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君に会いに  作者: 伊簑木サイ
ヒスファニエ編
18/44

   5

 ヒスファニエは、まず怪我人の手当てから始めた。出血の酷い者は止血をし、軽い者はそのままで小船へと急いだ。

「すまない、ファー」

 ヒスファニエ自ら背負ったハルシュタットが、後悔を滲ませた声で言った。

「ハル、謝らなくていい。俺も油断していた」

 ラファエラは、男児の多いブリスティンでも、最も王位に近い王子だと聞いていた。そんな人物が、神の怒りを買う覚悟で、神域に足を踏み入れるとは思わなかったのだ。

 だから、最も近くでハルシュタットとやりあっていたのに、目をそらして、アリィにかまけてしまった。

 己の愚かしさに、悔やんでも悔やみきれない。自分への焼け付くような怒りで目が眩んだ。

 彼女が殴られた時の姿が、すがるように見つめる瞳が、途切れずヒスファニエを苛む。

 小船に乗り込むと、急ぎ確認を取った。

「連絡船か補給船はどこにいる」

「きな臭いことになりそうだったから、護衛船を島の裏手に3隻待たせてある」

 期待以上のデュレインの答えに、ヒスファニエの肩から、ふっと力が抜けた。

「よくやってくれた。船に乗ったら、すぐにブリスティン国王への親書を書く。それを携えて、彼女の乗った船を追ってもらいたい。さて、誰に行ってもらうか」

 怪我を負っていないのはデュレインとアルツイードだ。できれば、彼女を守ると誓った彼らに行ってもらいたかったが、危険な任務になる。なにしろ、国交のない敵国へ乗り込むのだ。下手をすれば、敵船に取り囲まれて、辿り着く前に沈められるかもしれない。彼らはヒスファニエの御世を支える柱だ。下手に彼らを失いたくなかった。

 珍しく迷ったヒスファニエが決断を下す前に、デュレインが手を上げた。

「面倒な交渉事は、俺が一番慣れている。俺が行く」

 ヒスファニエはデュレインの顔を見て、嫌な予感が増した。この任務を任せれば、無事には帰ってこないような。

 だがそれは、アリィを取り戻せないということでもある。そんなことにさせてたまるかと、強く自分を奮い立たせる。だとすれば、考えるまでもなく、デュレイン以上の適任者はいなかった。

「そうだな。おまえに任せる」

 そう言って拳を挙げると、デュレインが自分の拳をかち合わせてきた。合った視線の内に、状況の厳しさに対する認識も、それに対する覚悟も、無言で確認し合う。

 嫌な話ではあるが、最悪の場合の犠牲としても、彼が一番適任だった。彼は4代前の王の血を引く。現王は王妃の後援として、古い時代に臣籍に下った血筋を取り立てた。その中でも宰相の長子であり、最も濃い血を引くのがデュレインだ。彼が殺されれば、ユースティニアとしても、ただではすませられない。

 ヒスファニエには、彼を失った己の御世など考えられなかった。彼もまた父と同じに有能な宰相となるだろう。きっと今回のことも、彼ならばうまく切り抜けてくれるに違いない。

 気持ちを浮き足立たせる不安を鎮めようと、そう心に言い聞かせた。

「2隻は護衛として連れて帰れ。中途半端な戦力は無駄に相手を刺激するだけだろう」 

「ああ、わかった。そうする」

 本当は今あるだけの戦力をつけてやりたい。が、それが正しい選択でないことはわかっていた。3隻程度で敵地に乗りつけるのは自殺行為だ。ならばむしろ、1隻であった方が敵意を煽らずにすむだろう。

「国に帰ったら神官を巻き込み、王を説得して、すぐに船団を用意する。10日…、いや、2週間かかるか。必ず迎えに行く。それまでもたせてくれ」

 本当は自ら今すぐにでも彼女を追いたい。だが迂闊に乗り込んで、ヒスファニエが人質にでもされたら目も当てられないことになる。王太子として、そこまで愚かなことはできなかった。

「仰せのままに」

 デュレインは大仰な返事をした。その目が、ヒスファニエの不安を見透かし、俺を誰だと思っている、と語っている。

 ヒスファニエは、すまない、という言葉を呑みこんだ。

 たくさんの人間を危険にさらす。デュレインを死地に送る。それでも、アリィを取り戻さないという選択はない。

 ヒスファニエはこれを、神の意志だと宣言したのだ。それは、神託を受けた王として立つということだ。長い戦に終止符をうつ王になるのだと。

 その理想にデュレインは従った。他の4人も。ヒスファニエの実現したい御世に賛同してくれたのだ。

 その彼らに、もう、すまないなどという言葉をヒスファニエは言ってはならない。謝罪は判断の誤りを示す。それは即ち、神託を騙った大罪を犯したことになってしまうのだ。それに加担した者たちにも大罪の烙印が押されることになるだろう。

 だから、どんな困難があろうと、どんな犠牲を払おうと、ヒスファニエは己の宣言を貫き通さなければならない。

 それが王としての、ヒスファニエの覚悟だった。


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