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第六話 秘密の宮と晩餐

アーレスがその場を離れると、すぐにセバスがフェリシアにアルカナ宮の案内を始めた。


「こちらが応接間で、この廊下を真っ直ぐ進むと書庫がございます」

「所蔵数は少なくはありませんが、多くもございません。王宮の大書庫や、少し馬車を出せば王立図書館もございますので、そちらの方がよりお求めの本が見つかるかと存じます」

「なるほど……」


フェリシアは頷きながらも、整然と並ぶ本棚に目を輝かせた。セバスは淡々とした口調で歩みを進め、マリーとニーナも控えめにその後に付いていく。


「こちらは初代皇帝が当時の一流芸術家に描かせた庭園の絵でございます」

「額縁には金やダイアモンド、そして初代皇后の瞳の色を模したサファイアがあしらわれております」

「すごい……」


フェリシアは思わず立ち止まり、絵に見入った。しかしセバスは一つ一つの絵画や調度品に、由来や逸話を事細かに説明していくため、彼女は圧倒されるばかりだった。


やがて日が傾き、空がオレンジに染まりはじめた頃、ようやく案内が終わる。


フェリシアは自室に戻るなりベッドへ倒れ込み、思わず声を漏らした。

「疲れた……アルカナ宮って思ったより広い……」

「お昼過ぎに着いて、そこからずっと説明で……?途中から正直何も覚えてないし、絶対迷子になる……」


ぶつぶつと独り言を呟くうちに瞼は重くなり、そのまま眠りに落ちた。


コンコン、と扉が叩かれる。

「フェリシア様、お夕食のご用意が整いました」


マリーの優しい声に目を覚ましたフェリシアは、寝落ちしていたことを恥ずかしそうに両手で顔を覆った。

「ごめんなさい、寝ちゃってたみたい……今行くから、少し待って」

「かしこまりました。御支度をお手伝いしてもよろしいでしょうか?」

「お願いしてもいい……?」


マリーは櫛を手に取り、丁寧にフェリシアの髪を梳く。着替えを終えると、大きなテーブルのある食堂に案内された。しばらくするとニーナと料理人たちがワゴンを押して現れ、次々と料理を並べていく。


豪華ではあるが決して過剰ではなく、栄養を考えた食事。リュミエールでは珍しい海産物は使われず、肉や野菜を中心に工夫された料理の数々に、フェリシアは料理人の気遣いを感じ取った。


「妃殿下、お味はいかがでしょうか?」

料理長に問われ、フェリシアはにっこり微笑む。

「とても美味しいです。優しい味付けで……疲れた体にぴったり」


「作用ですか!それは何より。お食事の後には、旬の果物を使ったフルーツゼリーをご用意しておりますが、いかがいたしますか?」

「ぜひ、頂きたいわ」

「かしこまりました!」


色とりどりの果実が閉じ込められたゼリーは、まるで宝石箱のようだった。


食後、フェリシアは浴室へ向かい、香油を使ったマリーとニーナのマッサージに身を委ねる。彼女たちの手つきは見事で、思わず「店を開いた方が繁盛するのでは」と現実的な考えが過ぎるほど。


その夜は柔らかなシルクの寝間着に包まれ、窓辺から庭園を眺めながら眠りについた。

(明日は……何をして過ごそうかな)



翌朝。


「フェリシア様、おはようございます」

「おはよう…マリー、ニーナ……」


フェリシアは瞼を擦りながら、寝ぼけまなこでマリーとニーナに挨拶を返した。柔らかな朝陽が窓から差し込み、部屋を温かく照らす。


マリーとニーナは笑顔で立ち、手際よくフェリシアの髪を整え、服を整える。香油のほのかな香りが漂い、シルクの衣服に包まれたフェリシアは、少しずつ目覚めとともに体が軽くなるのを感じた。


朝の支度を終えると、フェリシアは明るい窓辺のテーブルに座り、軽やかな朝食を摂る。果物や柔らかいパンの香りが、ゆっくりと目覚めた体を包み込む。


「フェリシア様、本日はどのようにお過ごしになりますか?」

ニーナが楽しげに問いかける。

「今日は庭園を散策したいわ。昨日は案内で時間が足りなくて行けなかったから」

「いいですね!それならこの私にお任せください!」

「えぇ、お願いね」


朝露を含んだ芝生を踏みしめながら、フェリシアはゆっくりと庭園へ足を踏み入れる。


整えられた花壇には季節の花々が咲き誇り、噴水の水音が涼やかに響く。小鳥のさえずりが耳に心地よく、彼女は思わず深呼吸した。

「なんて綺麗……昨日の絵で見た庭園より、ずっと生き生きしてる」


ニーナは誇らしげに胸を張る。

「こちらの庭は、季節ごとに花が入れ替えられるんです。妃殿下がいらっしゃると聞いてからは、特に念入りに手入れされておりました」


庭園の一角に設けられた六角形のガゼボへと案内される。白い柱と優雅な屋根に囲まれたその空間は、散策の疲れを癒すのに最適だった。


テーブルには香り高い紅茶と焼き菓子が並び、柔らかい光が差し込む。

「まるで夢みたい……」

フェリシアは紅茶を一口含み、自然と微笑みがこぼれた。焼き菓子の優しい甘さと紅茶の香りが、散策で火照った体に心地よく染みわたる。


「フェリシア様が喜んでくださって、私たちも嬉しいです!」

ニーナの声にマリーも微笑みながら頷いた。



ティータイムを終えると、フェリシアはアルカナ宮の蔵書室から数冊の本を選び出した。


重厚な歴史書、繊細な詩集、さらに市井で親しまれる物語も混ざる。宮廷の知と温かみを兼ね備えた空間だ。


選んだ本を日当たりの良い居室に運び、ロッキングチェアに腰を下ろす。柔らかな陽光が差し込み、ページをめくるたびに文字が輝くように見えた。

「……こういう時間が、一番落ち着く」


静かな蔵書室と居室の空間は、フェリシアにとって特別な安らぎの場となった。



読書を終えたフェリシアは、ゆっくりと本を閉じると、マリーの声に促され自室へ戻った。

「そろそろお支度を整えられませんと」

「えっ、もうそんな時間……」


時計の針が思ったよりも進んでいることに驚き、彼女は慌てて立ち上がった。部屋には柔らかな夕陽が差し込み、家具や絨毯をオレンジ色に染める。


フェリシアはその光の中で静かに衣装を選んだ。マリーが手に取ったのは淡い色合いのドレス。絹地は軽やかに光を反射し、レースや刺繍が細かく施されている。

「これを……」


フェリシアは息を呑み、ドレスに袖を通す。手を添えるマリーの動作は丁寧で、シルクの滑らかな感触を壊さぬようそっと支える。髪を結い直すと、香油のほのかな香りが部屋に漂った。


鏡の前で自分の姿を確かめ、深呼吸をして心を整える。指先でドレスの裾やレースを軽く整え、最後に柔らかいローブを羽織ると、準備は整った。



その直後、マリーが小さな声で知らせを運んできた。

「フェリシア様、陛下がご到着されました」

「……っ、陛下が!?」


鼓動が胸を押し上げ、落ち着かない気持ちのまま、フェリシアはドレスの裾を軽く押さえながら渡り廊下の入り口へ駆け出す。


入り口ではアーレスが花束を抱え、静かに待っていた。

「……!陛下、お待たせしてしまって申し訳ございません……!!」

「あぁ。昨日は眠れたか?」

「はい、よく眠れました!」


隣にいたガイオスが小声で促す。

「陛下、花束をお渡しになられては?」


アーレスは少し間を置いてから花束を差し出した。

「花が好きだと聞いた。……受け取ってくれ」


紫と白を基調にした花束を受け取ると、フェリシアは大事そうに胸へ抱きしめる。凛とした配色は、どこか彼自身を思わせた。


少し戸惑いつつも、彼女はアーレスにエスコートされ、夕食の部屋へ向かった。



その席でアーレスは静かに問いかける。

「姫君は何か好きなものはあるか?」

「花も好きですが、読書や庭を散策するのも好きです」

「陛下は?」


一瞬言葉を探すように沈黙した後、彼は答えた。

「……剣と、チェスだ」


「まあ!私も好きなんです。兄とよくチェスをしていましたけど、なかなか勝てなくて……でも、駒一つ一つに策略があるのが本当に面白くて」

「……あぁ」


会話を楽しげに広げるフェリシアに対し、アーレスは視線を食器へ落としたまま。彼女は一瞬困惑するが、それでもふとした仕草ににじむ優しさを見て、印象を「冷徹な人」から「もしかしたら優しい人」へと変えていった。


夕食後、アーレスを渡り廊下まで見送ったフェリシアは、花束を花瓶に移し替え、窓辺に飾った。




ここまでお読みいただきありがとうございました。



次回、【第七話 不意の来訪者】

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