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君に会いに  作者: 伊簑木サイ
ヒスファニエ編
3/44

    3

 彼女は背中で揺られているうちに眠ってしまったようだ。すぐに体が傾いで重さがかたより、歩きにくかったが、そっと揺すり上げるにとどめて、声はかけなかった。

 触れている肌はどこもかしこも冷たい。いつまでたっても温まってこない。ふと、死んでしまっているのではと考えて、足を止めて彼女の様子をうかがった。震えている、ような気がする。また揺すり上げると、息の音が耳元で聞こえた。安堵して、今度はさっきよりも足早に歩き出した。

 彼女が死んでしまっても、ヒスファニエには何の損にもならない。むしろその方が、あとくされがなくていいくらいだ。けれど、一度拾って自分の腕の中に抱えたものを死なせるのは、後味が悪い。

 神殿に戻ると、すぐに裏手にまわって、無事だった(くりや)に入り、(かまど)の前に彼女を下ろした。中の埋み火を掻き出して火をおこす。それから、寝藁代わりに集めて使っていた乾いた枯葉を半分だけ彼女の横に集めた。

「おい、起きろ」

 頬を叩くのはどうかと思い、背を叩いたり、さすったりしてみるが、小刻みに震えているばかりで意識が戻らない。

 とにかく、濡れている物を身につけているのが一番良くない。眉間に少し力が入ったような彼女の顔を眺め、困って、つんと可愛らしく上を向いている鼻をつまんでみた。しばらくそのままでいてみるが、小さく口を開けた程度で他の反応はなかった。手を離して頬を一撫でしてやり、ヒスファニエは意を決した。

 彼女の襟元に手をかけて、肩を露出させる。思ったとおり、濡れてはりつき、するりとはいかない。布地をひっくり返して、剥くようにして脱がせていった。青白い肌が現れる。大きくもなく小さくもない、けれど形の良い胸を見ても劣情はわかなかった。まるで死体のようだ。ひどく同情して、胸の奥がくっと締め付けられた。

 下穿(したば)きだけはさすがに残し、枯葉の中に横たわらせて、その上からも残りをかけてやる。意識があれば、そんなところに裸で入ろうなどと思えないだろうが、今は他に濡れていないものがない。ヒスファニエの服も、彼女を背負ってきたためにぐっしょりと濡れていた。

 それらを桶に入れて持って外に出た。神殿脇の泉に行く。真水をすくっては海の潮を洗い流し、力任せにぎゅうぎゅうと絞り上げて、木の枝に引っ掛けておいた。

 少し考えて、自分も頭から水を浴びて汗を流した。そうしておいてから拭く物がないのに気付き、仕方なく自分の服を枝からとって拭ってから、もう一度絞って掛けなおす。濡れたままの下穿(したば)きだけを身につけて、(くりや)に戻った。

 室内にいい匂いがただよっているのに気付き、(かまど)に掛けっぱなしにしておいたスープが焦げつかないように、水を足した。島に来てから、食材を見つけては次々に足して煮込んでいるせいで、どろどろのぐずぐずなものができあがっていた。だが、どういうわけか非常に旨く、我ながら首を傾げたくなるようなできばえだった。滋養もあって、食べやすく、病人食にも良いはずだ。

 彼女の顔を覗き込み、口にかかっていた髪を後ろに撫でつけてやった。すると、ふっと目を開けて、虚ろな顔で、何か囁いた。

「なんだ?」

 耳を口に近づけて尋ねると、「さむい」と呟く。顔色を確かめようと顔を上げた時には、もう目をつぶっていて、また意識を失ったようだった。

 (かまど)の前のここは、ヒスファニエにとっては熱いくらいだったが、彼女にはまだ足りないらしい。だが、他に暖めてやれるものは、ここには後一つしかなかった。

 いろいろ考えるのはやめて、ヒスファニエは枯葉の中にもぐりこんだ。彼女を背中から抱き締め、足も冷たいそれに絡ませる。

 小さな体だった。震える細い肩に顔を埋める。体温を与えながら、腕の中のものを、大事にそっと抱き締めた。

 彼の成人の儀で添い寝役をし、時々体を合わせるルルシエを抱き締める時とは、違う感情が胸の内いっぱいにわく。

 (いとけな)い彼女を、ただただ守ってやりたかった。こんなに小さく華奢なのに、冷たく強張った体が哀れで、温めて、元気にしてやりたかった。娘ができたらこんな感じなのかもしれない、とも思う。

 本当は、海岸の見回りを続行するべきだった。それはわかっていた。それでも、彼女を置いて行く気にはなれなかった。この腕を離したら、彼女が死んでしまう気がした。

 ヒスファニエは彼女の髪の潮の匂いを嗅ぎながら、神殿のまわりに張り巡らせた鳴子が鳴らないか、耳を澄ませた。

 しかし、寝不足だった彼も、いつの間にか深い眠りに落ち込んでいってしまったのだった。

 

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