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静かな夜を歩く者  作者: 和泉發仙


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三十六話 北街道の帳尻と、壊れ始めた仕組み



北街道は、夜になると幅が狭くなる。


昼は二台の荷車がすれ違える道も、

夜には影が縁を削り、進める幅だけが残る。

人は無意識に中央を歩き、逃げ道を忘れる。


アッシュは端を歩いた。

踏み固められていない土。

足跡は残るが、読みづらい。


北へ向かうにつれ、建物が減る。

代わりに、施設が増える。


倉庫。

検問所。

仮設の宿舎。


どれも同じ造りだ。

同じ寸法。

同じ角度。


(拡張された回収所)


夜半、灯りが見えた。

街ではない。

街道沿いに設けられた、囲い地。


柵は高くない。

だが、内側が見えないように板が張られている。

外からは、人の気配が分からない。


聞こえるのは、紙をめくる音。

それと、規則的な足音。


アッシュは柵に近づき、指で板を押した。

新しい。

だが、急ごしらえだ。


隙間がある。


中を覗くと、広場があった。

その中央に、台。

台の前に、人が並んでいる。


五人。

大人三人。

子ども二人。


子どもは、泣いていない。

泣く段階を越えている。


(今夜の帳尻)


アッシュは回り込んだ。

正面入口には、見張りが三人。

全員、武装していない。


武装していない者は、命令に忠実だ。

自分で判断しない。


入口近くに、帳場がある。

灯りが強い。

意図的だ。


帳場の男が言う。


「次」


台に上がったのは、痩せた男だった。

手に、何も持っていない。


「理由は」


帳場の男が問う。


「……払えない」


「理由にならない」


淡々としたやり取り。


「担保を差し出す」


痩せた男は、頷いた。

抵抗しない。


「誰を」


沈黙。


「……娘を」


子どもの一人が、身を強張らせた。


アッシュは、動かなかった。

今、動けば“事件”になる。


帳場の男は、紙に印を押す。


「回収」


その言葉が、夜に落ちる。


次の瞬間、

台の横に立っていた兵が、男の肩を掴んだ。


その時だった。


「待て」


低い声。

アッシュではない。


広場の端から、別の男が歩み出た。

旅装。

だが、足運びが違う。


エリアスだ。


「今夜の帳尻は、それじゃない」


帳場の男が困惑する。


「……指示は、この通りで」


「変更だ」


エリアスは紙を一枚、差し出した。


「こちらが最新」


帳場の男は目を通し、顔色を変えた。


「……二人?」


「そうだ」


「だが、ここには……」


「いるだろう」


エリアスの視線が、広場の外れを向く。


アッシュが、そこに立っていた。


ざわめき。


エリアスが、静かに言う。


「今夜は、“影”を回収する」


人々の視線が集まる。

恐怖と、期待と、責任の転嫁。


(見世物にする気か)


アッシュは、台へ向かって歩き出した。

止める者はいない。

止める理由が、誰にもない。


「条件は」


アッシュが言う。


エリアスは、少し驚いたように目を細める。


「条件?」


「俺を取るなら、代わりは解放しろ」


エリアスは首を振る。


「帳尻が合わない」


「合う」


アッシュは言う。


「俺は、全員分だ」


沈黙。


帳場の男が、唾を飲み込む。


「……計算が」


「計算は、後でいい」


アッシュは続ける。


「今は、選択だ」


エリアスは笑った。


「あなたは、自分を買い被りすぎだ」


「いいや」


アッシュは一段、台に近づく。


「お前らが、そう仕立てた」


概念。

怪物。

影。


それらは、会計が作った。


「ここで俺を回収すれば、噂は完成する」


アッシュは言った。


「だが、それは同時に終わりでもある」


「何の終わりだ」


「帳簿の」


エリアスの表情が、わずかに歪む。


「人は、怪物に帳尻を押し付ける」


アッシュは言葉を重ねる。


「だが怪物が一人なら、

 次に必要になるのは“もっと強い怪物”だ」


沈黙が広がる。


「その先にあるのは、何だ」


エリアスは答えない。


答えは、分かっているからだ。


アッシュは台に上がった。


「俺を取れ」


子どもたちが、顔を上げる。


「代わりに、ここを閉じろ」


エリアスが息を吐く。


「……今夜だけだ」


「十分だ」


アッシュは言った。


「今夜が、起点だからな」


エリアスは帳場の男に合図した。


「解放だ」


帳場の男は迷ったが、命令に従う。

印を押す手が、震えている。


人々が、台から降ろされる。

子どもが走り、親に抱きつく。


その光景を、誰も喜ばない。

喜べば、次の帳尻が自分に来ると知っているからだ。


エリアスが、アッシュに近づく。


「これで満足か」


「いや」


アッシュは言った。


「始まりだ」


エリアスは、低く笑った。


「あなたは、本当に厄介だ」


「そう仕立てたのは、お前らだ」


夜風が吹く。

帳場の灯りが揺れる。


この場所は、今夜で終わる。

だが、仕組みは残る。


それでも――

起点は、確かに切られた。


アッシュは、台から降りた。


回収されなかった。

だが、回収所は一つ、機能を失った。


次の夜へ。

さらに深い場所へ。


静かな夜を歩く者として。

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