表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
静かな夜を歩く者  作者: 和泉發仙


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/47

第七話 夜警の剣と、許可証の色



その街では、剣が二種類あった。


一つは夜警の剣。

もう一つは、許可証の剣だ。


街道を下り、丘を回り込むと、城壁に囲まれた街が現れた。石は古く、補修の跡が目立つ。門は高く、門扉は厚い。

街の名は「ノルデン・ハーフェン」。港を持たないのに、ハーフェンと名乗る街だった。


門前には二列の列。

一つは旅人。

もう一つは、商人と職人。


旅人の列は進みが早い。

商人の列は遅い。何度も止められ、紙を見せ、質問を受けている。


門番は鎧を着ているが、軍人の顔ではない。

その背後に、もう一人、紙を持った男が立っている。鎧はない。だが視線は鋭い。剣より紙の扱いに慣れた目だ。


アッシュは旅人の列に並んだ。


順番が来る。


「名と目的」


「通過」


「滞在は」


「一晩」


紙の男が口を挟む。


「夜間外出は許可制だ。

 必要なら、許可証を取れ」


「不要だ」


紙の男は肩をすくめ、門番に合図する。

門が開く。


中に入った瞬間、空気が変わった。

音が多い。声、荷車、波止場の匂い――港がないはずなのに、潮の匂いがする。これは人の汗と油と魚の保存臭が混ざった匂いだ。


(人が多い)


人が多い街は、管理が要る。

管理が要る街は、剣と紙を両方使う。


宿へ向かう途中、広場を横切る。

広場の中央には掲示板。紙が何枚も貼られている。


――夜間外出許可者一覧

――剣帯同許可

――夜警巡回路


すべて、色分けされていた。

赤、青、黄。

許可証の色だ。


宿の女将は、紙を見せてから鍵を渡した。


「旅人さん、許可証は?」


「いらない」


女将は一瞬だけ顔を曇らせる。


「夜は……静かじゃないよ」


「夜警がいる」


「いるとも。

 それに、夜警“じゃない”のもいる」


アッシュは部屋に入った。

窓から通りを見る。

日が落ち始めると、通りの角ごとに松明が灯される。松明の位置が正確だ。計画された夜だ。


日暮れ前、酒場へ行く。

この街の酒場は大きい。港町のような作りだ。人が多く、声も大きい。


だが、笑いが軽い。

深くならない。


アッシュが水を頼むと、店主が低声で言った。


「旅人、許可証は取ったか」


「取っていない」


「なら、夜は早く戻れ。

 この街の夜は、色で人を斬る」


「色?」


隣の男が笑う。


「知らないのか。

 赤は“見逃される”。

 青は“仕事中”。

 黄は“止められる”。

 色がないのは……」


男は言葉を切る。


「……事故だ」


事故。

この街で、最も多く使われる言葉だ。


アッシュは周囲の会話を拾う。


「昨日もあった」

「夜警が斬ったって?」

「いや、事故だ」

「許可証の色が違ったらしい」


(違った、ではなく、違うことにされた)


アッシュは酒場を出た。

夜が完全に落ちる前に、街を一回りする。


路地の奥で、男が壁に押し付けられているのを見た。

相手は二人。腕章。夜警だ。

男は許可証を差し出している。


「青だ! 青だろ!」


夜警の一人が紙を見る。


「期限切れだ」


「昨日までだ! 昨日まで!」


「今日は今日だ」


剣が抜かれる。

だが斬らない。喉元に当てるだけだ。


「罰金だ。

 払えなければ、拘束」


「金は……」


「なら事故だ」


夜警の声は淡々としている。

仕事だ。感情はない。


アッシュはその場を離れた。

今止めれば、自分が色のない人間になる。


宿に戻り、外套を脱ぐ。

夜の街は、まだ始まったばかりだ。


少しして、遠くで悲鳴が上がった。

短い悲鳴。すぐに途切れる。


鐘が一度鳴る。

事故の合図だ。


アッシュは外套を羽織った。

夜間外出禁止だ。だが、彼は外へ出る。


路地を走る。

人の流れはない。夜警の足音だけがある。


悲鳴のあった場所に着くと、血の匂いがした。

男が倒れている。腹を斬られている。致命傷だ。


夜警が一人、立っていた。

剣を拭いている。


「事故だ」


アッシュが言う。


「事故にしては、深い」


夜警はアッシュを見る。


「許可証は?」


「ない」


「なら、お前も事故だ」


剣が向けられる。

動きは速い。慣れている。


アッシュは避け、夜警の手首を叩く。

剣が落ちる。


夜警が一瞬、驚く。

だがすぐに笛を吹こうとする。


アッシュは笛を叩き落とした。


「誰の命令だ」


夜警は笑った。


「命令?

 色だ。

 色がない奴は、斬っていい」


「誰が決めた」


「紙だ」


紙。

この街では、紙が剣を持つ。


夜警はもう一度剣に手を伸ばす。

アッシュはためらわなかった。


短剣が閃く。

喉元。

一瞬で終わる。


夜警は倒れた。

血が広がる。音は小さい。


(殺した)


久しぶりの感触だった。

だが、ここでは殺さなければ、終わらない。


笛の音が近づく。

別の夜警が来る。


アッシュは倒れた男の許可証を見た。

赤。

見逃される色だ。


紙を裏返す。

期限が切れている。

だが、切れていることにされただけだ。日付は今日だ。


アッシュは赤い許可証を拾い、夜警の遺体の手に握らせた。


次に来た夜警が立ち止まる。


「……赤?」


剣が下がる。


「事故だな」


誰かが言う。

「事故だ」


声が重なる。

赤い紙は、血より強い。


アッシュは闇に紛れ、屋根へ上がった。

街を見下ろす。


この街の夜は、色で人を殺す。

そして色は、いつでも塗り替えられる。


翌朝、広場に紙が貼られた。


――昨夜の死亡事故について

――夜警一名、職務中の不慮の事故

――規則を再確認すること


誰の名もない。

倒れていた男の名も、夜警の名も。


アッシュは街門へ向かった。


門番が言う。


「もう出るのか」


「一晩の約束だ」


紙の男がこちらを見る。


「許可証は?」


アッシュは答えない。


門番は門を開けた。

紙の男は、何も言わなかった。


街の外で、アッシュは一度だけ振り返る。

城壁の上を、夜警が歩いている。

剣は光る。紙は風に揺れる。


(ここは、静かではない)


だが、静かにする方法は、刃しかなかった。


アッシュは歩き出す。

次の街へ。

次の夜へ。


静かな夜を歩く者として。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ