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月と太陽  作者: 翠川 零
Erst-拾われた太陽
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 ◇ ‐訊かれたことは、曖昧に‐

 




 ざわざわ‥‥‥


 四限目の授業が終わり、今は昼放課中だ。

 私はもう食べ終わって、周囲の子守歌のような騒めきを聞きながら眠気と戦っていた。



「‥‥‥眠たい」



 しかし今寝てしまうと、次の授業までに起きられる自信がない。


 頭を軽く振るが、眠気はなかなか飛んでいってくれない。

 私は一時間そこらで起きれるほどの自信はない。

 決まった時間に、決まっただけ寝なければ、他人の力を借りても起きられないだろう。



「仕方ないわね‥‥‥」



 私は眠気と戦うために大気(たいき)と『契約』を交わした二週間前のことを思い出すことにした。


 あの日―――大気を拾って一日した後、ここに住まわせてくれと彼に土下座された。


 何でも、彼には帰る場所がないとか。

 お金も、今時携帯電話も持っていなかった彼。


 ただ単に、家出したから帰りたくないだけだろうと私は踏んでいる。

 どうせ、ふらふらしているところを絡まれて血塗れの泥だらけになったのだろう。


 血塗れで倒れていたことで巻きこみたくないからと、本名を伏せているが、私が彼といるというだけで私が危ないのは少し考えれば分かることだ。


 それでも受け入れてしまった私は馬鹿なのだろうか。何もない日常に飽き飽きしていただけだろうか。


 何にせよ、彼を拾ったのはただの気まぐれ。

 だからこの茶番に付き合っているのも、その気まぐれの続き。


 私は彼に四つの条件を出した。


 一つ、必要以上に互いの事情に干渉しないこと。

 これはお互いへの戒め。


 二つ、家賃を払うこと。

 多少なりとも危険が伴うのだから、それくらいはしてもらわないと困る。

 まあ、彼を養うくらいのお金はあるので貰うのはせいぜい食費くらいだが。


 三つ、彼が血塗れで倒れていたことで私に迷惑をかけないこと。

 これは住まわせる最低ライン。

 いざとなったら全力で守ってくれると約束させた。


 四つ、私の言うことを聞くこと。

 私が忙しい時にはだいたい彼に家事をやらせている。

 頭と要領がいいらしく、一度教えれば彼はそつなくこなしてくれる。


 家事などは言えばやってくれるのだが、抱きついてくるななどの命令は聞いてくれない。

 大概めげるまで口で彼のガラスのハートとやらを傷つけるか、実力行使で逃れるかしている。


 妙な具合に懐かれてしまったらしい。

 五つ目に私に手を出さないという誓約もつければよかっただろうか。


 まあ、予想もしていなかったことだ。追加はルール違反なので我慢するしかない。



「‥‥‥まだ眠たいわね」



 眠気を覚ますために思い出していたのに、イライラしか募っていかない。

 腕をつねってみるが、目が覚めるまでの効果はない。


 自分の意志とは関係なく目蓋が落ちてくる。



「寝ちゃ駄目‥‥‥」



 机に突っ伏す直前に、



「―――矢神(やがみ)さん」



 目が覚めるくらい冷たい声が頭の上から降ってきた。

 その声にびっくりして顔を上げると、私と同じ背までの黒髪の少女が無表情に私を見下ろしていた。


 確か同じクラスだったはず。



「えっと、小早川(こばやかわ) 紅羽(くれは)‥‥‥さん?」



 ゆっくりと頷く彼女。



「いきなりで悪いんだけど、訊きたいことがあるの。いい?」

「訊きたい、こと?」



 私は戸惑い気味に繰り返す。

 普段私も彼女も誰かと話したりしない。取っつきにくいと思われているからだ。

 私達も話したことはない。


 それなのにいったい彼女が何の用かと思ったのだが、目だけで廊下の方を見て言った。



「頼まれたの。最近あなたを自転車で送ってくる男とあなたの関係を訊いてくるようにって」



 廊下を見ると数人の女子と目が合った。

 すぐに目を背けられたが。


 きっと自分で訊くまでの勇気がなく、とりあえず同じクラスの取っつきにくい者同士で会話してもらおうという魂胆だろう。



「でもどうして小早川さんが?」

「掃除当番、一ヶ月間代わってくれるって言うから」

「あ‥‥‥そういうこと‥‥‥」



 淡々と言う紅羽に私は呆れるどころか、感心してしまった。

 彼女は別に自分が気になるから訊きに来たのではなく、ただ純粋に掃除を代わってもらうためだけにこうして私に話しかけて来たのだ。



「分かったわ。教えられることなら、何でも答える。小早川さんがちゃんと掃除を代わってもらえるようにね」

「そう。助かるわ」



 紅羽は手に持っていたB5のプリントを私に見せる。

 何かテスト用紙みたいだ。


 彼女は前の席の椅子に座り、シャープペンを構える。



「第一問、彼氏である」

「違うわ」

「‥‥‥一瞬のためらいもないのね」

「だって、本当に違うんだもの」



 彼氏だなんてとんでもない。

 だいたい、大気が彼氏なんて何か嫌だ。あんなウザい奴、こっちから願い下げだ。



「彼氏じゃないなら五番まで飛んで‥‥‥」



 やる気がなさそうに『NO』と殴り書く彼女。



「どんな関係か」

「関係?そんなの、ただの‥‥‥」



 同居人などと答えられるはずはなく、私は言葉に詰まってしまった。


 私が大気を拾ったことと、大気が拾われ同居人ということは誰にも話せるわけがない。

 そんなことを言えば、また余計なことを訊かれるに決まっている。

 目の前の彼女は気にしないだろうが、また訊かれるのに駆り出されるであろう彼女に申し訳ない。

 まあその分報酬を貰えるのだろうが。



「ただの‥‥‥従兄よ。バイトに行くののついでに乗せてもらっているだけ」

「‥‥‥そう」



 私の答えに紅羽は一瞬目を細める。

 怪しまれたと思い、追及されるかと身構えたのだが、彼女は私が答えたことをそのままプリントに書き出した。


 そのことを不思議に思って見ていると、



「私は訊いてくるようにと言われただけだから」



 プリントから顔を上げないまま彼女は言った。



「訊いて、その答えだけを書けば私の役割はそれで終わり。誰も突っこんだことまで訊いてこいとは言ってなかったから」

「あ、そう‥‥‥」



 彼女は本当に私と大気の関係に興味がないらしい。

 まあ、ありがたいことだが。



「さっさと終わらせましょ。次、名前は?」

「‥‥‥大気」



 偽名だけど。



「年齢」

「えっと、十六歳‥‥‥?」



 見た目は同い年くらいだし、適当に答える。



「携帯の番号」

「知らない。そもそも持ってないわ」

「今時?」

「今時だけどね」



 拾った時、彼は身元の分かるものを持っていなかった。


 だから、こうして大気のことを訊かれても、適当に答えるしかない。

 私が訊かないことも原因だろうが、彼は自分のことを一切話そうとしないから。



「じゃあ次は‥‥‥」

「―――クレハ」



 紅羽の言葉を遮り、不機嫌そうな少年の声が廊下側から聞こえてきた。

 見ると、白に近い肩までの銀髪の少年がこちらを不機嫌な碧い瞳で見ていた。


 確か彼は‥‥‥



「ラザ‥‥‥?」



 紅羽が不思議そうに首を傾げて少年―――白矢(しらや) ラザを見る。


 私や紅羽と同じ一年生で、隣のクラス。

 イギリス人と日本人のハーフで、彼の髪や目は色濃くイギリス人の父親の血を受け継いでいるらしい。

 そして、有名ですごく評判のいいプロのバイオリニスト。


 彼は教室に我が物顔で入ってくると、紅羽の腕を掴んでそのまま連れていこうとする。



「ラザ、まだ用事が‥‥‥」

「―――用事?」

「うん。矢神さんにこの質問を訊いて紙に書けば、一ヶ月間掃除当番代わってくれるって、あのヒト達が‥‥‥」



 紅羽が指を指すと、ラザは止まって指された方を見た。

 廊下にいる、紅羽を駆り出した数人の女子をラザが睨むと、彼女達は慌てて言った。



「あっ、訊けたところまででいいです!ちゃんと掃除当番も一ヶ月間代わらせてもらいますからっ!」



 紅羽からプリントを受け取り、逃げるように去っていく彼女達。

 他の野次馬達もつられて道を作る。


 まあ、あんな綺麗な顔のヒトに睨まれたら皆怖がるのは当たり前か。



「ラザ、紅羽見つかった?」



 野次馬を掻き分けるようにして短い黒髪の少女がこちらにやってくる。



「ああ、見つかった」

「そう。じゃあ、行きましょ」



 ラザとショートカットの黒髪の少女―――綾瀬(あやせ) なぎさはぐいぐいと紅羽を引っ張って教室を出ていく。

 紅羽はまだ私に何か言いたそうだったが、二人に拉致されたように引き摺られていってしまった。



「‥‥‥あのヒト達も、過保護よね」



 嵐が去った後のように静かになった教室で、私は一人呟いた。






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