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次元の魔法   作者: キート
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異世界からの訪問者

目を覚ましたら異世界に迷い込んでしまっていた!

なんてどこぞの名探偵の台詞のパロディーを内心叫びながら、周囲の状況や自分の身に起こった出来事を把握しようと努める。

先ほどまで自分は神社にいたはずだ。いや、正確には鳥居の前にいた。

だが鳥居を潜った瞬間、突如として現れた謎の光にあっという間に飲み込まれてしまった。

そして気が付いたら見慣れぬ景色が、色が目に飛び込んできた。

その瞬間悟った。ここはあの世界ではないかと。

だがそんなことが実際に起こりえるのだろうか?ましてやそれが自分の身に、昨日の今日で。

こんなあっさり来れるなら俺の今までの苦労は何だったんだ!と叫びたくなった。

いや、待て、落ち着け。きっとまた夢だろう。あの時だって妙にリアルだったじゃないか。

そうだ、そうに違いない。どうせまた目を覚ましたら神社の前で眠りこけてるんだろ?そう何度もぬか喜びするほど俺だってめでたくねぇよ。

……でも、でも一応確認しておこう。もし本当だったら大変なことだからな、うん。

とほとんど信じているものの、残りの部分で認めたくない、というか本当に夢だった時のことを考えて完全には信じていなかった。そうでなければあまりにもダメージが大きいからだ。

だが優斗は肝心なことを忘れていた。前回はしっかり寝る準備をした上で寝たので夢だと理解できた。

しかし今回は何も準備しておらず行き成りなのだ。歩いている人がいきなり寝ることなどありえないことを理解して、自分の行動を冷静に把握できていればよかった。だが今はそこまで頭が回っていなかった。

そして夢かどうか確かめるために体の一部を抓ることにした。ここで普通なら頬を選択するだろう。だがそれではあまりに面白味が無さすぎる、何十番煎じだとどうでもいいところで冷静になって、あえて現在露出している腕を選択して、捻りを加えて思いっきり抓ってみた。

「っ!!」そのストレートな痛みに思わず唸って急いで手を離す。

こんなにはっきり痛みを感じる…夢ではない?赤くなった腕を擦りながら考えてみる。

「…何してるんだ?」不意にすぐ傍から声を掛けられて急いでそちらを見る。

そこには怪訝そうな顔をした女性「…レイラ?」が片膝を地面につけた状態で優斗を見ていた。

「私のことを知っているのか?」その人はこの世界に来たいと思ったきっかけとなった女性、レイラだった。

銀髪を背中まで下し、凛とした雰囲気を纏いながらもどこかやさしげな感じ。切れ長の双眸は最初は心配の色を浮かべていて、優斗が起きたことで安堵していたが、今は優斗の奇怪な行動に何をしているんだ?と言わんばかりに怪訝さと呆れを含ませていた。

今思えば目を覚ました時に声を掛けられた気がするが、事態を把握することに精一杯で今、再び声を掛けられるまで彼女の存在は意識の外に行っていた。

「ええ、あなたは有名人ですからね」あまり動揺すると怪しまれてしまうので、なるべく表には出さないようにして平静を装った。

「そうなのか?」

「はい。ご存じありませんか?」

「ああ、まったく知らなかった。そういうことにあまり興味がないからな。それに人からどう思われようと関係ない。私の信念に従って動くだけだ」

「なるほど」

簡単な会話だが、動きも喋り方もぎこちなさはどこにもない。明確に自分の意思を持っているように思う。

キャラクターとしてではなく、レイラという一人の人間のように。

やはりそうなのか…?だが100%信じられた訳ではない、まだ夢である可能性も0ではない。

いや、常識的に考えてそちらの可能性の方が高いだろう。

だがこれが現実であってほしいと願い、そうであることを確かめるべくいくつか質問をしてみる。

「あの、突然なんですけどいくつか質問いいですか?」

「質問?」そう言ってどこか見るそぶりを見せるが、レイラも興味があるのだろう。数拍の間をおいて頷く。

「手短にしてもらえれば」

「勿論です」手短にということは時間がないということだ。それはつまり未だ戦闘中であるということ。こちらもやるべきことがあるのでここで時間はあまりかけられない。

「それでは最初の質問ですが、あなたの名前はレイラですか?」

「ああ、そうだ」

「次にここはエージル地方…ですか?」

「ああ。正確に言えばエージル地方とエヌシニ地方の間に広がる荒野、…のエージル寄りだな」

「なるほど。次にあなたが時間が無いと言ったのは…お仲間さんの心配ですか?それとも…ガーマとの戦闘についてですか?」

「っ!なぜそれを知っている!」声を荒げて立ち上がり優斗を睨む。

それに「あの時に街にいたなら知らない方がおかしいでしょう?知ってて当然です。まさかあれだけの騒ぎを誰にも知られていないとでもいうつもりですか?悪い冗談でしょ」と落ち着き払ってあの場にいたかのように話す。

「そ、そうか…そうだな…。あの時いれば知ってて当然か…。すまなかった、少し混乱していたようだ」優斗の言ったことを信じ、素直に謝罪する。

「別に気にしてませんよ」そう言って考える。

あの時と同じように答えが解らなくて質問したのではなく、答えが解っていてそれを確かめる為、答え合わせのように質問してみた。

似たようなことを訊いたので似たような答えになったが、答えが同じならそれも仕方がないだろう。

どうやらここまでの流れは同じようだ。だがここで俺と出会うなんてイベントあるわけがない。

この先の展開を知っているから色々対策を立てられるのだが、本来俺はここにいない。

俺がいることによって内容が変わってしまえば思い通りに事を進めることができない。

だが話を聞く限りでは特に変化はないようだ。ならばこれからの行動次第か。

それも慎重にしなければ先の展開が変わってしまう恐れがある。ヘタに動いて変わってしまえば予想がつけられなくなり、危険を回避したり、有利に事を運べなくなる。

思ったより難しそうだな…と考えに耽っていると「私からも質問をいいか?」と尋ねられ意識をそちらに向ける。

「はい?」

「色々訊きたいことはあるのだが、まずは最初から気になっていたそれ…。それはお前のか?」と優斗の傍らにある物を指さす。

「え?」それを追って目を向ける。指摘されてその存在に気付いたのだが、そこには見慣れない一対の剣があった。

顎に手を添えてじっ…と眺めてみる。当然優斗のいた世界で本物を目にする機会はあまりない。あるとすれば展示を見に行くぐらいだろう。

だが優斗は一度もそういうものに行ったことがない。当然実物を生で見たのはこれが初めてだ。

だというのになぜだろう?初めて見たはずなのに知らない気がしない、見たことがないのに頭のどこかでこれを知っていると言われた気がした。

そして片方を手に取ってみる。特有の重みはあるが嫌な感じではない。むしろ手に馴染むようだ。

見たことがないのにこれは自分の物だと本能で感じた。

「ああ、俺のだ」と宣言しながらもう片方も手に取り立ち上がる。それを見たレイラは何かに気付く。

「お前…誰だ?」

「誰だ…とは?」

「さっきまでのあいつはどこに…」と言いながら周りを見る。

「何のことか知らないが、さっきも今もここにいるのは俺とお前だけだぜ?他に誰かいたか?少なくても俺は気が付かなかったが」

「…え?じゃあ…お前は…あいつなのか…?」

「ああ。さっきからそう言っているが…?」どうにも会話が噛み合わない。先ほどからここには二人だけしかいなかったはずだ。しかし彼女はさっきまで別の人間がいたと言った。そして今の問答で自分とその誰かを同一人物だと認識したようだ。となれば――――

「ああ、なるほど」そこでレイラの考えに気が付く。

「お前、さっきまでの俺と今の俺を別人だと思っていたんだろ?ばかだな…、さっきも今もここにいるのはこの俺だ」

「なっ!」

「大方雰囲気が変わったからそう錯覚したんだろ」クククっ!と愉快そうにしながら笑いを堪える。

ユウトの発言で自分の認識が間違っていたことを理解するが、苦しそうに笑いを堪える様を見て、つい大声が出る。

「っ!だとしても変わりすぎだ!一瞬本当に別人が現れたのかと思ったぞ!」そうレイラが言うのも無理はない。さきほどまではこの世界に迷い込んでいた異世界の人間、正しく大村優斗そのものだったが、今はこの世界でいくつもの修羅場を潜り抜けてきた風格や貫禄が備わっているように見えるのだ。たとえ目の前であろうとその変わりようは別人が現れたと錯覚するほどだ。

そして優斗自身その変化には気付いていた。内から湧き出るような力、揺らぐことのない絶対的な自信が体中を駆け巡っていた。今の俺なら何でもできる、そう言わんばかりに。

「ま、信じないならそれでもいいさ。俺にとっちゃどっちでもいいしな。納得できるならよし、納得できないならそれもまたよしだ」

「そ、そうだな…」その言葉に渋々ながら納得する。きっと完全に理解できていないのだろうがそれも些細な事である。

「一応訊いておきたいのだが、お前はガーマの一味ではないのだな?もしそうなら…ここでお前を斬らなくてはならない」

「…なぜそんなことを?」そう言うユウトが手に持っている剣を指差す。

「一般人があまり持つような代物ではないのでな。それにお前は只者ではない、奴らの仲間だと言われても別に驚きはしない」

「なるほど。お前の言いたいことも分かるな。だが武器屋が存在している以上、自衛の手段の為に持っていてもおかしくないと思うが?特に制限はなかったろ?」

「確かにそうだな…」

「それに勘弁してくれよ。何で俺が奴らの仲間にならなきゃいけないんだよ。頼まれたってならねぇよ」

少しおどけてみせる。

その様子にフっと笑い「そうだな。私もああは言ったが本当にお前が一味だと思ったわけじゃない。もしそうだと言われても驚きはしないが納得はできないだろうな」

「なぜだ?」

「これはあくまで私見なのだが、今まで闘ってきた奴らは悪意とでも言うのかな?それがはっきりあったし伝わってきた。もちろん雑魚ではなく強い者もいたが例に漏れず…だ。だがお前はさっきも今もそれらが感じ取れないのでな。ただ純粋で強い、そんな感じだ」

「なるほど」

「それにもし仲間だと言われたら認識を改めなければならないと思っていたがどうやらその必要はなかったようで安心したよ」

「そうか。それは光栄なことだが、考えられることには手を打って損はないんじゃないか?結果論として俺が一味じゃなかったってだけだ。これからそうは見えない奴が仲間っていう場合だって十分考えられる。別にそれが悪いというわけじゃないがその考えだけで人を見ると、いざという時に後手に回って不利になるからな」

「流石歴戦の勇は仰ることが違うな。肝に銘じておくよ」


今までの会話でここがあの世界だと確信する。それを証明する為の証拠は無いが、そうではないという証拠も無い。

ならば自分の意思に従ったとしても誰も文句は言わないだろう。頭の冷静な部分はどこかで『違うのではないか』と言っているが、心は間違いないと叫んでいるのだ。それならレイラの言うように自分の信念に従ってみよう、自分の心を信じてみよう。だが今は夢でも現実でもどちらでもいい。レイラが生きている、それが何よりも重要なのだ。

手を出さずに成り行きのまま態々死なせることもない、というかするつもりもない。

その為にここにいるのだから。今の俺ならそれができる。握った剣に視線を落としてそのことを確認した。


「もう一つ訊いていいか?」

「何だ?」

「ああ」握る手に力を込める。どうなるかなんて分からない。シナリオが変わって予想がつかなくなってしまうかもそれない。それでも伝えないわけにはいかない。それなら伝え方を変えてみたらどうだろうか?前回は怒らせてしまったが、今回は余計なことを言わずに最低限のことしか伝えなければどうなるか?そうすれば変化は起こらないのではないか。

「お前この戦いで死ぬって言ったら…どうする?」

「え……?」思わず呆けてユウトを見る。

「一体どういう…?」

「例え話としてだ。誰かを殺そうとするなら、相手に殺されることも覚悟しなければならない。戦いに出て行っていつも無事に戻って来れるとも限らん。力が及ばなくて負けて殺されたり、仲間を庇って死ぬことだってないとは言わない。それが今のタイミングだったらどうするかと訊いているんだ」

その台詞を最後に場には沈黙が漂う。何か考えている様子だったが、しばらくしてからレイラが口を開いた。

「それは仮定の話なんだな?」ユウトの問いを確かめるように尋ねる。

「ああ。本当にお前が死ぬと決まったわけじゃない。(本当は決まっているのだが…)その覚悟があるのか、戦地へ赴く戦士としての心構えの再確認だと思ってくれていい」

「そうか。もし死んだら…か。………だとしたら私はそれまでの人間だってことだろうな」あっけらかんとした様子で返す。それに一瞬面食らうがすぐに尋ね返す。

「恐怖は感じないのか?」

「今までもそういうことが多少はあったからな。最中はそんなこと考えられないが、終わってからゾッとしてるよ。よくできたなって。もし途中で考えてしまったらきっと恐怖するだろうな。戦えなくなると思うし、死にたくないって思うよ。……一人ならな」

「………」

「今の私にはあいつらがいる。あいつらがいるから恐怖を跳ね除けられる。あいつらの為ならこの命惜しくない、むしろ本望さ」

「…そうか」

どうやら意思は固いようだ。やはり思った通りの奴だ。これから何が起こるのか、その全てを言ってしまうことはできる。だが言ったところで結末は変わらないだろう。

今は言うべきじゃない。そう結論付けた。その代り多少はお灸を据えても罰は当たらないだろう。ユウトはこれまででレイラという人間のことを多少なりとも理解していた。そしてそれは彼女が自分の命を蔑ろにする人間だということを認識して、若干腹がたっていた。

考えを変えることはその人物そのものを変えることだと言っても過言ではない。それはできない。

だが変わるきっかけ位なら作れる。それぐらいは許されるだろう。

「わざわざ死に急ぐことはねぇよ」レイラの言葉を否定するようにはっきり言う。

「人間放っておいてもいずれ死ぬ。それを自らの手で早める必要はねぇさ」

「………」

「お前は仲間の為なら命を捨てられると言ったが、じゃあそうやって生かされた仲間は何を思うんだろうな?自分たちの為に命を落としたお前を哀しみ、己の無力さを嘆き、お前の命と引き換えに生かしてもらった罪悪感に苛まれることになるんじゃないか?

お前は遺された者の気持ちを考えたことがあるか?お前は死んで終わりだが他の奴らはそうじゃないだろ?考えたことがあるならそんな簡単に答えは出せないはずだ。

お前は自分の死を、自分たちの為に投げ出された命、その重い十字架を大切な仲間に一生背負わせるつもりか?」最後の方はつい語調を荒げてしまった。だが言わずにはいられなかった。

己の命を仲間の為に捧げる、その行為がユウトには理解できず、とても軽率な行動のように思えてならなかった。

「あいつらそんなに弱くない」その言葉はユウトに対してなのか、それとも仲間を思って言ったのかは分からないがきっぱりと言い切る。

「きっと乗り越えられる。いつまでも悲しんでばかりじゃ、亡くなった奴が安心できないと知っているからな。私がそうした意味を理解して、意志を継いでくれるさ。私はあいつらを信じている」微笑を浮かべてユウトを見る。その様子を見て呆れたと言わんばかりにため息を吐く。

「麗しい信頼関係だねぇ。俺には理解できねぇや」

「今は分からなくてもきっとお前にも分かる日が来るさ」

「そうかい、じゃあその日が来るのを祈ってみますか」と言って空を見上げる。その瞳は何を映しているのだろうか。

「では私は行く。この道を真っ直ぐ行けば街に着くから、そこに行くと良い」そう言って左を示す。

「ありがとよ。精々死なねぇように気をつけな」

「ご忠告どうも」お互いに背を向けて歩き出す。だが一歩踏み出したところで立ち止まる。

「お前のその考え、一方通行じゃないといいな」振り向かずに言われた言葉にレイラは思わず振り返ってユウトを見る。

「なんてな、じゃあな」片手を挙げて去っていく。その背に声を掛けようとするが結局止めて、レイラもまた歩き出した。

暫く歩いて息を一つ吐く。結局変わらない人間だった。どうしてもその道を選ぶというのか。だがそれでもいい。

「俺が…絶対死なせやしねぇ」小声で、だが力強く呟き街へ向かった。



レイラと別れて示された方角へしばらく歩いていると、荒野に突如として現れた街を発見する。

生物の気配を感じることができないどころか、生命の気配がないほど荒れ果てた荒野にポツンと存在している様を見ると物悲しく感じる。だが内部に踏み込めば人や物が溢れて栄えているのだろう。……通常であれば。

「やっぱり人がいねぇか…」今のユウトは気配にかなり敏感になっている。にも関わらず、ざっと眺めたところ人の気配は感じない。やはり戦いの影響だろうか?それとも別の理由か。

「確かあいつらはここには戻って来ないで、そのまま旅を再開したんだよな…」と言いながらも足を止めることはなく、きょろきょろと周りを見渡す。

雰囲気や景色はほとんど同じに見え、この世界の住人ではないからだろうか?見慣れぬ土地に来た旅行者のように心が躍っている気がする。

「ここにはダミルさんはいないのか?」原作では出てこなかったが、夢では己に道を示してくれた、いやユウトにとっては啓示に近い。そんな恩人とも呼べる人物の名を口にする。

「いてくれれば嬉しいんだけど…こっちだったか?」似たような道のりを記憶を探りながら進む。

「お、あった」通りから外れた狭い道の先に申し訳なさそうに佇む一軒の小屋があった。

それは夢で見た道のりの先にあり、一見したところ外観はその時よりも新しいように思える。

しばらく眺めていたが、足を一歩前に踏み出す。すると背後に人の気配を感じた。

「おや?何か御用ですかな?」その人物が声を掛けてきた。

今度は事前に分かっていたこともあり、さほど驚かずにその声に嬉しさを感じながらゆっくりと振り返る。白いローブに身を包み、両手で何かの袋を抱えている。

目尻に刻まれた皺は、その一つ一つがこれまでの人生を物語っているように感じる。

そしてその眼は初対面のはずなのに警戒の色はなく、ユウトを安心させるようにやさしげだ。

ユウトにとっては二度目となる邂逅だが、互いにまるで久しぶりに友人に会うような感覚になる。

そしてこの小屋を発見した瞬間、この世界にもいるだろうと確信していた。

「いえ、ちょっと道に迷いましてね、気が付いたらここにいたんですよ」苦笑しながら返事をする。

それを特に何とも思わなかったのか「そうですか」と人の良い笑みを浮かべて近づく。

「どちらに行く予定だったのですか?よろしければご案内致しましょう」

「そうですねぇ…じゃあ…」と間をおいて「今回の戦いの発端となった事件のあった場所、…に案内してもらえますか?」にやりと笑う。

それに目を見開いて「……あなたもそうなのですか?」探るように尋ねる。

「何がそうなのかは分かりませんがご心配なく。俺は連中の、ガーマの一味じゃありませんから」

その言葉を聞いてホッと胸を撫で下ろし「よかった…。と言ってもここにはこの老いぼれ一人がいるだけなので別に構わないのですがね」と笑った。それにそうなんですかと相槌を打つ。

「あ、自己紹介が遅れました。ユウトと言います」

「ユウトさんですか。私はダミルと申します。しかし…ふむ」とユウトを値踏みするように、頭の先からつま先までじっくりと眺め、やがて何事か納得したように一つ頷く。

その間少し居心地が悪くなりながらも動いてはいけない気がして、身じろぎせずにその様子を見ていた。

「なるほど…あなた相当お強いですね」

「そう見えますか?」

「はい。私のような素人が見ても分かるほどに」

「そうですか」その言葉にどこかホッとした自分がいた。自分はいたって普通の人間だ。

だがこの剣を手にした瞬間、内に秘めていたもう一人の自分が目覚めたように、揺るぎない信念と絶対的な自信が溢れた。

レイラに雰囲気が変わったと言われたが、実際その通りだと思う。自分なのに自分じゃないような不思議な感覚だ。

ダミルの言うように本当に強いのかなんて一度も剣を振るわず、また戦っていない今の状態では判断することはできない。

だがそう見えたことに今は素直に喜んでおこう。

「ありがとうございます」

「いえ、事実を言ったまでです。異国の剣士は皆、あなたのように強いのですか?」

「異国の剣士…ですか…?」

「はい。違うのですか?見慣れぬ衣服を着ていらしたのでてっきりそうだとばかり…」

「あ…」そこではた、と気が付いた。

今自分が来ているのはこの世界で着られているものではなく、北山学園の制服だ。

学校帰りで、家に入ることなく神社に来たため着替えをしなかった。それでもどのみち見慣れぬ格好であることに違いはないのだが。ただでさえ制服は限られた期間しか着用を許されないので、現実世界でも一種の『特別感』がありヘタな格好より目立つ。

常識的に考えられるだろうか?部活帰りに寄った神社で、望んだ事とはいえ異世界に来るなんて。

そのことやレイラとの邂逅、自身について、そしてこれからのことについて色々考えていたので、服装の事にまで考えが及んでいなかった。というかすっかり忘れていた。

「え、ええそうです。こことは違う所から来ました」あえてダミルの言った事には触れずに肯定する。

実際にこの世界で言うところの『異国』ではない為『違う所』と言い換えた。

まさか異世界から来ました、なんて言えない。言ったところで信じるとも思えない。

「やはりそうでしたか」その答えに満足げな笑みを浮かべ頷く。

「それでは行きましょうか」

「え?どこにですか?」どこかへ向かって歩き出そうとするダミルを呼び止め尋ねる。

「ご要望の通りに発端の場へ案内しようかと思ったのですが…?」何か?と言うような表情で問われる。

それにそんなことを言ったなと思い出し「いや、あれはジョークですよ」苦笑しながら手を顔の前で振る。

「興味がないとは言わないですけど、本当に連れて行ってほしいわけではないので。あれはインパクトを与えるために言ったようなものですから。それに…、それを置いてからでも遅くはないでしょう?」手に抱えてる袋を指差す。

その指摘に思い出したように声を上げ、自身が抱えている袋を見る。

「おっとそうでしたな。それでは置いてきますので少々お待ちください。あ、もしよろしければお入りになられますか?」

「いえ、お気遣いなく」ダミルの申し出を断り壁にもたれ掛る。

その様子を見てもう一度「少々お待ちください」と告げ、足早に小屋の中へ入っていった。




ダミルに案内されながら街を歩く。

その道中で事の発端の内容を聞く。もちろん知っていたが、それを表に出すようなことはせずに初めて聞いたように装った。

なぜレイラにはまるでその場に居たかのように言ったのかと言えば、説明するとなると異世界から来たことを話さなくてはならなかったので、もっともらしい事を言って反論できなくさせる為と、手っ取り早く納得させるためらしい。しかしなぜダミルには言わないのか。それは最初に会った時にああいってしまったからだ。今更実はそれ全部知ってます、とは言えない。彼も親切心で案内しているのだから、言わぬが花ということだろう。

「昨日まで笑いあっていた住民達が実はスパイだったかも知れないなんて…。知らないということは恐ろしいことです…」

「そうですね。でも知らないからこそ、気にせずに力を発揮できる場合だってあります。知らないことは恐ろしいことですが、同時に幸せなことではありませんか?あまり良い意味では使われないですけど」

「そうですね…。もっともそれが今当てはまるとは思いませんが」

「ですよね」お互いにそう言いながら苦笑するしかない。

途中通り過ぎた商店や民家は全て閉まっていて、人の気配はまったくない。本当に住民はダミルさん以外にいないようだ。これだけの街なのにダミル以外に街の住民がいないのは不気味すぎる。理由は知っているがそれでも尋ねずにはいられなかった。

「……にしても人がいないですね」

「…はい。さすがに私も不気味です。まさかここまでになるとは思いませんでした。

私が離れるように言った住民の居場所は分かるのですが、この街を離れた全員となるとさすがに把握しきれません。その中にはスパイもいますし、戦いに巻き込まれるのを恐れ、どこかに避難した者もいますから」

「ま、無理もないですね。そんなことがあった後じゃ。おまけに誰がスパイか分からない状態ですから疑心暗鬼にもなるでしょう。もしかしたらまた誰かがそうかもしれない、そんなことを考えていたんじゃまともに生活を送ることはできないですよ。離れたのはある意味正解ですね。

でもこれから大変ですよ?住民を集めるのは一から街を作るようなものだ」

「分かっています。…今だから言えるのですが、今回のような事件が起こって良かったと思います」

「なぜですか?」

「今の世で心から笑いあえることは中々できません。踏み込ませたくない、触れられたくない一線が誰にでもあります」と言って立ち止まり近くの店を見つめる。

「それらを気にするな、とは言いません。気にしすぎるなと言いたいのです。気にしすぎると何もできなくなり、表面上は上手くいっているように見えますが、実際はこうして簡単に崩れてしまうような脆いものになります。ですがそれは何もしなかった場合です。変化を恐れて立ち止まってしまった証拠です。関係を強固にしたいのであれば一歩踏み出さなければならないのです。怖くても、痛みを伴っても」

「………」

「ですが今、こうしてお互いを罵り合って腹の中を全部吐き出した。それは一歩進んだ証拠です。最初は大変でしょう、互いの醜さを見せ合ったのですから。

でもそうしなければ始まらないのです。綺麗なところも醜いところも、良いところも悪いところも見せ合って、認め合って。時間はかかると思いますが、いつの日か心から笑いあえ、互いに強い信頼関係で結ばれる日が来ると信じています」にっこり笑って歩き出す。

「……互いを本当の意味で理解すると?」

「はい。難しいことは分かってますけどね。でも、もしそれができたら……素敵じゃありませんか?」悪戯っぽくウィンクする。

それを横目でちらりと見ると視線を前に戻し考える。

相互理解は大変難しい。一般的な定義や解答はあるが、明確な指標や基準はなく上辺だけの『理解しているつもり』になる。しかしそれは所詮つもりだ。

本当の意味での相互理解は不可能だ。だからちょっとしたことで疑惑が生まれて疑うようになり、悪意が芽生えて攻撃するようになり、やがて関係に亀裂が生じて修復できずに崩れてしまい、知り合った当初より悪い印象を持つようになることだって少なくない。

では本当の意味とは何だろうか?相手の考えていることが手に取るように分かることだろうか?

そんなものは長い期間行動を共にしていれば誰にだって出来るようになる。そんな単純なことではない。

だがそれでも出来ない人はいると思う。それはどちらかが知ろうとしても、片方が拒否しているからだ。大事なことは『互いに認めようと努力すること』だ。しかし本当の理解とは何か?これは答えが無い、と言うよりかは答えが人それぞれ違う。

互いに何でも遠慮なくぶちまけあい、心の底から笑いあい、尊重して、決して切れない強固な絆で結ばれることではないか?とユウトは考える。

ダミルは難しいが出来ると言った。しかし俺はそうは思わない。そんなものはフィクションの中だけだ。

現実はもっと厳しく希薄で、そんなものは理想であり綺麗ごとだ。

だが今自分は、そんな理想と憧れと、虚構で作られたフィクションの世界にいる―――。

「……なら信じてもいいか」

「どうされました?」ぽつりと呟いた言葉に気づき尋ねるが、何でもないですと返され追及を止める。



ダミルと共に広場に入る。彼によると、ここは街の中心部に位置して最も活気に満ちていると言う。

今はその面影もないが。

店はひしめき合うように並び、きっと事件前は賑やかなのだろうと想像できて、ダミルの言う事が理解出来た。

「ここが現場です」と案内されたのは中央広場の中でも真ん中に近い場所だった。

当日は多くの人がごった返して、更には中心部ということもあるので大変な騒ぎだっただろう。

店は20軒近く大破して、その周りの店も被害を受けていた。一体どれだけ暴れたのだろうか。

「もうだめだと思った時、彼らが来てくれたのです」どれがどの店なのか分からないぐらい、ぐちゃぐちゃになっているが、その中でも比較的被害の少ない屋台の近くで木片を手に取って眺めていたところで声を掛けられ、顔を上げる。

「まさに圧巻の一言でした。たちどころに連中を一掃してしまったのですから。特に凄かったのは女性の剣士でしたな。仲間の中で誰よりも敵を打ち取っていました」

「そうですか…」女性の剣士、と言われてすぐにレイラの姿を思い浮かべる。どうやら彼女はここでも活躍したようだ。それに自分の事ではないが誇らしかった。と同時に無茶をしやがってという思いも浮かぶ。

「更にはここに平和を取り戻すと言って奴らと戦って下さってます。感謝してもしきれません」

「……まだ早いんじゃないですか?それを言うのは戦いが終わってからでもいいと思いますが?」

「そうですな。ですが私は信じています。彼らは必ず勝つと」

それに何か言いかけるが結局言わずに「そうですね…」とだけ言って戦っている方角を見つめた。


「あの、俺が着れる服ってありますか?」被害状況や状態を確認し終え、そろそろ戻りますかと尋ねるダミルの台詞に被せるように言う。

「無いことは無いですが…何故ですか?」

「ほら、この格好って一目見ればすぐにここら辺の人間じゃないって分かるじゃないですか?あなたが言ったように。目立つと言うか。だから変装ってわけじゃないんですけど、あまり目立ちたくない俺としては上手く隠せるかな~なんて」疑問を浮かべ尋ねるが、その返答に納得したように頷く。

「なるほど。確かにその格好は珍しいですから、否応なく注目されてしまいますよね。となれば…」

その場を離れ、衣類や生活用品を取り扱っているエリアへ移動する。

この中央広場は中心に建てられたオブジェを基準にして飲食、食料品、名産品や旅に必要な物、そして現在向かっている衣類・生活用品の4つのエリアに別けられている。

この広場には旅人や観光客が訪れるらしい。もちろん商店はここだけではないのでそちらを使うこともあるが、普段はもっぱら街の住民が利用する為あまり使わない。

それに場所によっては街を横断する場合もあるので、そこにしか無い物を求める場合以外は、大抵何でも揃うここを使うようになる。まぁ当然と言えば当然だろう。必要に迫られれば仕方がないが、それ以外でここまで移動してきたのに、さらにそこからわざわざ距離を歩くこともない。

逆に住民はあまりここを使わないらしい。別に旅人だから住民だからと制限があるわけではないが、彼らの間では一種の暗黙の了解のようになっているようだ。

もちろんそんなものは関係ないとばかりにどちらも自由に行き来する人もいるらしいが。

やがてその一角に到着すると案内された店に入り着替えを済ませた。

ユウトは当然この世界の通貨を持っていない為、その代金はどうするのかと思ったがダミルが払ってくれるようだ。

「すみません、後でお返しします…」これには項垂れてそう言うしかない。だが然して気にしてなさそうに「いいですよ。これぐらいお安いご用です」と朗らかに笑った。

「図々しんですけどもう一ついいですか?」

「はい、何でしょう?」

手に握っている剣を見て「剣ホルダーみたいなのってありますか?さっきから探してるんですけど見当たらなくて」

それにああ、と頷いて「ここには無いんですよ。武器やそれに関する物は街の東側にある店に一括して置いてありますから。確かにそれだと不便ですよね」とユウトを見る。

現在ユウトは両手に一本ずつ持つ形になっているので、両手が塞がっているのだ。

何をするにもまず剣を放すことから始まるので、不便なことこの上ない。

その事に気づいて少々お待ちくださいと言って店の奥へ入って行った。程なくして一枚の紙を持ってくる。なんでもこの店はダミルの友人が経営しているのと、ダミル自身よく利用する為、店内のことはその友人と同じぐらい熟知しているそうだ。

「そして手前から5つ目が武具や関連品を扱っている店になります。もちろん今は閉まっていますが」地図を指で示しながら丁寧に説明する。

「じゃあどうするんですか?」その台詞を待っていたと言わんばかりに一瞬目を光らせる。

「実は裏に回れば地下への入り口があるんですよ。そこを通って行けば店内に入ることができます」

「地下通路…ですか?」

「正確に言えば少し違いますか、そう考えて問題はありません」

「なるほど…。でもいいんですか?そんなことを教えても」

「何故そんなことをお聞きに?」

「何故って…」普通に考えれば初対面の人間にここまでしてくれるのだって珍しいのに、それが重要そうな地下通路の存在を教えてくれるのは、変わってるとかおかしいとかそんな話ではなく、明らかに不自然だ。良く言えばお人よしだが、悪く言えば碌に人を見ていないで信じてしまうということだ。

それは『カモ』以外の何物でもない。ましてやあんな事件があった直後で正体不明の人間になら尚更だ。

だがあっさりと教えてくれと言う前に、むしろ聞いてくれと言わんばかりに教えられた。

そのことを疑問に思ったのだが、なぜそんなことを聞くのかと逆に尋ねられて思わず言いよどんだ。

「それはこの街の住民以外知らないような秘密の通路の存在を教えてくれたからですよ」

「ああ、そんなことですか」ユウトに関して言えばその存在は既に知っていたので、教えられても大して驚かないが、なぜ教えてくれたのか?という疑問に対する答えを持っていなかったので尋ねたのだが、そんなユウトの心情に気づかず『そんなこと』で片づけた。さすがにそれには何も言えなくなってしまったがユウトに構わずダミルは続ける。

「既に知られているでしょうから今更一人二人に言ったところで大した問題ではありませんよ。第一以前から噂になっていたようなので。知っていても不思議はないかと」一瞬自分のことを言われたのかと思いドキッとする。

「それに…」じっとユウトを見つめて「あなたは悪い人には見えませんから」と続けた。

「え?」

「これでも人を見る目はある方なんですよ。あなたはあの連中とは違う。むやみに人を傷つけたり、言いふらすようような真似をするとは思えないものですから」

「分かりませんよ?人は見かけによらないって言いますし」

「ではあなたは言いふらしたりしますか?罪もない人を傷つけたりしますか?」にこっと笑って聞かれるがそれに「いいえ」と同じように笑って返した。

「ならばそれで十分です」

「今回は偶然そうだったというだけですよ。あなたの目算が間違っていることだって十分あります。もう少し慎重になった方がいい。だからこの事件が起こったとも言えますよ」

「おおっと…痛いところを突かれましたな。…そうですね、ご忠告肝に銘じておきましょう」

それからユウトは近くの物を物色し始めるが

「あなたは不思議な人ですね」改めてしげしげと眺められて不意に言われた言葉に動きを止めてダミルを見た。

「え?」生まれてこの方不思議な人と言われたことは一度足りとてない。そう言われるとどうしても『不思議ちゃん』と言われているようで、自分には縁遠い存在のため複雑な思いになる。

「精悍で、まじめで誠実で。正しく好青年です。ですがその中に凶暴な一面を持っているようにも見えますし、冷静さを併せ持っているようにも見えます。まるでその全てに人格を持っているようで、あなたの中に何人もいるような錯覚を覚えます。あなたのような人を私は見たことがありません。あ、もちろんこれは悪口ではありませんよ」

「それぐらいわかっていますよ」苦笑を浮かべて何でもないように装うが、内心かなり驚いていた。

もしかして、なんとなくだけどこの人は俺の正体に気づいてる…?

もちろんプロフィール、名前と彼の中では異国から来たことにされてる以外には話していないのでありえないのだが。

しかしひょっとしたら無意識の内にそう思われるような言動や行動になっていたのかもしれない。

そしてその機微を感じとったのか。この世界の住民に知られたらどうなるか分からないが、知られないにこしたことはないだろう。なるべく情報を明かさず、余計なことを聞かれないようにしなくてはならない。なんにせよ、今は言うことができないので何か言われてもはぐらかすしかない。

「あなたを知れば知るほど、新しいあなたの一面を発見するでしょうな」

「買い被り過ぎですよ。俺はそんな素晴らしい人間じゃない」そうだ。自分は他人にそんなことを言ってもらえるほど出来た人間じゃない。どうしようもなくガキで、わがままで、かっこつけで、何もできないのに何でもできる振りをしてるだけだ。本当の自分を知らないからそう言えるだけだ。ここでの俺は歴戦の覇者、数多の死闘に打ち勝ち、いくつもの修羅場を潜り抜けて正しく『強者』と呼べる存在なのだ。ダミルの言葉は今のユウトとってはあまりにも心に刺さるものだった。だがそれに気づかないでさらに続ける。

「自分のことは意外と分からないものです。きっとあなたは人を惹きつけてやまないのでしょう。そんな素敵なあなたに一つ質問をしてもいいですか?」

「もちろん、どうぞ」

柔和な笑みを浮かべて「あなたの願いはなんですか?」と尋ねる。

今の俺はレイラを護る存在、俺個人の意見など知ったことではない。ここにいる以上やることは一つ。ダミルの言葉に少し目を見開くがフッと笑い、胸を張って「あなた方の救世主達の一人を護ることです」はっきり答えた。



「よっと…」地下通路から店内へ続く扉を押し上げて最後の梯子から足を離し、店内の床に着ける。

夢では思いっきり開けて傷つけてしまった為、罪悪感があったのだ。今回は同じ轍は踏まないとばかりに慎重に下した。

あの後、自分はそろそろ戻らなければならないから案内ができないことを告げられるが、広場や店に案内してくれたことに感謝の意を伝える。そこで一つ頼み事をされた。

「お、あったあった」カウンターへ近づき、その上に紫の袋があることを確認する。

大きさでいえばポケットに入れられるぐらい小さい。そういえばあの時も言われたなぁ、結局渡せず仕舞いだったけど、と胸中で呟きながら手に取ってみる。

見た目通りに軽く、何が入っているのだろうと少し袋の上からまさぐってみる。

固い球体であることが指先から伝わる感触で分かったが、それが何なのかは分からなかった。

気にはなるが頼まれた物なので開けて中を見ようとは思わずに、そのままポケットの中へ仕舞う。

次にカウンター近くに立てられてコート掛けのようなものに目を向ける。

そこにはいくつもホルダーが掛かっていて、早速その一つを手に取って眺める。次々に別の物を取るが、全て一本差し用で、ユウトの持つ二本共を差すことができない。二本差し用を探すが今のところ見当たらず、仕方なく一本差し用を二本腰に巻くしかないかと思ったところで、一番下に申し訳程度に掛けられているのを発見した。

そういえば二刀流を使う剣士ってあまりいないよなぁ、ならこれも当然っちゃ当然か…、と思いながら手に取ってみる。

「やっぱりこっちの方がいいな。両手が空くし」無事に発見したそれを腰に巻いて、二つあるスロットそれぞれに剣を差してご満悦とばかりに眺める。

ちなみに代金はどうするかといえば、袋の事を頼まれた時「私はそれをお願いするだけです」と告げられた。言外にそこでの行動は私の知るところではありません、という意味が込められていたように思う。

つまりユウトの目的を知った上での発言なので、知らなかったことにするということである。それでいいのか。

店内を一通り見た後、カウンターの前まで戻って来てからもう一度ぐるりと見回して「そろそろ行くか…」と呟き地下通路への扉を開けて、来た道を戻るためにその身を沈めた。



「う~ん…」武器屋を後にしたユウトは再び中央広場を訪れ、先ほどから何やら唸りながら歩いていた。

先刻来た時はダミルと会話しながらだったので、寂しさはや孤独はなかった。

だが今は一人で来ている為若干の寂しさはあるものの、ひしめき合うように並ぶ物言わぬ屋台の妙な圧迫感や威圧感、そして孤独感に恐怖を抱くことはなかった。

「やっぱり同じなのか…?」足を止めて近くのベンチに腰掛ける。

原作ではそこまで詳細に街について触れられていなかったが、それでも夢では雰囲気の差異や微妙な違和感を感じとった。

きっとそれは夢だったからぼんやりしていたり、無意識の内に色々な方向に意識が行ってしまい、正確に自分が察知したいものへ向けられなかったのだろう。だというのは今だから言える。あの時は夢であるなどと毛ほども思わなかった。

なぜなら人や風、景色、その全てがあまりにリアル過ぎて、現実と区別がつかなかった。今でも目が覚めていなければ、あれが現実だと認識して本当に来てしまったと思うだろう。事実半分以上信じていた。

ひょっとしたらあれは予知夢というやつなのだろうか?なぜなら今、その場にいる。それを証明する為の明確な根拠や証拠は何もないが、なぜかそう思えた。あの時とは違う。

しかし、というかやはり今も違和感を感じる。一見したところ何かが違っているようには見えないが、何かが違うと瞬間的に思った。もちろんそれは店の配置や、エリアの移動という可能性も無くはない。だがそんな些細なものではない、もっと大きな。それこそこの世界全体に関する何かのような気さえする。いや、これは考えすぎか。そう考える根拠はない。ただ何となくそう思うだけ、言ってみれば直感だ。そう判断するにはあまりにも判断材料が少なく、情報が乏しい。

そんな状態では考えるだけ無駄だ。何か手がかりが見つかった時にでも考えればいい、と今この場での探求を放棄する。

「そういえばまだあれ見てなかったよな…」何か見ていない事を思い出して腰を上げて中心部へ向かう。

そこには悠然と、そしてこの街を見守るようにしっかりと建っているオブジェがあった。

ダミルによると、この街が作られた時に建てられたもので、これがシンボルとなりこれからの発展を願ったそうだ。その願いは叶えられ、今では交通の要所として立派に成長したこの街をこれからも見守り続けるだろう。

今まで碌に見ることなく立ち去っていたので、折角だからとゆっくり見物することにした。

しばらく眺めていると「あれ?」と何かに気付く。気のせいかと思い、もう一度じっくり見る。

「やっぱりおかしいよな…?」視線を向けたまま顎に手を置いて記憶を探っていく。

全体を金であしらったオブジェは、上部の球体の下に支柱があり、そこから三段に分かれて大小、長短様々な棒のような物が、何本も突き出ている。その下はコンクリートの台座でしっかり固定されている。

三段の一番上、つまり球体のすぐ下、その部分が違うと気付く。

「確か三本だったよな…、何で四本?」碌に見てないはずなのに、なぜか本数を正確に憶えていた。

妙な違和感の正体はこれだったのか?そう考えれば無理矢理にだが納得することはできる。だが結局違うと思うだろう。なぜなら今この瞬間も感じているのだ。目の前に建つこの街のシンボルでなく、別の何かを。しかしその一端がこのオブジェにあるのは間違いない。なぜ違っているのか?よく見れば形も微妙に違っているように見える。だがその理由を考え出したら、原因究明に必要以上にここで時間を割くことになる。

しかしそれでは折角この世界に来た意味がない。自分がここに来たかったのはレイラを護るためではなかったのか。決して些細とは言えないが、それも本来の目的とを天秤に掛けた場合どちらに傾くかなんて考えるまでもない。目先のことに気を取られ本来の目的を忘れるなどあってはならない。

「ま、いっか…」原因究明はそれが終わってからでもいい。ここに来たのはレイラを護る為で、オブジェの形の違いや違和感の正体を解明するためではない。

今自分がやるべきことを見失うわけにはいかない。

「そろそろ行くか…」最後にもう一度オブジェを眺め踵を返すと、これからの出来事を思い浮かべ目を真剣にする。

そして作中レイラ終焉の地へ向けて歩き出した。

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