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静かな夜を歩く者  作者: 和泉發仙


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第三十九話 帳塔の影と、数えられない足音



北へ向かうほど、道は「道」でなくなる。


舗装は途切れ、轍は分岐し、

誰かが通った痕跡だけが重なって残る。

それは人の流れではない。

処理の流れだ。


アッシュは、地図を見なかった。

地図に描かれる場所は、管理された場所だ。

帳塔は、管理の外側に建っている。


夜が深まるにつれ、空気が変わった。

冷たいのではない。

乾いている。


森が終わり、岩肌が露出する。

植物が減り、音が増える。

小石が転がる音。

風が岩を撫でる音。


それらは、すべて「記録されない音」だ。


(近い)


アッシュは、足を止めた。

視界の先、丘の向こうに影が立っている。


塔だ。


高くない。

だが、太い。


城のような威圧はない。

祈りの場のような荘厳もない。


あるのは、重量だけだ。


帳塔は、積むために作られている。

守るためでも、見せるためでもない。

積み上げるためだけの建造物だ。


近づくにつれ、異様さがはっきりする。

窓がない。

装飾がない。

入口が、低い。


人が頭を下げなければ入れない高さ。


(最初から、そういう造りか)


入口の前に、灯りが一つ。

風に揺れない。


誰かが待っている。


「……やはり、来たか」


声は老いている。

だが、弱くはない。


現れたのは、老人だった。

背は曲がっているが、目が澄んでいる。


外套は上質。

だが、武器は無い。


「誰だ」


アッシュが問う。


帳守ちょうもりだ」


老人は名乗った。


「会計の核を、管理する者」


「エリアスは」


「余りだ」


老人は淡々と答える。


「判断が早すぎた」


「人を残そうとした」


「それが、間違いだ」


老人は塔を振り返る。


「ここは、人を数える場所じゃない」


「なら、何だ」


「不要を確定させる場所だ」


その言葉が、夜に落ちる。


「なぜ、ここに呼んだ」


アッシュが言う。


「呼んではいない」


老人は微笑む。


「来ると分かっていただけだ」


「消去命令は」


「私の判断だ」


アッシュは、刃に手をかけた。

だが、抜かない。


「殺すか」


「できない」


老人は首を振る。


「私を殺しても、帳塔は動く」


「仕組みか」


「そうだ」


老人は、入口を指す。


「入れ。

 見なければ、理解できない」


「理解する必要はない」


「必要だ」


老人は言った。


「あなたは、もう“外側”じゃない」


アッシュは、一瞬だけ迷った。

だが、迷いは短い。


頭を下げ、入口をくぐる。


中は、暗い。

だが、完全な闇ではない。


壁一面に、棚。

棚に、帳簿。

帳簿、帳簿、帳簿。


積まれている。

整理されている。

分類されている。


「……数だな」


アッシュが言う。


「そうだ」


老人は頷く。


「人は、数になる。

 数になれば、扱える」


「名前は」


「最初に消える」


老人は、一冊の帳簿を抜き出した。


「これは、先月分だ」


開く。


そこにあるのは、番号。

年齢。

労働可否。

差し出し先。


名は、無い。


「ノアは」


アッシュが問う。


老人は、指を止めた。


「……生存扱いだ」


「ミレイは」


「保留」


「保留は、いつまでだ」


「上書きされるまで」


アッシュは、息を吐いた。


「ここを壊せば、どうなる」


「混乱する」


「犠牲は」


「増える」


「減る可能性は」


老人は、沈黙した。


「……ある」


それが、答えだった。


「あなたは、なぜ帳守をやっている」


アッシュが問う。


老人は、少し考えた。


「私が、余りだったからだ」


静かな告白。


「働けなくなった。

 だが、数は読めた」


「だから、数を読む側に回った」


「そうだ」


老人は言う。


「余りは、役割を与えられると安心する」


アッシュは、帳簿の山を見る。


「ここは、安心の塔か」


「そうだ」


老人は否定しない。


「だから、壊すな」


「壊す」


アッシュは言った。


「安心のために、人が消えるなら」


老人の目が、わずかに揺れた。


「あなたは、怪物だ」


「違う」


アッシュは答える。


「怪物は、数だけを見る」


「なら、あなたは何だ」


アッシュは、帳簿の一冊を閉じた。


「名前を覚える者だ」


その瞬間、塔の奥で、音がした。


紙が、崩れる音。


「……来たか」


老人が呟く。


「何が」


「上書きだ」


塔が、揺れる。

いや、揺れているように感じるだけだ。


どこかで、帳簿が更新されている。

人が、消えている。


アッシュは、刃を抜いた。


初めて、ここで。


「止める」


老人は、目を閉じた。


「……やはり、そうなるか」


「ここは、今夜で終わる」


アッシュは言う。


「終わらせる」


老人は、静かに頷いた。


「では、記録を残そう」


「何を」


「あなたの名を」


老人は、空白の帳簿を差し出した。


「最初で、最後の名だ」


アッシュは、その帳簿を見た。

そして、首を振った。


「書くな」


「なぜ」


「名は、帳簿に残すものじゃない」


刃が、灯りを反射する。


外で、風が強くなった。


次の夜は、

血が出る。


それでも、進む。


静かな夜を歩く者として。

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