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月と太陽  作者: 翠川 零
Erst-拾われた太陽
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False love ‐朝の目覚めは実力行使‐

ただの気まぐれだった 私が彼を拾ったのは  本当にただの気まぐれ  きっとそれだけのこと‥‥‥

 




 もう、ずっと前のことだ。

 彼らが仕事のために私を置いて外国に行ってしまったのは。


 一人で住むには広すぎる一軒家と、一生に困らないほどの大金を私に与えて、彼らは行ってしまった。


 でも私は悲しくはなかった。むしろ、うれしくさえあったくらいだ。



『あのね、皐月(さつき)。私達は遠いところに行って働くことになったの。あなたはどうしたい?』



 そう言って母は私を覗きこんだ。


 ああ、きっとこのヒトは私についてきてほしくないのだろう。

 そう、幼い頭で理解した。



『わたし、行かない。ここがいい』



 頭を横に振った私にホッとしたのか、愛想笑いを浮かべる母。



『そう、ごめんね。じゃあ、私達だけで行くわね』

『‥‥‥うん』

『元気でね皐月。さよなら』

『‥‥‥、うん』



 やっと解放される。この偽りの愛情から。

 そう思うと、自然と笑みが浮かんでいた。



『いってらっしゃい』



 こうして笑顔で送り出してあげるから。

 だから、早く私の前からいなくなって?






 --●--○--●--○--






 ―――ああ、暑い。



 背中に感じる熱に私は目を覚ました。

 顔をしかめて首を回らせると、私の背中に頭を埋めるようにして眠る大気(たいき)が見えた。



「‥‥‥重い」



 私を抱えるようにして巻きつけられた腕。

 ひっぺがそうにも力が強くて動かない。



「ちょっと‥‥‥」



 頭を拳でぐりぐりしても起きる気配がない。



「‥‥‥」



 何か、だんだんイライラしてきた。

 ただでさえ低血圧で朝に弱く、機嫌が悪いのに、何故こうも逆撫でするようなことをするのだろうか。



「はあ‥‥‥」



 ため息をついて私は男にしては細く、軟らかい茶髪をかき分けて耳を力いっぱい引っ張る。

 しかし、起きない。



「ん~~!」



 大気はイヤイヤするように頭を背中にすり寄せてくる。

 ああ、ウザッたい。ガキか、こいつは。

 そろそろイライラのボルテージが振り切れそうだ。

 仕方がない、最終手段を使うか。


 かろうじて自由な方の右腕を振りかぶる。


 そして、



「―――ていっ!」



 勢いよく大気に振り下ろした。



「ぎゃっ」



 尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げ、大気は私を拘束していた腕を引っこめる。

 どうやら鳩尾にクリーンヒットしたらしい。


 はっ、ザマァみろ。



「イテテ‥‥‥」



 涙目でこっちを見上げてくるが、無視してベッドから抜け出した。

 しかしすぐに手が伸びてきて、再び私は引き寄せられてしまった。



「皐月、行かないでよ」

「‥‥‥私、アナタと違って忙しいの」

「知ってるよ。職業は高校生なんでしょ?」

「‥‥‥遅刻させたいの?」

「大丈夫だよ、オレがチャリで送るからさ」



 そう言って大気は私を放そうとしない。


 深いため息をつき、私は意を決してヘッドバットを食らわせる。

 これをやると自分も少しばかり痛い思いをしなくてはいけないのだ。

 コイツのために痛い思いをするのは嫌だが、こうでもしないと放してくれないので仕方ない。



「っ~~」



 声にならない悲鳴を上げてうずくまる大気。

 私も頭を押さえて顔を顰めるが、急いで彼から距離をとる。



「さ、皐月ってオレを痛めつけるの好きなの‥‥‥?」

「こうでもしないと放してくれないじゃない。うっとうしい。だいたい、何で私のベッドに潜りこむ必要があるのよ」



 大気には別室のベッドを使わせてやっている。

 自分用のベッドがないわけでもないのに、何故私のベッドに潜りこんでくるのか。



「ええ、だって一人だとさみぃんだよ」

「羽毛布団出してあげたでしょ?」

「違う違う。オレは皐月の体温がちょうどいいの」

「‥‥‥意味が分からないわ。私はアナタのせいで暑いの」

「オレはちょうどいい」

「‥‥‥」



 埒が明かない。

 やはりここは無視して学校に行く準備をした方がいいだろう。


 薄手のカーディガンを羽織り、私は部屋から出る。

 キッチンまで行き、冷蔵庫の中身を見て朝ご飯とお弁当のおかずを決めていく。

 玉ねぎとウインナー、卵、ケチャップにあらかじめ茹でて凍らせておいたパスタ。


 うん、これなら―――



「昼飯はナポリタン?」



 背後でひょこっと顔を覗かせる大気。

 いったい、いつの間にここまで来たのだろうか。

 すでに自分の部屋にあったはずの黒のカーディガンを羽織っている。



「で、朝飯はハムタマゴサンド?」



 不機嫌な私に構うことなく手にある茹で卵とハムを見て顔をほころばせる彼。



「うれしいなぁ。朝も昼も好きな食いもんだ!」



 そういえばコイツ、ハムタマゴサンドとナポリタンが好きだったなと今さらになって思い出す。

 別に彼の好物を狙って冷蔵庫に残していたわけではない。断じて。



「ウザい、邪魔。作ってあげないわよ?」

「分かったよ。邪魔はしない」



 さすがにご飯抜きは嫌らしく、さっさと離れていく大気。

 リビングのソファーにどかりと座る姿は、家主でもないのに憎たらしいほど似合っている。

 まあ、新聞を広げて欠伸をしているのは超絶に似合っていないが。



「―――ねえ」

「ん~?」

「学校、送ってってくれるならさっさと準備してきたら?」

「はい、りょーかい‥‥‥っと」



 何故か敬礼をするように頭に手を当てて鼻歌混じりに着替えにいく彼。



「‥‥‥ふう」



 やっと静かになった。

 いちいち面倒臭い。


 深いため息をつき、私はコンロにフライパンを置いた。






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