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静かな夜を歩く者  作者: 和泉發仙


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第二十五話 生きた証人と、殺されなかった男



街は、賑やかだった。


笑い声。

酒の匂い。

音楽。


これまで通ってきた街とは、あまりにも違う。

だが、アッシュは知っている。賑やかな街ほど、裏は深い。


名は フライハーフェン。

川と街道が交わる交易都市で、見世物と商いで金を集める。剣闘も芝居も歌もある。人は死を、娯楽として見る。


門での検めは緩い。

代わりに、視線が多い。

数えきれない目が、常に誰かを見ている。


宿は酒場の上。

階下では楽師が弾き、客が騒ぐ。


宿主は細身の男で、名を カスパル と言った。


「夜は眠れないぞ」


「眠る気はない」


「なら、向いてる街だ」


その言い方が、気にかかった。


夜。

広場では見世物が始まっていた。

人垣の中心、檻の中に男が立っている。


鎖。

だが、檻は開いている。

逃げない理由がある。


呼び声が上がる。


証人しょうにんだ!」


証人。

それが、この街の娯楽だった。


罪人でも、英雄でもない。

誰かの罪を知っているだけの人間。


司会役の男が叫ぶ。


「この男は三年前の“橋の夜”を見た!

 誰が、誰を殺したか!」


群衆が沸く。

名前が叫ばれる。

金が投げられる。


証人は答えない。

答えれば、どちらかに殺される。


答えなければ、ここで見世物にされ続ける。


アッシュは人垣の端で、証人の顔を見る。

痩せている。

だが、目が死んでいない。


(まだ、生きている)


司会役の男が続ける。


「次の夜、証言がなければ――

 この男は“事故”に遭う!」


事故。

観客は笑う。


アッシュは酒場に戻り、カスパルに聞いた。


「証人は、どうなる」


「金次第だ」


「誰の」


「証言されたくない連中の」


「殺される?」


「殺されない。

 “使われなくなる”」


使われなくなる。

この街でそれは、完全に消えることを意味する。


アッシュは考えた。

ここで証人を殺せば、楽だ。

だが、それはこの街の望む結末だ。


(刃が通じない夜だな)


翌日。

アッシュは堂々と檻の前に立った。


「話がある」


司会役が笑う。


「買うのか?

 それとも、黙らせるのか?」


「借りる」


「借りる?」


アッシュは銀貨を一枚、檻の前に置いた。


「今夜一晩。

 檻の外へ出す」


群衆がどよめく。


司会役は値踏みする目でアッシュを見る。


「命の保証は?」


「しない」


司会役は笑った。


「いいだろう。

 死んでも、見世物になる」


夜。

証人はアッシュの後を歩いた。

鎖は外されている。


名を ルーカス と言った。


「なぜ俺を連れ出す」


「生かすためだ」


「俺は生きている」


「違う」


アッシュは歩きながら言う。


「お前は“生かされている”」


ルーカスは黙った。


川沿いの倉庫街へ出る。

灯りは少ない。

だが、気配はある。


追ってきている。

二つ。いや、三つ。


「逃げろ」


アッシュが言う。


「どこへ」


「どこでもいい」


ルーカスは走らなかった。


「……俺が逃げたら、誰かが殺される」


「誰だ」


「俺が見た夜の、殺した側だ。

 証言が消えれば、安心する」


アッシュは足を止めた。


「殺したのは誰だ」


ルーカスは一瞬、迷い、答えた。


「この街の評議員だ」


なるほど。

だから、殺されない。

だから、見世物にされる。


追手が現れる。

黒衣。

刃は抜かない。弓も持たない。


「渡せ」


一人が言う。


「証人は街のものだ」


「違う」


アッシュは答える。


「証人は、証人自身のものだ」


三人が囲む。

だが、踏み込まない。


殺せない。

殺せば、証言が消える。

それは彼らの敗北だ。


「取引だ」


黒衣の一人が言う。


「証言を書け。

 名前は伏せる。

 そうすれば――」


「嘘だ」


アッシュが遮る。


「紙は、ここでは刃だ」


アッシュは革袋を投げた。

中身は空。


「銀貨は、もう払った。

 次は、評判だ」


「何?」


「証人を殺さなかった街。

 証言を聞かなかった街」


黒衣が戸惑う。


「そんなもの――」


「広がる」


アッシュは静かに言った。


「噂は、止められない」


翌朝。

広場に人が集まる。


檻は空だった。

証人はいない。


掲示板に、誰かが書いた。


――証人、行方不明

――証言なし

――事故、なし


群衆は拍子抜けする。

だが、奇妙な噂が流れ始める。


「評議員が、昨夜から姿を見せない」


「病だってさ」


「いや、逃げたらしい」


証言は無い。

だが、恐怖だけが残った。


夜。

アッシュは街外れでルーカスと別れた。


「これで、終わりか」


「終わらない」


アッシュは言う。


「だが、お前は生きる」


ルーカスは深く息を吸った。


「……ありがとう」


アッシュは答えない。

礼を受け取る仕事ではない。


街を出る。

フライハーフェンの灯りが背後で揺れる。


刃を使わない夜もある。

だが、それでも――仕事は終わる。


次の街へ。

次の夜へ。


静かな夜を歩く者として。

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