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堕天のルシフェル  作者: 魔剣ダーインスレイブ
3/9

蝿の王ベルゼブブ


北の大地

連なる山脈をフードを被り大剣を背負う青年がいた。


彼の名はルシファー=サタン

かつて天使だった男だ。


彼は天使でありながら人間の女と恋に落ちたことから、禁忌を破ったとして天使達から天上界を追放された堕天使である。


今は人間として地上界に落とされ、

神に与する人間と、天使に復讐するため旅をしている。


そして数々の悪行から聖堂教会から指名手配を受けており、レイヴンの通り名として名が通っていた。



ルシファーは思っていた。

人間になってから、

もう何度目になるのだろうか...



ぐうーーーー



腹が減った。



人間とは不便な生き物だ。

生命活動を維持するには

他の生命を食さねばならない。


天使だった頃はこんなひもじい気持ちになることはなかった。

そもそも食事をしなくても生きていける種族なのだ。

味を好んで食事をする天使も中にはいるが、生命活動には必要のないものだった。



「オイ、ルシファー。モウ何度目ダヨww」



魔剣ダーインスレイブが可笑しそうに笑っている。おそらく腹の音のせいだ。


「ここ何日も食ってないから仕方ないだろう。この山を越えたら人間の集落があるはずだ。そこで飯にする」


しばらく山を登っていくと、空が曇ってきた。

そして大雨がルシファーの行く手を阻むように強く降ってきた。


山の天気は変わりやすいとゆうが、

さっきまでの快晴とはうって変わっての豪雨に気分が滅入る。


ルシファーは足場の悪い細い道を慎重に進む、すぐ横は崖。

足を踏み外せば真っ逆さまに落ちる。

この高さだと落ちた時、痛いじゃ済まないだろうな。


「霧が出てきたな」


しばらく進むと雨がやみ今度は辺りは 真っ白に包まれた。

急に雨がやんだと思ったらこれだ。

今度は前が見えない。

ルシファーは慎重に一歩一歩進む、


その時、

足場が崩れルシファーは態勢を崩した。


「何!?」


崖から落ちるルシファー


「ケッケッケ!絶体絶命ダナ。マスター」


ルシファーは地面に激突する瞬間、

片翼を出して思いっきり羽根を羽ばたかせた。


片翼だけでは飛べない。

最悪空気抵抗を少なくし、衝突の衝撃を緩和することだけが片翼のルシファーには精一杯だった。


「ぐっ!」


それでも地面に激突した衝撃は凄まじく、ルシファーは気を失った。




****************



「お父様!あそこに人が倒れています!」

「旅人か...」

「死んでるの?」

「いや、呼吸がある。それにひどい怪我だな。ここでは治療ができない。一旦屋敷に連れていこう。」



****************



目が覚めるとそこは知らない場所にいた。


ここはどこだ?


暖炉がある一室にいるようだった。

視線を下ろすと毛布がかけられている。どうやら自分はベッドにいるらしい。


「目が覚めたかね?」

「あんたは...」


髭を生やした男性が椅子に腰かけて、話しかけてきた。

ルシファーにはその男が清楚で高貴な人物に見えた。高貴そうな男はにこやかに言ってきた。


「私はここの主、バアル=ゼバルと言う。伯爵の地位にあるしがない領主だよ」


バアルは自己紹介をした。物腰が軽そうな印象を受けた。言葉遣いから貴族のような上品さはあるが、身なりは安い生地の服を着ていて、正直自己紹介をされるまで伯爵の地位にある人物には見えなかった。


「伯爵にしては、ずいぶん質素な服を着てるんだな?」

「ははは、地方の伯爵とはそんなものだよ。そろそろ君の名を教えてくれるかな?」


一瞬迷ったが、ルシファーは一旦息を呑み、この人物が悪意のない人間かを直感で見極めて上で名を明かした。


「私はルシファー...ルシファー=サタンだ。」

「天使様のような名前だね。とても素敵な名だ」

「それはどうも」


元・天使だがな


「身体は動かせるかな?食事の用意ができているんだ。下に降りて来られるかい?」


ルシファーは頷くとバアル伯爵と共に下に降りた。


「あっ!おじさん目が覚めたの!?」

「この子供は?」

「ああ、私の息子です。さぁベール。お客人にご挨拶なさい」

「僕はベール=ゼバルです!」

「ルシファーだ。ルシファー=サタン」


ベールは12、13くらいの子供だろう。明るく活発な子供だった。


「この子が貴方を森のなかで見つけたのです」

「そうか、命の恩人だな。礼を言う、ありがとう」

「へへへ!」

「では食事にしよう。ベール席につきなさい」

「はーい」


三人は食事の置かれたテーブルを囲むように席につく。

腹が減っていたルシファーはパンにかぶりつこうとした時、他の二人が目を瞑っていることに気づいて、一旦パンを皿に置いた。


「父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。ここの用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。

わたしたちの主ゼウスによって。アーメン。」


バアルとベールは十字を切った。

しかし、ルシファーだけは十字を切らなかった。


それを不信に思ったバアルは聞いた。


「ルシファー殿はクリスチャンではないのですか?」

「ああ、悪いな俺は敬虔な信徒じゃない。」


正直ルシファーはこれが大嫌いだった。

よりにもよって怨敵であるゼウスに祈りを捧げて食事だなんて真っ平ごめんだ。飯が不味くなる。


だが、これが地上界に住む人間のしきたりだった。この地上の人々は神や天使が人間を救う存在だと思い込んでる。


ゼウスは人間のことなどこれっぽっちも思っちゃいない。

人間なんて家畜かなんかだと思ってるような奴だ。

なのに人間は神や天使を敬う。

よくわからん。


「俺の生まれたとこは遥か遠い田舎でな。教会がなくあまりこういう風習がないんだ。すまないな」

「そうでしたか。ああ、お気になさらず、むしろ我が家の風習にお付き合いさせて申し訳ない。では食事にしましょう。」


ようやく飯にありつける。

ただ、ルシファーは出された料理に疑問を持った。


パンと薄いスープのみ

食事まで質素とは驚いた。

伯爵にいたっては自分の料理はなく

ただニコニコと笑っている。


「今はこれだけしかなくて伯爵なのに客人を満足させることも叶わず」

「充分だ。腹が減っていればどんなものでも食える」


ルシファーは食いながら喋った。

食事の礼式を知らないルシファーを諌めることもなくバアル伯爵はそれをにこやかに見ていた。

すると、息子のベールも父を見てか、急に持っていたスプーンを置いた。


「ん?どうしたベール食べないのか」

「いらない」

「お前は育ち盛りなんだから沢山食べないと大きくならないぞ」

「僕はお腹一杯だからお父様が食べてよ」



ぐーーーー



ベールのお腹から腹の虫が鳴る。

ルシファーは気にする様子もなくスープを飲んでいた。


「あっ...」

「お腹は正直だな」


ルシファーに言われて顔を真っ赤にするベールは、子供らしくはあった。


「ベール、お腹一杯だなんて嘘をつくのは関心しないな。」

「だってお父様!ここ数日水だけで何も口にしてないじゃないか!僕知ってるんだよ!お父様が村の奴等に自分達の分まで食糧を与えてるから全然食べるの我慢してるって!」

「こら!客人の前でそんな話はするな!」

「お父様のわからず屋!」


ベールはそう言い残して席から離れていった。


「申し訳ない。お見苦しいところをお見せして」


申し訳なさそうにルシファーに詫びる伯爵。ルシファーは全く気にせずパンにむしゃぶりついていた。


「モグモグ...構わない。だが、どういうことか説明してくれ」


ルシファーはそう言うと、バアル伯爵は深刻そうな顔をして話始めた。


「今この土地は飢饉にみまわれて深刻な食糧不足にあります。村の者達は日々苦しい毎日を送っています。ですので少しでも村の者達の助けになれればと思い食糧を寄贈しているのですが、やはり生活は苦しいままで」


なるほどな。道理でいくら田舎の伯爵だからってこんな貧相な生活を送るわけがない。


自らの財を切り崩して、他者に恵むなんて、この時代の人間にはできることではない。

このバアル=ゼバルという人間は、慈愛の精神を持つ見た目通りのお人好しな性格をしているわけだ。


「私はこの地を代々守ってきた責任があります。村の者は全て守らねばなりません。だから私がひもじさなど感じておりませんよ。ただ...息子には迷惑をかけてますが」

「しかたない...」


ルシファーは立ち上がった。


「恩人には礼で応えないとな」

「どちらへ?まだ怪我も癒えてないのに無理は...」

「怪我なら大丈夫だ。」


天使の血を引くルシファーは、

大抵の怪我などは一日もあれば治せる。

それが全ての天使の持って生まれた能力だった。


ルシファーはベールを探しに行く。

せめて親子喧嘩の仲裁にはなってやろうと、


屋敷を出るとすぐそこにベールはいた。どうやら落ち込んでるみたいだ。

ルシファーはベールに声をかける。


「ベール」

「あ...おじさん」

「おじさんじゃない。」


ルシファーの見た目は青年のような風貌なのだが、このくらいの歳の子供にはおじさんになるらしい。


「お前の父親が心配してるぞ」

「でも、お父様はここ何日も食べてないんだ。このままだとお父様が死んじゃうよ...」

「この村は飢饉らしいな。さっき言っていた話の内容から村人と伯爵の関係はあまりよくないのか?」

「僕知ってるんだ。お父様は頑張ってるのに村の奴等はみんなしてお父様が食糧を隠し持って自分だけ楽してるって!お父様がどんな思いをしてるのかも知らないで村の奴等は...」


伯爵が私腹を肥やすような人物には見えない。だがそのような噂が立っているのか。それじゃあベールが納得いかない気持ちもわかる。


「飢饉とやらはいつからなんだ?」

「もう五年くらいかな。」

「五年か、随分長いな。正直この地はあまり豊かな土地ではないだろう。この地から離れようとは考えなかったのか?」

「この村にはジイサンバアサンしかいないんだ。若い人はみんな王都や大きな街に出稼ぎに行っちゃった。あの山々を越えるのは厳しいみたい」


確かにな。

年寄りではあの山脈越えは厳しいかもしれない。


「五年も飢饉が続くってのは何か原因があるんじゃないか?」

「うーん、どうなんだろう。正直農作物のことは僕にはよくわからないから」

「そうか」


そこで何かを思い出したかのようにベールは言った。


「そういえば関係ないかもしれないけど、ちょうど五年前にうちに来た天使様の遣いという教会の人が寄付金を求めてきたことがあったかな。なんか天使様の遣いというより怖い顔をしている人だったよ。」

「ほう、天使様の遣いね。詳しく聞かせてくれ」


ルシファーはその話に興味が湧いた。


「うん、最初は寄付金を払ったんだ。すると、その教会の人が頻繁に屋敷に訪れるようになって、たびたび寄付金の催促をしにくるようになった。お父様は私財をなげうって払い続けてたんだけど、それが尽きると今度は村の人から税金を巻き上げろって言ってきたんだ。それをお父様が一回断ったんだよ。村の人からこれ以上搾取はできないって、それを聞いて大層怒ってたかな」

「なるほどな。いくら信心深くても、あの伯爵は自分の信心より村の人を選んだわけか」


これは村の人間からも話を聞いてみる必要があるな。


「ベール、悪いが急用ができた。村の場所はどこだ?」

「村?おじさん村に行くの?だったらこの道を下った先にあるよ」

「わかった」


ルシファーは一旦屋敷に戻り、魔剣と装備を手にして村に行こうとしたとき、その背後のほうでベールが声をかける。


「おじさん!」

「なんだ?」

「夕飯用意しておくから一緒に食べようね!」


ルシファーは微笑みながら背中を向けたまま拳を高く挙げた。



****************


村についたルシファーは、そこで違和感を感じた。


村全体の空気がピリピリしている。

負のオーラが充満しているな。


飢饉の影響でか村人達に活気がない。

あるのは村人達が殺気だっていた。

ルシファーは情報収集のため村人に話を聞いた。


「なんだいあんた...」

「旅のものだが、少し話を聞きたい」

「余所者に話すことなんかないね!」


取りつく暇もない。

しかたなく、村人が口を開きやすいよう伯爵の悪口を言ってみた。


「ここの伯爵は悪党だと聞いたがどうなんだ?」


その言葉に反応してか、

閉鎖的だった村人は饒舌に話始めた。


「あの伯爵はとんでもない悪党さ!あいつは私腹を肥やして、うちらが苦しいってのに」


よし、餌に食いついたな。


「それはひどい話だな。ちなみに飢饉の原因はなんなんだ?」

「飢饉の原因かい?ここ五年くらい前から雨がまったく降らなくなったんだよ」

「雨が降らない?それはおかしいな。昨日俺がここに来る途中雨が降っていたぞ」

「そんなはずないよ。昨日もおとといも、その前も全然村には降らなかったんだから!」

「いや、本当だ。確か山を登ってちょうど中腹に差し掛かったときに凄い大雨が降っていた」

「幻でもみたんじゃないかい?ここら辺は霧がよくでるからまやかしにでもかかったんだよ」


どうも村人と話が噛み合わない。

それに雨が降らないはずはない。

昨日確かに雨は降っていた。

ルシファーは他の村人に話を聞いてみることにした。


「天使様の遣いの方が山から下りてきて不思議な術で私達を救ってくれるんだよ。」

「天使様の遣いね、そいつはどこにいるんだ?」

「あの一番高い山だよ」

「あの山か...」


昨日自分が登っていた山を村人は指差していた。雨から霧になった山だ。

いかにも怪しい予感がしていた。

ルシファーは村から離れて、昨日登っていた高い山を見る。


「山の上に住む天使の遣いか...」

「臭イナ」

「ああ、かなりな」

「天使ノ仕業カモナ」


ルシファーは再び昨日の山に登り調査に乗り出した。



****************



昨日に引き続き、ルシファーは再び山に登っていた。


「マタ足ヲ滑ラセタラ笑エルナww」

「ここからまた落ちるのは二度とごめんだ」


天使の遣いとやらが住むという山の頂上付近まで着くと、頂上には雨雲が拡がっていた。

そこにいた怪しい人物が雨雲に向かって炎をぶつけた。


雨は一瞬で気化し霧になった。


「お前天使じゃないな。」

「何者だ!?」


背後から声をかけられ驚く天使の遣い。


「大方妖術士だろう。伯爵が金を寄越さないから腹いせで今やったように村から雨を奪ったな」


天使の遣いの正体は妖術士だった。

妖術士は憎そうに言ってきた。


「あの伯爵が悪いのさ。あの時素直に金さえ払ってればこんな目に遭わなかったろうに」

「逆恨みか、醜いな」

「そういうお前は何者だ!」

「外道に名乗る名前はない」

「生意気な、どのみちお前は見てはならないものを見てしまった。生きて山を降りてこられると思うな!」

「お前が見た目通りのクズでよかった」

「あん?」

「遠慮しないで斬れる」


ルシファーは魔剣を鞘から抜いた。

それを見た妖術士は戦闘態勢に入る。


「炎よ!敵を焼き払え!」


妖術士から放たれた火の玉。

それをルシファーは剣で一閃する。


「アチイイイ!アチイイイ!テメエ!ルシファー!」

「我慢しろ」


熱がる魔剣も珍しいが

そんなことに構ってる暇はない。

妖術士は魔法を弾かれたことに面を喰らったが、すぐに敵がかなりの手練れだと察すると、冷静になり敵と距離を置きながら次々と火の玉の弾幕をルシファーに向けて放ってくる。


魔法とは遠距離だからこそ力を発揮できる。なるほど、少しは戦いを心得ているらしい。


魔法を使う相手にはとことん近づき接近戦に持ち込むのがセオリーだが、

妖術士に近づこうと一歩進むことに、妖術士は二歩下がる。


これでは埒があかないな。


ルシファーは黒い片翼を拡げると、

後ろに大きく羽ばたかせた。

それが推進力となり、一気に飛んだ。


「馬鹿め!くらえい!」


巨大な火の玉を放つ妖術士。

しかしルシファーは火の玉に怯むことなく突っ込む。そして火の玉を抜けて妖術士の懐まで接近した。


「なっ!?」

「死ね」


ルシファーは大剣を横一文字に振り、妖術士の胴体を真っ二つに斬り裂いた。


「ぎゃああああああああ!!!」


断末魔をあげる妖術士

若干軽い火傷を負っただけでルシファーにとっては敵じゃない相手だった。


「お前の魔力は下の下、見習いレベル以下だ。だが、この前のブタ野郎よりかはマシだがな」


これでこの地には雨が降るようになるだろう。


「ぐふっ......黒い片翼...そうか...お前が噂のレイヴンか...」

「こいつ、まだ生きてるのか」

「コイツ混血種ダ。薄イガ天使ノ血ノ味ガスルゼ」


天使と人間の間に産まれる子供のことだ。

そういうのは珍しくはない。

天使が地上に降りて、若い人間の女を無理矢理強姦し孕ませるのは日常茶飯事のことだ。愛することは許されないが、孕ませることは許される。

何故なら天使にとって人間とは性処理のための玩具と同じだから

胸糞悪い話だ


無論、混血児は人間と天使の両方から気味悪がられる。

だから迫害の対象にされやすい。

多勢いる人間は、少数にはとことん見下し虐げる。

少数派である混血児ほど、誰からも愛を知らずして大人になる者も多い。

大抵は悪事に手を染める。

主に妖術士、呪術士、魔女も混血種の場合が多い。天使の血を引いてるため、弱い魔法だけなら充分行使できる。

この妖術士もそうなんだろう。


「あの悪名だかいレイヴンの正体がまさか天使だったとはな...ゲホッ!」

「元だ。今はただの復讐者だ」

「俺はあんたのファンだったんだぜ...ひっひっひ、俺らは神を呪い、天使を憎む者同士なのに、あんたがなんで同類の俺を殺す?」

「一緒にするなクズが」

「いや、同じさ...同じアウトローだからわかるのさ、お前も俺も...自分の手は血で汚れてる」


激しく血反吐を撒き散らす妖術士、

いくら天使の血が混じっていても致命傷にかわりない。胴体が真っ二つな時点で長くはないだろう。しぶといが故に命が尽きるまで苦痛を味わなければならない。


「ひひっ、俺を殺したからっていい気になるなよ...今頃村の連中は憎悪に燃えてあの伯爵の屋敷に出向いて殺しに行くだろうぜ」

「何?」

「散々俺が煽りに煽ってやったからな!馬鹿な奴等だ!なんも関係ない伯爵をなぶり殺そうとすんだからさ!」


こいつの話が本当なら伯爵とベールの身が危ない。

ルシファーは振り返り山を降りようとする。


「オイ、トドメヲ刺サナイノカヨ?」

「必要ない。どのみち死ぬ」

「チッ、混ザリモンダガセッカク天使ノ血ガ吸エルト思ッタノニヨ...」


五年もの間、伯爵や村人を苦しめたんだ。あと数分の命、それが尽きるまで後悔し懺悔しながら苦しんで死ねばいい。


立ち去ろうとするルシファーに向かって妖術士は叫ぶ。


「人間ほど醜い生き物はこの世にいない。奴等も本当は伯爵が悪いだなんて思ってないのさ!だからお人好しの人間に八つ当たりしたくなるのさ!全ての鬱憤をはらそうとするのさ!ただの逆恨みさ!」


妖術士の捨て台詞を無視してルシファーは下山した。


「ひ......ひひっ......」


妖術士だけが取り残される。

血が拡がり、血だまりの中で妖術士はむせび泣いた。


「いでぇよぉ......いでぇよぉお...」


妖術士の体から血の気が引いていく。


「ごろじでぐでよ......ごろじでぐでよぉ......怖い...怖いよぉ...」


段々痛みが麻痺して、体が鈍くなる。


「ごろじで...ぐ.........で......」


妖術士はそのまま動かなくなった。




****************




伯爵をコロセ!

あいつは悪だ!



村人達は松明を持ち、手には農具を携え殺気だっていた。

狂気の空気に呑み込まれ暴徒と化した村人達は伯爵の屋敷を取り囲む。


「お父様...」


ベールは二階の窓から暴徒化した村人達を見て怯える。


「大丈夫だ。私が彼らと話し合う。だから心配しなくていい」


バアル伯爵は息子のベールの頭を撫でて安心させようとする。


「駄目だよ!お父様が奴等に殺されちゃうよ!」

「そんなことはない。長年この地で互いに協力し支え合ってきたんだ。話せばきっと彼らの誤解も解ける」

「でも!」

「もしも、私の身に何かが起こった時は、裏口から逃げなさい。一人でだ。決して振り向いてはいけないよ」


伯爵は一人息子を抱き締めた。

ベールは父のぬくもりを感じ、

バアルもまた幼き息子のことを想っていた。


私の身に何が起きても構わない。ただ神よ、この子だけは助けてください。


バアルは神にそう祈った。


「じゃあ、行ってくるよ」


そう言い残しバアルは屋敷を出ると、

ベールも祈った。


神様お父様を助けてください。お願いします!


しかし、二人の祈りは神に届けられることはなかった。


表に出た瞬間、有無を言わさず

暴徒は一斉に伯爵に襲いかかった。


バアル伯爵は硬い鈍器で頭を殴られ、その場に倒れこんだ。


「死ね!この独裁者め!」

「うちらを苦しめやがって!」

「お前は疫病神だ!」


倒れ昏倒している伯爵に、容赦なく桑や刺又で身体中を刺していく。


その光景を目の当たりにしたベールは叫んだ。


「お父様!!!」


その声に反応して暴徒達はベールのほうをギロリと目を向ける。


「ひぃ!?」

「伯爵の一人息子だ!一族郎党皆殺しにしろ!悪しき血を絶やせ!」


暴徒達は屋敷の中に入ろうと走る。

ベールは恐怖で扉をいそいで閉めた。


ドン!ドン!ドン!


「開けろクソガキ!!!」


屋敷の扉は頑丈で、ちょっとやそっとじゃ壊せない。

今のうちにベールは裏口から出ようとすると外から暴徒が叫んだ。


「裏口に回れ!絶対逃がすな!ゼバル家の血を絶やすんだ!」


裏口にも回られ、逃げ出せなくなる。


「そんな...これじゃ外に出れないよ」


ベールは立ち往生すると、ドアの向こうで暴徒達の声がした。


「くそ!この扉、鋼鉄製だ!開かねえ!」

「構わねえ!このまま屋敷に火をつけろ!」


暴徒は松明で屋敷に火をつけ始める。

炎は勢いよく屋敷に燃え移り、炎が四方を燃やしていた。


ゼバル家の長年使ってきた伝統ある品々が次々と燃えていく。

カーテン、椅子、絵画、アンティーク、テーブル

見慣れた物が焼け焦げていく。


村人から滅多刺しにされたバアル伯爵は瀕死の状態を負いながらも、まだ息があった。

自分の血の池の中で、這いずりながら燃え盛るゼバル家の伝統ある屋敷の中に入っていった。


「べ......ベール...」


バアルは息子を探した。

バアルにとって一番の宝はゼバル家の屋敷でも、代々愛用した家具でもない。一人息子だけなのだ。



天に御座します我らが主よ、

どうか我が息子ベールだけは貴方のお力でお救いください...

天に御座します我らが主よ、

どうか我が息子ベールだけは貴方のお力でお救いください...


敬虔たる信徒であるバアルは神に祈った。その祈りは聞き届けられることなく、バアルは非情な現実を目の当たりにする。


「お父様!お父様!!」


屋敷が崩れ、柱の下敷きになっていたベールがいた。そして今にもベールが挟まっている柱に炎が移ろうとしている。


「ベ...ベール...いま...助け...」


しかし、バアルの身体は一歩も動かない。血を流しすぎたのだ。

身体が言うことを聞かない。


「か、神よ...どうか...」


祈りを捧げるも奇跡は起こらなかった。柱に炎が移り、ベールは炎に包まれた。


「ぎゃああああああああああ!!!」


断末魔をあげるベール。

その光景を見てバアルは泣きながら叫んだ。


「ベール!ベーーール!!!」


やがて、火の手は伯爵にも移り、

代々続いたゼバル家の屋敷は崩れ落ちた。


炎に包まれる屋敷を眺めていた暴徒の頬に、冷たい水の滴がポツリと伝う。


「雨だ...」

「雨だーーー!!!」


村人達は歓喜した。


「伯爵を裁いたら雨が降ったぞ!」

「神の恵みだ!」

「伯爵を殺したら5年間降らなかった雨が降った!やはり全ての元凶は伯爵だったんだ!」


ルシファーが元凶である妖術士を殺したから雨が降ったのだが、村人はそれを知ることもなく、5年ぶりの雨は一晩中降り続いた。



****************


ルシファーが下山し屋敷に着いた頃には、屋敷はすでに焼け落ちていた。


「間に合わなかったか」


昨日まであった屋敷の面影はもはやなく。焼け跡だけが残っていた。

雨が降って鎮火したため、ルシファーは屋敷跡を捜索した。

そこには全身を火傷し、ハエがたかり死にかけた伯爵の姿があった。

あの凛々しかった伯爵の面影はない。

皮膚が焼けただれて別人のように見えた。


「私は...わたし...は...」

「しっかりしろ」


ルシファーはすぐに治癒魔法をバアルにかける。


「そうか...あな...たは、天使様だったのか...」

「天使だった、過去の話だ」


魔法を使えるのは天使か、天使の血を引く混血児だけ。

バアルは、ルシファーという青年が何者なのか今理解した。

その上で、ルシファーに尋ねた。


「天使様...お教えください...」

「喋るな。死ぬぞ」

「私は......もう助から...ない。その前に...教えて...ください...」


ルシファーの治癒魔法を持ってしても皮膚の細胞が壊死していて再生不可能だった。バアルの命を救うには一つだけ方法があるのだが、ルシファーはそれを留まった。それをやればバアルは人ではなくなり、永劫に現し世をさまようことになる。ルシファーはバアルの最後の言葉に耳を傾けた。


「神とは......なんでしょうか...」

「神は人類の敵だ。あんな者に祈っても誰も救われることはない」

「やはり...そうでしたか......薄々気づいていました......しかし、そう思いたかった...」

「飢饉の原因も、元を辿れば天使の仕業だった。人間を玩具扱いしている私利私欲にまみれた天使のな」

「世界は何故こんなにも理不尽に、何故こんな仕打ちを、私はみんなのために一生懸命やってきた。それなのに...息子を...たった一人の私の息子を.....ベールを返してくれ!あの子は関係ないのに」


バアルは憎しみを込めて言った。

ルシファーにもバアルの気持ちがわかる。ルシファーは問うた。


「憎いかこの世界が?」


バアルは小さく頷く。

その眼差しは、お人好しだった伯爵の眼ではない。激しい憎悪があった。


「ならば俺と契約を結べ。」


ルシファーから一滴の血が滴り落ちる。その血はバアル=ゼバルの口元に落ちた。




****************



数日後...

雨は連日のように降っていた。

夜の村を雨音が響く。


「ん?外が騒がしいな」


村人が窓を覗くと、

そこには黒い影のようなものが近づいてきた。


「なんだありゃあ...」


迫り来るハエの軍団に

村人は恐怖した。


「は、蝿だ!?」


窓をぶち破ったハエの群れが一斉に村人達に襲いかかる。


ハエは村人の口から耳や鼻、穴という穴の中に入り込み体内に侵入していく。

そしてハエが出す消化液で、村人の内部から溶かしていった。


「ぎゃああああああ!!!」


ドロドロに溶けていく村人。


その中に人の姿があった。

それは、本当に人間なのか?

赤いマントに黒いローブ

その上にチェインメイルを着ていた。

フルフェイスの兜を被っていた。

その兜がまるで蠅を想像させるデザインであった。


蝿の兜を被る人物は口から大きな火炎を吹くと、村一帯は業火に包まれた。


阿鼻叫喚の声が村全体に響いた。


燃えていく村をルシファーと蝿の兜の人物は静かに眺めていた。


「気高き館の主よ、満足したか?」

「いえ」

「そうか...」

「仇を討ったところでベールは帰ってきませんので...」


復讐をしても愛する者が戻ってくるわけではない。

そう考えるとルシファーも同じだった。


「しかし、私のような同じ苦しみを二度と出さないようにしたいと考えております。」

「ならば私と共に来い。」

「ハッ...天使......いや、堕天使様についていきます」

「ハエの王よ、汝の名は今よりベルゼブブだ」

「ハッ!」


ルシファーの旅に、また一人

神へ反逆する者が加わった。


蝿の王ベルゼブブ


後に、魔王サタンの右腕になる悪魔王となり後世に語り継がれることになるだろう。




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