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「だが、同時に誓う。もし君が傷ついたり死んだりしたら、手を下した者も、指示をした者も、必ず見つけ出し、滅ぼしてやる」
ヒスファニエは低く唸る声で誓った。驚いて不安そうに息を呑んだ彼女を胸元に抱き込み、射殺しそうな視線をデュレインたちに向けた。
「それがたとえ、おまえたちだったとしてもだ。心して守れよ」
そんな状況を考えただけで、怒りで頭が煮えたぎっていた。仮の話だとわかっているのに、絶対に復讐せずにはすまさない、と思いつめる心情に、どんどん追い込まれていく。
血肉を分け合ったかのように結びついているデュレインたちを殺せるなら、他国の姫君たちなど言うに及ばず、もしもルルシエやアフル叔父であっても、殺すのに躊躇いはないだろう。
それがどんな騒動に発展するかわかっていても。ともすれば、国を危難に放り込むことになろうとも。自分ではどうにも止められる気がしない。
だからそれを自分にさせるなと、彼らに釘を刺したのだ。
「アリィ、君も迂闊なことはせず、自分の身を守ることを、まず考えてくれ」
彼女は声もなく頷いた。彼の頬から滑り落ち、胸に当てられた手が、ぎゅっと握り拳を作った。その不安げな仕草に、怯えさせてしまったと気付く。
「すまない。怖がらせるつもりはなかったんだが」
少々情けない声で謝ると、アリィは横に首を振って、頬をすり寄せてきた。
「怖くなんか、ありません」
「そうか」
ヒスファニエは優しい声で同意した。彼女が怯えているなどと自分で口にするわけがない。自分の内に収めるべきものは収めて、ヒスファニエによけいな心配や手間をかけさせない。これまでの生活の中でも常に見られた態度だった。
アリィはヒスファニエの胸をそっと押しやり、一人でその場に立とうとした。手放したくなくて、抱きとめた腕をゆるめずにいたら、ごあいさつしたいのです、と彼女は言った。
譲る気のない真剣な目に負けて、手を離す。彼女はデュレインたちへと向いて、しっかりと彼ら一人一人を見た。
「アリィと申します。私ごときが貴方方にお願いできる立場にないことは承知しております。それでも、私はどうしてもこの方のお傍にいたい。ご迷惑をおかけしますこと、どうかおゆるしください。そして、これからよろしくお願いいたします」
彼女は拳を掌で包んで目の前まで持ち上げた。
対してデュレインは肩をすくめ、緊張感の無い返事をした。
「ヒスファニエ様の我儘につきあわされるのはいつものことです」
ぞんざいな答えに、デュレインがアリィを受け入れる気になってくれたのがわかったが、そうとわかるのは付き合いの長い者だけだろう。
人をくった態度の真意をはかるように、アリィは彼をじっと見ていた。ヒスファニエはアリィの挨拶ももどかしく思ったが、まずはデュレインを咎めた。
「デュレイン、敬うと誓ったはずだぞ」
「あなたを敬うように、と仰っていたはずですが?」
しれっと返されて、ヒスファニエは言葉を失った。確かに彼の自分自身への態度は、いつもこんなものなのだった。
アリィは二人に視線を往復させて見比べていたが、やがて自然に表情をゆるめた。
「なんだ」
ヒスファニエはバツが悪くて、少々拗ね気味につっかかるように聞いた。
「いえ、あの、ありがとうございます」
彼女はデュレインたちへと礼を言った。
「なぜ礼を言う」
なんとなく面白くなくて尋ねると、
「気にしなくてよいと仰ってくださったので」
視線をヒスファニエに戻して、ごく普通のことのように返してくる。どうやら、デュレインの考えがきちんと通じているようだった。
これから彼とは顔を合わせないというわけにはいかず、しかも長い付き合いになるのだから、気が合うのは喜ぶべきところなのだが、やはりどうにもヒスファニエは面白くない気分になる。
アリィはヒスファニエを見つめ、ゆっくり数回瞬きした。まるで子供みたいな独占欲を見透かされている気がして、少し居心地が悪かった。
そのうち彼女は不安そうな顔になって、首を傾げた。
「間違っていましたか?」
何が、と聞き返しそうになって、不安というより、恥ずかしがっていることに気付く。彼女がもう一度デュレインたちへと向き直ろうとするのを、肩を抱いて止め、早口で言い聞かせた。
「いや、間違っていない。謝らなくていい」
どうせまた、ずうずうしいことを言ってしまったとかなんとか言うに違いない。本当にずうずうしい人間は、そんなこと思いもしないし、恥じ入ったりもしない。むしろ彼女は控え目すぎる。
「君は神が俺に賜った妻だ。堂々としていればいい」
彼女は切なげに小さく頷いた。
もっと自信を持って欲しくて、思いのたけの愛情を込めて、その唇に触れるだけの口付けをする。
そして彼女と目を合わせれば、人目を気にして恥らいながらも、瞳には曇りのない喜びがきらめいていた。ヒスファニエはそれに満足した。
それから体を起こし、彼女を再び背に隠す。
どうやら、痺れを切らしたらしいブリスティンの一行が、断りもなくこちらに近付いてきていた。
アリィ視点 「誘惑」16