怠惰のベルフェゴール
崩壊した村の中を走る一人の男がいた。
「くそったれ!なんで俺がガキ一人なんかのために」
男は愚痴を溢した。
本来の彼ならこんなことのために命を賭けることは絶対にしない。
「俺も焼きが回ったか...」
廃屋の物影に隠れ追っ手から逃れようと様子をみる。
「まだ近くにいるはずだ!探せ!」
黒いフルフェイスの追っ手が血眼で男を探す。
「チックショ!さっさといっちまえっての!」
ちくしょう、今日は厄日だぜ...
男はそんなことを思っていた。
追っ手達が男の隠れている廃屋の方まで来ると、
男は手に持っていた剣を抜き、息を潜める。
近づいてくる追っ手の足音、
その距離2m
男は覚悟を決めて剣を強く握る。
「おい!そんなとこ見ても無駄だ!きっと町の方に逃げたに違いない!追うぞ!」
追っ手の仲間の一人がそう言うと、フルフェイスの暗殺者達は廃屋を調べるのをやめて、男の隠れている廃屋から離れていく。
完全に追っ手の気配が消えたのを確認すると、
全神経を研ぎ澄ませていた緊張の糸が切れて息をつく。
「はぁ...助かったぜ...」
「みーつけた」
「うお!?」
すぐ後ろから声をかけられ驚いて振り向いた、
そこには邪悪な笑みを浮かべる天使がいた。
****************
7日前
聖堂教会騎士団詰所
「聞いたか?北東の教会総本山の話」
「知ってるよ。教皇様がレイヴンに殺られたんだろ?情報おせえよ」
「すげえよな、あの懸賞金の額。レイヴン殺れば一生遊んで暮らせるぜ」
「夢のまた夢の話するなよ。お前の腕でどうにかできる相手じゃねーって」
「なんだよ、少しぐらい夢見させろよ」
「おい、貴様ら」
「隊長!?」
「くだらん話をしとるんじゃない。今はそんなことを気にしてる場合か?」
「いえ...申し訳ありません」
「ならさっさと外で素振りでもしてこい!」
「は、はい!」
慌てて外に駆け出す新米兵士達
隊長は呆れながらも、隅の方にいるもう一人にも声をかけた。
「昼間から酒か?」
「全く固いな隊長さんは」
「お前も素振りしてきたらどうだバアル」
「冗談いうなや、そんな青春する歳じゃねえって」
怠け者のバアル=ペオル
ボサボサの頭に、不潔な無精髭、服装もだらしない
中年の男性だ。バアルは酒瓶片手に飲んだくれていた。
「お前は聖堂教会騎士団を何だと思っている?」
「安定した収入と安定した雇用の職業」
「邪推な考え方だな。我らは神のために神名をとす守護者だぞ」
「仕事熱心だね、そんなんじゃ早死にしちまうぞ」
「なんで貴様が同じ隊長各なのか、理解できんな」
「うちは後方支援部隊、本隊様の雑用しかできない、しがない隊長さ。」
「なんにせよ、少しはシャキッとしろ。お前一人のせいで我ら教会騎士団の品格が民衆に疑われる。」
「へいへーい」
聖堂騎士団の奴等はみんな神や天使を異常なまでに崇拝してる。聖堂騎士団はぶっちゃけその構成員は大多数の信奉者が占めている。
その中で俺は神や天使を信じちゃいなかった。
大体てめぇらみんなおかしいんだよ。
天使ってのが今まで俺らを救ってくれたためしがあるのか?
神様なら戦争や飢饉、それに今俺らの国に広まっている疫病なんかとっくになんとかしてくれるもんだろう?
周りがおかしいのか、自分の考え方がおかしいのか、正直わからない。
駄目だ、考えるのもめんどくせえ...
バアルは空になった酒を、そこら辺の床に捨てて、次の酒を飲んでいた。
****************
6日前
現在、この国は疫病が蔓延している。
死者はざっと二万四千人の人間が病死した。
腐敗した死体の山の中でバアル率いる後方支援部隊が現地調査に来ていた。
「ひでえ臭いだ...」
腐敗した死体に思わずバアルは口を覆う。
「隊長!たいちょーう!」
「どうだ?生存者はいたか?」
「いえ、やはり全滅でした」
「そうか...」
部下の報告を受けてため息を漏らす。
「ハァ、気がのらねえな」
「隊長準備が整いました!」
部下達が全ての死体を積み上げ終わり隊長の号令を待っていた。
「これで全部か?」
「はい!」
「そうか、じゃあちゃっちゃと始めて、さっさと帰ろう」
「火をつけろ!」
副官の合図で部下達が死体の山に火をつけた。
人間の脂やリンが燃えて一気に炎が拡がる。
バアルの部隊の任務は死体の焼却にあたっていた。
これ以上疫病を拡散させないためである。
「疫病をこれ以上拡めないためだと思っても、人を焼くのは嫌ですね」
副官のミディアンは、隣で言った。
バアルはパチパチと燃えてく死体を見ながら黙っている。
来る日も来る日も死体処理、こんなことしても気休めにしかならないってのによ。この疫病の拡散は感染者の死体焼いた程度じゃ止められない。無駄なことさせやがってほんと、めんどくせえ...
バアルは目の前の光景を見ながらそう思っていた。
その時、バアルは何かに気づいて炎をまじまじ見た。
「待て、今死体の山が動かなかったか?」
「そんなまさか」
「やっぱ動いた!」
バアルは走り燃え上がる死体の山を漁った。
「隊長あぶないですよ!?」
部下の制止も聞かないで、バアルは火を恐れずに懸命に探した。
「あちいな!くそったれが!」
バアルは腕を引っ張りあげる。
それは炭で全身を真っ黒に被った子供だった。
微かだが息をしている。
「生存者だ......生存者がいたぞ!!!」
****************
5日前
「失礼しまーす隊長、ってうお!?」
「キャア!?」
ミディアンがバアルを起こしに隊長部屋のドアを開けると、中には全裸の女性がいた。
ミディアンを見て驚いた女は自分の服をさっさと拾って逃げるように部屋から出ていった。
ミディアンは呆れながらベッドのほうを遠い目で見てる。ベッドには全裸でベロンベロンになったバアルが爆睡していた。
「隊長起きてください。もう昼ですよ!って酒くさっ!」」
「んあ~あとちょっと」
「何があとちょっとですか。早く起きてください。」
ミディアンはいつものようにバアルの身体を結構強めで揺さぶる。バアルはその起こされ方が嫌いで、仕方なしに起きる。
「揺らすな二日酔いで頭がいてえんだ...」
「頭が痛いのはこっちですよ。教会の宿舎に情婦連れ込まないでくださいよ。」
「あれシンリーちゃんは?」
「先程そそくさと帰りましたよ」
「ああ、そうか。朝一発ヌいてくれりゃあ最高だったのに帰しやがって」
「それは気づかず大変申し訳ございませんでした。あとさっさとパンツ履いてください。」
「取って」
「嫌ですよ汚い。自分で取ってください」
バアルは起き上がりパンツを取ると渋々パンツを履いた。
「そうそう、この前隊長が助けた子供の意識が戻ったそうですよ」
「へぇ~」
「ちょっと様子を見に行ってください。」
「はあ?なんで」
「彼が唯一の生存者なんです。もしかしたら疫病の原因がわかるかもしれません」
「やだよ、俺ガキ嫌いだもん。他の奴に任せる」
「みんな隊長の指示で各地に出払っていて、今は隊長しか暇な人がいません」
「じゃあお前行ってこいよ」
「いいですよ。その代わりに隊長がやるはずのこの書類の山を全部やってくれるのであれば喜んで」
「はい!ミディアン君!喜んで行ってまいります!」
バアルは逃げるように飛び出した。
ったく、めんどくせえなぁ~
と思いながら、バアルは子供が入院している治療所に向かった。
診療所
「ういーす!」
「これはバアル隊長、どうも」
「ここに昨日運んだ生き残りの子供がいたと思うんだけど、意識戻ったみたいじゃん。ちょっと様子見に来た。」
「そうですか、ご苦労様です。どうぞ」
医者に連れられバアルは、助けた子供の病室に行った。
そこには、ベットにいる少年の姿があった。
歳はまだ13歳くらいだろうか、
幼さ残る顔つきの瞳には生気がまるでなかった。
「隔離してないのか?」
「その必要はありません。なぜなら彼は感染してないですから」
バアルはそれを聞いて驚いていた。
この疫病の特徴は身体に黒い斑点が現れる。
致死率の高さと感染率の高さから黒死病とも呼ばれている。感染経路は多義に渡り、空気感染、接触感染、血液感染が判明されている。
しかし、少年の身体には一つも黒い斑点がなかったからだ。
「嘘だろ?あのガキのいた村人全員感染して死んだんだ。あのガキも感染してなきゃおかしいだろ」
「いえ、それが症状が見受けられず、至って健康そのものです。奇跡としかいいようがありません。」
奇跡ね、これが神の御業とでもいうが正直胡散臭い。
「ひょっとしたら、あの子は特別な体質なのかも」
「特別な体質ね...」
「ただ...」
「ただ、なんだ?」
「いえ、それが...」
「ったく、めんどくせえな。ハッキリ言えハッキリ」
「身体は健康ですが、心に大きな傷を負ってまして精神的ショックが大きかったのでしょう。助かったのにまだ笑ってもいないんです。」
「ふーん」
「食事もいっさい手をつけないので、私共もどうしたらよいか」
戦争孤児によくみられる特徴だった。
戦争に行ったことがあるからよくわかる。
このお医者先生様は怪我や軽い病気ぐらいなら治せるんだろうが、心に負った傷までは完治できない。
バアルは少年の元に行き、ベットの横に立った。
「よう!」
「......」
少年は答えない。
まぁ、当然の反応だな。
だがバアルはめげずに聞いた。
「お前、両親は?」
両親のことでピクッとしたのか、虚ろな目の少年は微かに口を開いた。
「死んじまったよ...疫病で」
「そうか」
バアルは子供の頭をはたいた。
「イテッ!」
子供は頭を抑えながらバアルを睨み付けた。
「なにすんだよおっさん!」
「メソメソすんなクソガキ!俺は泣き虫なガキが嫌いなんだ!」
「泣いてねえよ!」
「減らず口叩ける根性はあるようだな」
「うるせえよ!ほっとけよ!」
ゴツン!
「口の聞き方がなっちゃいない!」
「イテェ!また殴ったな!」
悲しみは色んな負の感情がごっちゃ混ぜになる。
怒りは生きる活力だ。
こうして喧嘩してれば、こいつも...
「いてぇ!?噛みつくのは反則だろ!」
「うるへえ!」
10年前の戦争で死んだ俺のガキも生きてたら、
こいつと同い年くらいだったろうにな。
おっと、らしくなかった。なに感傷に浸ってやがる。
****************
4日前
「げっ、また来たのかよ」
「うるせえ、いいだろ別に」
俺はまた診療所に来ていた。
正直暇だったってのもある。
いわば暇潰しだ。
ガキをからかうのは面白いしな。
「帰れよおっさん」
「可愛いげのない糞ガキだなーほんとに」
バアルは椅子に腰掛けて少年の話し相手をする。
「おっさん聖堂教会の人間なんだろ?」
「ああ、そうさ」
「ならなんで神様は疫病や戦争から人間を救ってくれないんだよ、そういうための神様なんじゃないの?」
意外と鋭い奴だな。
まぁ、その話を俺にされても困るわな。
「神さんはそこまで万能じゃないんだろうよ。かくゆう俺は無神論者だからな。神さんのことはわからん」
「聖堂教会騎士団のくせに無神論っておかしいじゃないか!」
「大人には色々事情があるんだよ」
****************
3日前
「ガキガキガキって、俺はガキじゃねえ!ヨブだ!」
「ヨブってお前の名前か?」
「そうだよ」
「変な名前」
ガブッ!
「いてえ!だから噛みつくなっての!お前は獣か!?」
****************
ヨブに会いにバアルとミディアンは診療所を訪れていた。
しかし、そこにヨブの姿はなく空いたベッドだけあった。
「ん?あのガキはどうした?」
「いませんね」
「あーそうみたいだな」
「ひょっとしてもう退院したとか?」
バアルは看護士にヨブのことを尋ねた。
「ああ、あの子なら聖堂教会騎士団に引き渡しましたよ。」
「んぁ?それはおかしいな、俺んとこに何も連絡が入ってないぞ」
「そうなんですか?ひょっとしたら連絡ミスかもしれませんね」
「その連れてった部隊はどこの所属だった?」
「確か特務部隊だったような」
「特務部隊だと!?それって教皇直属のか!」
「はい、確かそうだと」
なんで教会の汚れ仕事専門の特務部隊が、あのガキを連れてった。何が目的だ?
「キナ臭いな」
「隊長またオナラしたんですか?やめてくださいよ」
「違うわ!怪しいってことだよ!」
「まさか、特務部隊のこと調べるんじゃないですよね」
「そのまさかだ」
「ヤバイですよ!特務部隊は暗殺集団ですよ!下手に首突っ込んだら、そのまま首を落とされますから!」
「おっさん珍しくやる気だしてるのに水差さないでよ」
「やりましょう!」
「うお!?なんでやる気だしたの!」
「やっぱ陰謀なんて解き明かしたくなるじゃないですか!」
「お、おう」
深夜、人がいない時間帯のほうが動きやすいと踏んだバアルとミディアンは特務部隊が向かったという場所に向かっていた。
「やっぱり行くの?考え直さない?」
「ここまで来て何言ってるんですか!」
二人は疫病の最初の犠牲となった村に来ていた。そこに住んでいた住人は疫病により全滅していて、もはや廃屋になっていた。
「夜中にどこぞの集団がここを通って、丘の上にある墓地に向かったのを見たって人がいました。きっとその集団は特務部隊ですよ」
「しかし、墓地なんかに何の用があるんだ?あそこには古い遺跡しかないだろうに」
「これは臭いですね」
「すまん、屁こいた」
ミディアンは鼻をつまみながらバアルをバシバシ叩く。
代々王族の墓地となっている遺跡がある。
そこは王族以外立ち入りを禁止されている場所であるが、黒いフルフェイスの兜を被り、動きやすさを重視したレザーメイルと全身黒ずくめの服装をした集団が遺跡の入り口に駐屯していた。あの風貌は教会騎士団の特務部隊である。
「特務部隊総出で警備にあたってるって尋常じゃないですよ。あの遺跡の中に何があるんでしょうか」
「こんなところで連中が何してるが知らねえが、コソコソしたくなるような後ろめたいことをしてんのは確かだな。」
「どうしますか隊長?あれじゃとてもじゃないですが忍び込むのは無理ですよ」
「着いてこい」
バアルはミディアンを引き連れて遺跡から少し離れた墓の前にきた。誰の墓か知らないが手入れもされておらず、墓地から離れた寂れた墓が一つポツンとそこにあった。
「隊長、どうしたんですか?」
「まぁ見てろ。よいしょっと!」
バアルは墓を押す。
すると墓石の下からどこかへ降りる階段があった。
「これは!?」
「ここは王族しか知らない秘密の抜け道だ。この階段はあの遺跡まで繋がってる。昔、王族の墓の警備をやってたとき、たまたま見つけたんだ。昔は結構エリートだったんだよ俺は?」
「わぁ、これは凄いですねー大分歴史を感じますね」
得意気に話すバアルを無視して、先に階段に降りるミディアン。
「聞いてないのね」
バアルは苦笑いしながらミディアンの後に続いた。
****************
遺跡の内部
以前来たときとは様子がガラリと変わっていた。
王族の墓があった場所には見たことない機械仕掛けの装置が置かれてたりと、至るところで古くからある石像も破壊され、様変わりしていた。
「こいつは...一体何だ...」
ヒト一人分入れるくらいのガラスの筒の中に緑色の液体が入っている。
その中には脳や、内臓、解剖された人間が入っていた。
「うっぷ...」
ミディアンはその光景に気持ち悪くなる。
その時、人の気配を感じたバアルは、ミディアンに言った。
「静かに、誰かいる隠れろ」
白衣を着て眼鏡をかけた知的そうな顔立ちをした男と、特務部隊の兵士が話していた。
「被験体006の状態はどうかね?」
「ハッ!現在独房の中に収容しております」
「人間が疫病と呼んでる細菌兵器に抗体を持った珍しい実験サンプルです。決して目を離して逃げられることないように。もしものときは......わかってるね?」
特務隊に対してあの白衣の眼鏡男はずいぶん偉そうな口調だ。
それもそのはず、あの男...人間ではなかった。
そう、あれは...
「あの男、背中に羽が生えてる...まさか、天使様?」
眼鏡をかけた知的そうな男は天使だった。
「あいつ、今疫病を細菌兵器とか言ってなかったか」
「まさか、あの疫病が人為的に行われたものだと?」
「まだわからんが、ここに長居するのは良くなさそうだ。」
「ズラかりますか!」
「いや、まだだ」
ヤバそうなここの雰囲気にミディアンは正直ビビっていて早く逃げ出したかったが、バアルはヤバそうな場所だからこそ、捕らわれているであろうヨブのことが気掛かりだった。
「あのガキを助けてやんねえとな。ここは思いっきりクロだ。あのガキがどんなことされるかわかったもんじゃねえ連れ出す。」
「それはまずいですよ!特務部隊を敵に回すのはヤバイですって!」
「お前だけでも先に戻れ。これは俺の責任だ」
「全く貴方って人は」
ミディアンはため息をつきながら小さく笑った。
「いつも面倒くさがり屋で、お金にだらしなくて、ズボラで、酒癖悪くて、女のけつばかり追っかけて、不潔で、時々変な臭いするし、みんなから馬鹿にされて、隊長の癖に頼りなくて」
「お前それ言い過ぎだから!心にズバズバきたよ!」
「でも、本当はお節介焼きでめんどくさいと言いながら面倒見がすごくいい、自分の尊敬する上官です。」
なんか照れ臭いな。やめれ
「なんだよ、いきなり」
「昔、戦争で孤児になった自分を拾ってくれたのは隊長でした。あんな子供放っておけばいいものを今では士官にまで取り立ててくれた、本当馬鹿がつくほどのお人好しですね」
「うるせえやい」
「さて、今回もお人好しで子供を助けに行きますか」
「かーーーめんどくせえ!憎まれ口は相変わらずのクソガキだなてめぇは!」
「ははは、久し振りにその呼び名で言われましたよ。自分はいつまで経ってもクソガキですから」
互いに長い付き合いだ。
だからバアルとミディアンは互いの考えもよく知っていた。
「自分はまだこの遺跡を調査したいと思います。何かわかるかもしれません。」
「そうか、死ぬなよ」
「隊長こそ」
バアルは部下と別れて、独房を探す。
慎重に遺跡内を進んでいくバアル。
以前、ここで働いていたのが役に立ち。
いりくんだ道にも迷うことはなく、独房となる場所となれば何処なのか大方予想もついていた。
たどり着いた場所は霊安室だった。
中には案の定ヨブがいた。
「ようガキンチョ!」
「おっさん、どうしてここに!?」
「下がってろ」
この錠の外しかたはわかる。
よく暇潰しに遊んでたからな。
バアルは手慣れた様子で鉄格子を開けた。
「さっさとズラかるぞ」
「あ、ああ」
ヨブを連れて来た道を戻る。
すると、別れたはずのミディアンと合流した。
「たいちょーう!」
「生きてたか」
「生きてますよそりゃあもうピンピンに」
ミディアンは手に資料を持っていた。
おそらくここで手に入れたのだろう。
ミディアンは興奮気味に話した。
「それよりとんでもないことがわかったんです!」
「わかったわかった。その話はここから逃げた後で聞いてやる」
その時、角を曲がろうとしたら短刀を持った人物にいきなり襲われた。
「な、なんだ!?」
ギリギリで避けると、その人物は黒いフルフェイスを被っていた。
「チッ、特務隊か!」
特務部隊の兵士が素早い動きで縦横無尽に駆け回り翻弄する。
正面からではなく背後に回るように動いてミディアンに斬りかかる。
「あぶね!」
間一髪のとこでバアルが間に入る。
バアルは剣を振り払うが、それをバックステップで避ける特務隊。二人がかりなのに怯むことなく襲いかかってくる。
「こいつちょこまかと!?」
二人で斬りかかるも、紙一重で躱される。
「ぐふっ!?」
避けた時にバアルは脇腹に蹴りを入れられた。
なんつー重い蹴りだ。体術も一流だ。
腹を押さえているとミディアンがすかさず、援護に入る。しかし、それも難なく避けられ間合いを取られた。
「大丈夫ですか隊長!」
「わりい油断した」
特務隊は余裕な態度で二人を見ている。
「舐めやがって」
バアルは飛びかかる勢いで特務隊に迫った。
身構える特務隊。
その時、特務隊の兵士の態勢が崩れた。
ヨブが特務隊の足にしがみついたのだ。
元々ヨブを子供と思い戦闘対象外と見ていたのが油断だった。
「でかしたヨブ!」
そのままバアルは斬る態勢に入ると、
慌てた特務隊はマスク越しからヨブ目掛けて針を吹いた。
「イテッ!?」
針はヨブの手に刺さり、足から手を離した。しかし反応が遅れた特務隊の兵士はバアルに斬り抜かれた。
「グハ!」
特務隊は小さく呻くと絶命した。
バアルとミディアンは息を切らせる。
「はぁ...はぁ...はぁ...」
「ぜぇ...ぜぇ...なんなんですか、こいつら」
「はぁ...はぁ...これが特務部隊だ。要人暗殺に長けた人殺し専門の殺人集団だ」
特務隊の死体を見ながら、このレベルの手練れがまだまだ他にもいると思うとゾッとした。
「またこんな奴等と戦いたくねえ、追っ手が来る前に逃げんぞ」
バアルはヨブを連れて、ミディアンと共に遺跡から脱出した。
****************
「被験体が逃げただと?」
「申し訳ありません、すぐに捜索部隊を編成し...」
「僕は言いましたよね?もしものときは...って」
そう言った瞬間、天使は何かを唱えた。
すると特務部隊長が突然苦しみだし、その身体が膨れ上がり破裂した。
「ひい!?」
「さてと...なにボサッとしてるんです?早く連れ戻しに行きなさい。貴方もこうなりたいですか?」
****************
墓地
「この国に蔓延している病は疫病なんかじゃありません。実験が失敗して拡散したものです」
「実験だ?」
「なんでも超生命体を造る実験だったみたいです。」
「超生命体!?なにそれ」
「詳しくはよくわからなかったのですが、その初期の超生命体が失敗したらしくて、そこから漏れだした魔素が原因で今の疫病が発生したみたいです」
「結局俺らが信じこまされていた神様は、偶像だったとはね。そんなこったろうと思ってたよ」
墓地の中を走っていると、殺気を感じたバアルが止まった。
「待て!」
ミディアンとヨブを制して、辺りを見る。
回りには墓しかない。
そんな墓の裏からぞろぞろと特務隊の連中が現れた。
「ひえええ!?」
「待ち伏せしてやがったか!」
数は5人か、
まずいな...時間をかければどんどん集まってきやがるな。
「長引かせれば長引かせるほど追っ手が集まってくる!全部殺せ!」
「簡単に言わないでくださいよ!」
バアルとミディアンは特務隊との戦闘に入った。
「ガキンチョ!お前は走って逃げろ!」
「おっさん達はどうすんだよ!俺も助太刀するぜ」
「俺らのことはいいから行け!」
「でもよ...」
「わかんないのか!邪魔だって言ってんだよ!」
バアルの顔は真剣そのもので、ヨブは自分が足手まといにしかならないと察して、悔しがりながら走って逃げた。
それを逃すまいと特務隊二人組がヨブを追おうとバアルに背を向ける。
それがよくなかった。
バアルとミディアンはすかさず、ヨブを追おうとした二人組を背後から斬り捨てた。
「隊長も人が悪いですね。ヨブ君にあんなこと言って実は囮にしたでしょ?」
「当たり前だろ。おかげで残りが三人だ。そういうお前こそいの一番に斬りかかってたじゃねえか」
「正攻法じゃ勝てませんからね。先程の戦いで学習しましたから」
バアルとミディアンは互いに背を合わせ背後からの攻撃に防ぎ、目の前にいる敵に警戒する。
死闘が続き、バアルが最後の一人を斬った。
「こいつでラスト!」
なんとか片付けるとバアルとミディアンは息をついた。
「はぁ...はぁ...これで全部だな」
「そう...みたいですね」
命懸けの殺し合いでどっと疲れていた。
「なんにせよ、増援が来る前にさっさとここから離れよ...」
「あぶない隊長!!!」
ミディアンはバアルを押し飛ばした。
そしてミディアンの首に矢が貫通する。
「隊...ちょう...」
「ミディアン!」
殺したと思っていた特務隊の一人が死体のふりをしてボウガンを放っていた。
バアルはミディアンを射ぬいた特務隊を切り捨てた。
「ミディアン!しっかりしろ!おい!ミディアン!」
「た、隊長...すみません...ヘタこきました...」
ミディアンは苦しそうに答えている。
「も...う...自分は...ダメです......自分を置いて逃げて...くだ...さい」
「ミディアン...」
ミディアンの言うとおりだった。
首に貫通した矢から大量の血が流れていた。
これはもう助からない。
バアルは悔しげに顔を背けた。
「くそっ!しっかりしろ!」
「た、隊長...今までお世話に...なりま...した」
「馬鹿野郎!変なこと口走ってんじゃねえ!」
「先に逝ってます...」
ミディアンは力尽きてバアルの腕の中で息を引き取った。悲しむ暇もないまま現実に引き戻される。
「いたぞ!奴等だ!」
「逃がすか!追え!」
再び特務隊の追撃がやってくる。
バアルはミディアンを置いて走り出した。
****************
崩壊した村の中を走る一人の男がいた。
「くそったれ!なんで俺がガキ一人なんかのために」
男は愚痴を溢した。
本来の彼ならこんなことのために命を賭けることは絶対にしない。
「俺も焼きが回ったか...」
物影に隠れ追っ手から逃れようと様子をみる。
「まだ近くにいるぞ!探せ!」
「チックショ!さっさといっちまえっての!」
「みーつけた」
「うお!?」
すぐ後ろから声をかけられ振り向くと、
そこには邪悪な笑みを浮かべる天使がいた。
「散々引っ掻き回してくれちゃってどういうつもりだい?」
「て、てめえいつの間に...」
「口の聞き方がなってない人間だな。僕を誰だと思ってる」
「天使だろ?」
「天使ではあるが違うね」
天使は羽根を広げながら答えた。
「僕は上級天使にして世紀の天才!偉大なる研究者ヤハウェ様だよ」
「そ、そうだ!やいコラ!天使がこんなことしていいと思ってるのか!」
「こんなこととはなんのことだ?」
「とぼけやがって!今この国で蔓延している疫病のことだ!お前らの仕業なのはわかっているんだぞ!」
「人間はモルモット、この地上は実験施設なのだよ」
「実験...だと...」
「前回の実験は失敗だった。初期のモルモットは体内の魔素に身体が耐えられなく、そのうえ廃棄した死体から魔素まで溢れだして疫病化するとはね。しかし、今回は被験体006、このモルモットは魔素に抗体がある。ならば適合するはずだ」
「お前のその実験とやらで、今まで何人の人が死んだと思っている!」
「さぁね、いちいちモルモットの数なぞ覚えてはいないよ」
こいつ...
かつてない下衆な考え方をしているヤハウェにイラついた。
「お前の狙いはあのガキだろ。残念だったな。お探しのものなら、もうここにはいないぜ」
「ふふーん、ひょっとしてコレかな?」
上級天使ヤハウェの背後には何故か先に逃がしたはずのヨブがいた。
「ヨブ!?」
「僕をあまり舐めないでほしいな。こんなこともあろうかと、被験体006には予め居場所がわかるようマーキングの魔法をかけといたのさ。千里眼から君らの居場所くらい手に取るようにわかる」
さっきからヨブを呼んでも返事がない。
虚ろな眼をして立ち尽くしている。
「ヨブ!てめぇヨブになにをした!?」
「クックック、進化を促したのさ」
ヤハウェは使用済みになった注射器を投げ捨てる。
するとヨブの身体が大きく膨れ上がり、
みるみるうちに変貌していく。
「さぁ見ろ!世紀の瞬間だ!」
真っ赤に燃えるような紅のたてがみ、
肌は色黒く、鋭い牙や爪を生やした大きな獣に姿を変えた。
「これが超生命体ベヒモスだ!」
ヨブはベヒモスに変貌してしまった。
「嘘...だろ...」
「グオオオオオオオ!!!」
咆哮をあげる怪物
「おお!なんと美しい造型美だ!力強さだけでなく荒々しさに隠れる神秘さがある!」
ヤハウェは感嘆の声をあげて悦び、バアルはことの事態を理解できず叫んだ。
「ヨブ!ヨブ!返事をしやがれ!」
バアルの声はヨブだったモノには届かない。
ヤハウェはベヒモスに命令した。
「さぁ、性能テストだ。我が最高傑作よ、あのモルモットを駆逐しろ」
ベヒモスとなったヨブは理性をなくしたただの獣。
バアルに容赦なく襲いかかる。
「ぐっ!」
バアルは剣を抜いて飛びかかってきたベヒモスを斬った。
ガキン!
ベヒモスも身体は硬く、剣が折れた。
そのままバアルは倒れこみ、ベヒモスの鋭い牙がバアルの右腕に噛みつき腕を持ってった。
バアルの右肩から血が吹き出す。
「があっ!!!」
「トドメをさせベヒモス!」
ベヒモスはバアルの上に覆い被さったまま、止まった。
「オ.....ッサ......ン.....」
「ヨ、ヨブ......お前...」
「何故だ!?何故命令を聞かん、まだ自我が残ってるとでもいうのか」
「悪かったなガキンチョ...今楽にしてやるからよ」
バアルは折れた剣の切っ先をベヒモスの右目に突き刺した。
「グオオオオオオオ!!!」
雄叫び声をあげるベヒモス。
「ぐあああああ!!!」
逆上し暴れるベヒモスの一撃を受け
バアルは崖下に真っ逆さまに落ちる。
「片目を潰されたか、人間如きに傷つけられるとは、まだまだ調整が必要だな。」
ヤハウェは崖下を見る。
この高さでは生きていまい。
そう判断し遺跡の研究所に戻る。
「ゆくぞベヒモス」
****************
崖から落ちて地面に叩きつけられたバアルは瀕死の重症を負っていた。
ベヒモスに噛み砕かれて無くなった右腕の感覚もない。
ちくしょう...俺はこのまま死ぬのか
あんなガキ放っときゃよかった
こんな痛い思いせずに済んだのによ、
いつもなら今頃、売春宿に繰り出して女といいことしてたってのに
生きたいか?
気づくと目の前には青年が立っていた。
声が出ねえ...が、バアルは頭の中で問いただした。
てめぇ...誰だ?
青年は黒い片翼を拡げた。
チッ、また天使かよ。
天使の面に唾吐きたい気分だってのによ
なら吐きつけてやれ
そうしてえが、身体が動かねぇ
バアルよ、我が仲間になれ
ふざけんな、誰が天使なんかの仲間になるもんかよ
私は天使ではない。天使と神に敵対する者だ。
一部始終は見させてもらった。お前には我々の仲間になる資格がある。
てめぇ、一部始終を見てたって言ってたな。
あのやり取りを何もせずただボッー突っ立ってながら間近で見てたんだな!見殺しにしといて何が仲間になれだ?笑わせんな!
お前が我らの仲間に値するか試す必要があった。
そのせいであいつは!あのガキは!
化け物になったんだぞ!
それは違います。
どのみちあの子供は体内の魔素に汚染されていて、
助からなかったでしょう。
いいベルゼブブ、助けられなかったことは事実だ
ちくしょうが、どいつもこいつも...
お前はどうしたい?
知らねえよ。こっちとらさっさと天国にでも行って旨い酒と綺麗な女を侍らかしてえんだ。
天国なんか空想だ。存在しない。
夢見るのも許さねえってか?キツい天使だ。
なら、それはそれでいい。今俺が一番やりたいことは...俺はあのくそ野郎天使の面に唾...いや!しょんべんかけてやりてえ!
バアルの出した答えに満足してか、青年は笑みを浮かべた。
私はルシファー=サタン
バアル=ペオル、お前に選択肢をやろう。
****************
遺跡の研究所
培養カプセルの中にベヒモスは入れられていた。
先程の行動に不可解な点があったので再調整の真っ最中だった。
しかし、それでも研究者の天使ヤハウェは上機嫌だった。
超生命体を遂に完成させ、次のステップに入れるからだ。
「ゼウスしか出来なかった生命創造の力を、いつか我がモノとし、天界の王の座につくのは僕となる日も近い」
「大層な夢だが、夢は寝て見るものだ」
そこには、ルシファーが立っていた。
「ふぅ、やれやれまた侵入者か。人間どもは使えないな。ザル警備じゃないか」
ヤハウェはボタンを押すと、周りにあったカプセルが開いて、中から複数の怪物が飛び出した。
ルシファーを囲んだのは、醜悪な姿をした化け物だった。
「超生命体の副産物でできた怪物だ。正直失敗作だが、人間相手にはこいつらで充分...」
ルシファーは黒い片翼で全身を覆ってから、一気に広げると羽の矢が四方に一斉に飛んで、化け物どもを貫いた。一瞬で化け物共を全滅させた光景を見て、ようやくヤハウェは侵入者に気づいた。
「片翼の天使......お前はルシフェル=サタナエルか!?」
「外道に名乗る名は持ち合わせてない。」
「クックック、これはかの有名な堕天使に出会えるとは、して僕に何の用だ?」
「お前のくだらない実験とやらで、多くの人間が死に、多くの涙や血が流された。それをそっくり返してやる」
「はっーははー!天使相手の実戦データが欲しかったところだ。ベヒモス!」
培養カプセルが割れてベヒモスが飛び出した。
「ゆけ、僕の最高傑作よ!」
機敏に動くベヒモスに、ルシファーは魔剣ダーインスレイブを振った。表面が硬く、ダーインスレイブでもベヒモスの身体を傷つけられなかった。
「見かけによらず素早いな。」
ルシファー、俺にやらせてくれ
「わかっている。こい、ベルフェゴール!」
ルシファーは自らの眷属の神名を言うと、
転がっている小石や砂が一ヶ所に集まり始めて形を為す。
その姿は、二本のヤギの角を持ち、牛の尾に、伸びきった無精髭、されど眼光は鋭く、精錬な顔と肉体をしていた。
ルシファーの第二の眷属、その名もベルフェゴールが姿を現した。
ベルフェゴールは砂でできた玉座に座っている。
「...そいつは」
ヤハウェはベルフェゴールに見覚えがあった。
そう、先程殺した人間の...
バアル=ペオルの面影があった。
「クックック、こいつは面白い。」
ヤハウェは不敵に笑い出す。
「よもや君も禁忌を侵してたとはね。これは偶然かい?」
「君もだと?まさか、お前...」
「そう!このベヒモスも僕の血を使って精製されたんだよ!天使の血には細胞の促進効果がある。それを流用して造り上げたのが、このベヒモスさ!」
「まさか天使の中にゼウスの敷いた禁忌を破る奴がいるとはな」
「僕は求道者なのさ。考えたことはないか?何故ゼウス唯一人だけが僕らを生み出すことができるのか?あの旧時代の老人にできて僕に出来ないわけがない。」
「ふん、お前は世界征服でもしたいのか?」
「真に優れた者が世界を治めるのは摂理だよ。僕はゼウスの造った世界を壊し、新たな世界を創造する」
「よぉガキンチョ」
対峙するベヒモスとベルフェゴール
ベルフェゴールのその瞳には哀しみしかなかった。
「今終わらせてやるからな」
「グオオオオオオ!!!」
「このベヒモスは君の眷属のように術式を用いたものじゃない。色んな動物の細胞を混ぜたからね。若干僕なりにアレンジも加えている。魔素の発生はその影響によるものさ。しかし、その力は絶大だ。まさにハイリスクハイリターン。君の下僕なんか非ならないよ。」
ベヒモスの鋭い爪がベルフェゴールを切り裂いた。
しかし、ベルフェゴールの身体は砂になっていてベヒモスの一撃を通していなかった。
ベヒモスの右前足にベルフェゴールの砂が包み込み。
ベヒモスの前足は砂の塊に捕らわれる。
ベルフェゴールは両拳を地面につける。
すると両拳に石が集まりだし巨大な岩石のグローブになった。
「オラオラオラオラ!」
岩石の拳でベヒモスを殴り続けるベルフェゴール。
「馬鹿な!ただの不死者が地の魔法を!?」
「俺も若干アレンジを加えている」
「お前まさか...自らの地のエレメントを不死者に授けたのか、二度と魔法を使えなくなるぞ!?」
五大属性を行使することのできるルシファー
火のエレメント
地のエレメント
水のエレメント
風のエレメント
雷のエレメント
うち、
火のエレメントはベルゼブフに
地のエレメントはベルフェゴール
に委譲していた。
すなわち、今のルシファーは火と地の魔法を使役することができなくなっていた。
「貴様が言ったんだろ?これが俺のハイリスクハイリターンだ」
打撃によりベヒモスの牙はへし折れ、あちこちの骨も折れたであろう。しかし、ベヒモスは倒れない。
ベヒモスのいる地面が盛り上がる。
それは遺跡の天井を突き破り、外に出てもまだ高く昇る。そして遥か上空の空までベヒモスを乗せた地盤を運んだ。
まるでそれは遺跡から生えた高い塔に見えた。
やがて塔は次第に崩れ落ちていく。
塔のてっぺんにいるベヒモスは為すすべもなく真っ逆さまに大地に落ちてゆく。
崩れ落ちる高い岩の塔
ベヒモスは足場を失い落下し高さ1000mから地面に激突した。
「馬鹿な...ベヒモスは、僕の最高傑作は地上最強の生物なんだぞ。こんなことありえるか...」
「地上最強の生物か、ならベルフェゴールは地上に足をつけている全ての生物に対しての天敵だ。」
1000mの高さから叩きつけられたはずのベヒモスはまだ生きていた。凄まじい生命力だが、すでに身体中の骨は粉々に砕け、瀕死の状態だった。
「くそ!この役立たずめ!お前は失敗作だ!」
敗けを察してかヤハウェは慌てて逃げようとする。
創造主に見捨てられたベヒモスをベルフェゴールは静かに見下ろしていた。
虫の息だが、確実にトドメを刺すため
ベルフェゴールは額の一本角を硬化させ、対象に向ける。
その時、ベルフェゴールにはベヒモスからあふれでた光を見たきがした。それは錯覚か、幻か、その光は少年の姿に見えた。
「おっさん!」
「なんだガキンチョ」
「その......あれだよ...あれ...」
少年は照れ臭そうに笑った。
「ありがとな」
ベルフェゴールは笑うと、額から勢いよく発射された鍾乳石の鋭く尖ったつららがベヒモスの口を貫いた。
脳髄を破壊されベヒモスは絶命する。
そして、ベヒモスの身体は衝撃で吹き飛び、
その先には逃げようとするヤハウェがいた。
「なっ!?」
ベヒモスの死骸の下敷きになる天使ヤハウェ
「ぐはっ!?」
ベヒモスがのしかかって身動きがとれない。
そんなヤハウェの目の前にルシファーが立つ。
「貴様、これで勝った気でいるなよ...いつか必ず神罰がお前に下る!それを忘れるな!」
「ゼウスに弓引こうとしてた奴が最期には神頼みか、笑わせる」
「くそ!くそ!この僕が!邪魔だどけ!この失敗作が!」
ベヒモスの死体を退かそうとするも全然動かない。
「間もなくこの遺跡は崩れさる。だが天使は飯を食わなくても息をしなくても人間と違い死にはしない。生き埋めにしたところでお前は死なないだろう」
「そうだ!必ずここから這い出て貴様を!」
ルシファーはベヒモスの死骸を斬りつけた。
「な、なにをしている...」
「ペッ!ペッ!クソマズッ!?ルシファー!コンナ魔素マミレノ血ナンカ飲マセンジャネエ!」
「そうか、魔素の味しかしないのか」
「き、貴様...まさか!?」
ヤハウェはハッと気づいて震えた。
ベヒモスから溢れでた泥のような血が吹き出し、下敷きになっている天使に落ちる。
「ぐぎゃああああああああ!!!魔素が!?魔素がああああ!!!」
「ベヒモスが死んだことで、魔素を中和する抵抗力がなくなったようだな。この血はタップリと有害な魔素をさぞかし含んでることだろう」
魔素を含んだベヒモスの血に天使の肌が触れると、皮膚が化膿し、黒い斑ができる。
「天使は病気でも死なない、だが人為的な造られた魔素の毒素は別だ。お前が実験と称して奪った二万四千人の苦しみを味わえ」
「ぎゃああああ、ゲホッ!ゲホッ!」
血反吐をビチャビチャぶちまける天使
おそらく、魔素が肺のほうまで侵食したのだろう。
苦しそうに蠢いている。
「天使というのは、便利なようで不便だな。お前はやがて魔素に侵され死ぬが。人間と違い生命力がある分、疫病で死んだ人間の10倍は苦しみながら死ぬだろう」
「ル...ルシフェル...サタナエル!!!」
ルシファーはベヒモスも心臓に剣を深く突き刺す。
それを唖然としながら天使は見上げた。
「今の俺はルシファー=サタンだ」
剣を引き抜くと、心臓に溜まっていた大量の血が溢れだし、天使の全身に浴びせかけた。
「びなあたなさやまかなあか!?!?!?」
声にもならない声をあげる天使
整った顔は醜く腫れ上がり、全身黒い斑模様の斑点が浮かび上がる。
「満足したかベルフェゴール?」
「ああ、大満足だ」
「我らが行く道は棘の道だ。今一度問うが、覚悟はあるか?」
「めんどくせえこと言うなや」
ベルフェゴールは口元を上げて言った。
「次はどの天使にしょんべん引っかけるよ?」