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静かな夜を歩く者  作者: 和泉發仙


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第四十四話 消去されなかった役職



夜は、すでに答えを知っていた。


灰色の館を離れてから、

アッシュは振り返らなかった。

振り返れば、依頼が物語になる。

物語になった暗殺は、長く残る。


残すべきものは、今夜にはない。


街道を外れ、低い丘を二つ越える。

風は乾き、星が出始めている。

空が澄む夜は、音が遠くまで届く。


――足音。


一定の間隔。

重くない。

急いでいない。


「……追ってきたか」


声は背後から。

だが、敵意は薄い。


振り返ると、男が一人立っていた。

黒衣。

顔立ちは平凡。

武器は見えない。


「依頼は、終わったはずだ」


「依頼は終わりました」


男は頷く。


「ですが、“処理”は終わっていません」


処理。

その言葉を使う者は、役職だ。


「名を言え」


「ありません」


男は即答した。


「私は“調整官”です」


調整官。

聞いたことのない名だが、役割は分かる。

帳簿が止まった後、

現実を“帳簿に近づける”仕事。


「会計の残りか」


「残りではありません」


男は言う。


「会計が壊れた後に、

 必ず必要になる役職です」


「再計算のために」


「いいえ」


男は首を振る。


「後始末のために」


空気が、わずかに張る。


「ノアは」


アッシュが問う。


男は、少し間を置いた。


「生存」


「ミレイは」


「生存」


「村は」


「……いくつか、消えました」


嘘ではない。

だが、全部でもない。


「お前が指示した」


「私は、数字を動かしただけです」


「同じだ」


アッシュは言う。


「数字は、人だ」


男は、苦笑した。


「あなたは、いつもそこに戻る」


「戻る場所が、そこしかない」


男は、外套の内側に手を入れた。

だが、武器ではない。


紙だ。


「依頼です」


「誰からだ」


「世界から」


紙には、名が無い。

報酬も無い。

ただ一行。


――アッシュを消去せよ。


「お前が、実行するのか」


「いいえ」


男は言った。


「私は、立ち会うだけです」


「誰が」


「あなた自身です」


一瞬、夜が静まり返る。


「どういう意味だ」


「あなたが生きている限り、

 “数で消す夜”は戻らない」


男は淡々と続ける。


「ですが、あなたが歩く限り、

 模倣者が出る」


模倣。

英雄の影は、いつも増える。


「だから、あなたは消えるべきだ」


「理屈だな」


「はい」


男は認めた。


「理屈です。

 感情ではありません」


アッシュは、刃に手をかけた。


「なら、処理する」


男は、逃げなかった。

それが役職の矜持だ。


「質問があります」


男が言う。


「どうぞ」


「あなたは、

 自分が正しいと思っていますか」


アッシュは、刃を抜かなかった。


「思っていない」


「では、なぜ歩く」


「歩かないと、

 数が戻る」


男は、静かに目を閉じた。


「……それが、答えですか」


「それしかない」


男は、目を開けた。


「では、お願いします」


アッシュは、一歩踏み込んだ。


速い。

だが、雑ではない。


刃は、男の胸へ。

心臓を外し、

肺を断つ角度。


男は声を出さない。

倒れる前に、アッシュが支える。


地面に寝かせ、

目を閉じさせる。


「役職は、終わった」


男の懐から、もう一枚の紙が落ちた。

それは、白紙だった。


アッシュは、それを拾わなかった。

拾えば、次の役職になる。


夜が、再び動き出す。


遠くで、犬が吠えた。

街の音だ。


(残りは、あと二つ)


一つは――

アッシュ自身の出口。


もう一つは――

世界の余韻。


どちらも、切るものではない。

だが、避けることもできない。


アッシュは歩き出す。

次の夜へ。

終わりを迎える夜へ。


静かな夜を歩く者として。

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