雑貨屋『夜の子供』
運命的な出会いのきっかけは、実はどこにだって転がっている。
たとえばギルドの張り紙。宿屋の前の小さな諍い。
酒場で隣り合った相手、道の行き倒れ。
人と人との出会いでさえそうだから、人と物の出会いなんてさらに些細な選択の差。
ありふれた街の大通りを一歩裏手に入った。そんな場所にある、小さな小さな雑貨屋。そんな所に宝物との出会いが転がっていたりするのだ。
他の誰にとっても下らない石ころ。けれど世界中でたった一人の人にとっては、どんな宝石より大切な宝物。呪われた剣や不幸を呼ぶ宝石、封印された書物。けれどただ一人、相応しい担い手を見つけられたなら。その不吉な曰く因縁を越えて、力になる。
そう、その店の店主は信じていた。
いつからその店はそこにあるのか、煉瓦造りの壁に蔓草が伸びたいように伸びていた。あんまり無造作に伸びた蔦は、『夜の子供』と書かれた看板にも絡みつき、看板の文字を何とか読めるといった体たらくにしている。
『夜の子供』は、雑貨屋である。気が付けばそこに当たり前の顔をして存在している、そんなどこか奇妙な店だった。蔦がそれだけ派手に絡まるくらいの年は経ているのだろうけれど、そこには時間という物が存在していないようにも見える。……いや、はっきり言ってしまえば。その街にその店は、ついこの間まで無かった。なのにある日の朝に忽然と、もう何年も前から有るような顔をしてその街の裏路地に店を開いている。『夜の子供』は、そんな奇妙な雑貨屋だった。
店の中はいろいろな物が雑多に並べられ、店主はその中に埋もれるようにして微笑んでいる。雑貨屋のはずなのだが、どこか古道具やじみた空気も持っていた。実際、売り物は新品より中古品の方が多いくらいだ。壁に掛けられた売り物の時計はどれも狂っていて、三時と八時と十二時の鐘が一緒に鳴り響く。ハタキやホウキが独りでに店を掃き清めているのを見た、という者もいる。そんな店だ。
カリランカラン カラカラカラン
ドアベルが澄んだ音で来客を告げる。店主はドアの方へゆっくりと視線を投げかけた。
「姐さん、やぁっと見つけた」
入って来るなりそう言った青年は、疲れたような笑みを浮かべる。満面の笑みでもあった。赤紫に染めた前髪が、碧い地毛と一緒にあると妙に目立つ。店の常連客が、体よく使いっ走りにしている青年だ。自分の研究にのめり込むと、材料の調達などをその常連――というより、既に悪友だが――は全てこの青年に押しつけるので。もうすっかり、この青年自身もこの店の常連だった。
「今回はなかなか早くお見付けだねぇ、子犬」
のんきな物言いに、がっくりと青年……ノヴァというちゃんとした名前があるのに、いつも『子犬』とあだ名で呼ばれてしまう……は肩を落とした。
彼の名誉のために言っておくと、二十代の男性としては平均的な背丈を彼はちゃんと持っている。むしろ、少し高いくらいだ。歳だって『子犬』というには少々育っているはずなのだけれど。『ゴシュジン』も、この相手も全く気にしてくれないのだ。
彼等に言わせると、二十一ではまだまだひよっこらしい。ゴシュジンも、姐さんも、一体いくつなのか。気にはなるけど、怖くてとても聞けない。
「姐さん、いきなり引っ越すのはやめてってば。いつもいつも、探すのすっごく骨が折れるんだよ?」
昨日いた街に、今日もいるとは限らない。お使いに行ったらそこは何にもない伽藍堂なんてこと、もう珍しくもないけれど。
その度方々探し回る、こっちの身にもなって欲しい。そう心の中でぶーたれる。それだけでは何となく収まりが悪かったので、そう直接抗議もだめでもともとと言ってみた。
「何を言っておいでだえ。僕くらい見つけられないようじゃ、僕の客には役者不足さね」
にっこりと、匂い立つ色気を纏う笑みでそう言ってのける。このたいそうな美人は、見た目のなよやかさを裏切る厚い面の皮と度胸の持ち主だ。抗議があった程度で自分のやり方を改めるわけもない。言われて変えるくらいなら、抗議される前に変わっていたことだろう。
「それで、御用向きはなんだえ?」
「ゴシュジンのお使いだよ、代わり映え無くね」
そう言ってノヴァは彼のご主人様注文の品を買い求める。堅く色の強い鉱石は、上質の色粉の材料だ。護符や陣を描くのに、適した材料。それぞれの石の意味、色の意味を正確に紐解いて使いこなす。……あの男なら、容易くそれをやってのけるだろう。
紙袋にごろごろと、赤や緑、黒に紫の石を放り込む。どれも品が良いが、研磨されてないそのままの原石だ。装身具に取り付ける前の、裸石でさえない。
それでも価格は、質素に暮らしている家族なら一月は食事に困らない額だ。それを彼女は毎回ツケにしてくれている。一体どうやって生活を成り立たせているのかは、この店の不思議の一つだった。
「じゃあね、姐さん。頼むからしばらくは気まぐれ起こさないでこの街にいてよ? オレやーだからね、牙一本のためにマンティコア退治に行かされるの」
「ああ、あの男なら言いかねないねぇ」
「実際、鬣数本のためにグリフォンとガチンコさせられましたからねーオレ」
何処かの誰かが、ある日突然お引っ越ししてくださって。さらにそのまま店も開かず長期休暇に突入、なんてしてくださったから。そうぼやいても、その張本人はどこ吹く風。のほほんと笑って
「冬場は湯治に限るだろう」
とのたまった。
解っていても、もう少しねぎらって欲しい。そう思うのは贅沢なのかなぁ、と思いながら品物を受け取るとノヴァは使いっ走りらしくさっさかと帰っていった。そう言う俊敏さと、少し跳ねるようにして走る癖が彼を『子犬』じませて見せるのだけれど。幸か不幸か、本人は気付いていないようだ。
あっという間に小さくなっていくその背を見送り、店主はくすりと笑う。指を鳴らして灰皿を呼び出し、愛用のキセルに刻んだ煙草の葉を詰めた。それからカウンターの隅の小さな籐篭を、トントンと叩く。すると中から、少し丸い印象のトカゲが顔を出した。首を傾げて、きょろりとした赤い目を瞬かせる。
「ライター、仕事だよ」
『きるぐるぅぅ』
嬉しそうに喉を鳴らし、ライターという名前らしいトカゲはぽっぽっと小さな火を吐いた。それから、ノーチェの差し出した煙管にぼぅっと火の玉を吐き出して、火をつける。独特の紫煙と香りが立ち上り、彼女は吸い口に唇を寄せた。もう数十年も前から身に付いた喫煙の習慣は、どうにも抜けそうにない。抜くつもりもないのだから、当たり前だけれど。
そうして、煙管を支えていない方の指を鳴らす。落ちてきたのは黒く少し光って見える石ころ。それをライターはきらきらした目で見つめている。石ころは、木炭だった。
「お食べ。ご褒美だよ」
『きるぐるるっ』
嬉しそうな鳴き声と、ばりばりと炭をかみ砕く音がする。ライターは火吹きトカゲという種族の、下級とはいえ魔獣の一種だ。本来は火山の火口付近で冷え固まった溶岩を主食にしている。けれど……このライターは偶然囓った炭がすっかり気に入ってしまい、ノーチェにくっついて本来の住処を遠く離れていた。
何を考えているのかは解らないけれど、とりあえず。燃やして良いものと悪いものの区別はつけているし、意外と頼れる用心棒でもある。
「……心配しなくても、しばらくはこの街にいるさ」
この街の豊穣祭は有名だ、気に入れば何度か見るためにここにい続けてもいい。……この街に飽きるまでに、何度見るのかは解らないけれど。引っ越しは、彼女にとって大抵はその街に飽きるからするものだ。長い長い生の旅、その場の気分で決めればそれで良い。飽きたなら立ち去る、飽きるまではそこにいる。何年、何十年その繰り返しだ。
ちょくちょく引っ越すのは気まぐれだけれど、それでも一応理由がある。同じ場所に居続けるのは、不安なのだ。遠い昔から狩られる者であった、魔女のサガが覚える不安。
微かに紫がかった煙を吐き出し、灰をぽんっと落とす。とりあえず、越してきたばかりで既に引っ越すことを考えるのも馬鹿馬鹿しい。
「しばらくはこの街が、僕の商いの場になるねぇ」




