表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

敵地で紅茶を飲む絶世の美女みたいな敵将校に見つけられました

作者: 文月ナオ
掲載日:2026/04/11

 

 カサンドラ・ルーフェリアは、この国で最も美しい魔道士だと言われていた。


 それは賛辞であると同時に、呪いでもあった。


 陽光を溶かしたような銀金の短髪。

 氷色の双眸(そうぼう)

 軍服に包まれた細身の身体は女性らしい柔らかさを残しながらも、隙なく引き締まっている。


 女たちは彼女を見て頬を染めた。


「カサンドラ様、今日も素敵……」

「私、雑用でも魔道具運搬でも何でもしますから、どうか副官に……!」

「きゃっ、今こっち見た……!」


 男たちは彼女を見て顔をしかめた。


「どうせ女どもは、ああいう顔しか見ていない」

「男より格好いい女とか、冗談じゃない」

「男装の麗人だなんだと持ち上げられて、いいご身分だな」


 本人としては、どちらも心外だった。


(私は別に、女の子にちやほやされたいわけじゃないのに……)


 昼間は王国所属の魔道士として、軍服を着て戦場を駆ける。

 夜は自室のベッドで毛布にくるまり、こっそり恋愛小説を読む。


 理想の王子様は、いつだって物語の中にいた。


 誰より強く、誰より優しく、見た目ではなく中身を見てくれる人。

 男装の麗人でも、冷たい魔道士でもなく、ちゃんと一人の女として、ありのままの自分を迎えに来てくれる人。


 カサンドラはそういう存在に、子どもの頃からずっと憧れていた。


 それは甘い夢というより、意地に近かった。


 誰も彼女を守られる側だとは思わない。

 誰も彼女を、迎えに来られる側の娘だとは見ない。

 綺麗だ、格好いい、憧れる――そんな言葉はいくらでも投げられるのに、そのどれもが、彼女を()として見ているわけではなかった。


 だからせめて、夢の中でくらい信じていたかったのだ。

 いつかどこかで、肩書きでも見た目でもなく、自分を見つけてくれる王子様がいるのだと。


 だが現実に寄ってくるのは、今日も女性ばかりである。


(違うの。私は、王子様に迎えに来てほしい側なのに……!)


 この世界は、どうやらそこを徹底的に読み違えている。


 カサンドラが髪を短くしているのも、決して趣味ではなかった。


 以前、同じ隊の女性兵士が、長い髪を敵兵に掴まれ、それが致命傷につながって戦死したことがある。

 生き残るために、髪は短い方がいい。

 それが、戦場の現実だった。


 だから彼女は今日も、首筋の見える短髪を整え、軍服の襟を正し、敵情視察の任務に就いていた。


 そしてその日――

 カサンドラは、敵地のど真ん中で、あり得ないものを見た。


 白いクロスをかけた小さな円卓。

 銀のティーポット。

 薄い磁器のカップ。

 その前で、まるで庭園の午後を楽しむように優雅に紅茶を飲んでいる、ひとりの将校。


 戦場だった。


 草は焼け、土は抉れ、少し先には昨日の砲撃の跡がまだ残っている。

 なのに、その男だけが別の世界から切り取られてきたみたいに静かだった。


 そして何より。


(……うそ)


 カサンドラは息を呑んだ。


 美しすぎた。


 雪のように白い肌。

 長い睫毛に縁取られた(すみれ)色の瞳。

 夜色の髪は肩口でゆるく揺れ、整いすぎた顔立ちは、どんな貴婦人よりも優美で、どんな王子よりも目を奪った。


 ()()()()()


 そう言われた方が納得できる見た目の、()だった。


 敵将校の軍服を着ていなければ、敵地に咲いた幻の花だと言われても信じたかもしれない。


 カサンドラは反射的に杖を構えた。


 攻撃魔法なら一瞬で撃てる。

 ここで仕留めれば大金星だ。


 だが。


 杖の先に集まるはずの魔力が、妙に鈍った。


 見とれてしまったのだ。

 その、あまりにも現実離れした美貌に。


 すると男は、カップを傾けたままこちらを見て、柔らかく微笑んだ。


「キミもお茶を楽しまないかい?」


「は?」


 あまりに場違いな言葉に、カサンドラは素で聞き返した。


「ここは戦場だぞ!」


「知っているよ」


 男は穏やかに答えた。


「でも、今は日没前の停戦霧が出ている。1時間は攻撃魔法も矢も、まともには通らない」


 言われてみれば、その一帯には淡い銀の霧がたなびいていた。

 古い魔力災害の名残で、この谷では夕刻の一定時間だけ魔力干渉が不安定になる。

 戦場に立つ者なら誰でも知っている現象だ。


 男はティーポットを持ち上げる。


「それに、僕はキミに何の恨みもない」


「私はある。敵だからな」


「それは立場だろう?」


 さらりと返されて、カサンドラは言葉に詰まった。


「……立場と恨みは別だよ。少なくとも僕は、キミの顔を見た瞬間、殺したいとは思わなかった」


 その台詞が、妙に胸に落ちた。


 男は向かいの空いた椅子を示した。


「座るだけでもどうだい。毒は入っていないよ」


「敵将校の言葉を信じろと?」


「信じなくてもいい。ただ、キミはさっきから攻撃するより、僕の顔を観察する方に忙しそうだったから」


「……っ」


 図星だった。


 カサンドラは思わず顔をしかめたが、相手は笑いもしない。

 ただ事実を言っただけ、という顔でこちらを見ていた。


 妙な男だ。

 いや、妙なのは見た目だけではないらしい。


 カサンドラは慎重に距離を測りながら、結局その椅子に座ってしまった。


 どうせ停戦霧の中では致命的な攻撃は通らない。

 何より――少しだけ、話してみたいと思ってしまったのだ。


「名前は?」


 男が紅茶を注ぎながら問う。


「敵に名乗る義理はない」


「では僕から先に」


 カップを差し出しながら、男は優雅に一礼した。


「イグナート・フォン・エルクレイン」


 聞いたことがある名だった。


 敵国の若き将校。

 美貌と冷徹さで知られ、いくつもの戦を勝ちに導いた戦略家。

 その人物像と、目の前で花みたいに微笑んでいる男が、どうしても一致しない。


「……カサンドラ・ルーフェリア」


「やっぱり」


 イグナートは少し目を細めた。


「氷の魔道士、男装の麗人、王国の白銀。いろいろ噂は聞いている」


「男装じゃない。軍服なだけだ」


「うん。僕もそう思う」


 あまりにも自然に同意されて、カサンドラは瞬きをした。


「みんな勝手に、見たいものを見ているだけだ」


 イグナートはそう言って、カップの縁を指でなぞった。


「キミが男らしいとか、女らしいとか、そういう話じゃない。キミはただ、キミの都合でその姿を選んでいる。それだけだろう?」


 カサンドラの胸の奥で、何かがかすかに揺れた。


 そんなふうに言われたのは初めてだった。


 誰もが彼女の見た目に名前をつけたがる。

 男装の麗人。氷の貴公子。歩く芸術品。女が恋する女。


 でも目の前の男は、どれも言わなかった。

 ただ、彼女の選択として見た。


「……変な男だな、お前」


「よく言われる」


「自分の顔についての自覚は?」


「あるよ」


 イグナートはため息まじりに言った。


「この顔のせいで、敵には舐められ、味方には飾りみたいに扱われ、年上の伯爵夫人たちには勝手にお茶会へ呼ばれる」


 カサンドラは思わず吹き出した。


「ふふ……何だそれ」


「笑った」


「笑うだろう」


「よかった。キミは笑うと可愛い」


 カサンドラは咳き込んだ。


「な、何を」


「事実だけど」


 顔が熱くなる。

 しかも相手は悪気なく、本当にそう思ったから言った顔をしている。


 こんなに美しい男にそんなことを言われるのは、心臓に悪い。


 その日、停戦霧が晴れるまでのわずかな時間、ふたりは戦況でも国政でもなく、紅茶の好みや、甘い菓子の話をした。


 そして別れ際。


 イグナートはさらりと告げた。


「明日も、この時間にここへ来るよ」


「来る前提なのか?」


「キミが来なくても、僕はお茶を飲む」


「……勝手にしろ」


 だが翌日、カサンドラは来た。

 その次の日も。

 さらにその次も。




 ◇◆◇




 夕暮れの停戦霧の中で、ふたりは何度も会った。


 最初は警戒しかなかった。

 次に、興味が生まれた。

 気づけば、彼と会う時間だけが、戦場の中でひどく穏やかになっていた。


「今日のキミは、朝から機嫌が悪かっただろう」


 ある日、イグナートが言った。


「なぜわかる」


「お茶をひと口目で飲み干したから」


「それで?」


「今日はずっと、誰かに『素敵』と言われ続けた顔をしている」


 カサンドラは渋い顔になった。


「……副官候補志望の女たちに囲まれた」


「それは災難だ」


「本当にそう思ってるのか?」


「思ってるよ。好きでもない相手から熱い目を向けられ続けるのは、疲れる」


 その声に、妙な実感が滲んでいた。


「お前もか」


「僕は男女両方だ」


「うわ」


「ひどい反応だな」


「いや、気の毒すぎて」


 イグナートはくすりと笑った。


「キミは?」


「女性ばかりだ。男には大体嫌われる」


「なぜ?」


「女の羨望を独り占めしているから、らしい」


「愚かだね」


「同感だ」


 そこでイグナートは少し首を傾げた。


「でも、キミは男に好かれたいのかい?」


 カサンドラは黙った。


 夕日の差す霧の中で、カップの表面が金色に光る。


「……男、というか」


 言いながら、自分でも馬鹿みたいだと思った。


「いつか理想の王子様が迎えに来てくれると、今でもちょっとだけ信じてる」


 沈黙。


 言ってしまった、とカサンドラは耳まで熱くなる。


「笑うなら笑え」


「笑わないよ」


 イグナートの声は驚くほど優しかった。


「素敵な願いだと思う」


「素敵、か」


「うん」


 彼は菫色の瞳を細めた。


「キミはたぶん、守ってくれる人が欲しいんじゃない。ちゃんと見つけてくれる人が欲しいんだろう?」


 胸の真ん中を、正確に射抜かれた気がした。


 カサンドラは何も言えなくなった。


「……どうして、そんなふうにわかる」


 ようやく絞り出した問いに、イグナートは少しだけ困ったように笑った。


「秘密にしていたんだけど」


 彼はカップを置く。


「前世の記憶があるんだ」


「……は?」


「信じなくてもいい。でも本当だよ」


 あまりにもあっさりしていて、カサンドラはしばし呆然とした。


「前世の僕は、魔法も戦もない世界で生きていた、ごく普通の()だった」


「女……?」


「うん。平凡で、目立たなくて、誰にも間違えられない代わりに、誰にも強く見つけてもらえない女だった」


 カサンドラは目を瞬いた。


「紅茶と刺繍と恋愛小説が好きで、王子様に憧れていた。……今世では、ずいぶん皮肉の利いた姿で生まれ直したものだよ」


 カサンドラは数秒固まったあと、堪えきれず吹き出した。


「ふっ……ははっ、何だそれ!」


「笑ったな」


「いや、だってお前、その見た目で!?」


「だから言ったじゃないか。()()()()()()()()()()()()()()だろう?」


 イグナートは肩をすくめた。


「王子様に憧れていたのに、目が覚めたら自分が“姫みたいな顔をした男”になっていたんだから」


 おかしくて、なのに妙に切なくて、カサンドラは笑いながら目元を押さえた。


「なるほど……だから」


「だから、見た目だけで役を決められる苦しさも、誰にも『本当に見つけてもらえない寂しさ』も、少しはわかるつもりだ」


 彼の声は静かだった。


「キミが、誰にも『迎えに来られる側』として扱ってもらえなかったことも」


 その言葉に、今度こそ笑えなかった。


 カサンドラは、初めて彼を真正面から見た。


 イグナート・フォン・エルクレイン。

 敵国の将校。

 絶世の美女みたいな男。

 そしてたぶん、自分と同じように、見た目と中身のあいだでずっと息苦しさを抱えてきた人。


 気づけば、彼の美しさよりも、その奥にあるものの方が、ずっと大きく見えていた。


 その時、遠くで角笛が鳴った。

 停戦霧が薄れ始める合図だ。


 立ち上がったイグナートは、別れ際にそっと言った。


「もし君が望むなら、僕は君を見つけに行ける」


 カサンドラは息を呑んだ。


 だが次の瞬間、彼はいつものように柔らかく笑った。


「……なんてね。今はまだ、敵同士だ」


 そうして彼は霧の向こうへ消えた。




 ◇◆◇




 次に会った時、ふたりは同時に言った。


「今日はお茶じゃない」


 カサンドラは味方陣営の強硬派が、数日後の停戦会談で敵国側の代表を暗殺し、戦争継続の口実を作ろうとしていることを知った。


 そしてイグナートもまた、敵国側の強硬派が同じ会談で王国側代表を狙っていることを掴んでいた。


 つまり、どちらの国にも和平を潰したい連中がいる。


「最悪だな」


「うん。だから来た」


「私もだ」


 そこから先は早かった。


 どちらが先に信じたのかはわからない。

 ただ、ふたりとも同じだった。


 この人なら、嘘をつかない。


 そう思えたのだ。




 ◇◆◇




 停戦会談当日。

 カサンドラとイグナートは、それぞれの立場のまま会場へ入り、それぞれの国の護衛として動きながら、裏で通じていた強硬派の刺客を炙り出した。


 合図はない。

 打ち合わせも最低限だった。

 それでも、目が合うたびにわかった。


 ――今だ。

 ――そちらに1人。

 ――天井裏に気配がある。


 不思議なくらい、呼吸が合った。


 最後の一手は、ほんの一瞬だった。


 天井裏から放たれた鎖付きの刃が、王国側要人ではなく、まっすぐイグナートの首を狙って落ちてくる。


 本来なら、カサンドラは会談相手国の将校より、自国の要人を優先して守るべきだった。


 だが、その瞬間。


 頭で考えるより先に、身体が動いていた。


「イグナート!」


 雷光の防壁を展開し、刃を弾く。

 激しい衝撃が腕を痺れさせ、弾かれた鎖が彼女の肩口を掠めた。

 だが長い髪はない。絡め取られることもない。


 短い髪は、今日も彼女を生かした。


 次の瞬間には、イグナートも机を蹴って立ち上がっていた。


 優雅さの欠片もない鋭い動きで、隠れていた刺客の急所へ短剣を投げる。

 その一撃は正確で、冷たく、美しかった。


 会場が騒然となる。


 悲鳴。怒号。椅子の転倒。

 その混乱の中で、イグナートだけが一度も彼女から目を離さなかった。


「無茶をするな」


「そっちこそ!」


「君が庇うとは思わなかったよ」


「私もだ!」


 やがて刺客は制圧され、両国の強硬派の関与も暴かれた。


 ざわめく貴族たちの中で、誰かが呟く。


「ルーフェリア卿……やはり男装の麗人だ」

「エルクレイン卿は本当に女性のような……」


 その瞬間、イグナートが冷たい声で言った。


「訂正していただけますか」


 会場がしんと静まる。


 彼は菫色の瞳をまっすぐに向けたまま、はっきり告げた。


「彼女は男装しているのではありません。戦場で生きるための姿をしているだけです」


 カサンドラの喉が詰まる。


「そして僕は、『女性のよう』なのではなく、僕です」


 そこで、カサンドラも一歩前へ出た。


「……私からもついでに言っておくが」


 思った以上に、声はよく通った。


「彼は女のような男なんじゃない。紅茶が似合いすぎるだけの、れっきとした、()()()()だ。そして私も()()()()だ」


 一瞬の沈黙のあと、イグナートが目を見開き、次の瞬間、堪えきれないように笑った。


 その笑顔があまりに綺麗で、カサンドラは胸の奥が熱くなるのを止められなかった。


 王国側の重臣が、まだ震える声で言う。


「ルーフェリア卿、助かった。見事だった」


 だがイグナートは、その言葉にも拍手にも目もくれず、ただまっすぐカサンドラの前へ歩いてきた。


 周囲のざわめきが遠のく。


 差し出された手を見た瞬間、カサンドラは、あの日の停戦霧の中の言葉を思い出していた。


『もし君が望むなら、僕は君を見つけに行ける』


 そして彼は、皆の前で静かに言った。


「――約束通り、見つけに来たよ」


 ざわ、と空気が揺れた。


 カサンドラは目を見開く。


「え……」


「君はずっと、王子様を待っていたんだろう?」


 なぜそれを、と問うまでもなかった。

 知っている。

 知っていて、今ここで言ってくれている。


 彼はいつもの静かな声で続けた。


「残念ながら、僕はあまり王子らしい性格ではないし、見た目も少しややこしい。だが」


 その美しすぎる男は、どんな宝石よりもまっすぐな目で彼女を見た。


「君を一人の女性として、誰より大切に扱いたいと思っている」


 胸が、どうしようもなく熱くなった。


 カサンドラはずっと待っていたのだ。

 見た目でも役割でもなく、自分を見つけてくれる人を。


 そして今、ようやくわかった。


 王子様は、童話みたいな姿では現れない。

 絶世の美女みたいな顔で、敵地の真ん中で紅茶を飲んでいたりするのだ。


 カサンドラは一歩進み、その手を取った。


「……迎えに来るの、遅い」


 イグナートがふっと笑う。


「ごめん。前世からのぶんも含めて、少し迷った」


「なら、これからは迷うな」


「努力する」


 そこでカサンドラは、彼の手を強く握り返した。


「でも勘違いするな。私はただ迎えに来られるだけの姫じゃない」


「知ってる」


「お前の王子様にも、騎士にも、両方なれる」


 その瞬間、イグナートは本当に幸せそうに目を細めた。


「それは、前世の()が一番欲しかったものかもしれない」


 次の瞬間、会場の誰かが悲鳴まじりに叫んだ。


「えっ!? ルーフェリア卿が、女として口説かれている……!?」

「しかも相手があのエルクレイン卿!?」

「美の暴力が強すぎる……!」


 カサンドラは思わず吹き出した。


 もういい。

 好きに騒げばいい。


 この人は、ちゃんと見つけてくれたのだから。




 ◇◆◇




 その後、両国は正式に停戦へ向かった。


 強硬派は一掃され、カサンドラとイグナートは和平に大きく貢献した功労者として扱われた。


 ただし、周囲の関心は主に別の方向へ向いていた。


「ルーフェリア様が恋を!?」

「お相手はエルクレイン卿!?」

「どちらが王子様役なんですの!?」


 答えは簡単だ。


 両方である。


 ある春の日。

 王都の庭園で紅茶を飲みながら、カサンドラは向かいに座るイグナートを眺めた。


 相変わらず、腹が立つほど綺麗だ。

 でももう、見惚れて動けなくなることはない。


 その美しさの向こう側にあるものを、彼女は知っているから。


「どうしたんだい?」


「いや」


 カサンドラはカップを傾けながら、少しだけ笑った。


「王子様って、本当にいたんだなと思って」


「今さら?」


「今さらだ」


 するとイグナートは、何だか可笑しそうに笑ってから、そっと彼女の短い髪に触れた。


「短い髪も好きだよ」


「知ってる」


「でも、いつか伸ばしたくなったら伸ばしていい。戦場じゃない場所なら、君が好きな姿を選べる」


 その言葉が、思っていたより深く沁みた。


 カサンドラは少しだけ目を伏せる。


「……そうだな」


「その時は、結ってあげようか」


「できるのか?」


「前世で散々やった」


「便利だな、前世」


「君を口説く時には特にね」


 カサンドラは吹き出した。


 そして、今度は自分の方から彼の手を取る。


 もう、待つだけじゃない。

 迎えに来てもらうだけでもない。


 この人となら、自分からも歩いていける。


 見た目に決めつけられてきたふたりが、ようやく見つけたのは、理想通りの顔ではなく、理想よりずっと優しい魂だった。


 それでももし、誰かがカサンドラに問うたなら。


 ――あなたの王子様はどんな人ですか、と。


 彼女はきっと、少し得意げにこう答えるだろう。


「敵地のど真ん中で、優雅に紅茶を飲んでいた絶世の美女みたいな男だ」


 そのあとに、こう付け加える。


「でも、本当に好きなのは顔じゃない。あの人は、ちゃんと私を見つけてくれたから」


 そしてたぶん、私も。

 ようやく、あの人を見つけられたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ