Solitude ‐私はアナタが嫌いです‐
ただの気まぐれだった オレが彼女に拾われたのは でも、一緒にいたいと思うのは きっと気まぐれなんかじゃない
「ああ、おいしかった」
大気は満足気にソファーにゴロンと寝転がる。
子供のように幸せそうな顔をしているのを見ると、今まで怒っていたのが馬鹿みたいに思えてきて、思わずため息をつく。
あの後スーパーで卵やらレタスなどを買って帰り、怒りを宥めるためにすぐに夕飯を作った。
面倒だったのでオムライスとサラダしか作らなかったのだが、大気はそれをおいしいおいしいと平らげた。怒りながら作ったために形が崩れていても、関係なしに。
「食べてすぐに寝転がると食道癌になるわよ?」
「えっ!?マジで?」
半分ほどになったオムライスを頬張りながら淡々と言うと、大気は慌てて起き上がった。
「最低三十分間は寝転がっちゃ駄目よ。胃液が食道まで逆流して、食道を溶かすから」
「そう‥‥‥なの?」
「そうよ。まさか、今まで食べてすぐに寝転がっていたわけ?」
「‥‥‥うん」
「そう、よかったわね。早く死ねるわよ」
「ちょ、ヒデェよ皐月!オレまだやりたいことあんのに!」
フッと鼻で笑うと、青くなって私を揺ってくる。
いちいちうるさい奴。
「やりたいこと?」
「そ、まだまだいっぱいあんだよ」
「ふうん‥‥‥」
「ふうん、じゃなくて訊いてくれよ!」
さらに激しく揺らしてくる。
ああ、ウザい。
さすがにこれ以上やられると酔いそうなので、仕方なく私は訊いてやることにした。
「一応訊いてあげるから、やめてくれない?酔いそう」
「あ、ごめん」
ふらつく私を肩を掴んで支えようとする大気。
それを乱暴に追い払い、ため息をつく。
優しいのは結構だが、行きすぎな気がする。
「で、アナタのやりたいことって何?」
「アナタ、じゃなくて『大気』」
「‥‥‥大気のやりたいことは?」
「それはね‥‥‥」
「それは?」
子供のようにうれしそうな顔で笑ったかと思うと、勢いよく抱きついてきた。
「皐月とケッコンすること!」
「‥‥‥はぁ?」
ケッコン、って何だったっけ。
そんなことをぼーっと考えていると、大気は調子に乗って指を立てて続けていく。
「平凡な会社に就職して、皐月と旅行したり、皐月に料理を教えてもらったり」
「‥‥‥」
「あと子供がほしいなかな!男の子と女の子と一人ずつ。それと、それと!」
「まだあるの?」
嫌そうな顔で睨むが、それをものともせず笑い、
「何があっても皐月を一人にしないこと、かな」
私の頭にポンと手を置いた。
「‥‥‥え?」
目を真ん丸に開き、弾かれたように大気の顔を見上げる。
たっぷり一分ほど見つめていると、大気が急に顔を逸らした。
「そんなに見られてると恥ずかしいんだけど‥‥‥」
「え?」
気まずそうに逸らされた顔が少し赤い。
疑問に感じながら私はこの状況を整理しようと、頭を働かせることにした。
「えっと‥‥‥」
腰に回された左腕のせいで密着している身体。頭に軽く乗せられていた右手も、いつの間にか肩に移動している。
そして、無意識に私から近づいたせいで彼との顔の距離は数センチしかない。
結論、これは近すぎるのではないだろうか。
「あっ‥‥‥!」
次第に状況を理解しつつある私は赤面して大気を突き飛ばす。
少しよろけて尻餅をつくが、残念そうな顔をして立ち上がる。
「あーあ、言わなきゃもっとくっついてられたのに。残念」
「‥‥‥っ!黙りなさい」
「照れてる皐月もかわいいなあ」
「~~~っ!もう、本当に今すぐ食堂癌で死んじゃえばいいのに!」
顔を思いっ切り背け、残りのオムライスを掻きこむ。
「そんなこと言うなよ~!ホントにショックで死ぬって」
「‥‥‥」
無視を決めこんで皿を流しに持っていき、水を最大で出して洗い始める。
これで大概の音は聞こえてこないはずだ。
「なあ、皐月ぃ~」
「聞こえないわ」
背後から情けない声が上がるが、無視。
「そんなぁ~」
何か、いじけて床にのの字を書き出し始めている。
大気の周りだけすごく暗~い空気が見える気がする。
少し、キツく言いすぎただろうか‥‥‥?
あそこまで落ちこまれるとこっちの調子が狂う。
「ね、ねえ‥‥‥」
「ん~?何‥‥‥?」
ズーンと沈んだ声が返ってくる。
やはり言いすぎたようだ。
「あ、明日の放課後にね。何かよく分からないうちに、えっと、友達‥‥‥?に誘われたんだけど」
「‥‥‥で?」
何が言いたいの、と涙目が見上げてくる。
「その‥‥‥明日は遅くなるかもしれないの」
「いいよ。ずっと待ってるし」
「う‥‥‥」
完全にふてくされている。
仕方ない、明日朝一に駄目元で紅羽に訊いてみよう。
私はため息をついて大気に近き、肩に手を軽く乗せる。
「大気も一緒でいいか訊いてみるわ。それで、オーケーしてくれたらアナタのバイト先に連絡するから、ね?」
「‥‥‥うん」
「そんなに暗い顔しないで。さっきのことは、その‥‥‥嘘だから。冗談でもあんなこと言ってごめんなさい」
本当にあの時はどうかしていた。
普段ならあんなことヒトに言わないのに。
『死んじゃえばいいのに』なんて‥‥‥
「‥‥‥いいよ。でも、オレが皐月が大好きだってことは分かってほしいな」
にこりと彼が笑う。
その屈託のない顔に怯みそうになり、私は慌てて顔を逸らした。
「あ、照れた」
「照れてなんかいないわ」
ムッとして睨みつけるが、大気は楽しそうに笑うばかりだ。
負けた気がするのは気のせいだろうか。
「もう、勝手にしなさいよ」
「じゃあ、勝手にさせてもらう」
いたずらっぽい笑みを浮かべて大気は言った。
「オレは皐月が好きだよ?」
「わ、私は‥‥‥」
大気をどう思っているのだろう。
友達‥‥‥とは違う気がする。
なら、やっぱりただの同居人?
それも違う気がする。
今まで親しくしてきた人間はあのヒトしかいない。
それでもあのヒトに迷惑にならないように、いつも全部一人でやってきた。
極力ヒトとの関係を避けて、今まで生きてきた。
それで私は満足していたし、ヒトとの関わりなんて面倒なだけだと思っていたのに。もしかして、私は大気に依存してきているのだろうか。
そんなの駄目だ。
私はあの時から『独り』で生きていくと決めたのだから。
信頼なんて、期待なんてしちゃ駄目。
きっといつか、私を置いていなくなってしまう。
一度、一緒にいたいと思ってしまえばもう、独りになれなくなってしまいそうだから。
だから‥‥‥
「残念だけど、私は嫌いよ」
私はアナタを拒絶しよう。
これからも私が一人でも平気なように。
「ヒドイなぁ。まあ、皐月らしくていいけどな」
一瞬目を見開いたが、大気はすぐにへらりと笑って何事もなかったかのようにさっさとキッチンを出て行った。
おそらくお風呂に入りに行ったのだろう。
「‥‥‥変な奴」
大気は多分私の答えを分かっていた。
分かっていた上で、私を『好き』なんて言ったのだ。
何故分かっていてそんなことを言ったの?
私には分からない。
好きなモノなんて、信じられるモノなんていない私には。
信じてはならない私には。
満ちることを知らない月には、一生理解できる機会は訪れることはない。
「本当に、変な奴よね‥‥‥」
私はキッチンで一人、呟いた。