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第四話 寄り道

「いってきます!!」

アーレスの手を取り馬車に乗り込むと、アーレスに導かれるまま隣に座った。向いには、先ほどフェリシアとアーレスを呼びにきた、アーレスの側近と思しき男。


先ほどまで、満面の笑みを浮かべていたフェリシアだったが、見知らぬ人間と見知らぬ土地に向かう緊張か、落ち着かない様子で辺りを見回していた。


「ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません、エセリアル天帝国皇帝陛下の秘書官のガイオスと申します」

「私は、フェリシア・リュミエール・アルストロメリアと申します…ガイオスさんでいいんですよね……?」

「…ご自由にどうぞ」


馬車は出発し、宮殿を抜けて城下町へと入る。フェリシアは馬車の窓のカーテンの隙間から外の景色を眺めた。

自分が遊び歩いた街も、お気に入りのパン屋も、道を歩く国民でさえも、馬車の窓越しに見る景色はまるで見知らぬ異国の地のように感じられた。


「あそこのパン屋さんのパン、食べておけば良かったなぁ……」

「ガイオス、馬車を止めさせろ」

「かしこまりました」


「えっ!? い、いえっ! いいんです! そんなつもりで言ったんじゃ……!!」

「後悔を残してほしく無いんだ、気にしなくていい」


アーレスは道脇に馬車を止めさせると、自ら先に降り、フェリシアに手を差し伸べた。


「いくらマントを羽織っていても、この格好で行くのは目立ちませんか…?」

「君が気にすることじゃない」


皇女としての立場や、一国の皇帝の時間を奪っていることと、お気に入りのパン屋のパンの誘惑を天秤にかけたフェリシアだったが、誘惑には勝てず、店の中に入った。


焼きたてパンの香ばしい匂いと、ほんのりバターが焦げた甘い香りが充満する店内。棚に並んだパンは光を浴びて金色に輝き、まるで宝石のように見える。暖かな灯りに照らされた空間は、彼女にとっては懐かしく、アーレスにとっては新鮮な光景だった。


「雰囲気のいい店内だね」

「ここは珍しくて、買ったパンに追加でお金を払えばチーズを乗せてくれたり、パンの中に干しぶどうが練り込まれたパンが売ってるんですよ!」


フェリシアは目を輝かせながら、子供のように楽しそうに語り出す。

どのパンにどの穀物を使っていて、噛むとどんな食感がして、どれがほんのり甘くて、どれは塩気が効いているのか――まるで小さなパン職人のように、息継ぎも惜しむほど熱心に説明した。


アーレスはそんな彼女の様子を微笑ましく眺め、時折頷きながら耳を傾けていた。


説明が一段落したところで、アーレスは店内をぐるりと見渡し、少し屈んでフェリシアに尋ねた。


「ここのおすすめは?」


「どれもお美味しいんですけど、特に干しぶどうパンが絶品で!!」


思わず身を乗り出すように答えたフェリシアは、はっとして顔を赤くした。

「陛下もいかが……あっ……」

一国の皇帝に庶民的なパンを勧めてしまったことに気づき、フェリシアは慌てて口を押さえた。


(一国の皇帝に庶民的なパンを勧めちゃった…!!)


「も、申し訳ございま…」


「君が勧めるなら、僕もその干しぶどうパンを一つ貰おう」


アーレスはさらりと口にした。からかうでもなく、気取るでもなく、ただ自然に。


「姫君は、ぶどうパンだけでいいのか?」

「はい!」


フェリシアが嬉しそうに頷くと、アーレスは腰の小袋から金貨一枚を取り出し、店主に差し出した。


「干しぶどうパンを二つ。代金はこれで足りるか?」


差し出された金貨を見た瞬間、店主の顔が硬直した。

「き、金貨!? だ、だめだめだめ、そんな大金受け取れないわ!」


「陛下!? 干しぶどうパンは1個、銅貨数枚で買えるんです!」

フェリシアは慌てて声をあげる。


「そうなのか?」


アーレスは、不思議そうに眉を寄せる。

「別に、チップだと思って受け取って貰っても構わないだが…」


「金貨じゃなくて、他の貨幣は…持っていないのですか?」



フェリシアはそっとアーレスの手元を覗き込み、少し戸惑いながら尋ねた。


アーレスは小さく首を振る。

「金貨しか持ってきていない」


彼が差し出した小さな貨幣入れを覗くと、銀色や銅色の貨幣は一枚もなく、本当に金貨しか入っていなかった。


(本当に金貨しかない…!?)


フェリシアはふと、城下町でこっそり買い物をするときに使っていた小さな貨幣入れを思い出した。

慌ててその貨幣入れを取り出し、銅貨を数枚選んで店主に差し出した。

「お騒がせしてしまいすみません…こちらで足りてますか?」


店主はようやく表情を和らげ、にっこりと笑った。

「ええ!ちょうど頂戴したわ、これ干しぶどうパン二つね」


「待って…!その小銭袋、もしかしていつも来てくれるお嬢ちゃん…?」

「私がここの常連なの内緒ね」


フェリシアは振り向くと、いたずらっ子のような笑みを浮かべて人差し指を唇に当てた。その仕草に、店主も思わず微笑んでしまう。二人は店内の暖かな空気を後にし、外の街路へと歩を進めた。


一方、アーレスは少ししょんぼりした顔をしながら、フェリシアから手渡された干しぶどうパンを見つめていた。

「すまない…。後で必ず返す」


フェリシアは少し微笑み、肩を軽くすくめた。

「寄り道させていただいたお礼と言うことで、これで貸し借りなしってことにしませんか?」


「…君には敵わないな……」


その言葉に、フェリシアは少し首を傾げる。

「…?」

「今何か言いましたか?」


「いいや、なんでもない。出発しようか」


ここまでお読みいただきありがとうございました。


次回、【第五話 新天地】

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