王術剣士
朝。
「えーと、おはよう!」
少し悩むと、とりあえず朝の挨拶を言う、と同時に頭に手刀を打ち付ける。
「ああ、いってー」
ライズはなんとか痛みに耐えて、目を開ける。
「フッフッフ、起きましたかぁ?」
壮絶な朝だ。
「てめえ、ルル!」
手刀をした犯人の名前を叫ぶ。
「きゃー、って、起こしてあげたのになんで怒ってるの?」
怒ってる理由がわからない、とでも言いたげに首をひねる。
「いや、起こし方悪いし、俺の空いてねえし!」
俺の、という所でライズは自分のベットを指差す。
「んー、でも、昔はけっこうおにいちゃんのベットで勝手に寝てたよね」
「あー、まあ、そうだが」
(もしかして、昔に近付けようとしてくれているのかな……?)
「まあ、いいや。……せっかくエンスが呼んでるから起こしてあげたのに……」
「エンス? わかった」
ライズは立ちあがって、部屋をでようとし、ルルを見て、立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、お前ってエンスの事、エンスって呼んでたっけ?」
感じた違和感。
「あー、まあ、いろいろあるのよ」
見えた逡巡。
「そうか、うん。わかった」
でも、ライズは追求しない、あるいはできない。
彼にも、いろいろあった。それも簡単に説明する事はできないし、自分がいなくなったことでエンスとルルの仲が悪くなったのかもしれない。
「ありがとよ」
ルルの頭に手を置くと、部屋を出た。
コンコン。
返事は無い。
(ノックをしても返事が無いとは……)
ライズはデグニファイドの部屋の前にいた。
エンスに会う前に挨拶をしておこうかと思っていたのだ。
「おーい、ライズだ。寝てるのか?」
返事は無い。
「じゃあ、しょうがないか」
踵を返すと、ドアが開く。
「ライズ、どうしたの?」
デグニファイドが顔だけ出して、話す。
「ああ、元気にしてるかなって思って。起こしちゃったか?」
「ううん。ずっと起きてたから」
「ん? そうか。何か不便があったら言ってくれ。いつもいるとは限らないが……」
「うん、ありがと。それじゃあね」
「ああ」
大広間。
「来たか。ライズ」
「エンス、何の用だ?」
「お前も、聞きたい事があるだろう?」
「ん? …………あー、そう。上級剣士のアールさんがどうして俺の警護に?」
「え……まあ、いい。王術の事を聞きたいのかと思っていたのだが」
「あ、それも聞きたい」
今思い出して、エンスに聞く、ライズは気付いていないが、シームが死にかけた事を心のどこかで思い出さないようにしている、故にカンペキに忘れていた。
「アールをキルに配属した理由は、実は嘘だと思うが悪魔を見たとの証言がキルと遠くも無いくらいの距離の所であった、その用心の為だ」
「あー、あはは」
(確実にデグニファイドだな)
「でも、上級剣士で勝てるのか?」
上級階級に位置付けされている剣士が弱い訳が無い。それはライズにもわかっている。
しかし、アールに言われた事、悪魔は魔獣の頂点という言葉も忘れていはいなかった。
「普通の上級剣士では無理だ」
「アールさんは普通の上級剣士じゃない?」
「まあ、そこらへんは本人にでも聞け。それにあいつは……いや、それより王術だ」
「あ、そんな説明をするって言ってたな」
また忘れてたのか、とエンスは思っていたが、口には出さない。
「そっちが重要なんだがな。それで、王術というのは人間が使える獣術の事だ」
「えっ……と?」
早くもライズは理解してないのでエンスが補足する。
「獣術は魔獣が使う術をそう呼んでいるのだが」
「ああ」
「人間も自然界に住んでいた一つの動物。術が使えない訳が無い。ただし、全て使える訳では無く、使える獣術だけを、王術と呼んでいる」
「なるほど」
獣術という括りの中で王術は人間が使える者を指す、とライズは頭の中にいれる。
「王術が何故、王術という名前なのか、知ってるか?」
「ああ、王族が元々王術を使える者で、結婚し、子供を産んでいった為、王族は王術を使う源、王力多い為だろ?」
ドヤ顔で自慢する。
「ああ、そして一般人には使えない。使えるのは王力プログラムを組み込んだ武器だけだ」
王力プログラム、王力の発動に必要なプロセスをカットして、一般人でも王力の消費を少なく使える。そういうプログラム。
そのプログラムを組み込んだ物は日用品(しかし、高価)から武器まで沢山の種類がある。
「さて、説明はもういい。お前にはある程度の王術を覚えてもらう」
「え?」
一瞬の動揺。
「不服か?」
しかし、それも一瞬だけで、
「いや、覚える」
決意を決めるのに大した時間は掛からなかった。
「だろうな。お前は一度、目の前で大切な者を失いかけた」
「ああ、だから、力はあるに越した事は無い」
「フッ、そうか」
軽く笑う。しかしそれは嘲笑ではない。
「何からすればいい?」
「俺は暇じゃない」
エンスは言うと本を投げてきた。
「その本は俺より、教え方がうまいぞ。頑張れ」
言うと、エンスは部屋へ向かった。
「何で暇じゃないんだよ、お前は」
受け取ったタイトルが「王術集」と書かれている本を見ながら呟いた。
「エンス様は王力プログラムを開発した者だ。それなりに忙しいのだろう」
「アールさん、って王力プログラムを開発したのがエンス!?」
「驚いたか? まあ、俺もすごいと思う」
「へえ、だから忙しいのか」
「俺は好かれてないっぽいけどな」
アールがあまり見せない悲しそうな顔。
「え?」
驚くが、ライズはアールの声が聞こえなかった訳ではない。
「ああ、お前に用事があったんだ」
「なんでしょう?」
しかし、追求はしない。
「お前が、村に帰れる方法がある。帰りたいか?」
「その前に、方法って?」
その質問は方法によっては帰らない可能性があるという事だ。キルを出たばかりのライズならどんな方法でも、と言っていた筈だ。
しかし、今のライズは違う。ルルの想いも、エンスの功績も、マーリーの変化も、キングの心配も、全て知った。そのライズにすぐに帰りたいという渇望は中々湧かない。
「警備隊に入り、中級剣士になる事だ。中級剣士にさえなれば、俺の権限でキルに配属させてやる」
「なる……ほど」
「まぁ、今すぐ決めなくていい。ただ、帰りたいなら、早いに越した事はない」
「……はい」
「なんだこれ?」
デグニファイドの部屋の前で、ライズは立ち止まる。
部屋の前に食事が置かれているからだ。
「ああ、ライズ様」
フィルがライズに話しかける。
「ライズ様にご飯を渡すように、と頼まれたのですが、デグニファイド様はノックをしてもドアを開けてくれず、無理に開けるよりはいいかと想い、そこに置かせてもらっているのですが……」
「それは昨日から?」
「ええ、昨日はそこに置くと食べてくれたのですが」
「うん。なら、いい。俺の食事もここに持ってきてくれ」
「え、はいっ」
フィルは少し動揺したが、すぐにライズの意図に気付き、指示に従う。
「どうぞ」
フィルは食事を持ってくる。
「ありがとう、いつも悪いな」
「いえ、当然の事です。では、頑張って下さい」
フィルは執務室に向かった。
「デグニファイド」
ドア越しに話しかけると、デグニファイドは前と同じように顔だけ出す。
「一緒に食べないか?」
「うん」
「おいしいな」
「うん、いつもおいしい」
すると、ライズは机の上にある紙を見つける。
「あれなんだ?」
「あ、あれは料理を作ってくれるからいつも……」
立って、机の上の紙を見ると『ありがとうございます』という紙があった。
「へえ、優しいんだな」
「そんなことない」
即答。
「俺の時はここまで人見知りじゃなかった、ていうか全然人見知りじゃなかったよな?」
「いや、ここには知らない人がいっぱいいるから」
「あー、そういう気持ち、けっこうわかるよ」
「そうなの!?」
デグニファイドはとても驚く。
「あ、ああ。よくある。けっこう大変だよな」
「うん、だけどルルちゃんは強引に入ってきた」
「あー、悪い」
「ううん。服を届けてくれたし、大浴場にも一緒に行った」
「ん、そうか。ナイス」
ライズは小声でルルに言った。勿論、ここにルルはいないが。
「その本」
食べ終わると、デグニファイドはライズの持っている『王術集』に興味を示した。
「ああ、王術を使えるようになる本、らしいけど」
(本当かな……?)
「うん、ちゃんと載ってる」
デグニファイドに渡すと、見て、そう言った。
「わかるのか!?」
「うん、王術、使えるから」
「あ、そうだった。じゃあ、デグニファイドが教えてくれよ。王術」
「え、でも自信無いし」
弱い拒絶。
「頼む」
それは強い意志の前に砕ける。
「うー、わかった」
「ありがとう!」
満面の笑みと感謝。
「う、うん」
それにデグニファイドは頬を染めて返した。
「エンス」
冷淡な声、ライズが聞けば、ルルだとすぐにはわからないだろう。
「ルルか、何か用か? 忙しいんだが」
エンスも冷淡に返す。
「ライズお兄ちゃんを、どうするつもり?」
「どうする、とは?」
「何か目的があるんでしょう?」
「ああ、父に俺達と母親が違うと聞いて、あいつには王術が使えないものと思っていたが使えたのでな。兵としては申し分ない」
エンスの心無い言葉。
「エンスッ、せっかく。せっかく帰ってきたんだよぉッ? なんで、兵なんておかしいよ」
ルルは傷つきながらもキッと睨んで耐え、言う。
「おかしい? 確かに、俺らは王族だから戦場には赴かないが、あいつは違う。王術を使えるなら闘うべきだ」
「なんで?」
「それに、あいつもそれを望んでいる筈だ」
「のぞん、でる? 闘う事を?」
「ああ」
「ありえないっ」
「まあ、聞け。ライズはキルに帰りたい筈だ」
ルルの顔が悲しみで染まる。
「帰るには警備隊でキルに配属されるのがてっとりばやい」
「そんなの」
「俺のコネを使えばできる」
「……」
「あいつは、闘うんだ。それを俺は考えている」
その言葉、ルルは正しく無いとは思わない、でもライズがいなくなるのは辛い。
「……」
そして、言い返すことなく、部屋を出た。
ライズは家族がとても大切だ。
そして、シーム達にも会いたい。
その二つは彼には選べない。選べないのをわかっても悩む。
「お兄ちゃんっ」
するとテンション高く、ルルが飛び付いてきた。
ちゃんと抱きとめる。
「ルル」
「お兄ちゃん?」
ライズの元気が無いのに気付き、心配する。
ライズはぎゅっとルルを抱きしめた。
「あっ、え?」
「お兄ちゃん、今大変なんだ」
「そっか」
「もう少し、このままで……」
「うん」
今度はルルがライズの頭をなでた。
そして、ルルは少し考える。
(もしかしたら、このまま離れ離れになっちゃうのかも)
ライズは抱きしめるのをやめる。
「ありがとう。ルル?」
ルルは泣いていた。
そして、もう一度ライズに飛び付く。
「どうしたんだ?」
「ゴメン、ちょっと寂しくて」
「うん、ごめん」
そして、二人は抱き合った。
(兄離れ、しなきゃな)
兄のぬくもりの中でボンヤリとそんなことを考えた。
「お、おねえちゃん」
ライズはマーリーの部屋をノックする。
「何よ、話しかけるなっていったでしょう?」
「あ、ごめん。あのこれ」
ライズは手に持っていた袋を上げる。
「何? それ」
「クッキー、作ったんだけど。食べる?」
「え、まあ、食べないことも無いわ」
「よかったぁ。じゃあ、はい」
袋をマーリーに渡す。
「う、うん。ありがと」
「うんっ、じゃあね」
マーリーはドアを閉める。
(なんで優しくしてんのよ。私! 冷たくするって決めたんじゃない)
そして袋を見る。
(でも)
そして、クッキーを食べた。
「あ、おいしい」
髪をクシャッとして座り込む。
(もう、ホント困る。ばーか)
結構ストーリーも前進したと思います。
ただ、未だに闘わないライズ。
ごめんなさい、結構重要な所なので時間を掛けてやりたいと思っていてですね。
ライズが闘うのは次、だと思います。
人間関係は中々に前進したので、ライズの決断と想い。
次に集約します。
それから、王術の説明はわかりやすかったでしょうか?
これが今の私の本気の説明です。わかりにくくてすみません。