死者の目覚め?
※注意※このお話では出血表現やグロテスクな表現が使われることがあります。あまり多用しないようにはしますが、苦手な人は無理せずにバックしたほうがよろしいかと思われます。
ピチャン。と、何か冷たいモノが頬に当たり、そのまま顎まで伝い零れて行く感触が、オレの意識が覚醒してから初めて感じた事象だった。
「・・・オー?」
そしてその後に発した言葉が、何とも間抜けで、他の人が聞いただけで力の抜けるような声だった。
そんなオレは今、あお向けでぶっ倒れているようで、背中辺りからはなにやら形容し難い感触(強いていえば少しやわらかい)が伝わってきている。
視界は暗く、天井をみあげる感じで空を見てみるが、遥か彼方まで真っ暗闇で何にも見えない。
余程天気が悪くない限りは、外ならば星とか月が見える筈なので恐らく室内なのだろうが、それにしても果てが見えない。いったいどれくらいの高さがあるのか。
そのまま暗闇を眺めていると、天井(あるのかどうかは分からないが)から染み込んできたのか、遥か彼方の暗闇から水滴が落ちてきて再び頬に当たる。うん、冷たい。
なるほど、これがさっきの感触の原因か。と一人でボケーとしながら納得する。あ、また落ちてきた。
「いよ~っこら~しょっとイ~」
10分くらいそうやって寝ながら水滴を浴びて。ようやくオレは立ち上がろうと行動に移す。その際掛け声を入れるのも忘れない。なんか爺臭いきがするが。
何かに埋もれていたらしい体を起こし終え、両手を頭の上に上げてグイーっと大きく伸びをする。パラパラと身体に付着していたゴミが落ちると同時、かなり長い間横になっていたのか、ゴキゴキと気味の良い音をたてて体が解れる。あー、気持ちい~。
ふいーっと息を吐き、頭を動かして辺り一面を見渡す。
「・・・うん、此処どこダ?」
なんだかとても暗くて(所々に光る苔のようなものがあり、微量ではあるが光はある)、元は何かしらの形があったであろう物体(所謂ガラクタ又は廃品)が山積みになっており、いかにもホラーな要素を醸し出している暗くて広い空間だった。
なんだかつい先ほどまで寝転がっていた場所(周りと同じ様に山積みになっていた)に白くて丸い髑髏やら細長い白い骨のようなものが一杯見えたきがしたが多分気のせいだ、うん。
そんな現実逃避気味な事を考えながら、一つため息を付く。全くなんだってこんな所にいるのか。このような場所にオレは用なんて無いし、ホラー空間で睡眠を貪るような趣味もなかった・・・と思う。
「・・・エ~?」
ではなんでこんな所に居たのか、と考えたところで、ふと、今日の出来事に関する記憶が無い事に気づく。
普通の家庭ならば恐らく朝早くに起きて飯を食べ、夜まで職場に行き仕事をするなり、学び舎に通って勉強やらをする記憶がある筈が、何も思い出せない。
「あれ・・・エ~・・・」
それだけでは無い。昨日の事も、一昨日の事も、一週間前の事も、一ヶ月前の事も、一年前の事も、10年前の事も、ほとんど何も覚えていない。思い出せたとしても、それは酷く濃い霧が掛かったみたく非常に曖昧で要領を得ない。これでは何も覚えていないのと同じだ。
辛うじて名前だけは覚えていたが、それだけ。そのほかのことは、ほぼ綺麗さっぱり忘れてしまっていた。家族構成も、生活習慣も、好きな食べ物も、嫌いな食べ物も、特技も、性格も、性癖も。
此処までくると、最初から記憶なんて無かったのではないかと思えてくる。喪失感すら沸かないくらいで、いっそ清清しいくらいだ。
薄暗い空間で一人、顎を指で挟み俯きながらうんうん唸っている所は非常に怪しいを通り越して完全に不審者だが、そんなことに構っている暇などなかった。
「・・・うん、分からン」
結局それから数分ほど集中してみたが、いくら考えても思考しても思い出そうとしても、何もわからなかったので断念した。
むしろ考えすぎて、先ほどから頭と胸がズキズキと痛んでる気がする。どうやら元々オレは考えるのが苦手だったようだ。
「ふい~い。ひとやすみっト」
バタンと、数分頑張っただけでオーバーヒート気味な脳みそを冷ます為に、先ほどまで倒れていた場所に寝転ぶ。
ぐしゃりと背中に伝わる嫌な感触(恐らく人骨)を味わいながら、また空の彼方まで続く暗闇を眺める。再び目を凝らしてみても、やはり果ては見えなかった。
もしかしたら、直ぐそこに天井があるのかも知れないが、この暗さではそれすらも分からない。
ピチャン、と、タイミングよく水滴がまた顔に掛かる。疲れた頭には丁度良くて気持ちよかった。
それにしても、本当におかしな空間だ。暗さと薄く光る苔もそうだが、なにより積み重なっている瓦礫の山が異様な光景を生み出している。それも360℃全部だ。そして、それらの山の中に、今背中で感じている人骨などが大量に埋まっていると考えると、なかなか笑えない。
ここはいったい何なのか。何かの施設なのか、又は墓場なのか、それとも不要な物を捨てる為だけに存在する巨大なゴミ捨て場なのか。
そこまで考え、案外ゴミ捨て場が一番近いかもな、と一人笑う。所詮は推測だが意外に合ってるかもしれない。
オレがなんでここに居るかも現時点では不明だ。ただ、もし仮に、此処がゴミ捨て場ならば、案外オレは不要物として破棄された身なのかも知れない。そう考えるとなんだか笑えてくる。
まあ、所詮は頭が悪いであろうオレが出した推測に過ぎない。実際は何かしらの施設かもしれないし、ただ忘れているでけで、何か此処に用があったのかもしれない。結局は分からず仕舞いだ。
「・・・はァ~・・・」
・・・いや、そんな馬鹿なオレでも、わかった事が一つだけあった。
ピチャンとまた一つ、それなりの高さから落ちてきたであろう水滴が額に掛かる。
軽くため息を吐く。正直今までの行動、思考は全部、現実から目を逸らす為に行っていた事だ。
何故か怪しい場所にいるのも、何故か記憶が飛んでいるのも、これに比べれば正直些細な問題だ。
ピチャンと、今度は開いていた左目の瞼に掛かる。いきなりだったので思わず目を瞑ってしまった。
いい加減逃避する事から諦め、先ほどからやけにジンジンと痛む胸を首を動かして見る。正確には【心臓があったと思われる】位置を。
そして、あまりにも予想道理で、夢であってほしかった光景が再び目に入った。最早笑うしかない。否、笑わなきゃやってられない。
なんたって、オレの視界に飛び込んできたソレは―――
「人間って、【心臓抉られて出血多量】すれば、普通~は・・・死ぬよナ?」
ピチャンと落ちてきた水滴は、首を持ち上げていたオレには当たらず、下のゴミ山に当たった。
拝啓、記憶に無いお父様お母様
今日、オレは心臓無くして知らない場所に放置されて記憶を無くしてゾンビ(動く死体)になっちゃいましたが、がんばって生きてます。死んでるけど。
こんな感じなお話ですが、暇つぶし程度にはなれれば幸いです。