ぎゃあああ!」

 ローマ帝国軍の拠点にしているテントに何者かが侵入してきた。

至る場所で侵入者と対峙しているローマ帝国の兵士達の悲鳴が聞こえる。

「お逃げください陛下! 賊が…ぐはぁぁぁ!」

 鎧の男の目の前で兵士は倒れた。鎧の男はそれを涼しげな顔で見ながらワインを飲み干す。男の前にはルシファーが立っていた。

「今まで散々引き回してくれたが、ようやく会えたな。」

「何者だ、貴様は?」

「外道に語る名はない」

「ローマ帝国相手に一人で攻めこむとは、余程の猛者か、あるいは只の馬鹿か」

 鎧の男は余裕そうに賊を眺めている。ルシファーはダーインスレイブの剣先を男に向けた。

「剣をとれ、その首跳ねてやる。」

「この余の首を取ると申すか? ハッハッハ! よいぞ! 実によい! 貴様、汚物にしては中々面白いジョークだったぞ。誉めて遣わす。」

「すぐに笑えなくしてやる。」

「これが愉快にしてなんとする、この俺の首を取るなんて産まれて初めて聞いた台詞だ。よもや余が誰だか知らぬわけはあるまい。」

「知らんな。生憎貴様のような下衆は覚える気もない。」

 その言葉にさっきまで笑っていた笑みは消え、冷たい眼でルシファーを見据える。

「余を知らんと? 不埒な輩めその罪、極刑に値する。」

「罰を受けるのは貴様だ。あのような蛮行、貴様は殺しても殺し尽くせない。」

「蛮行? もしやあの汚物のことか? クッハッハッハッハ! 貴様まさかあの出来損ないの女のことを言ってるのか!」

「……貴様、まさか」

「ああ、そうだ! 余があの女を兵士共の慰めものにしてやった、余はあやつを女にしてやったのだ。自然の摂理に従ってな。」

「この屑がッ!」

 怒りが頂点に達したルシファーは、鎧の男に斬りかかる。だが先に斬りかかったはずのルシファーが逆に男の剣を受けていた。

「何!?」

 隙だらけだった体勢をしていたはずの鎧の男は、とんでもない速さで先に斬りに来たので、防御の構えに転じたのだ。

「ほう、汚物如きが余の一撃を止めるか。不快だな」

 グッ…人間なのになんて重い一撃だ。

「そら! そら! そら!」

 何度も叩きつけるように剣を降り下ろす鎧の男。 それをルシファーは、ダーインスレイブで受け続ける。

「ルシファー! ナントカシロ!」

 重い一撃にダーインスレイブは堪らずに叫ぶと、ルシファーは剣を受けたまま黒い片翼を出して、鎧の男に向けて羽根の矢を飛ばした。

 鎧の男は矢に怯んでルシファーから離れる。ルシファーも相手と離れたことにより冷静さを取り戻した。そして双方仕切り直しになる。

「無傷か…」

 鎧の男は矢を受けていたが怪我一つ負っていない。あの白い鎧がかなりの強度を誇っていたからだ。男は先程くらった時に地面に散らばった黒い羽根をまじまじと見ていた。

「カラスのような黒い羽根…そうか、お前がかの悪名高き反逆者レイヴンか。」

 ルシファーは黙ったまま、無言で鎧の男に再び斬りかかる。それを男は剣撃を合わせて互いの剣は火花をあげる。鎧の男は言った。

「クックック、当たりか? 今まで誰もその顔を見たものがいないという。目撃者は皆レイヴンに殺されたからだとな。」

「……」

 ルシファーは無言のまま袈裟斬りをするが、それを袈裟斬りで合わせられ再び鍔迫り合いになる。鎧の男は言った。

「こんな辺境の片田舎まで余自らが足を運んだ甲斐があったというもの。よもやレイヴンの正体その実、天使だったとはな。つくづく愉快なものよ。」

「……」

 ルシファーの繰り出した神速の連続斬り。しかし、鎧の男はそれすらも合わせてくる。違う角度からの斬撃を鎧の男は全て叩き落とした。鎧の男は言った。

「一度天使とやらを殺してみたいと思っていた。毎日汚物相手に丁度辟易していたところだ。人間は掃いて捨てるほど切り刻んできたからな。」

 ルシファーと鎧の男は両者一歩も引かずの激戦を繰り広げていた。互いに剣撃が二人の周囲に火花を散らした。

 ちょうど一足遅れてイシスが本陣に入った。

「だからあんた走るの速すぎだって……え?」

 走ってルシファーを追いかけてきたイシスは目の前の光景を見て固まってしまった。目の前で鎧の男の剣がルシファーの胸を貫いていたからだ。

「う、嘘…でしょ…」

 イシスは信じられない光景に呆然と立ち尽くす。鎧の男は笑いながらルシファーの胸元に剣を深く刺し込んだ

「ぐっふ…」

「ふん、他愛もな…」

 すると目の前のルシファーの身体は崩れて沢山のカラスに変わり、鎧の男から一斉に飛び散る。

「ぐぬっ!」

 カラスの群れは上空まで飛ぶと、一ヶ所に集まりだし人の形を作っていく。上半身だけルシファーに変わり、下半身は黒いカラスの群れが飛び回っていた。ルシファーは咄嗟にダーインスレイブの力を解放していた。それを見たイシスは安堵する。

「もう! 驚かせないでよね!」

 下で怒鳴ってるイシスを無視してルシファーは鎧の男だけを見据えていた。

「ケッケッケ! ウメエゼ、ルシファー! モット血ヲ飲マセロ!」

「10%だけだ。それ以上はやらん。」

 本来多用できる力ではないが、相手の予想外の強さに使わざるえなかった。

 上空を見上げる鎧の男、男は空を飛んでいるルシファーを忌々しげに見ていた。

「汚ならしい鴉が、その片方の翼ももいで地に落としてくれる!」

 そんな鎧の男を上空から眺めるルシファー。

 先程の剣の打ち合ってわかったが認めるしかない。剣技は向こうのほうが上だ。

 研ぎ澄まされた鎧の男の剣技は人間離れしていて、ルシファーを凌駕していた。

「ならば…」

 ルシファーは捨て身の構えを取る。

 相手は人間。魔剣の一太刀を浴びせれば決着はつく。幸いこの天使の身体は、痛みこそあれど人間の造りし剣では致命傷にはならない。捨て身でいけば持っている得物の違いで勝てる。

 ルシファーはそう思うと剣を構えて急降下した。

「いくぞ…」

 ルシファーは真っ直ぐに疾走して男に突撃する。

鎧の男は剣を両手に持ち替えて剣を引いて構える。

 ルシファーは鎧の男に斬られる覚悟で突っ込んだ。スレ違い様に斬り伏せる。そう思っていた。

するとルシファーの中で第六感が危険を感じた。それは死の直感だった。見ると鎧の男から凄まじい殺気があふれでている。それにゾクッという悪寒と、危険を感じたルシファーは捨て身の攻撃を止めて急停止しようと片翼を前面に羽ばたかせ無理に身を翻し男の剣撃の避けようとした。しかし、それは間に合わず男のフルスイングで放った剣が、ルシファーの脇腹を深々と斬り裂いた。

「ぐがぁ!」

 スレ違い様に斬られた形なり、ルシファーは鎧の男の後方へ地面を舐めるように墜ちた。

「主!」

「ルシファー!」

  ルシファーの危機にルシファーの中からベルゼブブとベルフェゴールが飛び出した。

「なんだ、この化け物共は?」

 鎧の男の前にベルゼブブとベルフェゴールが立ち塞がる。

「おのれ、よくも我が主を!」

 倒れているルシファーを守ろうとベルゼブブの口から放たれる火炎が鎧の男に放たれ直撃する。鎧の男は炎に包まれた。

 ベルゼブブとベルフェゴールが鎧の男の相手をしているうちにイシスは斬られたルシファーの元へ駆け寄った。

「ルシファー!」

「お前か…遅かったな…ガハッ!」

「馬鹿言ってないで見せなさい!」

 イシスはルシファーの脇腹を見ると、深々と切り裂かれていて血が大量に流れていた。

 これは酷い…早く処置しないと死んじゃう。

 イシスは戦闘の時に使う鋼鉄線を糸の代わりに代用してルシファーの切り裂かれた脇腹を縫った。

「ぐう!?」

 痛みを堪えて歯を食いしばるルシファー。

イシスは治癒魔法をかけながら、ルシファーの脇腹を縫いつけた。

「終わったわよ」

「ぐっ……すまないな。」

 応急処置が終わった頃、火炎を吐き続けていたベルゼブブも火を吹くのを止めた。

「やったか…」

 熱気によって発生した煙が晴れる。だが鎧の男は立っていた。男の片手にはルシファーが殺した兵士の死体を持ち上げていて、炎の残り火が死体が焼いている。

「死体を盾にして防いだのか!?」

「ならこいつはどうだ!」

 ベルフェゴールは地面に手をつけ、地面から無数の尖った岩石が男目掛けて走りだした。

「これなら死体を盾にしても防げまい!」

 自分に迫ってくる岩石を見ながら鎧の男は死体を投げ捨てると、横に剣を構えた。

「こんなものか…実にくだらん手品だ。」

 迫るベルフェゴールの岩石を剣で容易く切り裂いた。それにはベルゼブブもベルフェゴールも驚愕する。

「こいつ…本当に人間か?」

「化け物め、つまらぬぞ! もっと俺を楽しませろ!」

 天使のルシファーに深手を与えた上に魔法を切り裂いた。普通の人間でできる力をあからさまに超えていた。

「あいつ、何なの!?」

 イシスはルシファーに治癒魔法をかけながら鎧の男を見ているとダーインスレイブは口を開いた。

「アノ剣…魔力ヲ帯ビテヤガル」

「け、剣が喋った!?」

 驚いているイシスを無視してルシファーはダーインスレイブの言葉が気になり尋ねた。

「あの人間の剣に魔力だと?」

「間違イナイ、先程ノ撃チ合イデ気ヅイタ。アノ剣ガアノ人間ノ力ノ源ダ。」

 それを聞いたイシスは鎧の男に大声で言った。

「あんた! その剣なんなのよ!」

「ほう、この覇王剣ディルヴィングに目をつけるとは卑しい汚物なだけはある。中々に目ざとい。」

 男の持つ剣から禍々しいオーラが溢れ出していた。

「覇王剣ディルヴィング…あれが…」

 その名に聞き覚えがあったのか、ベルゼブブは口走る。それをベルフェゴールは問い質した。

「なんだよそれ? 名剣なのか?」

「名剣どころの話ではありません。あれは古来から伝わる魔剣です。」

「魔剣だと?」

「ええ、聞いた話ではどんな願い事も3つだけ必ず叶えてくれる剣なんですが、3つを超えた願いをすると命を吸いとられるというそうだとか…噂でしか聞いたことはなかったのですが、よもや実在していたとは。」

「詳しいなそこの汚物。その通りだ。」

 鎧の男は振り向いて襟足をあげると、男の首筋には666という文字が彫られていた。

「一つ願いを叶えることで6の文字が身体に刻まれていく。俺はすでに三回の願い事をした。」

 どうやら、あの異常な強さは魔剣によって得られたものらしい。なんとも厄介なものだった。

「ソレニアノ剣ハ俺様ト同ジダ。アレナラ天使ヲ殺セル」

 しかも神を殺せる剣らしい。魔剣は天上界にしか存在しないはずなのに、それを只の人間が持っている…奴は一体何者なんだ。

「ベルゼブブ、ベルフェゴールお前達もあの剣には触れるな。多分、あれは不死者も殺せる。」

 ベルゼブブとベルフェゴールは頷くと、二人は鎧の男と闘い始めた。ダーインスレイブは笑いながら言った。

「オイ、力ヲ貸シテヤロウカ? ピンチダロww」

「そうしたいのは山々だがな。」

 ダーインスレイブの解放には大量の血を消費する。この手傷で血を流しすぎた。リミッター開放をするば流石に危険すぎる、今ダーインスレイブの力を使えば死に繋がる、苦しいが自力でなんとかするしかない。それにあの剣によって傷つけられた箇所も治りが遅くなっているしな。

 ルシファーはとにかく機を伺った。

「どりゃあああああ!」

 岩石のグローブをはめたベルフェゴールは怒濤のラッシュを鎧の男にかます。

ベルゼブブもまた鎧の男に向けて小蝿の大群に変化し消化液で溶かそうと試みる。

 鎧の男はまずはベルフェゴールの岩石のグローブを切り裂いて粉々にする。そしてベルフェゴールに蹴りを入れると、すかさず迫る蝿に対して剣をふった、それは蝿の大群を切り裂くと、魔剣の影響で本体にまでダメージを与えた。

「がはっ!」

「ぐおっ!」

 ベルフェゴールとベルゼブブは鎧の男の前に片足をつく。

「なんだなんだ? もうお終いか?」

「ぐっ…くそっ…」

 桁違いの強さを見せる鎧の男に、ベルゼブブとベルフェゴールは苦戦していた。ベルフェゴールは何かを思ってか、仲の悪いベルゼブブに話しかける。

「おい、ベルゼブブ…」

「な…んですか、正直今は貴方と喧嘩している余裕は…」

「違ぇよ、お前の知恵を貸せ!」

「!?」

 思わぬ台詞がベルフェゴールから飛び出した。ベルゼブブは目を丸くする。ベルフェゴールは続ける。

「お前は頭が切れる。俺は大雑把だがよ、相手の得手ぐらいはわかるつもりだ。お前は俺より軍略に長けている。あの憎たらしい小僧を倒す算段をつけろ。」

 ベルフェゴールは不器用なりにも、ちゃんとベルゼブブのことを認めていた。ベルゼブブは今まで自分がどんなに小さいことに拘っていたのだろうと、自分の馬鹿さに呆れて鼻で笑った。今は協力して奴を倒す。それだけを考えた。

「全く、私の軍略は高いですよ?」

「借金は人間だった時に慣れてるんでな!」

「フフフ、やはり私は貴方のズボラさは好きにはなれそうにありませんが、今回は少しだけ貴方を理解できそうです。」

「ああ! 二人でアイツを倒すぞ!」

 ベルフェゴールとベルゼブブは魔法を詠唱する。

「黒の大地よ! 巨大な岩石でかの敵を押し潰せ!」

 ベルフェゴールの詠唱で、地面の土や石をひとつに集めて巨大な岩石を造ると、それを宙に浮かべ鎧の男に飛ばした。

「黒き炎よ! 大地に宿りて内分より燃やし尽くせ!」

 そしてベルゼブブはその岩石を内部から燃やして巨大な火の岩石に変える。

「フレイムメテオ!(灼熱の隕石)」

 火と地の魔法を合わせた合体魔法フレイムメテオだ。二人の息のあった連携で合体魔法を行使した。

「ふん、こんなもの!」

 鎧の男は先程のように切り裂こうと迫りくるフレイムメテオに剣撃をいれた。その瞬間、岩は大爆発を起こし無数の石つぶてが鎧の男に降りかかった。

「なっ!? ぎゃあああああああ!!!」

 フレイムメテオの効力は、岩石の内部の火が膨張され、外部からの衝撃によって弾ける魔法だった。さながら巨大な手榴弾だった。

 岩石の破片が鎧の男の身体の肉をズタズタにしていく。ベルゼブブとベルフェゴールはその様子を見ていた。

「やったなベルゼブブ!」

「ええ、初めてにしては上出来ですが、岩が大きいせいで無駄な魔力消費が目立ちます。もう少し岩を小さめにしてもらえると満点でしたね。」

「けっ、結局は皮肉かよ」

 ベルゼブブとベルフェゴールは互いに息をついた。あの攻撃を受けて生きていられるわけはない。二人はそう確信していた。

「舐めるなよ! 汚物がッ!」

 悪鬼羅刹の如く雄叫びが聞こえた。ベルゼブブ達は驚きその声がしたほうを見ると、そこには鎧の男が立っていた。なんと生きていたのだ。

「ば、馬鹿な…あれを受けてまだ生きてんのかよ!?」

「ば…化け物ですか」

 鎧の男の白い鎧は剥がれ上半身の肌を露出させている。身体中は岩の破片がめり込み至る箇所から血を流していた。そして身体の大半が火傷を負って焼けただれていた。見るからに男は死に体だった。

「なんだよ驚かせやがって、死にかけじゃねぇか」

 ベルフェゴールはほっとする。奇跡的に生きてはいたが、鎧の男はほっといてもそのうち死ぬような重傷を受けていたからだ。

 だが、それはすぐに間違いだと気づく。

「待ちなさいベルフェゴール! 何か様子が変です。」

 ベルゼブブの言う通り、重傷を負った鎧の男の身体に変化が起きた。男の身体がみるみるうちに再生されていったからだ。

「あ、ありえねぇ…だろ」

 ベルゼブブとベルフェゴールが呆気に取られる内に、鎧の男の身体は完全に修復された。

「ふぅ…」

 鎧の男は息をついた。

「よもやここまで俺に深手を与えられたのは久方ぶりだ。」

 ベルフェゴールは男に問いかけた。

「お前…本当に人間か?」

「貴様ら化け物風情と一緒にするな。死という概念は俺には存在せぬ。余は唯一無二な超越者としてこの世界から選ばれた者であるぞ。」

 尊大な態度をとる男。ベルゼブブは男の持つ魔剣ディルヴィングを見て気づいた。

「もしや、この男…魔剣の願いで自らを不死にしているのかもしれない。」

「御名答、よく気づいたな。そちの申す通りだ。」

 鎧の男の言う通りなら、こいつを殺すことなんかできない。二人はそう思った。

「だが、死なぬ身体とはいえ、今のは死ぬほど痛かったぞ。余に痛みを与えたのだ。貴様らは楽には殺さんぞ!」

 怒り狂った男は、剣を抜いて二人のほうまで歩いてくる。ベルゼブブとベルフェゴールは死なない相手にもはや万事休すだった。

「糞が! 俺ら二人の力でも駄目なのかよ!」


「いや、三人だ。」

 応急処置が終わったルシファーは、ベルゼブブ達の横に立つ。

「主!? 怪我は治ったのですか!」

「大丈夫だ。心配かけたな。」

「全くだぜ、自分だけカワイコちゃんに介抱されて羨ましいったりゃありゃしねぇ。」

 そしてイシスも三人の横に立つ。

「四人だから! 私も忘れてもらったら困るんだからね!」

 ルシファー達はイシスを見て笑う。ルシファー、ベルゼブブ、ベルフェゴール、イシスの四人は鎧の男に立ち向かう。

「有象無象が集まったところでこの俺には勝てんぞ汚物共が。」

 その様子を見て鎧の男は高々と笑う。ルシファーは思った。

 相手は不死身…どう戦うか…

 ルシファーはこの不死身の相手に思案していると、

ベルゼブブは自分の主の考えていることを読んで先に言った。

「…ルシファー様、私にひとつ策があります。」

「策だと?」

「はい。ここは私に任せてもらえないでしょうか?」

 ベルゼブブは頭がキレる知恵者だ。ベルゼブブの策に乗ってみるか。

「わかった。お前が指揮をとれ。俺らはそれに従う。イシスもベルフェゴールもいいな。」

「構わないわ。今はあいつを倒せるってんなら協力するに決まってるじゃん。」

「イシスちゃんの言う通りだ。俺も異論はねぇぜ。それに俺が策を出すよりベルゼブブが出したほうがいいだろ?」

 イシスとベルフェゴールも同意した。

「よし、ベルゼブブお前に任せた。指示してくれ俺らはどうしたらいい?」

「はい、今から私は詠唱に入ります。その間私はそれに専念します。」

 ベルゼブブは何か大規模な魔法を行使するつもりだった。

「それが完了するまで、できるだけ時間を稼いでください。」

「わかった。」

「オッケー!」

「おう! 任せろ!」

 ルシファー、イシス、ベルフェゴールは前に出て、ベルゼブブは後方に控えて詠唱を始めた。

 鎧の男は凄まじい殺気を放ちながら剣を構える。

「あんな化け物に、本当に勝てるの?」

 鎧の男のプレッシャーでイシスは肌がビリビリする感覚を感じ不安になっていた。

「勝たなければ死だ。今はベルゼブブを信じよう。」

 鎧の男は不死身だ。時間稼ぎも容易ではないだろう。しかし、今はやるしかない。

「何を企んでおるのか知らんが、みすみすやらせると思ったか!」

 そう言うと鎧の男はこちらに走ってくる。

「黒の大地よ! 剣山となりて敵を貫け!」

 迫りくる鎧の男の前にベルフェゴールは岩盤を出して白い鎧の男を取り囲んだ。

「足止めのつもりか、小賢しい!」

 鎧の男は道を阻む岩を切り裂く。すると切った岩の向こうからナイフが飛んできた。咄嗟のことに反応が遅れた鎧の男は、鎖つきナイフによって腕を絡め取られる。

「走れ雷鳴、かの敵を撃ち貫け!」

 イシスが鎖に電撃を走らせる。

「ぐおおおおおおお!!!」

 殺せない相手に殺傷系の魔法は無駄だろう。なのでイシスは電撃で痺れさせ男の動きを止める。

「ぐぬぅ! 舐めるな! 女!」

 鎧の男は電撃を食らいながらも腕に絡んだ鎖を思いっきり引っ張った。

「しまっ…!?」

 イシスは男の馬鹿力に引っ張られた。宙に跳ぶイシス、そこには剣を構えた男が獲物を捕らえるかのように舌なめずりをしていた。

「死ね、女!」

「死ぬのは貴様だ。」

 イシスが斬られそうになる瞬間、ルシファーは男に飛び込んで首元を斬りつけた。

「ぐぬぅお!!!」

 首から大量の出血をさせる男、鎧の男が怯んでいる隙にルシファーはイシスを担いで一旦男から離れる。

「あ、ありがとう。今のはヤバかったわ。」

「奴に直接または間接的に接触するのは危険だ。いざとなれば奴は不死を利用して捨て身で殺しにかかってくるぞ。」

「うん、わかってる。」

 しばらくすると、鎧の男から吹き出す首の血が止まり完全に傷を癒す。

「これも駄目なのか…なんて奴だ。」

「おい! まだなのかベルゼブブ!」

 岩盤を出し続けながら鎧の男の足をなんとか止めているベルフェゴールはベルゼブブに首を向けて叫んだ。鎧の男は岩盤を粉砕しながら確実に近づいてくる。

「もう少し! 後もう少しです!」

 ベルゼブブは必死に答えた。

「仕方ない、ダーインスレイブ力を貸せ!」

「待ッテタゼ!」

 ダーインスレイブは歓喜すると、封印装具のガントレットを外しルシファーの右腕に寄生した。凄い勢いで血を吸われルシファーは立ち眩みを起こそうとするも、気合いで足を踏ん張る。

「ぐっ…」

 30%だ。やれてもこれが限界だ。

 ルシファーの身体を分散し、多数のカラスが散らばる。それは黒い竜巻となって鎧の男に襲いかかる。

「ふん、このような竜巻如きで余を倒せると思うな!」

 黒い竜巻となったルシファーを鎧の男は斬りつけようと剣を振り上げる。先程、ハエの群衆になって攻撃を仕掛けたベルゼブブの本体をピンポイントで斬ることができた。本来、物理攻撃を受け流すことができる身体の分散化は、この鎧の男相手には効果がない。おそらく魔剣の影響で無力化されているのであろう。ベルゼブブと同じ二の舞になる。ベルフェゴールはそれを悟ってイシスに大声で呼んだ。

「イシスちゃん! 力を貸してくれ!」

「え、は! はい!」

 イシスはベルフェゴールに言われた通りに地面に手をつけた。

「同時にやるぞ! せーの!」

「それぇ!」

 二人は地の魔法を地面に流して、それは鎧の男の立っている足下まで伝わる。すると地面が盛り上がり男は体勢を崩した。

「なにぃ!?」

 迎撃しそこねた隙をルシファーは逃さない。

「しまっ…!?」

 黒い竜巻は鎧の男を飲み込んだ。竜巻の中でルシファーの斬撃が四方から男を切り刻む。

「ぐおおおおおおお!!!」

 高く打ち上げられる鎧の男に、黒い竜巻はやんでダーインスレイブの刀身にカラスが集まり膨大な魔力のエネルギーに換わる。

「修羅煉獄ッ!」

 ダーインスレイブから放たれた黒い光が一直線に宙にいる鎧の男を包み込んだ。

「ぐわあああああああああ!!!」

 修羅煉獄の熱量が鎧の男を焼く。そしてそれを放った途端、ルシファーは力尽きて倒れた。

「ルシファー!?」

 倒せるルシファーに駆け寄るイシスとベルフェゴール。

「全く無茶しやがって!」

「ぐっ…奴は…どうなった?」

 ベルフェゴールが上空を眺めると、そこには身体の半身をもがれた鎧の男がいた。修羅煉獄を食らい奴の肉体を吹き飛ばしたのだ。本来なら致命傷だが、男なくなった身体の部分が泡状に膨らみ次第に無くなった部分を再生させていく。

「わかってはいたが、流石に自信なくすな。」

 修羅煉獄はルシファーの最大の奥義である。それが効かないとなると、これ以上の手はなかった。

「一度ならず二度までも…俺をこのような目にあわせて、なんたる屈辱だ。殺す、皆殺しだ!」

 鎧の男の憎悪が伝わる。男の気力は満ち溢れている。あれだけ攻撃してもまるで疲れ知らずだった。それだけではない、時間を掛けすぎため、帝国軍の増援がぞろぞろと大軍で押し寄せてきた。

「このままでは…」

 ルシファー達は絶体絶命の危機だった。その時、ベルゼブブの詠唱が終わった。

「お待たせしました。皆さん私の後ろへ下がってください!」

「ようやくか! 待ちわびたぜ!」

 ベルフェゴールはイシスと動けないルシファーを担いでベルゼブブの後方に下がる。それを確認するとベルゼブブは最後の節を詠唱する。

「黒き灼熱の流動よ! 怒り狂え! 大地よ裂けよ! 闇から這い出て怒りの血で敵を滅ぼせ! 激炎のアンガーラヴァーン!」

 ベルゼブブは最大まで溜めた魔力を手のひらに収め地面につけると、それを流し込んだ。


 しかし、何も起こらない。


「まさか…不発?」

「かーこれも駄目なのかよ!」

 悲観するベルフェゴールとイシス、それをベルゼブブは笑って言った。

「いえ、計画通りです。」

 その時、凄さまじい地震が起きた。その場にいた者全員が体勢を崩した。

「地震かッ!」

「ベルゼブブ一体何をした?」

「この島の地下に流れるマグマを探知するのに時間がかかりました。島中のマグマを刺激し活性化させ噴火させたのです。」

 その瞬間、レスボス島の中心にある一番高い山が噴火した。噴火した爆発で数多の岩石や溶岩がここまで飛んできた。

「ぎゃああああああ!」

「うわああああああ!」

「ひぃ、ひいいいい! のぎゃあ!」

 噴火し飛んできた岩石が帝国兵に当たり死んでいく。山から噴き出した溶岩は下流に流れて、帝国軍の拠営地は溶岩によって火の手が上がっていた。帝国軍はこの災害により大規模な損害を受ける。

 溶岩は辺りを焼き払う中、流れる溶岩を挟んだ対岸に鎧の男は立っていてルシファー達を睨んでいた。

いくら不死身といえど痛みや感覚はあるらしく、灼熱の溶岩の中に入って対岸のルシファー達のところに行くのは躊躇していたのだ。流れる溶岩を忌々しく見ていると生き残った兵士が鎧の男に話しかける。

「陛下、恐れ入ります。」

「なんだ? 今いいところなんだ。邪魔するとその首跳ねるぞ。」

「今の噴火で兵の大半を失いました。このままだと例の物を運び出すのに支障をきたします。」

「知ったことか! 俺の気が収まらん!」

 すると鎧の男のナンバー2である若い副官が鎧の男を諌めた。

「これ以上の兵の損失は評議会からの心象も悪くなりましょう。今後控えている皇位継承式に差し支えてしまいます。」

 それを聞いた鎧の男は舌打ちをすると殺気を収めた。

「チッ、せっかく身体が温まってきたというのに……オイ、そこのお前!」

 不機嫌そうにする鎧の男は副官の隣にいた一兵卒を呼んだ。

「ハッ! なんでしょ…」

 そして持っていた剣でいきなり兵士の首を跳ねた。

「この身体の火照り、貴様の血で賄ってやる。」

 副官は見慣れた感じで鎧の男の凶行を気に留めず、生き残っているローマ軍に合図を送った。

「ここでの目的は達した、撤収しろ。」

 帝国軍は撤退を始める。それを見たベルフェゴールは慌てた。

「おい、まずいぞ! あの野郎を逃しちまう!」

「いえ、これでいいのです。」

 ベルゼブブはベルフェゴールを制止した。

「どういうこと? ハエのおじ様。」

 イシスはベルゼブブの真意が読めないでいた。ベルゼブブは答える。

「あの男の不死身が想像以上でした。今の我々では倒すのは不可能です。ならば、戦いを終わらせたほうが得策です。」

「つまり、撤退させるように仕向けたの?」

「そうです。ローマ帝国は一枚岩ではない巨大な国です。様々な思惑がある中で、無駄な兵の損失を出すことは指揮官の責任になります。だから帝国軍を壊滅状態まで追い込む必要がありました。」

 なるほどな。確かにあの男一人なら不死身を利用して、いざとなれば溶岩の中に入ってまで俺らを殺そうと思えばできたであろう。あの男一人だけなら。

「だがあの鎧の男にもローマ帝国での地位や立場がある。兵をイタズラに消耗したら責任は免れない。だから兵を撤退させざるおえなかった。まして私事のお遊びで無駄に兵士の命を捨てたとなれば。」

「お遊び?」

「今回、帝国軍は何かの目的にこのレスボス島に来ていました。それが達せられたにもかかわらず異端児討伐を行った。これは完全に指揮官の気まぐれによるものです。」

「そんな…じゃあその気まぐれでレイズさんやビアンさん、バイヤーやゲインが殺されたっていうの!」

 イシスはその理不尽さに憤る。

「仇討ちも取れないなんて悔しいったりゃねぇな。」

 ベルフェゴールも憤っていたが、ルシファーは冷静に言った。

「いや、あのまま戦い続けていても正直勝てるとは思えなかった。下手したら全滅必至だったのだろ?」

「はい、あの男の不死を解明できないまま挑んでいたら負けていたでしょう。」

「これでよかったんだ。」

 悔しさが残るが四人束にかかっても倒しきれなかった。ここは引き上げるのがベストな選択だった。そしてルシファーは気になる。

 結局、あの男は何者だったんだ………と、

「さて、興が削がれた。今回は寛大な心で見逃してやる。だが次に会ったときは貴様らの命はない! ゆめゆめ忘れるな。」

 鎧の男は声高々にしルシファー達を見下ろしながら言っていた。ルシファー達も鎧の男を見続けている。

「さぁネロ陛下! 船の準備が整っております! 早く脱出を!」

「ふん、ああ、わかってる。」

 兵士に呼ばれネロと呼ばれる鎧の男は去っていった。

「ネロだと!?」

 ベルゼブブは驚いた顔をした。

「どうしたベルゼブブ?」

 ルシファーは固まっているベルゼブブに問い質す。するとベルフェゴールも聞き覚えがある名にハッとする。

「ネロ……まさかあの!?」

「ああ、奴はネロ…現ローマ帝国の次期皇帝候補と言われている。」


 ネロ=グラウディウス、かつてローマ帝国の五代皇帝にして災悪の皇帝、イエス=キリストを処刑した歴史上もっとも残虐でもっとも残酷だった男。彼の名は後の世に暴君ネロとして語りつげられる。



【レスボス島 岬】


 ルシファーとイシスは、レイズとビアンの墓の前にいた。二人の墓は海の見えるこの岬に作った。まるで二人のお墓は愛する者同士が並んでいることを喜んでいるかのように見えた。イシスは冥福を捧げている。

「今回のことで、色々考えさせられた。」

「……」

「私の運命をメチャクチャにした天使を殺すのが目的の旅だったけど、他にも天使に苦しめられてる人がいる。それに天使だけじゃない。身勝手な人間も平気で人を殺す……ほんとこの世界は狂っている。」

「……」

「私はそんな私と同じ境遇を受けてる人を救いたい。レイズさん達のような悲劇を二度と出したくない。愛する人同士が自由に過ごせる世界がみたい。」

「……」

「貴方ならそれができるんでしょ? ルシファー」

「……」

「だから、私も貴方の旅について……え?」

 振り向くとさっきまでいたルシファーの姿はなかった。岬から島を出る船が見えた。その甲盤にはイシスのよく知る人物が遠目からでもよくわかった。そこでイシスは気づいて怒りを露にする。

「あ~の~朴念仁ーーー!」


 ルシファーは定期船に乗っていた。船の艦橋から離れゆくレスボス島を眺めていた。

人が愛することも許されないこの世界、いつか必ず誰もが性別も身分も関係なく愛せる世界に一日でも早くなるように、ルシファーは旅を続ける。




「ねぇビアン」

「なぁに? レイズ」

「生まれ変わってもずっと一緒にいようね」

「うん、ずっとずっといつまでも一緒だよ」


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