別れの期間
「ってことだ。OK?」
『それが事の顛末だな』
ライズはエンスに事の顛末を全て伝えた。
「ああ、判決の権限を奪ったんだろう?」
『だから、魔獣の発表は控えろ、と?』
「ああ」
『なら、お前は一度スタンディング王国に戻ってこい』
エンスは淡々と告げる。
「ヤダ」
しかし、ライズはキッパリと否定した。
『ダメだ。もし、戻ってきたらお前の友達の罪は消してやる。お前の罪は消さないがな。それから発表もしない、どうだ?』
エンスのその条件はとても魅力的だ。だが、ライズにはまだすべきことがある。
「でも、こっちにも準備があるんだよ」
『わかった。五日後にその村を出ろ、いいな?』
「あ、ああ。わかった」
(五日って結構あるな。準備は一日で終わるとして……)
電話を切る。
「ライズ様。お帰りになられてたのですか」
執事、スワード・オルン。ライズの親代わりの執事、女の方だ。とはいっても年齢は27だが。
「スワード、悪かったな。昨日は」
「いえ。何か用事があったのでしょう? あと、許して欲しい事が」
「なんだ?」
「フィルがまだ起きてなくて……」
フィルというのはもう一人の男の方の執事、フィル・ザーマリーだ。
「フィルが? 珍しいな。勿論許すが、何故起きてない?」
「それは……」
「スワード、隠し事は無しだろう?」
「失礼しました。実は昨日、ライズ様のお帰りをお待ちして、夜更かしを」
「いつまで?」
「わかりかねますが、フィルの事だからライズ様を見るまで安心しないと思うのですが……」
エンスに電話した時、実はフィルは見ていたのだ。
ライズはそれに気付き、理解する。
「わかった」
返事をすると、ライズは倒れる。というか、ずっと前から倒れそうだったのだが、ずっと堪えていたのだ。
「ら、ライズさまぁっ」
スワードの狼狽した声。
「ああ、スワード。寝てなくてな。心配する、な」
闘いの疲労で倒れたライズは必死に言い訳を言って、眠った。
「ここは」
ライズが起きると、そこは二階にある自室のベットだった。
「起きましたか」
「スワード、ずっとここに?」
スワードはベットの近くにある椅子に座っていた。
「勝手に失礼しました」
スワードはそう言って立ち上がる。
「いや、いい。そのまま座ってくれ」
「はい」
「あの、フィルは?」
「一階で休んでます」
「そうか」
ライズは手を伸ばして、スワードの座っている椅子のすぐ近くにあるテーブル、その上にあるハンカチを触った。
「濡れてる。涙か?」
「…………はい」
「心配かけて悪かったよ」
「そんな、ライズ様に悪い事など」
スワードの言葉にライズは少し笑い、言う。
「本当は、どう思っている?」
「もう、心配をかけさせないで下さい、と」
スワードは恥ずかしそうに言った。
「そうか。ありがとう」
「いえ、では失礼します」
「ああ」
「おはよーー」
寝ていると、すぐ近くに声が聞こえる。
(おかしいな、フィルもスワードもこんな乱暴に起こさないぞ?)
目を開けると、シームがいた。
「うわぁ、なんで部屋いんだよ」
「えぇ? 昔はいつもいたじゃん」
「何時の話だ!」
「うう」
ライズは部屋の時計を見る。12:00、長針と短針はそう示していた。
(おはようってよりはこんにちはだな)
「ああ、見回りか」
「いや、今日はお見舞い」
「そ、そうか」
「そうだよ~、おかゆ、作ってきたんだ。良かったらどうぞ」
シームはおかゆをテーブルに置く。
「え? お、おう」
「どうしたの? 不審だよ?」
「失礼だな」
「だってホントだもん」
ライズは恥ずかしげに言った。
「いや、昨日あんな事があってよく平気っつーか、普通だなって」
「あんな事? ああ、噛まれた時は」
「それもだけど、その後のき……あれだよ」
キス、と言いかけてやめるが、シームには伝わったようだ。顔が赤くなっている。
「でもあれだぞ? あれはお前を救う為であってだな」
「ああ、うん」
「あの時は、ホント心配した」
(そういえば、スワードもあれくらい心配したんだろうか)
「うん、ごめん」
「いいけどな。心配したけど」
「う……」
「ああ、おかゆ、作ってくれたんだろ? ありがたく貰おう」
「うん」
幼馴染なんてのは長い付き合いで、その分、喧嘩も衝突も厭わなくなる。
ただ、そんな彼らでさえも、今まで積み上げてきた全ての信頼を覆しかねない接吻については、禁忌として会話しない事を暗黙の了解としていた。
(幼馴染でも、言えない事ってあるよな、いや幼馴染だからこそ、か)
彼のその想いは長く付き合えば付き合うほど、言葉を少し間違えるだけで致命傷となりえる、そういうことだった。
学校。
キュースは寝むそうな友人を見かける。
「よぉ、タスク。随分寝むそうだな」
「まーなー」
タスク・シェル。キュースにとって、普通の友人。特別仲が良いという訳でもない。
「どうしたんだ? 遅刻なんて、珍しいじゃないか」
「あー、キュース。昨日の夜、何かあったか?」
「いや、なんにも」
その会話に事が露見したかの確認が含まれていたとキュースは気付かない。
「そうか」
「どうしてだ?」
「いや、なんでもねえ」
「でも、そーいやさ。ディスメルってなんで学校休んだんかな?」
「なんで、気になるんだ?」
その言葉に慌てずに返す。
「ああ、そういうんじゃないからな? あいつが休んだのは初めて見たっつーだけ」
「ふーん、そういやお前はよく休むもんな」
「お前、仲良いし何か知ってるんじゃないのか?」
「いんや。知らねえな」
一瞬見えた動揺。そのタスクの変化をキュースが見逃す事はなかった。
「そうか」
(何か、知ってるのか)
『キュース。順調か?』
何も無い所から音が聞こえる。
「エンス様ですか。通信王術っすね。俺それ嫌いなんすよ。傍から見れば俺ずっと独り言っすよ?」
『周りに誰かいるのか?』
「もちろん、いないっす」
『だろうな。で、調査の方は?』
「いや、俺はエンス様の弟さんと面識ないし、あっちゃ行けないすよ? できるわけ」
『会ってもいいぞ?』
「え?」
『会ってでも調査しろ。お前はライズが何故キルから出たのかを調べればいい』
「なんでそこまで?」
『先手をとっておくべきだからだ』
「それだけ!?」
『ああ、そうだ』
「それだけで俺の労力は……」
『お前には頼みやすいからいろんな事を頼んでしまうのだ』
「ちょっ」
『ではな』
「あ」
(くっそ)
タスクはディスメルに話しかける。
「ディスメル、用がある」
「うん、だろうね。私もある。ねえ、どうして発表されないの? 私が魔獣を発見したこと」
「それは、俺とその友達が魔獣を殺したからだ」
「え? ちょっと待って、そんなのおかしい。いや、そんな」
「まあ、驚くのもわかる。お前が見つけた魔獣は、ケルトだろう?」
「ゴメン」
「いや、ケルトは殺した」
「え? 中級魔獣だよ?」
「ああ、仲間が一人死にかけたけどな」
「うん」
「だから、お前には仲間に会ってもらおうと思ってな」
「わかった」
「それから、お前の吐いた嘘は仕方ないと思うぞ?」
「うん」
「シーム、今日はその、ありがとな」
「へ?」
「おかゆとか、さ。感謝してるよ」
「あ、うん」
「なーんてね」
「えー」
「まあ、感謝はしてるけど」
「うん!」
「なんでキスしたらお前が治ったかはよくわからないんだ。悪いな」
「いや、だいじょーぶ」
二人に一人の男が近づく。
「おー、楽しそうだな」
「あんたは、えっとアール・フェルトさん?」
「アールで言い。ライズ君。判決は王族が決める、しかしそれとは別に警備隊が動く事もある」
「何?」
ライズは警戒する。警備隊が動く時、それは、
「つまり、スカウトだ」
「へ?」
「スタンディング王国から聞いた話じゃ、事情は知らないが中級魔獣のケルトをたお、いや殺したんだろう?」
「ああ」
「どうだ? 警備隊に入らないか? お前の今、任されている仕事は警備隊と重複するんだろう?」
「うーん。無理だ」
「何故?」
慌てて答える。
「な、なんとなく」
ライズは警備隊までやると、シームと会う時間が減ると思ってやらなかったのだ。
あと五日しか会えないのだから。
「フ、そうか。なら、いい。じゃあな」
「あ、ええ」
「それから、俺の弟には仲良くしてやってくれ」
「弟なんているんですか?」
「ああ、警備隊の暗黙部隊という所に所属していて、表側に明かさない仕事をしているんだが」
「アールさんは?」
「俺は普通のだ。下級、中級、上級の内の中級階級の剣士。まあ、俺なんてのはどうでもいいけどな。重要なのは弟だ。じゃーな」
「?」
「なんだったんだろうね?」
「さあな」
意味深な会話の後、すぐにまだ別の男が近寄ってくる。
「どーも、キュースでーす」
「あ、えと。アールさんの兄ですか?」
「いや、違うな。キュース・デルタだ。よろしく」
「ん? お、おう」
「いや、お前と同い年だぜ?」
「へえ。そうなのか」
「んで、タスクが仲良くしてるからよ。俺も仲良くなろうかなってさ」
「タスクの知り合い? ってことは」
「ああ、タスクと同じ学校の生徒だ」
「へー、そうなのか。俺はライズ、よろしくな。こいつはシームだ」
「よろしくお願いします」
「シームちゃんとライズの名字は?」
「それは……」
「あはは……」
「う、まあいいや。よろしくしてくれよ~」
「なんか、良い奴だな」
「うん」
「気にしてるか?」
「何が?」
「なんでもない」
「いやぁ、ごめん。わかってた」
「うん」
「気にしてないよ」
「名字が無いなんて事」
「……そうか」
「だいじょーぶだよ」
「あの、帰るか?」
「ライズは、さ。さっきからずっとここで動かないよね? ここで誰かを待ってるの?」
「ああ」
精一杯の勇気を振り絞りシームは言う。
「それは、恋人、とか? なんて。いや、いいんだ。無理に言わなくて」
「いや、タスクを待ってるんだ。お前にもどうせなら居て欲しいけど、疲れたなら」
「え? なーんだ。居るよ」
「そうか」
(いきなり暗くなったり明るくなったり、昔からこういう所あるよな)
「おい、ライズー」
「タスクか。その女の子?」
「ああ、魔獣を発見したディスメル・ターンだ」
「よ、よろしく」
緊張と罪悪感が入り混じった震えた声を聞いて、シームは明るく挨拶する。
「うん、よろしくね。私はシーム」
「俺はライズだ」
「あの、ごめんなさい。魔獣はケルトなんだ。モームじゃなくて」
その言葉にライズは答えない。
「でも、倒しに行くなんて知らなかったからでしょ?」
「それは……」
「で、ディスメルさん。あんた本当に興味があっただけで村の外に出たのか?」
「……違う」
「じゃあ、何故」
「ちょっとライズ、初対面じゃ言いにくい事も」
シームの言葉を遮る。
「あるだろうが、言ってもらう」
「強引じゃない?」
「かもな。でもお前は死にかけたろう?」
「それはディスメルさんの所為じゃないよ」
「ああ、だから八つ当たりになるかもしれない、だけど理由くらいわかんねえと許せねえんだよ。お前が死にかけたんだぞ?」
「いや、私の所為であってるよ」
「ディスメルさん……」
シームは悲しそうに言った。でも名前を言っただけで、否定も肯定もしなかった。
「私が村を出たのは」
帰り道、シームとライズは並んで帰る。
「シーム、どうする?」
「うーん」
「まあ、言わなくてもわかるけどな。助けたい、だろ?」
「うん」
「じゃあ、助けるか」
「でも、ライズがやらなくても」
「お前だけでできるわけないだろう?」
「それは、そうだけど」
「じゃあ、やるぞ」
「うん!」
「私が村を出たのは、私の親が村のすぐ外に魔獣の餌を落としてしまったの」
タスクが言う。
「ディスメルの親?」
「うん、商人をやっていてね。だから拾いに行こうと思って」
「で、餌を喰いにきたケルトに襲われた、と?」
「うん」
「そうか」
「ああ、シーム。やるにしても、タスクがまた一人でやらないようにしなきゃな」
「うん。一緒に、だね」
(あとどれくらい一緒に居られるだろう?)
「ああ」
夕暮れ、ライズの悲しそうな顔にシームは気付く。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないっ」
ライズは元気なフリをして笑った。
シームはその笑顔が作り物だとわかって、
「そっか」
それでも何も言わなかった。
新キャラは多いです、すみません。
それぞれがそれぞれの立場で動くので、ここからはいきなり何人も新キャラがでるような事はないかなーと、思います。