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君に会いに  作者: 伊簑木サイ
閑話
25/44

運のつき

 王城に連れていかれたのは、8歳の時だった。その日、隣家のアレクトーと庭のカエルを捕まえて遊ぶ約束をしていた俺は、とにかく不機嫌だった。

 そうして押しつけられたのは、6歳のクソガキのお守りだった。第二王子ヒスファニエ様だ、しっかりお相手を務めるのだぞ、と言い含められ、問答無用で俺をここへ連れてきた父は、仕事に行ってしまった。

 部屋には他にもたくさん人がいた。護衛とか侍女とか女官とか、全部大人だ。その中で俺たちだけが子供だった。

 第二王子は、じろじろと人を見たあげく、ぷいーっと横を向いて、扉へ向かった。近衛が扉を開けて押さえると、くるりと後ろを振り向いて、こちらをじっと見る。どうやらついてこいということらしかった。デュレインが足を踏み出すと、また、ぷいっとして歩き出す。そんな調子で階段の上まで来た。

 手すりに片手をやった第二王子は、隣に立ったデュレインを、チラリと見る。一瞬、にやっとしたかと思うと、手すりに両手をかけて、やっと声をあげてその上に乗り上げた。そのまま、正面を向いて座って、その上を滑り始める。

 デュレインは唖然とした。階段は途中で折れ曲がっており、もちろん手すりも曲がっている。そのまま行けば階段の外、つまり下までまっ逆さまだ。

「お待ちください!」

 護衛が全員慌てて階段を駆け下りだした。

 王子は器用に手すりについた手で減速し、落ちることなく角をまわって、さらに滑っていく。

 つまり。これをやってみせろと。

 冗談ではなかった。そんな年頃はとっくに卒業した。勇気を競って従兄弟と言い争いをした末に、やはり階段から飛び降りて足を折ったのは一昨年だった。こちらはもう、そんなガキではないのだ。

 デュレインは懐からおもむろにロープを取り出した。細いが、体の小さい彼を支えるには充分なものだ。その端を手すりに引っ掛けてから輪を作ると、自分の腰に回す。それから手袋を取り出してはめて、手すりに登り、またいでその向こうへと行った。そして、ロープを頼りに、するすると下りた。

 下でそれを見ていた王子は、きらきらと目を輝かせ、よし、次に行くぞ! と言った。

 足音が近い。王子! お待ちを! という声も。

「少し待て」

 そう言って、デュレインはロープを階段の柱にくくりつけ直すと、それを引っ張っていって、反対側にある置物の石の台座に縛りつけた。足元から10cmほどの高さだ。うまく引っかかれば、護衛は転んでくれるかもしれない。

 空をきる音が聞こえ、ダン、と目の前に護衛が降ってくる。どうやら途中で飛び降りてきたらしい。

「逃げろ!」

 王子は一目散に走り出した。それにデュレインも続く。

 後ろで派手に人の倒れる音がして振り返れば、痛みと怒りに顔を歪めた護衛の目と目が合ってしまった。その後ろからも次々護衛が現れ、子供の足ではすぐに追いつかれると思いながら、王子を追う。

 王子は回廊に出て、間一髪で大人では通り抜けられない垣根の下にもぐりこんだ。がさがさという音だけを頼りにそこを抜け、次はどっちだと見回せば、少し先の庭木の陰で背を低くして、こっちこっちと手招いている。

 そんな調子で庭園も突っ切り、たどり着いた場所は練習場だった。

 やはり生垣の下にもぐりこみ、中で剣を振り回す大人たちを見る。

「あれ、兄上」

 小さな指が指し示した先には、王子と良く似た髪色の青年が、左手に盾を、右手に剣を持って戦っていた。少々押され気味だ。どうも、剣を使えば盾が、盾を使えば剣がおろそかになるようだ。

「いいなあ。俺もはやく、本物でやってみたい」

 俺たち子供は、まだ軽い模擬盾に模擬剣だ。

「かっこいー剣が欲しいなぁ」

 剣の大きさは、その男の膂力で決まる。小さいのは格好悪い。

「それには握力と腕力だ」

 自分の師に言われているのを、そのまま受け売りする。

「これとこれだな」

 初めに小さな手をにぎにぎとし、次に腕を折り曲げた。

「これから練習しに行くか!」

「かまわないけど」

 どうだろう? 後ろから、足音が複数近付いてきている。

 王子は、もっと中に来い、とデュレインを引っ張った。そして、そこにいろ、と男前に笑って、生垣の外に出て行く。

「ヒスファニエ様、勉強の時間にございます。どうぞお戻りくださいませ」

「わかった」

 そう答えた王子の後ろから、デュレインものそのそと頭を出した。

「なんだ。後でこっそり帰ればよかったのに」

 振り返って、馬鹿だなあ、という顔をする王子に、

「俺も授業を一緒に受けろって言われてるんだ。勝手に帰ってみろ。殴り飛ばされる」

 と言えば、

「へえ。俺は殴られないけど、帰ったら、いっぱい怒られるぞ」

 先生だろー、乳母だろー、母上だろー、それに時々父上な。王子は指折り数えて、得意げにした。

「けど、まあ、しかたない。ギムだからな」

 腰に手を当てて、ふんぞり返って言う。

 たぶん恐らく、王子の口にしたギムは義務だろう。どうも用法が間違っている気がする。勉強ではなく、怒られる方が義務になっているようだ。

 こいつ馬鹿だ、とデュレインは容赦なく判定を下した。デュレインがこれまで会ってきた子供の中でも、一番の馬鹿。

 でも、と思う。やり方は稚拙でもデュレインを守ろうとした。それは、買っていい。馬鹿は馬鹿でも、とっておきの馬鹿だ。

 ふん、と鼻を鳴らしてデュレインは笑った。

「じゃあ、義務を果たしにいくか」

「おう」

 王子は元気に答えて、意気揚々と歩き出した。

 しかしその後、王子と一緒に城で叱られまくり、家に帰っても母に泣かれ、乳母の長い小言にうんざりし、父に拳骨を喰らい、散々な目に遭ったのは言うまでもなかった。


 まあ、いわゆる、あれが運のつき、というやつだったのだろう。俺は一生、あいつのお守りをして生きるのだ。

 デュレインは、自分の乗る船とは反対に遠ざかっていくヒスファニエの船を、目で追いながら考えた。

 ここ半月あまりで知った、ブリスティンのラファエラ王子の性格を考えれば、あの姫が無事ですむとは思えない。

 だとすれば、彼らのこちらへの対応も、友好的であるはずがなかった。そんな場所へヒスファニエを行かせるわけにはいかない。そして、彼女への執着ぶりを見れば、その代わりを務めるのがデュレインでなければ、ヒスファニエが頷くわけもなかった。

 この追跡が、非常に危険なものになるのは目に見えていた。

 足元がすかすかとするような、不安が立ち上ってくる。

 それでも、面白いと思ったのだ。見てみたいと、やってみたいと思ってしまった。

 あのきかん坊のクソガキが、イッパシの男になるのを一番傍で見てきたのだ。奴の暴挙のせいでずいぶん煮え湯も飲まされたものだが、退屈だけはしなかった。

 ブリスティンの姫を娶って、和平を結ぶ? それこそ夢のような話だ。だが、それができれば、ユースティ二アは確実に発展するだろう。

 あいつは歴代一の名君として歴史に名を刻むかもしれない。いや、そうさせたい。あいつや仲間たちと一緒に、より良い国を築いていきたいのだ。そのために、ずっと皆で研鑽を積んできた。俺たちならできるはずだ、きっと。

 ヒスファニエの船が、水平線の彼方に消えた。デュレインは踵を返して舳先へと向かった。

 デュレインの前に、海原も空もどこまでも青く広がっていた。彼には、その中に望む未来が存在するように感じられ、いずれ自分たちの手で、それを掴み出してみせると、強く心に誓ったのだった。

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