天使の火と天使の血
蝿の王ベルゼブブは、姿を変えて巨大な蝿に変貌した。大きさは馬ぐらいある。
ルシファーはベルゼブブに跨がると、
ベルゼブブは羽をはばたかせ、ゆっくりと上昇した。
「これであの億劫な山脈を越えられる。」
「ルシファー様、落ちないようしっかり掴まっていてください。」
「わかった。」
ルシファーはしっかりとベルゼブブの首根を掴む。
「ギャハハハハ!ソリャア無理ダゼwwルシファーハ毎回堕チル!」
これまで天界から落とされ
一昨日は崖から落ちて
もはや、トラウマレベルで落ちることに運がないルシファー
「五月蝿い剣だ、黙らないとお前をうっかり落としてしまうかもしれないぞ」
「フフッ、では主よ行きますよ!」
ベルゼブブは急速に空を飛んだ。
山を越え、次の目的地を目指す。
「ベルゼブブ、北東の方角に飛んでくれ。」
「わかりました我が主よ」
ルシファーの第六感が告げていた。
人の嘆き、負の感情を察知することのできるルシファーは、神の眷属である天使を探しに北東を目指した。
****************
二日後
北東の街
北東の街には聖堂教会の総本山があり、教皇が街を治めていた。
街の中心街にある広場には人だかりで溢れかえっていた。
ルシファーとベルゼブブは深くフードを被りながら人混みの中にいた。
おびたたしい数の教会騎士団が柵の周りを囲っている。
「教皇様、準備ができました。」
「うむ」
広場には10名ほどの人間が十字架に張り付けられていた。
若い女から子供、老婆まで全て人間の女性だった。女達はむせび泣く。
「やれ」
教皇が教会騎士団の兵士に命じると、
兵士は貼り付けにされた女達に火をつける。
「きゃああああああ!!!」
火炙りにされ断末魔をあげる女達
教皇はその燃え盛る姿を見ながら満足そうに笑っていた。
魔女狩りである。
「胸くそ悪いことしやがる」
ルシファーは毒づいた。
教会は魔女を捕らえて民衆の前で処刑するのが古くからのしきたりだった。
しかし、ルシファーはこの魔女狩りの本当の真意を知っている。
この魔女狩りの真意は、天使から勅命を請けた教会側の人間が行う非人道的な虐殺だった。
人との交わりを禁じている天界では、
天使が人間の女を強姦し孕ませることなんかは日常茶飯だ。
それを隠蔽するため、
天使と交わった又は、孕んだ人間や
産まれた混血児を魔女に仕立てあげ証拠隠滅をはかる。
しかしそれは、裏で教皇に指示を出している天使がいるということだった。
「ルシファー様、如何なさいますか?」
「今夜、教皇の寝所に忍び込む。そして裏で操っている天使を殺す。」
「わかりました。では今夜...」
ベルゼブブは霊魂になり、ルシファーの中に入る。ルシファーと契約化にある眷属は、ルシファーが必要あるときに好きに呼び寄せることができる。
ルシファーは夜を待った。
****************
ー大聖堂
教皇の寝所がある大聖堂の近くにルシファーは物陰から隠れながら様子を伺っていた。
教会の本拠地である大聖堂は、
警備も厳重で、24時間門兵がいる。
「ルシファー!ルシファー!皆殺シロ!俺二血ヲ飲マセロ!」
「全員相手してるときりがない。無駄な殺生は避けていく」
「フザケンナ糞ガ!コノ前ノ混血児モオ預ケデ、今日モカヨ!」
「その代わり教皇と天使の血はたらふく飲まさせてやる。それまで我慢しろ」
ルシファーは門からの進入は避けて、塀の壁をよじ登り敷地内に侵入する。
「中も結構いるな」
大聖堂内部にもかなりの衛兵が控えていた。これを見つからず避けて行くには中々骨が折れる。
草むらに隠れながら様子を伺っていると、二人組の衛兵がやってきて話始めた。
「そういやぁ、さっき教皇んとこにいつものように女のガキを送ってきたんだけどさ。毎度毎度思うよ。あの教皇も好きだよな~孤児にイタズラするのがさ」
「毎晩毎晩身寄りのないガキを俺らに拐わせるのも勘弁してほしいぜ。探すのも捕まえるのも手間がかかるしよ」
「せっかく俺らが苦労して捕まえたガキを毎度壊すんだよな。なんか苦労損した気分になるわ」
「あれで教皇だもんな。聖職者というより性食者だよ。ありゃあ」
「ははっ、言えてらぁ」
「ひでえのは自分がイタズラしたガキを魔女に仕立て殺すんだもんな。ちゃっかり証拠隠滅もしてんだもん」
「なるほど、ここの教皇は相当なゲス野郎らしいな」
「何者だ!?」
衛兵が構える隙も与えずルシファーは即座に斬り伏せた。一人の衛兵の首が飛んだ。
「ひい!?」
目の前で一瞬に起きたことに腰を抜かして驚く衛兵に、ルシファーは聞いた。
「教皇の場所はどこだ?」
「い、一番上の階にいます!」
「そうか」
「どうか命だけは!」
「駄目だ」
ルシファーは素手で衛兵の頭を掴み首を捻った。首の骨が折れて衛兵は死んだ。
「オイルシファー、無駄ナ殺生ハシナインジャナカッタカ?」
「無駄じゃない殺生ならいい。この衛兵の服を頂いて衛兵のふりをすれば、この警備をうまく誤魔化せるだろう」
ルシファーはそう言うと、人目のないところに衛兵二人の死体を運び、首の骨を折ったほうの衛兵の服を脱がせ、ルシファーは衛兵の服を身につける。
「さて、変態教皇様の面を拝みに行くとしよう」
ルシファーは教皇のいる最上階を目指した。
****************
そんな侵入者の存在に気づかず、教皇の寝所では一人の少女が裸で震えながら、同じく裸の教皇が息をあらげていた。
「はぁ...はぁ...さぁ来なさい。君を天国に連れてってあげよう」
聖職者の仮面を捨てた醜い欲望につきうごされた人間がいた。
「お楽しみ中のところ邪魔するぜ」
「ん?」
後ろから声をかけられ振り向く教皇の顔を、衛兵が蹴り飛ばした。
「ぐひゃっ!?」
鼻の骨が折れて鼻血を吹き出させる教皇
衛兵は振り向き怯える少女に声をかけた。
「おい」
「は、はい!?」
「さっさと逃げな」
「は、はい!ありがとう!」
衛兵はいたいけな少女を逃がすと、教皇は忌々しそうに鼻を抑えて衛兵を睨んだ。
「貴様!衛兵のくせに私にこのような真似してどうなるかわかってるのか!」
「知らねえな」
「懲戒、いや!不敬罪で極刑にしてやる!」
「それなら心配ない。俺は教会の人間じゃないしな」
衛兵は着ている服を投げ捨てた。
そう、衛兵はルシファーだった。
「な、何者だ貴様!」
「屑に名乗る名はない」
「え、衛兵衛兵!賊だ!」
しかし誰もこない。
「な、何をやっておるんだ役立たず共が!教皇である私が危ういというのに」
「お前が鼻血出して唸ってる時に、この部屋に防護結界を張らせて貰った。この部屋は外界から完全に隔離されているから誰も入ってこれない。音も遮断されている。だからお前の声が外には漏れないわけだ。」
「なんだと!?そんな馬鹿なことが...」
「試しに大声を出させてやる。ちゃんと衛兵に聞こえるといいな。お前の悲鳴をな」
「ひい!?」
ルシファーは剣を抜いて教皇に近づく。
「その人間にはまだまだ利用価値がある。死なせるわけにはいかん」
ルシファーの背後から何者かがそう言った、ルシファーは背後からの殺気を感じて身を躱す。
紙一重でランスを避け、ルシファーのマントだけが串刺しになった。
「くっ!」
「ほう、今のを躱したか。中々の手練れのようだな」
白銀の兜と甲冑を身に纏い。
身の丈あるランスを軽々と扱う人物が立っていた。
それに不自然なのは防護結界が張られてるにも関わらず、この人物はこの部屋に入っていたのだ。
「お前、どうやってこの部屋に...」
「ふん、あの程度の防護結界で私を阻めると思ったか?」
「ルシファー、コイツハ...」
「ああ、この感覚...間違いない天使だ」
甲冑の騎士は天使だった。背中から大きな白い翼を拡げる。教皇は慌てながら天使の膝元まで走ってすがりついた。
「天使様!賊から私を御護りください!」
「そこの隅っこで大人しくしていろ」
教皇は天使に言われ柱の陰に隠れた。
「フン、なんで私がこのような馬鹿共の尻拭いをしなくてはならないのかと正直イラ立っていたところに、お前が現れた。これは僥倖とでもいうべきか」
この佇まい、言動、余裕、なにより防護結界を破るほどの実力の持ち主、ルシファーは確信した。
「お前、上級天使だな?」
「いかにも、そういう貴様は我等神に楯突いているという噂のレイヴンだな......いや、ルシフェル=サタナエル!」
「何故俺のことを...」
「この前下級天使を一人殺しただろう?太った奴だ」
ルシファーには心当たりあった。
ああ、あの豚野郎か
確かに殺したな
「いくら雑魚とはいえ、天使は天使。その天使を殺れる奴なんか人間にはいない。もしも、それができるとしたら同族ぐらいなものだ。そうなると天使に恨みをもち、地上界にいるルシフェル=サタナエル貴様ぐらいしかいない。」
「昔の名だ。エルの名はとうに捨てた。今の名はルシファー=サタンだ」
「どちらでもいい。こうしてかの有名な大罪人を殺れる日がこようとは、いい暇潰しになる」
上級天使は自慢のランスをクルクルと回して得意気に笑っている。
「大罪人ね、上級天使が人との交わいに興じている貴様に大罪人呼ばわりされるとはな」
「交わいだと?馬鹿をいえ、誰が下等な人間の牝などに劣情を催すか。他の天使共の馬鹿げた乱痴気騒ぎの事後処理をするのが私の仕事だ。」
「屑ども相手は、大変だな」
「そうだろう?上級エリートの私が下級の屑の後始末をしなくてはいけないこの苦悩がわかるか?」
「違う」
「ん?」
「俺が大変だと言ったんだ。目の前の屑の後始末をすることがな!」
「貴様!!!」
怒りに燃えた上級天使が襲いかかってきた。
ルシファーは即座に剣を構えた。
ぶつかりあう大剣とランス
互いの武器が火花をあげ力は拮抗していた。
ルシファーは剣を返して相手のランスを逆手にとる。
重量武器のランスは長い間合いや突きに特化している分、小回りが効かない。よって相手の突き出す力を利用して返せば態勢も崩れるはずだった。
「ぐふっ」
ランスをいなしたはずなのに、攻撃を受けたのはルシファーのほうだった。
いなした時に上級天使の蹴りがルシファーの横顔を捉えたのだ。
こいつ、自分の武器の弱点も把握している!?
逆にルシファーの態勢が崩れた隙を天使は逃さない。
上級天使はランスを構えて怒濤の突きのラッシュを繰り出した。
ルシファーはなんとかそれを紙一重でそれを躱す。
「シャシャシャ!」
「くそ!」
頬と腕、そして太ももにランスの斬撃がかすった。
ルシファーは無理な態勢から剣を振り上げる。
当然そんな態勢からでは天使に当たるはずもない。
ルシファーが狙ったのは大物であるランスのほうだ。
鈍い金属音をあげランスを弾き、突きのラッシュを止める。すると上級天使は下がり一旦両者間合いを取った。
ルシファーは剣を脇構えで構えて相手の出方を伺う。
上級天使は不敵に笑うと手のひらを拡げ前につきだした。すると五本の指先から炎が灯り炎の玉を飛ばした。
ルシファーはそれを魔剣で切り裂いた。
「アチィアチィアチィイイイイ!?」
ダーインスレイブが怒っているが、今はそんなことを気にしている余裕はない。
目の前に迫る最後の炎を弾くと、そこには急接近していた上級天使の顔があった。
「煙幕フェイクだ!」
炎の玉は囮で本命はこれか!?
再び天使は突きのラッシュを仕掛けてくる。
ルシファーは黒い片翼を出して後ろに飛んだ。
そして飛び様に片翼から発射された羽の矢を上級天使目掛けて飛ばす。
「しゃらくさい真似を!」
上級天使は炎の壁を作り羽の矢を一つ残らず燃やし尽くした。ルシファーはそこで初めて相手の強さを認識した。こいつは強いと。
「...やはり上級天使なだけはあって。今までの天使とは桁が違うか」
「ふん、下級天使どもと一緒にするな。」
相手の剣技は勿論のこと、弾いてみてわかったが炎の魔法も強力だ。この前戦った妖術士のときのように捨て身でアレを受けるのは危険だな。
「攻めをこまねいているようだな。だが考えている暇はないぞ」
上級天使はそう言い、ある場所を指差す。
ルシファーは一瞥すると、そこには炎の塊があった。
一つだけではない、部屋全体いたるところに五つもある。
ルシファーはハッとした。
先程弾いた炎か!?
まさか消えてなかったとは、まずい!
ルシファーは自分が五つの炎の中心にいることに気づき、その場所から急いで離れようとする。
「察したな、だがもう遅い!焼け焦げろ!」
五方向から一斉に炎の玉がルシファーに襲いかかってきた。
「チッ!」
避けきれない。
そう思った瞬間
突如、ルシファーの周りに炎の壁が現れた。
その壁が迫る豪炎が消し去った。
そして、炎の壁の前には蝿の兜を被る人物がいた。
ベルゼブブである。
彼は主君の危機を察して、炎の防壁でルシファーを守ったのである。
「御無事ですか我が主よ」
「助かったぞベルゼブブ」
ルシファーの中にいたベルゼブブが飛び出しルシファーの窮地を救った。
「ルシファー様、貴方が私に火のエレメントを授けたことにより、貴方は火の力を失いました。火への抵抗力もないのでしょう。ならばここは私にお任せください」
「その通りだベルゼブブ、いいだろう。ここはお前に任せよう。蝿の王の力を俺に見せてくれ」
「ハッ!」
ルシファーは一旦後方に下がり、蝿の兜の男、ベルゼブブが上級天使の前に立ち塞がる。
「なんだ貴様は?貴様が私の相手をするつもりか?」
「いかにも、主の手を煩わせるわけには参りませんゆえ」
いきなり現れたかと思えば、私の相手をするだと?
先程の炎の防壁を出したのもこいつか?
こいつ、一体何者だ。
警戒している上級天使にベルゼブブは口を開いた。
「私の名はベルゼブブ、堕天使様の眷属なり」
「ふん、大罪人の下僕というわけか。貴様も裏切り者の天使か?だが妙だな。貴様からは聖なるオーラを感じられん」
天使には聖なるオーラがあり、それで互いに天使だとわかる力が備わっている。先程の魔力なら天使ぐらいしかいないと思っていたが、何か違和感がある。
混血児特有の混ざりもののオーラがあるわけでもない、ならば人間か?いや、人間が魔法を使えるはずが...もしや、
「この感覚......そうか、奇妙だと思っていたが、お前元人間だな?」
「......」
人間でもないのに魔力を感じる。
天使か混血児でもないのなら、あるとしたら一つだけだ。
「禁忌を破ったなルシフェル=サタナエル。よりにもよって人間に自分の血を飲ませたか!」
人間に天使の血を飲ませてはならない。
そういうしきたりが天界にはある。
それを破れば、人は人ならざるモノに変わり世界の理から外れ、世が乱れると云われている。
そういう禁忌があった。
「憐れなことをしたもんだ。この人間は未来永劫不死者として生き続ける。そんな枷を下等な人間に与えるとは」
上級天使は忌々しげにルシファーを睨む。
どこまで天界の掟を破れば気がすむのかと
「その罪、ますます赦しがたい!この罪を私が滅する!」
上級天使がベルゼブブに襲いかかる。
ベルゼブブは口から火炎を放射して迎撃した。
「火のエレメントか...小癪な」
上級天使は掌から炎を放出し、ベルゼブブの炎とぶつける。
「火のエレメントは私の得意な魔法だ。貴様程度の魔力で天使である私に勝てると思うな!」
上級天使の言うように、ベルゼブブの炎は天使の放つ炎に圧されていた。
「ぬっ!」
ベルゼブブの炎は圧され互いの炎が四散した。
直撃は免れたものの、天使の放った炎がベルゼブブの周囲を焦がし、熱気で怯んだ。
その隙を上級天使は逃さず、一気にベルゼブブまで接近し間合いを詰める。
「所詮は元人間、いくら不死者の力を得ようともこの私に敵うわけがない」
「しまっ...!?」
上級天使はベルゼブブの胸をランスで貫いた。
「ぐは......」
「他愛もない」
その時、ベルゼブブの身体は崩れ、蝿の群に姿を変えて上級天使を通りすぎた。
「ぬお!?」
小蝿の集団が全身にパチパチ当たり、それに怯むものの上級天使はランスを振った風圧で蝿を吹き飛ばした。
そして蝿の群が人の形作ると、再びベルゼブブはその姿を現す。
「なるほど...それが不死者としてのお前の能力か?」
ベルゼブブの身体は蝿の群集で出来ており、群集一匹一匹がベルゼブブの本体であった。
「これが不死の秘密なら実にくだらんな。物理攻撃が効かないのなら、再生できないよう肉片一つたりとも燃やし尽くせばいい。充分殺せる」
上級天使は手のひらから炎を出してベルゼブブに向けようとした時に、ベルゼブブが手を前に出してそれを制止した。
「ふん、命乞いか?」
「勝負はつきました」
ベルゼブブの言葉に不信感を露にする。
「なんだと?」
「貴方の腕に小さな傷口があるでしょう?」
上級天使は自分の腕をみる。
そこには小さな傷が確かにあった。
「フン、この程度のかすり傷で勝った気でいるのか?ハッハッハッ!笑わせるな!」
上級天使は大笑いしていた。
「戯れ言はもういい、死ね!」
天使が炎を飛ばそうとした時、強烈な激痛が走った。
「ぐっ!?」
急な痛みでたまらず炎の魔法を止めてしまった。
なんだ......今の激痛は?
「貴様、何かしたか?」
「言ったでしょう、勝負はつきましたと」
「ふん」
気にする必要なんかない。
こいつらからダメージを受けてはいない
ただのハッタリだ。
再び炎の魔法を出そうとすると、また激痛が走った。
「ぐう!?」
「無駄なことはお止めなさい。勝負はついたのですから」
「な、舐めやがって!」
上級天使は無理矢理炎を出そうとしたとき、
口から大量の血を吐血した。
「ガフッ!ガフッ!ゲホッ!?」
何故血を吐いた?
天使は自分の身に何が起きたのか理解できず、吐血した口を手で抑えた。
そして血に濡れた手のひらをみると、そこには血の中でピチピチ跳ねている大量の蛆虫がいた。
「ぐほっ...なんだ...これは...」
何故俺の口から蛆虫が出てきた?
俺の身体に一体何が...
混乱している天使にベルゼブブは語り始めた。
「貴方の傷口に私のハエが卵を産み付けました。貴方の中で成長した蛆が内部から食い破るでしょう」
「馬鹿な!?そんなわけグッガ!!!」
ビチャビチャ
床にぶちまけた血の中には蛆虫がいた。
やがて身体の中で何かが蠢いて、骨を削るような音が聞こえた。
「ぎゃ...ぎゃあああああ!やめろ!やめてくれ!」
理解するしかなかった。
こいつは!この蝿野郎は!!
よりにもよって蛆虫を俺の体内に埋め込んだんだ!
「どうですか?身体の内側から喰われる心境は?」
「はぁ...はぁ...貴様、卑怯だぞ!」
「古来より兵法には毒が使われます。毒とはまた違いますが貴方の内から死に至らしめる点では毒も蛆も大差ないでしょう。」
「が、があああああああ!!!」
もう身体の自由が効かない。
上級天使は膝をついて、至るところから血を吹き出させていた。
「あががが...俺が...上級天使である、あががが......この俺が...人間ごと......きに...」
上級天使の上半身が破裂した。
中からでかい蛆が四、五匹天使の身体を食い破り表に出てきていた。
「これが我が主の眷属たる私の戦い方です」
ドシャ
上級天使の下半身だけが床に倒れる。
上級天使はベルゼブブの前に敗れた。
ルシファーは微笑みかける。
「見事だったベルゼブブ」
「お褒めに預かり光栄です」
その光景を見ていた教皇が絶叫していた。
「て、天使様が!?そんな馬鹿な!」
上半身がなくなった死体を見て怯える教皇。
そんな教皇の前にルシファーとベルゼブブは立っていた。
「ひい!?」
二人は教皇を見下ろしたまま、黙っていた。
わかるのは命乞いしても無駄なことぐらいだろう。
「わ、私は教皇なんだぞ!凄く偉いんだぞ!お前らわかっているのか!私に手を出せば死ぬまで追われる身だ!」
教皇としてのプライドの高さ故か、この状況でも虚勢を張っている。
ほんと、よくみると酷い豚だ。
「ベルゼブブ」
「なんでしょうか我が主」
「お前レアとミディアムどっちが好きだ?」
「どちらかというとレアですかね。蝿は生のままのほうが消化しやすいので」
「じゃあ弱火で頼む」
「承知しました」
ベルゼブブから放たれた炎か教皇を焼いた。
「ぎゃああああああああああ!!!」
焼き殺した。
****************
翌日、
北東の街の広場に人だかりができていた。
「号外!号外だよ!教皇様があの悪名高いレイヴンに殺されたよ!」
「またレイヴンか、これで何人目だよ」
「だけど教皇が死んだことにより魔女狩りもなくなるんじゃないか?正直、魔女とはいえ女子供が張りつけにされて火炙りされてるのは見ていて嫌だったよ」
「おい、滅多なこと言うと教会騎士団に反逆罪で取っ捕まるぞ!」
「でも、教皇様不在でこれからこの世の中はどうなってしまわれるのか...」
「なんでも新しい教皇が選任されるそうだ。歳は18と随分若いそうだが」
「おい見ろレイヴンの懸賞金がまたハネ上がったぞ!」
「へっへへ、レイヴンの首を取れば一生遊んでくらせるな」
また一つ、レイヴンの悪名が広まっていた。
そんなことも露知らず、遥か上空にはベルゼブブに股がったレイヴンこと、ルシファー=サタンがいた。
「ルシファー様、次はどこに行きますか?」
「そうだな、西の方角に強い人の嘆きを感じる。もしかしたら我らの仲間に加わってくれる者がいるかもしれない。」
巨大な蝿のベルゼブブは旋回し西の方角に向けて空を飛ぶ。そんな中、ルシファーは手に携えた剣が珍しく茶々を入れてこないことに気づいてダーインスレイブを見ると、ダーインスレイブは不機嫌そうにしていた。
「なんだまだ怒っていたのか?そんなに不機嫌なら上級天使と教皇の血を飲めばよかったじゃないか」
「アンナ蛆ガ混ジッタノト、丸焼ケノ血ナンカ飲メルカ」
「全く、剣のくせにグルメだな」
気難しい魔剣を放っといてルシファー達は西の地を目指した。いつの日か神を討つために一行は旅を続ける。